| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星の輝き

作者:霊亀
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第26局

 ヒカルが囲碁部の対局室の扉を開けると、中では(ユン)による検討会が行われている最中だった。

「おや、進藤君じゃないか。いったいどうしたのかな?今は部活中なんだが?」

 突然のヒカルの登場に、ざわめく対局室。
 そんな中で、当然、(ユン)はヒカルのことをはっきりと覚えていた。
 噂の塔矢アキラの力を見るために招いた少年が、ものの見事にアキラを打ち倒して見せたのだ。その鮮烈なまでの強さは、(ユン)の脳裏にはっきりと焼きついていた。

「先生、塔矢アキラの噂が、校内で広がっているのを知っていますか?」

 そんなヒカルが発した一言に、(ユン)は首をかしげた。
 あかりは、ヒカルについてきたものの、対局室の中に踏み込む勇気もなく、扉の隙間からこっそりと中を覗き込んでいた。

-ヒカルぅー、お願いだから暴れたりしないでよぉー。


「塔矢アキラなんかたいしたことないって噂です。聞いてませんか?」

「何?初耳だな。いったいなんだってそんな噂が?」

「どうやらこの間のオレと塔矢の対局を見た連中が、面白そうに話を広げてるみたいですよ。つまり、ここの囲碁部の連中がね」


 その言葉に、(ユン)は驚き、部員達の中には気まずげな空気が広がった。

「おまえたち、そんなことを言っていたのか…」

 (ユン)は半ば呆れながら室内の生徒達を眺めた。
その言葉に、反発する声が上がった。

「事実なんだからかまわないじゃないですか!」
「そうですよ、ご大層な噂が先行した割には、全くの無名な奴にあっさり負けたんですから」


 いまだアキラの力もヒカルの力も理解できていない大多数の部員達にとって、それはまさに正直な気持ちだった。
 彼らの声を聞いて、(ユン)は先日の対局後のフォローが全くできていなかったことを痛感した。

-しまった…、子供達の塔矢への反発心を軽く見すぎていたか…。彼らにとっては部外者。簡単に受け入れるわけにはいかないのに、この子達にあの碁は難しすぎた…。失敗だったな…。


 部長の岸本もまた、部内の空気の変化には気付いていたものの、単純に後輩達の雰囲気が明るくなってきたもの程度にしか捕らえていなかった。これは、主に学内の噂が、塔矢がいる1年を中心に流れていたことも原因だ。


-後輩達にそんな噂が流れていたとは…。それで、進藤君が乗り込んできたか…。


「進藤、お前だって大した事無いんだから、囲碁部にまででしゃばってくるなよ!」
「そうだ、くだらないことで、部活の邪魔スンナよ!」

 部員達の続く言葉に、(ユン)は頭を抱える。どうやってこの場を収めたものかと。

(ユン)先生、少し部活の時間を俺に貸してもらえませんか?」
「…いったい何をする気だい?」

「まさか、お前程度が、囲碁部に挑戦しようってでも言うのかよ!」
「塔矢ごときに勝ったからって調子に乗るなよ!」

 湧き上がる部員達の声に、岸本は立ち上がる。

「やめないか。部活中だぞ」
「部長!そんな奴倒してくださいよ!」
「そうそう、お前なんかいちころだって!」


 岸本の制止にも、ヒカルを非難する声は止まらなかった。

-これはどうしたものか…。オレが打つしかないのか?しかし、俺が勝つのは無理だ…。そうなるといよいよ収まりがつかなくなるんじゃないのか…。

 岸本はどう動くべきか分からなかった。






「ひとつ聞いていいか?」

 そんな喧騒の中、ヒカルは室内を見回すように声をかけた。


「この前のオレと塔矢の対局、お前らは検討しなかったのか?」


 大勢の部員を前に堂々としたヒカルの発言に、部員達の反発は強まる。

「何だ、1年がえらそうに!」
「検討したさ。それで大したこと無かったから言ってるんだろうが!」

 それを聞いたヒカルは、両手を挙げ、室内の注目を集めた。

「分かった。なら、オレや塔矢への悪口は、後でいくらでも聞いてやる。まず、みんながしたって言う検討を聞かせてくれ。ここは囲碁部だろう?先生、大盤を借りてもいいですか?」

 ヒカルの落ち着き払った物言いに、室内は一瞬静まった。その様子に、(ユン)は感心しながらも答えた。この場は彼に任せてみるのも面白いかもしれない。

「ああ、いいだろう。打った本人の解説だ。みんなも、忌憚無く意見を出すといい」


 外から覗いていたあかりも、ヒカルの様子には驚いていた。佐為はまだメラメラとしているものの、ヒカルはかなり落ち着いているように見えた。てっきり怒鳴りあいや殴り合いになるんじゃないかと心配していたあかりは、予想外の展開に眼を丸くしていた。

-…なんか、ヒカルちょっとかっこいいかも…。


 そんなあかりの思いをよそに、ヒカルによる大盤解説は始まっていた。


「まずそうだな、初手から並べていくから、疑問手があったら質問を」

 ヒカルはそう言いながら、初手からゆっくりと並べていく。最初に発言があったのは、ヒカルの白の下辺への打ち込みに対する、アキラの黒の応手だった。


「その黒の手、かなりぬるいんじゃね?」
「そうそう、そこで厳しく追求してれば、あんな激しい戦いにならずに、黒楽できただろ」

「なるほど、この手か。オレから見れば、まさにいい手なんだけどな。なら、黒はどう打つのが良かったんだ?」

「黒の勢力圏なんだ。右からでも左からでもツケて行けばいいさ!」

「なるほど、ツケね。ほかの意見は?部長さんはどう?」

 ヒカルに指名された岸本は答えた。

「…そこでツケても、白に捌かれるだけのように思う…。ただ、それで白を小さく生かしている間に、中央に大きな黒の勢力ができないか?」
「…なるほどね。じゃあ、実際にやってみよう。まず、右からツケようか。オレは下にハネるな。次の手は?」

 そうしてヒカルは、皆の声を聞きながら手を進めていく。すると、白が下で小さく生きたうえに、中央の白石ともつながり、右辺の黒が孤立した。

「こうなると、この黒が孤立したな。せっかくの厚みが、全く生きてないうえに、左辺もスカスカだ。手を戻して、左にツケてみようか」

 結局、左につけたあとの展開も、先ほどと似たようなものになった。どう見ても実戦よりも悪い。段々と、部員達の声から力がなくなっていく。
 どんな部員達の意見に対しても、明確によどみなく応手を答えていくヒカル。
 ヒカルの力をじわじわと皆が実感し始めていた。

「つまり、あの時の黒、塔矢はしっかり対応していたってことだな。…じゃ、実戦に戻して続けるぞ。次はこうだな…」

 その後、幾つもの質問が飛び出すが、黒白どの手に対する質問でも、ヒカルはその質問のままに手を進めて、最後はすべて粉砕していった。
 岸本や(ユン)の手に対しても、ヒカルは瞬時に応答し、結果盤面は実戦よりも悪くなっていく。


「このいかにも一見、取ってくれって白の切りは、結局は捨石なのさ。取りに来てくれればこうして…、これで両にらみ。黒は上下のどちらかが死ぬ」

「この黒の愚形は仕方ないのさ。確かに、こう構えるほうが形はいいけど、手が進むと…。…ここが攻め合いになって、黒は手が足りない」


 どんなに乱暴な手に対しても、ヒカルは的確に対応していく。
 当初あったヒカルへの侮りの念は、ほとんど影を潜めていた。
 ここまで細かく解説をされると、さすがに皆理解し始めていた。
皆の前に立つこの1年、進藤ヒカルは、囲碁部の誰よりもはるかに強い、と。
 自然と質問の言葉は丁寧なものとなり、ヒカルに対する不快感は消えていった。元々囲碁好きな人間の集まりなのだ。自分よりはるかに強いと分かれば、好む好まざるを問わず、自然と尊敬の念も沸いてくるものだ。

「じゃあ、あの時の切りに対して、伸びていたらどうなんです?」

「そこ、手を抜いたらまずいですか?」



 (ユン)もまた、感動していた。

-まさに、プロレベルの解説だな、これは。1冊の本にできるくらいじゃないか。塔矢君との対局で、力の程は理解しているつもりだったが、まさかこれほどまでとは…。

 あかりと佐為もまた、大勢の前で毅然としたヒカルの態度に感じ入っていた。

-うわー、ヒカルなんかすごいかも…。囲碁のプロって、やっぱりすごいんだぁ。

-まこと、立派なものです。”先方がにくまれ口を叩くなら、それには答えず、勝負に勝つべきである。”まさに、ヒカルの一人勝ちですね。

 憤っていた佐為も、ヒカルの指導の様子を見ている間に、いつしか落ち着いていた。

-こうして、弱い者達を導いていくことも、強者としての義務ですものね。この者たちにとっては、良い勉強になったことでしょう。まさに、いろいろな意味で。


「…と、ここで塔矢が投了と。つまり、ここまで塔矢に、悪手はなかった。すべての手が、互いの手を深く読みあった結果さ。この碁に関して言えば、塔矢がオレに力負けしたってだけだ。塔矢は弱くない。強い。そして、俺は塔矢より強いってだけさ。だから、このまま変な噂を続けてると、恥をかくのはお前らだぜ?」

 沈黙する皆の様子を見て、岸本は聞いた。

「それはどういう意味だい?」

「塔矢は必ずプロになる。近いうちにな。そしてプロでも大活躍するさ。それだけの力を持ってる。それなのに、同じ中学の囲碁部で塔矢を見下してたら、周りにはどう見える?何が真実だったかなんて、誰が見たってはっきり分かるだろ?人の陰口たたく暇があったら、自分の腕を磨くんだな。囲碁の勉強には終わりなんてないんだからな!」

 そのヒカルの言葉に、誰も返す言葉がなかった。


「進藤君、今日はありがとう。私も、部員の指導不足を痛感させられたよ。君の解説で、皆、君達の力を理解できたと思う。今回の件、本当に申し訳なかったね」

 (ユン)は、そう言いつつヒカルに頭を下げた。

「気にしないでください。オレが気に食わなかったから勝手にしたことです。そんじゃ、おじゃましましたー!」

 そういって、対局室を飛び出していくヒカル。

 対局室の中の部員達の心中はさまざまだった。感動している者。感心している者。驚愕している者。憧れの念を抱いた者。かっこ良さに半ば惚れた者。自らの言動に呆れている者。反省している者。悔やんでいる者。
 
 そして、なおも憤りの念を抱いている者。

  
 

 
後書き
誤字修正 構内 →校内  手っきり →てっきり  責め合い →攻め合い 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧