| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星の輝き

作者:霊亀
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第38局

 9月の半ばを過ぎ、プロ棋士採用試験は10日目が終わっていた。全体の約3分の1が終わったところではあるが、すでに大体の上位陣は固まってきた。
 同じ受験生といっても、やはり実力に差はあったのだ。数字の上ではまだまだ成績が下位の者にも逆転は可能ではあるのだが、ここまででほとんど勝ち星を挙げられないものが、この後負けずにいけるほど甘いものではないのもまた事実だった。

 ここまでの対戦で、4敗以内の勝ち越しの結果を残しているのは以下の11名。
 
 6勝4敗が、院生の真柴と足立。
 真柴は第1戦で塔矢、第2戦で奈瀬、第5戦で伊角、第8戦で辻岡を相手に黒星。
 足立は第1戦で和谷、第3戦で奈瀬、第6戦で伊角、第10戦で小宮を相手に黒星。
 
 7勝3敗が、院生の小宮と飯島、外来の辻岡と片桐。
 小宮は第3戦で和谷、第8戦で塔矢、第9戦で奈瀬を相手に黒星。
 飯島は第1戦で小宮、第4戦で塔矢、第7戦で辻岡を相手に黒星。
 辻岡は第3戦で塔矢、第6戦で本田、第10戦で奈瀬を相手に黒星。
 片桐は第6戦で塔矢、第8戦で和谷、第9戦で本田を相手に黒星。

 8勝2敗が、院生の本田と和谷。
 本田は第8戦で伊角、第10戦で和谷を相手に黒星。
 和谷は第5戦で辻岡、第9戦で外来の日野を相手に黒星。

 9勝1敗が、院生の伊角。
 第10戦の今日、塔矢を相手に黒星。

 そして、10戦全勝が塔矢と奈瀬の2名だった。


「よ、飯島勝ったみたいだな、おつかれさん」
「真柴か。さすがに院生の下の奴に簡単に負けるわけにも行かないからな。何とか踏ん張ってるよ。おまえは?」
「オレも何とか勝ちを拾ったよ。でももう4敗だからな。ようやく中盤戦開始ってとこなのによ」
「こっちも3敗、似たようなもんさ。しかし、塔矢アキラ。あいつは別格だな」
「ああ、噂以上だよな。今日も伊角さんに危なげなく勝ってたぜ」
「げっ。伊角さんでも駄目だったか…。となると後は、本田、奈瀬、和谷位しか相手になるやつ残ってないのか?」
「和谷は予選であっさりやられたって話だ。もう、塔矢はほぼ決まりだろうな…」
「あーあ。こりゃ今年も厳しいかねぇ…」


「和谷ー、やったじゃん!本田君相手に勝利!今まであんまり勝ててなかったんでしょ!」
「ああ、奈瀬、ありがと。何とか勝てたよ。その様子だと奈瀬も勝ったんだ?」
「ええっ!辻岡さんを倒した!ここまでは絶好調よ!」
「全勝は奈瀬と塔矢の二人か…」
「でも、私はまだ上位陣との対局が結構残ってるからね。塔矢君に伊角君、本田君。そして和谷、あんたともね!」
「…そうだよな。まだ序盤の終わりってとこだ、がんばらないとな」
「お互いにねっ!」







 第11戦、小宮が本田に負け4敗、片桐が院生の佐々木に負け4敗。その他の上位陣は白星。


 第12戦、真柴が飯島に負け5敗、片桐が足立に負け5敗。その他の上位陣は白星。


 第13戦、足立が院生の磯辺に負け5敗。その他の上位陣は白星。


 そして第14戦。ちょうど折り返し地点となるこの日、飯島が奈瀬に負け4敗、片桐が日野に負け6敗。その他の上位陣は白星。

 ここまでの上位陣の結果をまとめると、次のようになった。

 
 8勝6敗が片桐。
 9勝5敗が真柴と足立。
 10勝4敗が小宮と飯島。
 11勝3敗が辻岡。
 12勝2敗が本田と和谷。
 13勝1敗が伊角。

 そして、14戦全勝で塔矢と奈瀬が折り返した。


 
 プロ棋士採用試験は、後半戦の第15戦を迎えた。
 
 この日の注目の対局は、5敗同士の真柴対足立。1敗の伊角対3敗の辻岡。
 そして、なによりも最大の注目を集めたのは、塔矢アキラ対奈瀬明日美の全勝対決だった。



 奈瀬は、向かいに座る塔矢アキラを見つめながら、自分の気持ちを落ち着かせていた。

-いよいよ塔矢君との直接対決。私が勉強会では1度も勝てていない相手…。でも、まったく手が届かないわけじゃない。きっとチャンスはあるはず。…今日は、落ち着いて打つためにもゆっくりと打とう。自分の気持ちを落ち着かせながら、じっくりと。


 アキラはじっと目をつぶり、対局開始の時間を待っていた。


 
 辻岡もまた、伊角を前に自分の緊張感が高まっていくのを感じていた。

-今日の相手はここまで1敗の伊角君。彼は院生1位との話だ。間違いなく強いのだろう。でも自分はここまで全勝の塔矢君と奈瀬君にすでに負けている。伊角君にまで負けると、いよいよ後がなくなる…。まぁ、それは今考えても仕方がないことか…。まずは今日の碁に集中しよう。


 
 昼の打ち掛け(昼食休み)が終わり、対局が再開した。
 真柴対足立の対局は、真柴が優勢で終盤に差し掛かりつつあった。

-足立には普段でも勝ち越しているからな。このままいけば大丈夫だ。まだ持ち時間も十分にある。しっかり読んでヨセを打ち切ればいいんだ。…今日は溝口師匠との研究会だ。このまま勝って、師匠に報告したいな。

 
 伊角対辻岡の対局は、終盤に差し掛かっているものの、まだ形勢は五分だった。

-やはり、この伊角君は強い…。さすがに院生1位なだけはある。形勢は五分…、いや、少し足りないか?ここからの大寄せは大事だ。手順間違いが勝敗に直結する…。さあ、落ち着こう。自分は院生の1位相手に五分の勝負ができている…。まだ、勝負はここからだ。



 そして、塔矢対奈瀬。ゆっくりと打つ奈瀬に合わせるかのように、今日はアキラも比較的ゆっくり打っていた。

-…奈瀬さんは強くなったな。勉強会を始めた4月の頃は、ここまでの力をつけるとは思ってもいなかった。これも、進藤に教えを受けている成果なんだろう。だが、強くなっているのは奈瀬さんだけじゃない。このボクも強くなった。そして、もっと強くなるんだ。ボクは進藤のライバルなんだ。進藤の弟子の彼女に負けるわけにはいかない。

-やっぱり、塔矢君は強い…。まだ中盤だけど、私の黒が打ちにくい。いえ、打ちにくい碁にされている…。このままじゃ駄目だ。このままじゃ塔矢君に押し切られる。こっちから勝負を仕掛けていかないと…。

 奈瀬の表情は険しかった。


 時間の経過と共に、この日の対局の終局を迎えたものが増えていった。真柴対足立の対局は真柴の勝ち。伊角対辻岡の対局は伊角の勝ちとなった。これで辻岡は4敗、足立は6敗だ。
 
 残っている対局のうち、全勝同士の塔矢対奈瀬の周りには、多くの見物者が集まっていた。盤面は終盤。白のアキラが優勢だった。

-…盤面で見ても、白の塔矢が残ってるな。こりゃ、塔矢の勝ちで決まりか。奈瀬もいい碁を打ってるんだけど、塔矢には及ばなかったか…。さっきの奈瀬の勝負手なんか、おれだったら受け損ねていたもんな…。しっかし、絶好調の奈瀬でも駄目となると、もう塔矢はどうしようもないな…。成績上位の者との対局は前半であらかた終わってしまったしな。本田や和谷じゃかなわないだろう…。

 真柴は改めて塔矢の強さを思い知らされていた。だが、塔矢の強さが本物であるがために、一筋の希望も見えてきていた。

-本田と和谷が2敗だが、二人ともまだ塔矢、奈瀬、伊角君との対局が後半戦に残っている。ということは、黒星が3つ増える可能性はかなり高い。そして、俺との対局もまだこれから。直接対局で倒せれば…。現時点の勝敗以上に、あいつらはきついはずだ。伊角君は去年、後半戦での負けが多かった。プレッシャーに弱いんだ。奈瀬だっていつ調子を崩すか分かったもんじゃない。伊角君と奈瀬の直接対局もまだだしな。そうだ、まだこれからだ。まだ後半戦が始まったばかりなんだ…。まだまだ、あきらめるには早い。

 真柴は、自分に言い聞かせながら、塔矢対奈瀬の対局を見つめ続けた。


 全勝同士の注目の対決は、奈瀬の奮闘及ばず、アキラが勝利を手にした。


 
 この結果、トップは全勝の塔矢。1敗の伊角と奈瀬、2敗の本田と和谷が続く展開となった。まだ上位陣のメンバーは、誰もが自分の勝ち残りをあきらめてなどいなかった。
 
 プロ棋士採用試験は、過酷な生き残りをかけて、後半戦へと突入していった。


 すでに、半数以上のメンバーにとっては、合格は絶望的なものとなっていた。

 それでも、彼らは決して妥協した碁など打たない。

 それが、プロを目指すものとしての碁打ちの譲れないプライドだった。

 すべての受験者たちは、残る後半戦に、全身全霊を傾けていくこととなる。





 

 ……と、参加者は当然のように思っていたが、例外もいた。





-もうボクの敵となる相手は残っていない…。決して油断するつもりはないが、紛れもない事実だ。問題はプロ試験中は勉強会が開けないことか…。土曜日曜の日中がすべて試験で埋まってしまう…。夜は親の許可が取れないから無理だというし…。早く進藤に次の棋譜をもらいたいのに…。とりあえずテスト用のブログを完成させるしかないか。ただ棋譜を張るだけじゃ味気ないし、新聞みたいに途中経過を分けていくのも良いか…。ネット碁の分の棋譜ならデータはすぐに取れるから、こっちで書き起こしておくか…。魅力的なブログにするには、もっと勉強しないといけないな。進藤がすばらしい出来だと思ってくれれば、もっと棋譜を提供してくれるに違いない。…あの本、続編が出てるんだったかな?今度の対戦の帰り、本屋で探さないと…。進藤ともしばらく対局していないし…。昼休みに押しかけるか?いや、それで嫌われては意味がないか…。あ、saiとのネット碁もまたお願いしないと…。

 
 ……、一人例外がいた。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧