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とある彼/彼女の籠球人生

作者:駆瑠
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第一話

奇妙といえば奇妙な少女だった。裕福な家庭に健康そのもので生まれたものの、赤ん坊の頃から感情が希薄だった。
絵本を読んでも歌を聞かせても反応は返すもののそれだけ。一部の例外を除き興味を引くことはなかった。
その例外がスポーツだった。特に球技系への関心は軒並みならないものがあった。ニュースに聞き入り、テレビを食い入るように見入っていた。
そんな娘に母はお転婆娘になる予感を感じ、父は笑いながら娘をスポーツ店に連れて行った。











小学生の三年の頃、父のパソコンの使用許可を得た“私“は早速検索ワードを打ち込んでいく。
“私“という一人称にはもう慣れた。意識が殆ど無い頃から刷り込まれてきたのだ。抵抗などない。諦めなどではない。世の中根性ではどうしようもないこともあるのだ。性別とか。
あぁ、生まれ変わって何故女の身体なのか? こんな貧弱な身体でなにをしろと?
いや、別に女性を馬鹿にしているわけではない。なんというか……触れると簡単に折れてしまいそうで怖いのだ。怪我をさせては大変と、女性との接触は消極的になり、そのせいで女性恐怖症などと言われ変な噂が飛び交い大変な目に遭った。
だがまぁ、それも過ぎた過去。どうしようもないことはどうにもできないと割り切り作業を続ける。別にまた死ぬわけでもないのだ。


“バスケ選手 新井亮二“


自分でも表情が強張るのを感じながらキーを押す。“自分が死んで“から五十年もの月日が流れていた。だが五十年だ。まだ生きているなら亮二は今七十から八十の間ぐらいだった筈。平均年齢を考えてもそのあたりならまだ生きているかもしれない。そう思っての検索を掛けたのだか━━━━。


“五十六歳で死去“


入ったサイトで見つけた一文を見た瞬間、目の前が暗くなった。


(何で死んでるんだ、あいつは?)


老衰とかならともかくあいつが病気で死ぬのは考え辛い。なにせ“たかが風邪“と油断して死んだ自分がいるのだ。だというのにあいつが同じミスをするとは思えない。
ならば何故……?


(担当の体育の授業中、老朽化により崩れ落ちてきた照明器具から女子生徒を庇いその下敷きになり死亡……。
あいつ……散々人のこと馬鹿にしておいて最期に熱血教師みたいなことしやが━━━━?)


「きょーしぃ!?」


思いがけない事態に舌が回らずうまく発音できなかった━━━━いや、そういう話じゃない。他の文を見直してもやはりこの男の最後の職業は教師だ。
寡黙冷静冷徹。普通に笑うのは珍しがられ、冷笑が似合うと言われ続けた男の最後の職業が教師。


(何だ……?)


もの凄く似合わない。かつての自分ならあり得んかと笑い飛ばしたであろう話。なのに今はそれができない。予想もしなかった職業に驚いたのもあるだろうが━━━━。


(む? マーク?)


口にできない違和感に首を傾げながら、ページの一番最後まで来た時、関連ワードの中にかつての自分の名前と並んで、マークシティ=レオポルドの名前があった。他は全てバスケ用語だったり同じ世代の日本代表ばかり並ぶ中で何故アメリカ人の彼の名前が上がっているのか。


(“マークシティ=レオポルド……二度目の日本来日。■■■ ■■の時と同じく新井 亮二の葬儀にも参加。取材陣にインタビューにこう応えた。“
あの人、私の葬儀にも出てくれたのか)


ページの写真には自分が覚えている時より更に老け込んだ長身の男が写っていた。


(老けたなぁ……まぁ、三十年も経てば当たり前━━━━)


“確かに死は終わりだ。だが、私が認め、彼等の見せてくれた夢は今も変わらず私の中に根付いている。ならばその夢はきっと、また形になって現れてくれると信じている“


「ッ……!」


インタビューに対しマークが応えた言葉。それを見た時、息が詰まった。同時にさっきまで口に出来なかった違和感も氷解した。


(そうか……お前も夢を見せてたんだな)


普段のリアリストな亮二を見慣れてるせいでそこまで考えなかった。でも、そうだな……。誰かに夢を見せるなら教師という職は最適かもしれない。


(そうだな……消させねぇよ。お前の夢も)


今でも思い出せる亮二のプレイ。インテリ染みた毒舌や嫌みを繰り返す言動からイメージできるとおり、あいつのバスケスタイルは正統派のPGそのものだ。視野の広さ、状況に合わせてチームのOFの緩急を操れる判断力、相手PGの出鼻を挫く強固なDF。けれど一番印象に残るのはシュート。特にドライブからのストップ→シュートはその精度とも相まって相手選手のトラウマに数えられる技術だった。
まぁ、味方に対しても何故か毒舌と共にパスされるのは軽いトラウマだったが……。しかも私へのパスの比率が高いせいで散々だった。「走れ、ウスノロ!」「やれ、鈍亀!」━━━━主に足の遅さを詰られていたのは気のせいだろうか?
ポジションが違うから要求されるスキルも変わる。それでもあのシュートスキルならまだ再現できる筈だ。


(さっそく練習しないと! ミニバスのクラブ……いや、それより大人の集まりにさり気なく混じった方が時間と練習量も確保できるか!? 調べれば場所ぐらい分かるだろう。こうしちゃいられない! “あいつ“も呼ぼう!)


夏音(かのん)! “皐月(さつき)“君が来てるわよ!」


「ちょっと待ってください! 今行きます!」


どうやら呼びにいく前に向こうから来てくれたらしい。パソコンの電源を落としながら階下から聞こえる母の声に返事を返す。その際に伸びてきた金髪の毛先が視界の端に見えた。
それを手で払った時、暗くなったパソコンの画面に自分の顔が見えた。


(やることは決まったんだ。だったら楽しまないとな)


パソコンを起動する前。変わってしまった自分と友の安否。色々な事から強張っていた表情は自分でも笑えるくらい笑顔だった。 
 

 
後書き
C:センター
ポジションを番号で呼ぶ場合“五番“
と呼ばれる。
主にゴール下での攻撃やシュートブロックを担当するポジション。シュートは基本的にゴールに近いほど成功率が上がる。必然誰もがゴール下に近づくため密集地帯になりやすく選手の接触率も高い。そのためこのポジションの選手は肉体的に強靭な人が多い。だがセンターに一番期待されているのはリバウンド(シュートを外した時のボールの確保)。リバウンドの取れるチームは強いチームとも言えるほど重要。
ゴール下からあまり動かない印象があるが、ヨーロッパのバスケスタイルのように外からシュートを撃てる選手もいる。
余談だが、このポジションに属する選手のおかげで度々ゴール下のルールが変更されたり追加されたりしている。

PG:ポイントガード
ポジションを番号で呼ぶ場合“一番“と呼ばれる。
“コート上のコーチ“とも言われるチームの司令塔。広い視野でコートを見渡し、攻撃ではドリブルでボールを相手コートに運んでパスを回し、ディフェンスでは味方の動きを把握しつつスティール
(相手からボールを奪うこと)を行う技術が必要。バスケの試合の序盤で、ドリブルしながら他の選手より遅れて相手コートに入っていく選手を見たら、大体はその人がポイントガードと思っていい(選手によってはポイントガードを兼任する人もいるので絶対とも言い切れないが)。
このポイントガードの得意とするプレイでチームの得意とする戦術も変わるためかなり重要なポジション。そのため様々な状況にも対応できる万能の能力が求められる。


以上で第一話になります。まったく話が進まない点に自分でもびっくり。ご意見ご感想などありましたらぜひお願いします。
もし頂けたら作者が泣いて喜びます。 
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