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星の輝き

作者:霊亀
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第29局

 海王中学2年の伊藤は、いらだつ気持ちを抑えきれないでいた。

 先日、進藤ヒカルが囲碁部に乗り込んできた時から、それまで主に囲碁部員を中心に流れていた、塔矢アキラに対する中傷を含めた流言はすっかり収まってしまった。今では、やはり塔矢アキラの力は本物だった、との意見が主流となり、進藤ヒカルはさらにそれを上回るすごいやつだ、との声が高まっていた。
 
 それが伊藤には面白くなかった。

 伊藤が囲碁を始めたのは小学校の時、学校のクラブ活動が最初だった。もともとインドア派でゲーム好きだった伊藤は、囲碁との相性がよかった。同時期に始めた同級生たちよりも強くなるのは早かった。同学年相手にはほぼ勝てるようになり、上級生を相手にしても勝ち越すようになるのもすぐだった。
 伊藤は囲碁に嵌った。都内の大会でも上位入賞の常連となり、全国大会に出場したことさえもあった。伊藤は、勝てる囲碁が好きだった。

 進学先の海王中学は、強い囲碁部で有名だった。伊藤は当然のように囲碁部に入った。そして、当然のように囲碁部でも上位に立てると考えていた彼のもくろみは、実現しなかった。囲碁部には、伊藤と同じレベルの人間が大勢いたのだ。そして、伊藤以上の力を持つ者もまた、何人も存在した。上級生はもちろんとして、同級生にも。

 伊藤は、囲碁部での1年間で、自分が決してトップに立てる人間ではないと分かってしまった。自分以上に囲碁に打ち込む者のことを、そこまでがむしゃらになるのも何かカッコ悪いと、どこか冷めた目で見ていた。そもそも、囲碁は所詮遊びだ。そこまでムキになるもんでもないじゃないかと、自分に言い聞かせていた。
 そんな伊藤と気が合う奴らもいた。トップは無理でも、そこそこ楽しめるならそれでよかった。伊藤はいつしかそう思うようになっていた。

 塔矢アキラの入学を知るまでは、それで問題ないと思っていた。

 ふざけた話だった。自分がどうあがいてもトップに立てない海王囲碁部。そんな囲碁部をあっさり越えるような奴が、新入生として入学したというのだ。しかも、校長自ら囲碁部へと勧誘までしたらしい。それをあっさりと断ったというのもまた癪に障る。なんとも人を馬鹿にした話だと思った。

 だから、塔矢アキラが、同じ1年相手にあっさり負けたときは、内心喝采をあげていた。

 それも、途中つぶされての惨めな敗北だ。ザマアミロと思っていた。


 それを見事にひっくり返された。あの、生意気な進藤ヒカルに。

 惨めな敗北などではなく、高度なレベルでのギリギリの応酬があったのだと、わざわざ思い知らされた。

 進藤ヒカルのおかげで、実感させられた。俺達とはランクが違う碁を打つ連中が存在するんだってことを。
 今まで、囲碁のプロなんて、住んでいる世界が違う、まったく別の世界の住人のようなものだった。それなのに、そんな連中が、同じ中学の下級生にいるということを思い知らされた。


 惨めだった。

 お人よしの連中は、ずいぶんあっさりと手のひらを返した。最初の頃の批判はすっかり忘れてしまったようだ。そんな連中のことも気に食わなかった。だから、話を持ちかけられた時、伊藤はすぐに飛びついた。生意気な下級生に、思い知らせてやると。









 ヒカルは、囲碁部の1年の奥村に連れられて、(ユン)先生の元へ向かっていた。なんでも、先日の件でヒカルに話があるらしかった。

-あー、なんだよもう、めんどくさいなぁ。
-この前のお説教でしょうか?
-げっ!部活邪魔しちゃったからかっ!あー、帰っちゃおうか?
-だめですよ。ちゃんと話せば分かってくれるはずです。
-そうだといいんだけどなぁ。

 だが、奥村はどうも対局室とは別の場所に向かっているようだった。

「あれ?対局室じゃないの?」
「ああ。こっちに昔の部室があるんだ。今は囲碁部の倉庫みたいになってるんだけど、そっちで待ってるって。あ、ここな。中で待ってるはずだから。それじゃ俺部活行くんで」
「あいよ」
-しかたねぇ、さっさと終わらせるか。
-さ、行きましょう、ヒカル。

「失礼しまーす。進藤です」
「よお、きたか。悪いな、先生は入れ違いになっちまった」

 中に入ったヒカルを待っていたのは伊藤だった。

「あれ、あんたは?」
「…口が悪い奴だな。囲碁部2年の伊藤だ。(ユン)先生からの伝言だ。この前、囲碁部の部活の時間を部外者が使ったんだ。代わりにここの片付けをしろってな」
「ここの片付けーっ!?」

 ヒカルはうんざりとして声を上げた。それほど広くはない部屋だったが、部屋の中は囲碁の道具や、各種書物、雑誌、トロフィーなどでゴチャゴチャだったのだ。
-うへーっ。こんなとこの片付けをしろってかー。
-まぁ、ヒカルが邪魔したのは確かですしねぇ。
-なんだー、おまえだってノリノリだったくせに!?

「ほら、ぼさっとしても終わらねえぞ。さっさとはじめろよ」
「へいへい」

 ヒカルは仕方なく、まずは雑誌類から片付けるかと書棚に向かった。どうにも納得いかないが、佐為が手伝えるはずもない。適当に片付けてさっさと帰ろう。

-昔の棋譜に、古い囲碁雑誌か。こっちの定石の本もえらい古いなー。
-ヒカル、沢山ありますねー。
-…読む暇はないからな、佐為…。

 片付け始めた様子のヒカルを見て、伊藤は席に座り、碁盤の用意を始めた。


「ついでに1局打ってもらおうか」
「え?」
「おっと、おまえは言われたとおり、片付けをやっていればいい。途中盤面なんかのぞきに来るなよな」
「……盤面を見るなと?オレに目かくし碁で打てってこと?」
-え!?目かくし碁!?なんと面白そうな!?
「いやいや。ただおまえが海王の1年なら、先生の言うことも先輩の言うことも聞くもんだってことさ」
「…碁は将棋と違って盤面が広い。目かくし碁がプロでも難しいってのは知ってる?」
「おまえならできるだろ。なにせ、将来の名人サマを軽く粉砕したんだ」

-…なーるほど…。こりゃ、嫌がらせってわけだ…。(ユン)先生が姿も見せないってのも考えてみりゃおかしいよな。
-ヒカルー、バシッと思い知らせてあげましょうバシッと。何でしたら私が代わりに!?

-……そーだな、それもいいか。佐為、おまえ打て。
-え!?いいのですか!?…でも、私全部見えちゃってますよ?
-いーのいーの。こんな相手にまじめに付き合うことないの。さっさと叩き潰しちゃえよ。
-…そうですね。囲碁を嫌がらせの小道具にしようなどと許せません。懲らしめてあげましょう!!
-…ノリノリだな…。

「頼まれてもいないのに、腕をひけらかすようなまねをしやがって。偉そうにみんなに向かって大口たたいたんだ。これくらい付き合えよ!」
「はぁ…。一手目をどうぞ」
-佐為、いくぞ。

「16の四、星」
-4の十六、星
「4の十六、星」

 伊藤の黒で、対局は始まった。

「これでおまえに勝てたら自慢だよなぁ。なにせ互先だ」
「……」
「あんまりカンタンに自滅されてもつまんねえから、せいぜい打ちマチガイは少なめに頼むぜ」
「…自慢するならさぁ、先輩。勝ってからにしてくれない?」

 ヒカルの言葉に、伊藤は吼えた。
「言うじゃないか!プロでも難しいといったのはおまえだ!楽しみだぜこの1局!16の十七、小目!」

-佐為、手加減はいらないからなー


 こうして伊藤の、当人大真面目の嫌がらせのつもりの、実は嫌がらせになっていないという実に奇妙な対局が始まった。







 
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