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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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拠点フェイズ 4
  拠点フェイズ 馬岱 公孫賛 曹操 孫策 孫権

 
前書き
今回は珍しく蜀陣営外オンリーです。
これを拠点フェイズと言っていいんでしょうか……? 

 




  ―― other side 涼州武威 ――




「小姫様だ! 小姫様がお戻りになられたぞ!」
「小姫様、おかえりなさい!」
「伯瞻様がお戻りになられたぞー!」
「こらぁ! 小姫言うなぁ! あたしちっちゃくないもん! あと、誰!? あたしの字は呼ぶなって言ったでしょー!」

 周囲からの歓喜の声に負けない元気な声が響き渡る。
 涼州に凱旋したたんぽぽに、彼女を慕う者達の笑い声が広がった。

 反董卓連合での勝利により、馬岱は恩賞として都尉の任命と金二十石(約六百二十kg)が与えられた。
 なにより連合に参加して一兵も消費しなかったことが、彼女の評価を大きくしていた。
 戦闘に参加していなかったとはいえ、その役割は重要であったからである。

「おお、小姫様! お帰りなさいませ!」
「小姫言うなっ……て、爺やじゃない。ただいま~……あ、お姉さまはどうしてる?」
「大姫様ですか? 先程、五胡に襲われた邑の偵察から戻られました。今は寿成様にご報告されているかと」

 老人の言葉に、馬岱が眉を寄せる。

「また五胡が動いているの? 最近活発だよね……なんか不穏な雰囲気でやだな」
「はい。ですが中央の争いも早々に片付きました故、付け入ろうとしていた五胡もこれでおとなしくなるかと」
「だといいけどね~……まあいいや。それより爺や、聞いて聞いて! 実はすんごいおみやげが――」
「たんぽぽ! 戻ったか!」

 馬岱の言葉を遮るように、女性が大声で叫ぶ。
 二人がそちらを見れば、馬で駆けて来る女性が一人。
 西涼の錦馬超、その人だった。

「あ、お姉様。おひさー」
「おひさーじゃない! 良く無事で……」
 
 馬岱の様子に安堵して、胸を撫で下ろす馬超。
 その様子は心底ほっとしている様子だった。

「当然だよっ! たんぽぽ、大活躍だったんだから!」
「あ、ああ。みたいだな……噂は聞いているよ。なんか重要な役割だったんだって?」
「うん。全部、北郷さんの指示だけどね」
「盾二が!?」

 盾二の名前が出た途端、馬超の頬が赤く染まる。
 その様子に、馬岱はニンマリと口に笑みを浮かべた。

「おやおや~? お姉様は、やっぱり北郷さんのことが気になるのかなぁ?」
「バッ! な、何を……」
「ふふん~? まあ、たんぽぽもみんなと真名交換してきたもんね。これでお姉様と一緒だよ」
「……そっか。みんなは元気だったか?」
「うん。桃香お姉様も愛紗お姉様もみんな元気だったよ」
「と、桃香お姉様!? 愛紗まで……」

 馬岱が、劉備と関羽の名前をうっとりとしながら口に出す。
 その様子にぎょっとする馬超。

「はぁ~愛紗お姉様の凛々しさ、ステキだったなぁ……桃香お姉様の、あのほわっとした雰囲気もいいよねぇ」
「た、たんぽぽ? お前そっちのケがあったのか……」
「……小姫様が、小姫様が……」

 馬岱の態度に、馬超はドン引きし、老人は頭を抱える。
 二人にとって、たった三ヶ月で大事な身内が豹変したように感じていた。

「そ、それで、おみやげとは何なのですかな?」
「ああ、うん、そうそう! 爺やも姉様も聞いて! すんごいおみやげもらったんだよ!?」
「……ああ。献帝陛下から戴いたものか」

 馬超が、帰ってきた騎馬兵達が重そうに運んでいる宝物を見る。
 だが、それに対して馬岱は、ちっちっちと人差し指を左右に振った。

「まあ、それもおみやげなんだけどね。それよりももっといいものだよ!」
「もっといいもの? 一体何を陛下から下賜されたんだ?」
「ううん。陛下じゃなくて北郷さんから」
「なに!? 盾二から!?」

 『盾二から』の言葉に、急に目を吊り上げて馬岱に詰め寄る馬超。

「言え、たんぽぽ! 盾二から、一体何を貰ったっていうんだ! あたしだって盾二から物を贈られたことなんてないのに――」
「ちょっ、お姉ざま! ぎぶぎぶ、ぐるじぃ……」

 馬の上からものすごい勢いで引きずり降ろされただけでなく、胸元を締め上げるようにガクガクと揺らされる馬岱。
 頸動脈が完全に決まっているため、馬岱の意識が急激にフェードアウトしかける。

「だ、大姫様! 小姫様が死にます! おやめくださ――」
「大姫言うなっ!」
「じょ、じょうびめ言ぅ……ひぅ」
「あああああああ! わかりましたから、手をお離しに!」

 あと一秒で完全に気絶する寸前に開放される馬岱。
 大勢の兵の前で、あわや人死が出るところだった。

「ぜー……ぜー……ほ、ほんっとに、手加減てものが、できないんだから……」
「ふ、ふんっ! お前が軟弱なんだ!」
「そ、それが、従姉妹を、殺しかけた、人の、言う、言葉……」
「……小ひ、馬岱様。無理に喋らず、まずは落ち着きなされ」

 青い顔でゼヒゼヒ言いながら、文句を言おうとする馬岱。
 老人は溜息をつく。

「はぁ……まったく。お姉様の勘違いだよ。確かに北郷さんはたんぽぽにこれをくれたけど、これはたんぽぽ個人に、じゃなくて涼州に、だもん」
「? どういうことだ?」

 訝しげに眉を寄せる馬超。
 隣にいた老人も同じく眉を寄せる。

 すると馬岱は、腰につけていた袋を取り出して二人の前に差し出した。

「……これ?」
「この汚い袋を戴いたのですか? さすがにこれがすごいものとは――」
「いや、中身だってば。えっとね」

 そう言って袋から中身を取り出す。
 それは、少し黒ずんだ種だった。

「? なんだこれ?」
「……なにかのタネ、ですかな?」

 二人が訝しげに見る小さな種。
 それを見たたんぽぽは、にんまりと笑った。

 これが涼州の食料事情を劇的に改善させることを、この時は誰も知らなかったのである。




  ―― 公孫賛 side 平原 ――




「公孫賛将軍、ばんざいー!」
「義将軍、公孫伯珪様、ばんざーい!」
「みたか! 白馬長史様の実力を!」
「北平は開放されたー!」

 北平の、わが領民たちの声が聞こえる。
 どの声も、私を称える声で溢れている。

 だが、私にはそれを受け取る資格などない。

「伯珪様! 洛陽からの劉虞討伐軍、その司令官殿がご面会したいと申されております!」
「……わかった。すぐに行く」

 伝令の兵にそう伝え、私は城壁からゆっくりと降りてゆく。
 その姿を見た民達が、また喝采をあげた。

 だが、私は……彼らを見ることが、出来なかった。



  * * * * *



「……貴女だったのか。曹孟徳殿」
「二ヶ月ぶりね、公孫賛」

 私の眼の前に居るのは、兗州(えんしゅう)牧である曹操だった。
 討伐軍の天幕の中、彼女の部下らしき青い髪の武将を横に控えさせ、その中心に座している。
 曹操は今、鎮東将軍であり費亭侯でもあるという。

 たった二ヶ月でとんでもない出世をしたものだ。

「……此度の助勢、誠に感謝いたします。鎮東将軍閣下のおかげで、北平は開放されました。しかし……」

 私は自ら跪いて、頭を垂れる。

「宗室であらせられた劉虞伯安様を討伐した意思は、私自身の独断によるものです。どうか、部下には寛大なご処分をお願い申し上げます」

 私は……どのような経緯であれ、討伐軍が出る前に劉虞に対して刃を向けたのだ。
 いわば、漢に対する反逆。
 例え曹操が討伐軍を率いてきたとはいえ、その罪は重いだろう。

「……はあ。貴女、思ったより真面目すぎるのね。まあいいわ」

 曹操は、溜息をつくと立ち上がった。

「公孫賛伯珪!」
「ハッ!」
「献帝陛下より、貴殿に対しての処分を言い渡す!」
「………………」

 ………………

「劉虞の漢王朝への反逆は明白! その討伐軍の先鋒として北平を守り抜いたことは誠に大義! その功を賞し、奮武将軍の号を与え、薊侯に封じるものとする!」
「………………は?」

 思わず顔を上げてしまう。
 目の前では、曹操が苦々しく苦笑していた。

「………………ごほん!」

 曹操の隣にいた青い髪の女性の咳払いに、ようやく気付く。

「あっ、は、はっ! つ、謹んで拝命仕ります……………………?」

 受けたものの、思わずこの処分に首を傾げてしまう。
 私はてっきり処罰されるものと……

「はあ……ともかく、これで公式な儀礼は以上よ。いいわね」

 曹操はそんな私の様子に、周囲に声をかけて座り直した。
 曹操の言葉に周囲の武将たちが頷くと――

「さて。これからは私的な話し合いよ…………いい加減、立ちなさいな、公孫賛」
「は? あ、はっ………………え?」

 私的な、話し合い?

「ごほん。公孫賛殿」

 先ほどの咳払いで気付かせてくれた青い髪の将が、私に話しかけてくる。

「華琳様は、事情を説明すると仰せです。どうぞお席にお座りください」
「……………………はぁ」

 えっと……よくわからないのだが。
 ともかく、促されるままに用意された席へと座る。

「さて。どうやら貴女は、何故自分が処罰されないのかわからない、ということかしら?」
「……ああ。私は劉虞に騙され、連合に参加した。そしてその劉虞の裏切りに連合を抜けて、宗室である劉虞へ攻撃した。いわば、漢への反逆だ。それが民を護るためであったとしても……だ」

 普通に考えれば、そう取らざるをえない。
 確かに否は劉虞にあれど、その劉虞は漢の宗室……一族なのだ。

 それに対して董卓に囚われていたとはいえ、陛下の許可無く弓を引いた…………この行為は、本来ならば許されるべき行為ではない。
 私は、それを承知で劉虞に刃を向けた。

 全ては、北平の民のために。
 私は命を以って、その罪を贖うつもりだったのだ。

 だが――

「……はぁ。くだらないわね」
「く、くだ!?」

 私の覚悟を、曹操は鼻で笑った。

「当然でしょう? 正しいことをしたのに、何故罰せられなければならないのよ」
「………………」
「貴女といい、劉表といい、どうしてこうも漢王朝に盲従できるのか、理解に苦しむわね……」
「なっ……!?」

 曹操の言葉に、私は声を失った。
 曹操が言った言葉は、紛れもなく漢に対する反逆の意思がある。

「き、貴殿は何を言っておられるのか、理解している――いえ、いらっしゃるので……?」
「当たり前でしょ。私の発言の内容は、確かに不敬の極み。でも、真実だわ」
「………………」

 り、理解した上で、私の前でそれを言うと……?
 一体どういう意図で――

「わからないの? 公孫賛」
「――っ!」
「………………そう。やっぱりその程度か。まあいいわ。ともあれ、貴女は薊侯となり、劉虞討伐後は北平だけでなく、かの平原も貴女の領土となるわ」
「なっ……?」

 私に……平原を治めろと?

「これは陛下からの正式な通達よ。せいぜい頑張りなさいな」

 そう言って立ち上がろうとする曹操。
 それを見て、私は思わず顔を上げた。

「お、お待ちを! 何故です!? 何故、私ごときにそのような恩賞が……?」
「…………………………」

 私の言葉に、訝しげに眉を寄せた曹操は、ふと思い至ったように表情を変えた。

「……なによ。貴女、本当に何も関わっていないの……?」
「………………は?」

 一体、曹操は何を言って――?

「そう……私の勘違いだったわけね。あの天の御遣いは、一体何を考えているのやら……」
「は…………?」
「…………ふぅ。なんでもないわよ。さっきの発言は忘れていただけるかしら、薊侯・公孫伯珪殿」
「え? あ……は、はい」

 私には曹操が何を勘違いし、何を考えての発言だったのか、まるでわからない。

「ありがとう。お礼に何かあれば協力を約束するわ。平原は我が領地である兗州に近い。貴女の本拠である北平からは飛び地にもなるでしょう。なにかあれば力になるわ」
「あ……ありがたき幸せ!」

 突然の曹操の譲歩。
 というより、破格の対応……どういうことか?
 あまりの急展開についていけない私を余所に、二言三言謝辞の応対のみで、私はその場を離れることになった。




  ―― 曹操 side ――




「はあ……まいったわね」

 私の言葉に、隣にいた秋蘭が苦笑する。

「華琳様……よろしかったのですか? 空手形とはいえ、協力を約定するなど……」
「しょうがないわよ。見込み違い……いえ、過大評価しすぎて墓穴を掘ったのはこちらだもの」

 この場に桂花がいれば、苦言を言われていたわね。
 我ながらドジを踏んだものだわ。

「……公孫賛と劉備は親密なる関係です。しかも、あの天の御遣いを含め、劉備陣営は全員公孫賛に恩がある。ならば全ての黒幕が公孫賛……という予想は外れましたね」
「劉虞にアレだけ手酷く嵌められていたのすら、討伐軍が来るとすぐに瓦解したことを考えれば、本当に偽装なのかもしれないと思い始めていた矢先だったもの……まさか本当に関係がないとは思わなかったわ」

 天の御遣いの公孫賛に対する過剰とも言える対応に、不信感があったのは確か。
 そして劉備たちが褒賞を殆ど受け取らなかったのも、公孫賛が計ったことだと思えば……とも考えたのだけど。

 どうやら見立ては、完全に間違っていたらしい。

「正直、今さっき面会するまで、公孫賛を侮っていたと悔やんでいたけど……まさか関係ないなんてね。自分の目が節穴でなかったことは嬉しいけど、釈然としないわ」
「……申し訳ありません。私が穿った意見を言わなければ……」
「ふふ……貴女のせいじゃないわよ。貴女の考えを『そうかもしれない』と思って動いたのは、私だもの。どの道、損はないわ。平原を公孫賛が治めるとなれば、間にある麗羽の事を考えても繋ぎをとっておくのは悪いことじゃない」

 今は献帝陛下の命で私に従っているとはいえ、あの麗羽ですものね。
 すぐになんらかの手を打って動き出すことは、十分考えられる。
 それを牽制するため、公孫賛に恩を売っておくのも悪くはない。

「それにしても……ならば何故、あの天の御遣いはあそこまで公孫賛に有利な内容にしたのでしょうか……?」
「……案外、本当に過去の恩義だけでやったりしてね」
「そんな、まさか……」
「そうね。そこまで底抜けにお人好しとも思えないけど………………でも、劉備が関わっているとしたら?」
「あ………………」

 そう……あの抜け目ない天の御遣いは、そんな甘い考えだけで動くとは思えない。
 けど、あの劉備ならどうか……

 あのぽやぽやした劉備なら、何の見返りも求めず、公孫賛を王にすることすら考えるかもしれない。

「私達は、あの天の御遣いだけを気にしすぎているのかもしれないわね……」
「……そうかも、しれません。劉備には関羽、張飛がいます。彼女らは劉備個人を慕っている義姉妹。そして天の御遣いは、その三人と行動を共にしている」
「劉備が望み、天の御遣いが考え、関羽や張飛といった一騎当千の豪傑が動く…………やはり、意思決定権は劉備なのかしら?」

 二人と初めて会った、あの黄巾の時。
 今考えても、あの天の御遣いこそが全ての主導権を担っているように見えた。
 だからこそ、劉備はただのお飾り……劉氏という御輿にすぎないと思っていたのだけど。

「……天の御遣い、か」

 政治・軍事において多大な影響力をもち、天の知識にてたった二年で僻地である漢中周辺を大陸有数の戦力を持つ領地へと変貌させた。
 その際にかなりの……それも大陸全体の年間予算に近い資金が動いていることも調べがついている。
 そんな資金を一体どうやって手に入れたのか……

 通常ならあり得ない。
 だが、あの天の御遣いならば、金脈をいくつも見つけることもできるかもしれない。
 それでも時間が足りないのは確かではあるが。

 それだけでなく、じゃがいもの件もある。
 じゃがいも自体は、より南の巴郡あたりが流通しだしていたというが、それをいち早く取り入れ、その収穫高で万を超える兵の動員を可能にした。
 桂花が現在執り行っている実験でも、じゃがいもの生産量はとんでもないものらしい。
 急遽、その栽培を兗州全域で行うように指示はしたけど……

 正直、あれがあれば我が領地は飢饉から無縁となる可能性すら持っている。

 本来なら、何よりも隠すべき重要機密。
 であるのに、連合であの御遣いは――

『もう収穫も終わり、そろそろ大陸に噂が立つ頃なので隠すこともないですけど』

 そう――私達がじゃがいもを調べあげたことに察知しており、なおかつそれを隠すこともない、そう言ったのだ。
 つまり、そんなものは大したものではない、ということ。
 あの天の御遣いにとって、じゃがいもという奇跡の食材は、機密ではないということなのだ。

 つまり――

(もっと大きな秘密がある……じゃがいもなんかとは比べ物にならないほどに)

 それこそが、たった二年で梁州を大陸有数の強国へとのし上げた要因なのかもしれない。
 そして、それをより盤石なものとしている三州同盟の存在も――

(けど、少し揺らぎ始めたのかもしれないわね)

 そう考えて、少しほくそ笑む。

 そう……三州同盟の一つ、益州は今回、劉虞に与した。
 それゆえ、実際に連合に参加した劉備と劉表にとっては望まない戦いに駆り出されたことになる。
 これにより三州同盟にヒビが入る可能性が出てきたのだ。

(それでも今回の連合の結果により、三州同盟の中で一番の実力者は梁州であることが、劉表にも劉焉にも伝わったはず――)

 一番最弱と思われていた国が、実は最も強国であった事実。
 これに対して劉表はともかく、劉焉はどう動くのか――

「少し、楽しみね……」
「華琳様?」

 私が思わず呟いた言葉に、秋蘭が声をかけてくる。

「ふふ……ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ」
「は……ともかく、劉備陣営と公孫賛の動きは今後も厳密に調べることとします」
「そうして頂戴。それから――」
「華琳様っ!」

 私が秋蘭に別の用件を頼もうとした矢先、天幕に一人の人物が入ってくる。

「春蘭? ずいぶん早いわね……あなたには劉虞軍の追撃の指揮を任せていたはずだけど」
「はっ! その件ですが……劉虞の死亡が確認されました」
「……………………なんですって?」

 春蘭の言葉に、周囲の兵たちも顔を見合わせている。

「……それは本当か、姉者」
「ああ。今、季依と霞が確認しているが……」
「……どういうこと? 戦闘に参加していたというの?」

 北平を攻撃していた軍に、劉虞自身が陣頭指揮をとっていたと……?

「いえ、それが……」
「失礼しますー!」

 逡巡する春蘭の声を遮るように、新たな声の主が天幕へと入ってくる。

「華琳様ー! 只今戻りましたー!」
「戻ったでー……おお、惇ちゃん。もう戻っとったんかいな」

 許褚と張遼――季依と霞だった。

「惇ちゃん言うな! というか、二人共ずいぶん早いな」
「えへへー……霞さんの馬、すごく早いんですよー!」
「神速張遼は伊達じゃないで? おっつけ討伐軍全体も戻ってくるやろ。」

 二人の言葉に、思わず苦笑してしまう。
 けど、報告を先にしてもらわないとね。

「こほん……で、季依、霞。劉虞の遺体を見つけたそうだけど……本物?」
「ああ、そうやな。うちは洛陽で劉虞を見たことあるから知っとる。あれは間違いなく劉虞やったで」
「そう……」

 あれだけのことをした劉虞が前線に……?
 居たとしても攻城戦の最中、後ろを取られたとはいえ、数多くの逃亡兵に紛れて逃げたであろうはずなのに……

「それにしてもおかしいんですよ、華琳様」
「季依、何がおかしいの?」
「えっとですねー……劉虞なんですけど、遺体がおかしいんです。なんというか……」
「……? どういうこと?」

 私は霞に視線を向ける。
 すると霞は、肩を竦めて溜息を吐いた。

「周囲で死んどった護衛の兵らしきやつらの腐敗状態からして、数日は経っとるはずやねん。けどな、劉虞はまるでさっきまで生きとったかのように腐ってないんよ」
「……は?」

 劉虞は、先程逃亡して逃げたはずでしょう?
 それなら他の死体は、別の時に死んだもので……劉虞は後でその上に死んだのではないかしら?

「それがな。劉虞を見つけたんは偶然やねんけど……人の死体が折り重なって纏められた固まりの中に埋もれてたんや」
「……なんですって?」

 死んだ死体が邪魔にならないように、適当にまとめて放置するのはよくあること。
 つまり、その中に隠れたまま死んだということ……?

「たまたま捜索しておった兵が、装飾の着いた服の袖を見つけたんやけどな。それでも他の死体の腐敗具合から見てもおかしいねん。しかも、劉虞は死んどるが、その体には傷らしい傷もない。表情も呆けたような顔で死んどって、毒を盛られたような苦悶の表情もないんや」
「………………どういうこと?」
「わからへん。わからへんから不思議やっちゅうとる」

 霞の言うことを推察するなら、死体の中で埋もれながら数日は生きていたということ。
 そしてそこで死んだ……傷もないのに?
 そんなことがありえるというの……?

「普通ならそんな中で、数日も身を隠すのもおかしいやろ? せやけど、兵が死体をどけるまで、そこにさっき隠れたようには見えへんほど折り重なって積もれていたし……」
「………………」

 霞と季依、そして最初に報告に来た春蘭も互いに首を傾げていた。

「……もし、劉虞が数日前に死んでいたとしたら、先程まで北平を攻めていた劉虞軍は誰が……?」
「華琳様……」
「……………………いえ、ともかく劉虞の死は確認できたのね?」
「ああ。それは間違いないで」

 霞の言葉に頷く。
 謎は残るが、今はそれを考えても仕方ない。

「とにかく、死亡が確認されたなら参加している麗羽たちに宣言しなくてはならないわ。秋蘭、すぐに戻ってきた各諸将を呼びだして」
「御意」

 秋蘭が、急ぎ手配をしはじめる。
 それを横目に見ながら、私は唐突に襲ってきた言い知れぬ不気味さに、思わず身を震わせていた。




  ―― 孫策 side ――




 やっと……戻ってきたのね。

 わたしは馬の背に揺られながら、視界に入った建業の城壁を姿に、涙が浮かぶのをぐっと堪える。

「フッ……雪蓮。我慢しなくてもいいのだぞ」

 不意に聞こえた声。
 それに気づいて、慌てて目元をこする。

「や、やーねぇ! なんのことかしら?」
「フッ……強情っ張りめ」

 いつの間にか、わたしに並んで馬を操る冥琳。
 その顔は、苦笑しつつも優しい目で私を見ている。

「ホラ見てみろ。あの城壁の上を……」
「……っ、な、何よ……」

 ゴシゴシと目元を拭き、目を凝らす。
 そこには――

「お姉様ーっ!」
「おっねぇっさまーーーーーっ!」

 城壁の上から手を振る私の妹たち。
 蓮華と小蓮の姿が見えた。



  * * * * *



「ひさしぶりぃ! お姉様っ!」
「シャオ! あなたも元気してた?」

 建業の城門に入るやいなや、飛びついてくる小蓮。
 末妹のシャオは、いつも元気いっぱいで私を迎えてくれる。
 この子には、いつも元気をもらってばかりね。

「もっちろん! 毎日、川や山で遊んでるもーん!」
「ふふ、もう……遊んでばかりで勉強はしていたの?」
「もっちろん! ちゃんと――」
「嘘をつくな。シャオが宿題をちゃんとやったところを、私は見たことがないぞ?」

 その後ろから微笑みながらやってくる蓮華。
 孫家の次女であり、わたしの大事な妹。

「ふっふーん! 本当の智ってやつは、机上で学ぶものじゃないもんねー」
「やれやれ……」

 蓮華の溜息に、思わず笑ってしまう。

「ふふ……そうね。でも、智は学べなくても、知は机上で学べるわ。そして智は、机上で学んだことを応用することから始まるのよ?」
「「 えっ………………? 」」

 わたしの言葉に、二人が驚愕したように唖然としている。
 あら……?

「どうしたの、二人共?」
「お、おおおおおおおおお姉様!? どうしたというのですか!?」
「お、お姉様が……お姉様が、カンでなくマトモなことを言っている……!?」
「……二人共、ちょっとひどくない?」

 わたしだって盾二と知り合ってから、それなりに勉強はしているんだから!

「フフッ……やはり驚かれましたか。蓮華様も小蓮様も。期待通りですな」
「めーえーりーんー……どういう意味かしらぁ?」

 思わずこめかみがピクピクしちゃうわよ!?

「め、めめめ冥琳……? お、お姉様はなにか変なものを食べたとか? いえ、食べたのですね、そうに決まっています!」
「あわわわわわわわわ……お、お姉ちゃん、どうしよう! お姉様が、おねえさまがおかしくなっちゃった!」
「あんたたち……さすがに怒るわよ?」

 まったく!

「ふわっはっはっは! やはりこうなったわい。儂の言ったとおりであろう、公瑾よ」
「そうですね……まあ私も予想していましたが。でも、お二人以上に勉強している雪蓮に驚いていた祭殿が言える口ですかな?」
「ぐっ……」

 祭に冥琳まで……あんたたちねぇ!

「わたしが勉強していたらおかしいっていうの!?」
「はい!」
「うん!」
「そうだな」
「まあの」
「………………………………」

 な、泣いていいかしら……?

「……本当にどうしたのです? 勉強していたのは、まあ……その、わかることもないというか」
「……………………」
「とはいえ、そんな冥琳みたいなことを言うなんて、お姉様らしくないというか……」
「…………いいじゃない。わたしだって、多少は勉強しておかないと、上に立つものとして……」

 わたしの語尾が知らずに小さくなる。
 と、隣にいる冥琳が笑いを堪える姿が見えた。

「冥琳! 笑うなあ!」
「いや、すまん。いやいや……我らが孫呉の王が勤勉になって、実に結構だ、うん」
「もう!」

 私がそっぽをむくと、私の額にひたっと手が当てられる。

「……シャオ? なんのつもりかしら?」
「熱は……あるような、ないような?」

 その言葉に思わず突っ伏したくなったわたし。
 そんなにおかしいかしら……?




  ―― 孫権 side ――




「それで冥琳……どういうこと?」
「と、申しますと?」

 建業の内城、その執務室でさっそく仕事に取りかかりはじめた冥琳に、私は問いかけた。

「もちろん、お姉様のことよ! あんなことをいう人じゃなかったはずよ! 一体何があったの!?」

 お姉様の豹変……そう言ってもいいぐらいな変事。
 だって……

「帰って早々、酒をかっ食らうならともかく、仕事するお姉さまなんて見たことないわよ!?」
「まあ、そうでしょうなぁ……」

 冥琳が苦笑する。
 どうやら冥琳自身、お姉様の異変に気づきつつ、それを容認しているフシがある。
 つまり……原因を知っているということ。

「一体お姉さまに何があったの?」
「まあ、いろいろと……蓮華様にもそのうちわかると思いますが」
「……お姉様が真面目になられるのが悪いわけではないわ。でも、あの豹変ぶりはどう考えてもおかしいでしょ!?」

 確かにお姉様は、ぐうたらでいい加減で怠け者ではあったけど……
 それは自分より若い私達に経験を積ませる為、あえてだらけたような素振りをして奮起させるという、お姉様の考えあってのこと。

 にも拘らず、まるで身を粉にする様に働き始めるなんて……

「……足りないと痛感したのでしょうね」
「足りない?」
「ええ……人の上に立つ器量と、その実力に」

 人の上に立つ器量……?
 お姉様は、十分それを満たしているはず。

「……連合で、なにかあったの?」
「……………………」

 冥琳は、それに黙したまま私を見る。
 しばらくして、疲れたような息を吐いた。

「蓮華様。人は、どういうときに成長すると思いますか?」
「え?」

 唐突な冥琳の問いに、思わず戸惑う。

「成長……? えっと、何かを成し得た時?」
「いいえ……人が成長するのは、自分の実力が足りないと感じた時です。自らが何かをしようとして、それが果たせず悔しい思いをした時に人は、それを乗り越えようと動き出す」
「………………」
「そう思った時こそが、成長する時なのです。停滞し、まどろんだ状況でなにをしようとも、人は成長することはありません。逆境を跳ね返そうと決意した時に、人は成長するのです」
「決意した時……?」

 お姉様が、何かを決意したと……?

「……今回、我々が建業を取り戻した経緯、どこまでご存知ですか?」
「え……? えと、お姉様と袁術の間で話がついたとしか……」

 そう。
 私やシャオが戻ってこられたのは、お姉様が袁術から建業とその周辺である揚州(ようしゅう)一帯を返還させたということ。
 そして孫家は、正式に袁家の庇護から離れて独立することになった。

「その袁術が何故、話し合い程度で揚州を手放したと思いますか?」
「……………………」

 冥琳の質問に、私は答える回答を持っていない。
 なぜなら、それは私自身がずっと疑問に思っていたからだった。

「……この度の揚州全土の返還は、一人の男が関わっているのです」
「男……? それってまさか……」
「ええ。蓮華様も噂はご存知でしょう。劉備の軍師、梁州の黒い魔人。天の御遣い……北郷盾二」

 北郷……盾二。
 お姉様が以前、黄巾の乱で出会い、お姉様自身が真名を預けたというあの……?

「あの男は袁術に、その首の代償として雪蓮の要求を突きつけたのです。そして袁術はそれを了承しました」
「……なんで、関係のない天の御遣いが私達を……?」
「……………………」

 冥琳は、静かに頭を振る。

「……私達は、あの男に多大な恩義があります。連合にて、虎牢関で壊滅の危機を救われ、その後反乱とも取られかねない状況で、起死回生の手で恩賞まで得ました。さらに袁術からの独立まで……」

 ……何故かしら。
 冥琳が呟く出来事は、恩義あって感謝することであるはずなのに。
 それを語る冥琳は、次第に憎々しげに呟いている。

「まるで、お膳立てを受け……いえ、施された形での独立など……」
「冥琳……」
「……失礼しました。そういうことです」

 冥琳はそう言って、寂しく笑った。
 その姿が、とても物悲しく感じられたのは。

 私の気のせいだったのだろうか……?
 
 

 
後書き
補足というより蛇足に近い感じになっちゃいました。公孫賛の件は外伝にしようかとも思ったんですがね。

ともかくも連合の後始末はもうちょっと続きます。 
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