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打球は快音響かせて

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高校2年
  第三十五話 フィーバー

第三十五話



バシィン!
「ストライクアウト!」

また三振。浦田の前に三龍打線は三振の山を築いた。この枡田の三振で、まだ4イニング目にも関わらず8個目。浦田の前にただ1人のランナーも出せないまま、試合は最終回を迎えていた。

<3番センター鷹合君>

3-4、一点差。ここで鷹合がつながないと、試合はそのまま終わってしまう。

(ま、あの6回に打たしてもらえんかったのは癪やが、僕にはあの一点で十分やったな〜)

浦田は僅か一点のリードにも余裕たっぷり。
打たれる事など全く想定していない。
優雅にも見える動きで振りかぶり、ストレートを投げ込んだ。

(……こんにゃろー!!)

打席の鷹合は思い切り踏み込み、長身をしならせて、最も手が伸びる外高めのストレートを振り抜いた。バットが高い音を立てて、打球が高く舞い上がった。

(うわっ!)

浦田はドキッとして打球の方向を振り向く。
白球はレフトに放物線を描くが、しかし空中で少し失速し、深く守っていたレフト森がしっかりと捕球した。

「よっしゃー!」
「夏秋連覇やでー!」
「公式戦14連勝じゃー!」

水面地区秋季大会の優勝は水面商学館。嬉しそうに駆け寄ってくる他の選手とハイタッチを交わしながら、浦田は首を傾げた。

(勝ったけど、決勝点はワイルドピッチやし、最後も気に入らんかったな〜。何かしまらんわ〜。)

そして、最後に大飛球を打った鷹合を見る。
鷹合も鷹合で、ジッと浦田を見ていた。2人の視線が交錯する。

(今度は、完璧に叩き潰したるけん、覚悟しときや。)
(今度こそ絶対打ったるさけ、覚えとれよ!)

それぞれ思いを抱えたまま、水面の秋の陣の幕は降りる。

3-4。三龍高校野球部、決勝戦敗退。
東豊緑州大会に、水面2位校として出場決定。





ーーーーーーーーーーーーーー



「悪い悪い、遅れたー」
「おー、ヨッシー!」
「久しぶりっちゃねー!」

ファミレスに翼が姿を見せると、山崎と大江が嬉しそうに声をかけた。店内は同じ高校生でごった返している。今日は、1-3組のクラス会だ。もう解消されてしまったクラスだが、山崎の音頭でもう一度集まりを持ったのだ。

「ヨッシー、今野球部すげーな!」
「ヨッシーもメンバーに入りよるんやろ?凄いよねぇ!中学までしよらんかったんに!」

席につくやいなや褒められて、翼は上機嫌に笑った。が、その笑みに水を差してくる奴は、やはり居るものだ。

「ま、合計4イニングしか出てないんだけどな。」
「そやそや!おまけに、普通のフライ落としかけよって、ホンマカッコ悪かったで〜!」
「」

1-3の集まりだから、勿論宮園と鷹合も居る。
褒められた良い気分を思い切り害されて、翼は閉口した。

「なぁ、これ見てや!浅海先生!地方紙の一面になっとーよ!」
「うわ、ホントだ。」

宮園と鷹合の2人はあっさりと無視して、大江は自分のカバンの中から丸めた新聞を出して広げて見せた。準決勝の水面海洋との試合の日付である。“三龍 海洋突き放し初の決勝”の見出しに、ベンチで佇む浅海の横顔の写真。小見出しには“名称・高地監督に競り勝った策士”とか、“美人すぎる高校野球監督”とか、とにかく浅海が持ち上げられていた。すげー。翼は他人事のようにそう思った。

「カッコ良いな〜。国語の授業もめっちゃ分かり易かったし、ホンマこの人有能っちゃけん!」

大江は目を輝かせる。浅海は意外にも、女子人気がかなり高い先生なのだ。少しクールな人となりなので、惚れる男子よりも、大江のように目標として憧れる女子が多い。“カッコ良い”という評価には、翼も同意できる。乙黒よりも余程、生徒を引っ張る気概もあるし人望もある。

「州大会は水面での開催やろ?全校応援とかなるんかね?」
「多分なるよ!今生徒会が応援練習の段取りしよるけん!」

山崎は授業が休める事に大きくガッツポーズし、大江は浅海を全国区にする為に応援すると意気込んでいた。翼は苦笑した。
勝てばこんなに、周りが盛り上がるのかと。
まるで他人事のようにしか思えない程の一大フィーバーだった。



ーーーーーーーーーーーーーー



<from:葵
件名:おめでとう
水面で2位!?ほんで、州大会!?
凄いよ翼!翼がそんな強いチームのベンチに入りよるやなんて、中々信じられません。
いや、翼の事見くびりよるんやないんよ、でもね、凄すぎて中々実感湧かんよね^^;
めっちゃ頑張ったんやなぁって……>

寮の部屋に戻った翼は、葵からのメールを読んでいた。この彼女は毎度毎度、まるで自分の結果のように素直に喜んでくれるものだ。
これが最近、翼の活力となってきている。

<……州大会は水面でやるんよね?平日やけど、あたし、絶対見に行くけん……>
「何ッ!?」

翼はベッドから起き上がった。葵が自分の野球を見に来る。草野球なんかをしていた自分とは、違う自分を葵に見てもらえる。翼の気持ちは奮い立った。オフだからと言って、ゆっくりしている場合などではない、クラス会などに現を抜かしてる場合ではなかった。翼は居ても立っても居られずに、自分の部屋を飛び出して自主練習に向かった。

だから、メールの続きを読まなかった。

<…というのもね、南学も木凪・瑠音地区で優勝して、その応援に駆り出されるけん水面まで行けるんよ!ほやなかったら、平日には中々休ませてもらえんけんね。感謝感謝……>


ーーーーーーーーーーーーーーー


「葵さーん、これどうぞー」
「あ、知花君、またチョコレートくれるん?ええよ、最近もらい過ぎとーけぇ」

ここは斧頃島唯一のスポーツジム。
激しいトレーニングの合間の休憩時間に、島唯一の私学・南海学園の野球部員、知花俊樹がアルバイトの葵にチョコレートを贈った。葵は苦笑いしてそれを断る。

「最近ダイエットしよるんよー。やけん、甘いモンも禁止。」
「えー、葵さん十分引き締まっとりますよー。なぁ、みんな!」

知花が周りの球児に尋ねると、皆しきりに頷いた。葵は、このジムにやってくる南海学園野球部員のアイドルである。

「そういやぁ、彼氏さんの高校、州大会出るやないですかァ。凄いっすねぇ、水面を勝ち上がったんすねぇ」
「そうよぉ。2位やったけど、あたしの彼氏はベンチにもちゃんと入っとるんやけん。」

葵は得意げに胸を張った。
知花はニヤニヤと笑いながら、周りの部員に呼びかけた。

「おう、州大会では、三龍潰すでぇ!俺らの葵さんをパクっとる奴を許しとく訳にゃいかんやろー!」
「「「おおーーっ!」」」

南学野球部員達は意気上がる。
知花は更に続ける。

「考えてみぃや!俺らは葵さんのこんがり焼けた肌しか知らんけど、あいつは“日焼けしよらん部分”も知っとーんぞ!許しておけんわー!」
「ちょっ……何言うんよ!まだそんな事しよらんけん!」

葵はかーっと顔を真っ赤にして憤慨した。
葵のその様子を見て、知花はガハハと豪快に笑った。

「お前ら喜べ!俺らの葵さんはまだ汚されておらんらしいぞー!」
「もーっ!お前はいつもいつもセクハラ発言しかせんのやけん!」

怒ってポカポカと知花の頭を叩く葵と、その様子に爆笑する南学野球部員。
のどかな斧頃島の夜に、高校生の無邪気な笑いが響き渡っていた。





 
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