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無欠の刃

作者:赤面
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幼い日の思い出
  金色の落とし子

 「なぁなぁ、あれはなんだってば?」

 まだ、世界なんてよく知らないころ、新しいものを見るたびに姉に尋ねた。
 あれはなんだ、これはなんだ。どういうもので、どんなもので、どんな名前を持っているのかと、何でも知っていると思えるくらいに、八歳という年齢にはそぐわないかしこさを見せる姉に問うた。
 姉はいつだって、少しだけくすくすと笑った後、ナルトが指した、見たこともない物がどういうものであるのかを教えてくれた。

 ふと、気まぐれを起こして、ナルトは姉に尋ねてみたことがある。
 どうしてこの世には、名前が違うのと同じのがあるのかと。
 くだらない会話の一つで尋ねたそれは、きっと、カトナにも分からなかったのだろう。けれどそれでも、姉は一生懸命に考えて、ナルトに答えをくれた。

「万物。どんなものにも、ある種類に分別される。種族には、名前がある、の」
「? 花は花だってばよ!」
「あれは、花、だけど。花は、植物を、分類したもの、なの。花は、もっと細かく分類出来るの」
「? よく、分かんないってば。花にも一つ一つ、名前があるってことじゃないのかってば?」
「花の名前は、種類名で、個体名じゃないの。たとえば、ナルトは、個体名。ナルトは、ナルトしか、いない。でも、うずまきは、いっぱいいる。分かる?」

 困ったように首をかしげたカトナに、ナルトはなんだかとても不思議な気持ちになったことだけは覚えている。
 辺りに咲いている花には種族名――ナルトで例えると苗字らしい――があるのに、個体名はないのだ。

 それって、なんだか寂しいことだってば。

 そう呟いたナルトに、カトナが一瞬だけ困ったように目を伏せ。そして次の瞬間、優しい言葉をかけてくれた。

 「さびしいなら、つければいい。これが、これだ。って、そんな名前、つければいい。ナルトがつけるなら、きっと、素敵な名前に、なる。よ」

 そう言って笑ったカトナの笑顔を、ナルトはずっと覚えていた。

 
・・・・


 「…何故、貴様がここに来ている」

 低い声。聞いたことのない声にこの声は誰のものだろうといぶかしみながら、ナルトは首を傾げた。
 先程まで、確かサスケと一緒に、うちは家の縁側――イタチがこの前の任務の報酬という事にして奪い取った、カトナが訪れてもいい場所と認定された小さな縁側――で巻物を広げていた筈なのに。
 いつの間にか、知らない場所にいる。
 足首につかるくらいに、謎の液体――多分、水――がまかれた空間には際限がなく、壁らしきものが一つも存在していない。

 ナルトは不思議がりながら、とりあえず姉の姿を探す。
 やけに暗いので見通しは悪かったが、仄かに赤い炎が揺れて周囲を照らしているので、全く見えないわけではなかった。
 きょろきょろと周囲を見回すが、姉の姿はない。
 代わりに見えるのは酷く大きな、赤い格子で作られた檻。
 何を閉じ込めているんだろう。なんだかひどく気になって近づいていく。
 歩くたびに、ばしゃばしゃと水音がした。
 足がとられないように気を付けながら進んで、赤い檻の前に立ったナルトは、そういえばと思い出す。
 ここから声が聞こえてきた気がする。ということは、何かがいるのかもしれない。
 好奇心が彼の青い瞳をきらめかせた。
 わくわくと胸を躍らせて中を覗き込んだナルトは、中に入ってる生物に、目を見開いた。

 大きい。こんなに大きいのは見たことないと、そう思うくらいの大きさだ。ナルトが五十人いたとしても届かないかもしれない。そう思うくらいに大きい。
 種族は狐だろう。こんなに大きくて、赤い毛並みの狐は見たことがないが、だが、大体の形からしてこれは狐だと確信した。

 ふと、昔の記憶が頭を瞬いた。
 ないなら、つけてあげればいい。
 胸がときめいた。
 種族名は狐だろう。でもそれは、個体名ではない。
 わくわくと胸が高鳴って、見たことの無い生物に触れてみたいと思って。でもそれ以上に、名前をつけられるかもしれないという高揚が、頭の中を渦巻いた。

「お前! 名前はあるのかってば!?」

 青い瞳を光らせて、ナルトはそう尋ねた。
 つけてあげたかった。寂しくないようにしてあげたかった。
 たとえがそれが偽善だとしても、恵まれたものが同情しているだけの感情だとしても、何もしないよりは数倍ましで。そして何より、優しくされてうれしい人間はこの世にたくさんいることを、ナルトは知っていた。
 それが、自分の姉と同じような人であることを、ナルトは知っていた。
 いきなりの言葉に、その狐は目を見開いて。そして言葉を絞り出した。

「ある」
「あるのかってば!」

 少しだけ残念な気持ちになったけれど、ナルトは満面の笑みを浮かべて、その小さな手を赤い狐にさしのべた。

「俺の名前はうずまきナルトってば! おまえは?」
「は?」
「お前、鈍感だなぁ! お前の名前に決まってるってばよ!!」
「は」

 勢いよくそう言った子供に、九尾は再度疑問に満ちた声をこぼす。
 されど、子供はひるまない。
 九尾は眉をひそめた。
 名前を、求めている、この九尾に。
 誰もが災厄と怖れ、不幸の元凶と罵り、全ての人間から嫌われ、里の人間を何人も殺し、彼の姉を嫌わせる――彼を嫌わせる原因となっている獣の名前を、たずねている!!

 なんだ、この生き物は。

 確かにそのいきものは、今まで見てきた人間と同じである筈なのに。災厄とも喩えられた九尾ならば、一つの尾をふるうだけで殺せてしまうくらいに脆い存在なのに。なのに、何よりも恐ろしく思え、九尾は無意識の内に体を震わせた。
 そんな九尾の様子に気が付くことなく、ナルトは笑んだ。

 「名前を知らなきゃ、友達になれないってばよ!」

 思わず、九尾は目の前の檻を掴み、がんがんと揺らした。
 威嚇攻撃ではない。もしもこの檻が無かったらば、確実に少年の喉を掴んでいただろう。そう思えるほどの覇気で、九尾は檻を掴んだ。
 けれど少年はといえば、少しだけ驚いたように体を震わせ。そしてまた、笑った。

 なんだ、この生き物は。

 また、そう繰り返した。
 九尾は知らない。こんな生きもの知らない。
 こんな、弱くて細くてもろくて、すぐに壊れてしまいそうで、脆弱で。なのに、九尾に意気揚々と、こんなにも好意的に接してくる生物なんて知らない。知る筈もない!!

 たった一人の、あの人しか知る由もない!!

 今は亡き、自分の親の様であったあの人の姿が瞬いた。

 ああ、恐ろしい。恐ろしい。
 恐ろしいのに、自分よりも数倍大きい獣が居るのに、なのになぜ、何故こんなにも、この少年は九尾を恐れないのか。
 無知なのかもしれない。無茶なのかもしれない。
 ああ、そうかもしれない。だが、けれど、なぜこの少年は牙をむく狐に笑えるというのだ!! 今の攻撃で死にそうだとか、そんなことは思わなかったのか!!
 誰だって気づく。今の威嚇は殺す気であったと。
 もしかして気づかなかったのか、ということは鈍感なのか。鈍感であればあればで、何故、この場から逃げない。恐ろしかっただろう、恐れただろう。
 来たことの無い場所だ。見たことの無いの場所だ。周りには誰もいない。周りには頼るものが存在しない。
 それでも、それなのに、なぜ逃げない!!

 疑問が脳を支配して、けれど答えは九尾には出せない。目の前の少年以外に、九尾の問いに対する答えを出せるわけがない。
 もう何もかもがわからなくなって、九尾は言葉を出した。

 「わしと、ともだちになるきか」

 たどたどしく、言葉を紡げなくなったわけではないだろうに、赤子のように不安げに声を紡ぐ。
 幾千年もの時を生きてきた同胞たちは、こんな九尾の姿を見たらあざけるように笑うのだろう。けれどそれ以上に、彼等もまた、九尾のようにこの少年を恐れる筈だ。
 だって、自分たちは知らない。
 こんなふうに近づいてくる生き物なんてものは、生まれてこの方、あの人以外では見たことが無いのだ。
 数千年の時を生きていながら、自分でもどうかと思うが、それでもそれが事実だった。
 もしかしたら、無知なのは少年ではなく自分たちなのかもしれないと、九尾は酷く矛盾した頭でそう思った。

「そうだってばよ?」
「あったばかりなのにか」
「誰だって、最初は初対面なんだってばよ?」

 サスケと会ったときだってそうだった。
 ナルトの狭い世界には、姉と火影くらいしかいなかった。
 ある日、知らない人間がいきなり自分の世界に放り込まれたとき、ナルトはそれなりにびっくりしたし、警戒もした。
 ナルトは姉に向けられる嫌悪の理由を知らないけれども、ただ、嫌われていることだけは知っていて、だから最初のころはイタチとサスケが姉を傷つけるのではないかと恐れ、拒んだ。
 でも、今ではすっかり、サスケとナルトは仲が良くなっている。
 初対面の印象は会うたび会うたびころころ変わって、良くなったり悪くなったり、うつりかわっていく。
 それが人間だという事を、ナルトは覚えていた、知っていた。
 そして、九尾は知らなかった。

「どうしたんだってば?」
「…貴様はあほか」

 あほという直接的な侮辱に頬を膨らませたナルトは、むくれたように赤い檻の前に座った。
 そこは、九尾に襲われてもおかしくないくらいに近く、檻の間から尾を出すことさえもできるのに。なのに無警戒に座ったナルトは、九尾に笑みを見せる。

「なー、お前の名前を教えろってば」
「なぜ、わしがお前みたいな若造に名前を教えなければいけないんだ」
「だからっ、最初に言ったってばよ? 俺、お前と友達になりたいんだってば」

 笑顔の金色に、狐はなぜか無性に懐かしくなりながらも答えた。
 似ていない筈なのに、なのに似ているように思えてしまう彼に、狐の赤い眼が瞬いた。

 「わすれた」

 嘘だ、覚えている。けれど、そう、周りからは忘れさられた。
 もう何年も呼ばれていない。もうずっと、消えたままだ。
 誰もが呼ぶことはないだろう、これまでも、これからも。
 あの人が最後に残してくれたその名前だけが、頭の中で反芻していたけれど、狐は知らないふりをしてそう言った。

 「忘れたんだってば? なら、思い出せばいいってば」

 狐の言葉に、少年はまた、あっけからんと答えた。
 今度は、動揺しなかった。
 何故だろうか、そう答えると分かっていた気がする。あるいはそう答えてほしいと思っていたかもしれない。
 自分で自分がよく分からなくなっていく。
 九尾は困惑する頭でうなった。ぐるるという獣の声に、少年は相変わらず臆することなく、まっすぐな目で九尾を見つめてくる。
 その視線に、九尾の尾が揺れた。
 不思議だと思って。知りたいとそう思って。だから九尾は口を開く。
 この少年が紡ぐ言葉はすべてが嘘かもしれないのに、なのに九尾はかけらもその可能性を疑うことをせず、素直に尋ねていた。

「…思い出せなかったらどうする」
「そんときは、俺が名前を付けてやるってば」
「貴様はどうして、どうしてそこまで、わしの名前に執着する」

 疑問に、何回目かも忘れた疑問に、九尾の目をひたりと見すえた少年は優しくつむいだ。
 姉のように。自分のことを傷つけるすべてを守ってくれた姉のように。自分は弱いのだと泣いた少年を抱きしめてくれた姉のように。
 恐ろしいと震えた、あの時の自分と似ている狐を抱きしめるように、少年は紡いだ。



 「お前のこと、しりたいから」




 少年は笑った。
 狐は固まって、そして零した。

 「   」

 夢の中の、一つの邂逅だった。
 
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