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Myu 日常編

作者:時計塔
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運命の出会い、なわけない

「すべての準備は整った……あとはお宝を頂戴するのみ……この冥星の華麗なる活躍に酔い痴れるがいい、愚民ども、おぅ!?」
「なにやってんだ、あんた……ってへぇ……珍しく小太刀なんか持って稽古でもすんのかい?」

 冥星が自宅の玄関で出陣の宴を一人で開いていると、なにかあれば自分の頭をボカボカと叩く野蛮人、明子がやってきた。冥星のただならぬ気配に何かを察したのか、次第にその顔つきは険しいものになっていく。

「あんた……いったはずだよね? その構え、もうやめなって」
「久々の人殺しだ。少し勘を取り戻しておかないとな」
「……聞き捨てならないねぇ、そりゃ、なんの冗談だい?」
「冗談ではない。俺は今から人助けに行く、そこで人を殺さなくてはいけない。そしてお宝をゲットするんだ」
「……あんたのバカ発言には慣れている。でも、殺しは別だ。いいかい? 殺しはしてはいけない。これは私との約束だったはずだ。破れば」
「冗談だ。ただ、どうしても相手を半殺しにしなくてはいけない」
「……今日は、珍しくいい目をしているじゃない。あの日、私を殺そうとした時とおんなじだ。あんたがその眼をするときは、ふふふ……女だね」
「だから人助けをしに行くと言っているだろう。ただしついでだ。このチラシの……わかりにくいがこの女の股の下にある黄金の林檎が食べたい。だが金がない、奪うしかない」
「アホか! っといいたいところだが、オークションか……ミュータントの横流し、奴隷化っていうのはこんな村まで広がってんだねぇ」
「こいつもついでに俺がもらう。で、さっさとうっぱらう。その金で焼き肉パーティーだ!!」
「……そんなこといって、ほんとは救いたいんだろ?」
「……救う? 何を言っている明子、俺は救世主ではない。こいつに今まで以上の地獄を味あわせるのだ」
「……まぁ好きにしな。面倒くらい私が見てやるよ。なんにしろ、あんたがそこまでやる気になるくらいなんだ。きっとその価値があるんだろう。ただし、人殺しはだめだ。わかっているね? それと、ミュウを使えばあんたの首が吹き飛ぶ」
「……やれやれ国家第一級指定のミュータントっていうのは苦労が大きい」

 冥星は自分の首に巻いてあるチェーンを引っ張る。すると警報が鳴り、力を入れて引っ張ればお前の首が吹き飛ぶぞと警告される。おそろしくも趣味の悪いアクセサリーだ。
 ミュータントには全て装着されている物だ。保護者に無許可でミュウ……つまり超能力を使えば無条件で首と胴体が引き離される。死ぬのだ。

「正直、今でも驚いている。あんたが素直に私に従って、その首輪をつけたことに」
「そうするしか、生きる道がなかったからな」
「私を殺して、逃げる道もあった」
「逃げるのはだめだ。姉が逃げて俺が逃げれば責任を負う者がいなくなる」
「……海星は? 妹思いの兄はそんなことをかわいい妹に押し付けられない?」
「あいつはどう見てもブスだ。どこが可愛いのかわからん。それにミュウも俺と比べ物にならない。城島の恥だ。よって責任をとる価値すらない」
「あんたの中の美人像っていうのを一回見てみたいね……」
「明子はゴリラだが、美人だと思うぞ」

 明子は目を丸くして照れくさそうに笑った。冥星は時々こうやって無自覚に人を評価する。ちなみに冥星の中で美人というのはご飯をおいしく作れる人なので、食堂のおばちゃんなんかはドストライクなのだった。
 ではな、と冥星は夜の闇に紛れ込み颯爽と姿を消した。その身のこなしは、軍人である明子を圧倒するほどの速さだった。

「あんたが、闇の帝王にならなくてほんとよかったよ……ね、天星?」

 燃え盛る炎の中、一人の親友を今でも探し続けている明子。
 あの日、あの時、あの場所でつけられなかった決着は、明子の右目を代償にして今でも燻っている。
 生きている。奴は必ず。




 今は、何年の何月何日だろうか? 
 意識を取り戻せば、何かおかしな色をした液体が僅かな痛みと共に体の中を虫のように這いずり回る。そうすると、エリザ・サーベラスはまた自分の体が深い沼に沈み込んだように動かなくなる。
 抵抗はおよそ一年続けたはずだ。こう見えても自分はかなり粘り強い性格でどんな苦境にも耐えられる訓練をしていた。
 していた、というのはもうその必要がなくなったということだ。サーベラス家はもうこの世のどこにもない。血縁は皆殺し。残ったのは自分という一人娘だけだった。
 二年前……だったろうか。ミュータントに対する法律がいきなり厳しくなったのは。きっかけは、となる暴動だ。ミュータントたちが集団であちこちの都市を制圧しながら政府に立ち向かった戦い。
『革命』と親は言っていた。そう、革命だ。未知なる存在であるミュータントたちを経済的に、政治的に追い詰めるこの世界に対する革命。それは全国規模にまで及ぶ運動となった。

 首謀者は国によって違う。例えば、合衆国では『ジュリアナ・ローズ』と呼ばれる一人の少女が表に立って戦った。一人で数千人を一瞬にしてねじ伏せることのできる魔女。合衆国は彼女を止めることができず、一部革命は成功したという噂が流れた。それもつかの間出来事で、信頼していた者たちの数々の裏切りにより彼女は闇の内に消えていった。少女を利用して利益を得たかつての同胞は今や合衆国のトップに君臨している。
 そんな話は多々ある。例えば、エリザが貨物船に乗ってやってきたであろう、この日本という国でも革命は起きていた。だが、協力関係にあった家々が次々に断絶し、結局残された中心人物は家族に殺された。なぜ殺されたのか、そもそも中心人物が誰だったのかはわからないままだ。
 エリザは。
 彼女の場合、静かに暮らしていただけだった。確かに親は革命とやらに加担して物資の運搬などを秘密裏に行っていたらしい。ミュータントとして生まれた自分が、少しでも生きやすい世界に変えたいという小さな願望を抱いて、革命に命を燃やした。

「ぁ……めぇ……な、さ……ぃ」
「おい、また泣いてるぞ……さっき薬を打ったばかりなのに」
「哀れだねぇ……ミュータントとして生まれてこなけりゃ普通に暮らして普通の人生が送れたのに」

 周りの人の言うとおりだ。自分がミュータントという化け物に生まれてこなければ、きっと両親は生きていた。自分は小さな家で貧しいけれど幸せに暮らせていたのかもしれない。
 エリザはこの二年、ただ両親に対する贖罪に費やした時間しか覚えていない。意識がある一五分間がその時間。あとはただお人形のようにあちこちを触られ、着替えを着せられ、また脱がされる。


「臥薪さんも、人が悪いねぇ……一億なんて出せるわけねぇだろうが」
「どうせ、見せたいだけだろ。自分にはこれほどの物を手に入れるだけの資産があるって」
「か~~……腹立つねぇ……いっそのこと、傷物にしてやろうか?」
「馬鹿者、そんなことよりもいい方法があるぞ」
「なんだよ、言ってみろよ」
「簡単だ。奪うのだ。盗賊のように、泥棒のように」
「おいおい相棒! そりゃ無理ってもんだ。こんな物抱えてどうやって逃げ回るってんだ! すぐに捕まっちまうよ!」
「どうせ盗品だろう? 盗んだところで足などつくまい。いっそ盛大に見せてやればいい、これは俺の物だと」
「…………お、俺はいいよ。見てるだけで満足だから。が、頑張んなよ、相棒」
「そうか? なら遠慮なくいくぞ。ちなみにお前の相棒はさっきから床で爆睡しているぞ」
「……え?」


※※※※


「みーつめるキャ○アイ! っと。いっちょあがり」

 エリザの目の前には白髪の少年が刃物を手に持ち笑っていた。見張りをしていた男たちを瞬時に眠らせ、自分を抱きかかえたままさっさとその場を去っていく。何が起こっているのかわからない。ただ、わかるのは連れ去られているということ。どこへ?

「は……な、ち……て……」
「断る! それよりも、黄金の林檎なんてどこにもなかったぞ! 糞が! やっぱりお前を売った金で焼き肉パーティっていう設定なのか!」

 どうやらこの少年も自分を売るためにさらったらしい。自分にいったいどんな価値があるのかわからないが、金に換えられるほどの値打ちがまだ残っているのは嬉しかった。
 嘘だ。悲しい。死にたくなるほど。

「い……やぁ…………い……やぁ」
「うぉ!? 鼻水つけられた! 海星みたいなことするやつだな! ったくこれだから女ってやつは……」

 エリザは全力で抵抗した。ここが最後の力を使う時だと判断した。この機を逃せば自分は一生愛玩動物のように扱われ、骨の髄まで家畜としての教育を施されるのだろう。
 かみついた、爪を立てた、男なら……金的を狙った。まるで猛獣のようにエリザは男に立ち向かう。
「ぐ……お前、俺の優秀な遺伝子が一〇〇万は死んだぞ、今」

 アホなことを言い倒れる男に見向きもせずただひたすらにエリザは走る。何かを叫んでいるようだったが無視した。逃げる、ただそれだけが己の使命。駆け抜け、駆け抜け、駆け抜けた先にようやく出口を見つけた。広い門だ。ここを潜り抜ければきっと自由になれる。

「――――ネズミが忍び込んだようだな」


 エリザは悲鳴を上げたかった。しかし声が上手く出ない。長年しゃべらずにいたせいか、喉がつぶれてしまったのかもしれない。ただ、強い力で地面に押さえつけられているはわかる。捕まったのだ。つまり、自分にはもう永遠に出口は訪れない。永遠に……。


「金髪、あきらめるな。お前は今日から俺の奴隷だぞ。根性を見せろ」

 俊足――――と呼びにふさわしい勢いで何者かが一人の男に飛び掛かる。猫のように素早い勢いで刃物を一振り――一瞬のうちに男の腕が一本棒切れのように吹き飛んだ。悲鳴と共に血しぶきが辺りを舞う。

「――――言い忘れていたが、俺は五番目に人殺しが好きなんだ。なぁ、大蔵臥薪……」

 少年は笑っていた。血の雨で濡れた己の髪をかきあげ、銀髪の悪魔は老人に微笑みかける。どちらが本物の悪鬼か、勝負をしよう。そう言っているようだ。

「こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」
「こちらのセリフだぞ、大蔵臥薪。人身売買など、己の器が知れたな。しかも黄金の林檎などどこにもないではないかこの嘘つきめ!」
「小僧の分際で、儂に刃を向けたな……おのれ、おのれ!」
「なんだその刀は? 剣先が震えているぞ? どうした! 裏切り者の大蔵臥薪!! その刃で我が同胞たちを打ち取ったのだろう!? それとも己はただ見ていただけか……あの炎の中、あの時の俺のように!」

 少年の目はギラギラと輝いていた。その瞳の奥にはしまいこんだはずの憎悪があふれ出ている。今、目の前の老人を殺せと誰かがつぶやく。

「……お、お前は……まさか」
「……俺はめんどくさいのが嫌いだ。貴様がこれ以上俺の目の前でうるさいハエのように飛び回るなら容赦はしない。静かにしているというのなら俺が盛大にお前の財産を貪ってやろう」
「ふ、ふざけおって」
「えらべぇ!! 大蔵臥薪!! 貴様に選択権はないぞ!!」

 ここにきて、大蔵臥薪は一体何に対して怯えているのだろうか? 目の前には小僧一人。奴隷一人。自分にとっていとも簡単に捻りつぶすことのできるガキ共だけではないか。
 たかが腕一本取られたくらいで、なんともない。自分が培った戦争の経験が今こそ試される時ではないか……さぁ抜刀しろ臥薪、小僧を黙らせろ臥薪。

「う……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 無理だ。無理に決まっている。相手はただの子供ではない。ミュータントだ。いや、ミュータントなど自分の敵ではない。では、なぜ?
 なぜ逃げている? なぜ立ち止まらない。こんなことが知られたら、自分は一生外を出歩くことなど不可能だ。
 決まっている…………。
 あいつは、あの『城島』の生き残りだからだ……!


 ※※※※※※


「よーし、いい感じにかっこいいな俺」

 エリザは少年を一目見てわかった。バカであると。
 今、少年は小太刀を放り投げ、おかしなポーズをとりながらぶつぶつと自分を賛美している。その様子は不気味でありながらどこか憎めないような感想を抱かせるから不思議だ。

「おい、奴隷、お前黄金の林檎知っているか?」
「…………?」
「なんだ日本語しゃべれないのか? 屑だな。あーあー」

 少年はそのガサツな見た目とは違い悠長なフランス語でエリザに聞いた。
 黄金の林檎はどこありますか、金髪の淫乱女?

「…………イ、インラン、チガウ! Pomme…オナカ、スイテ、タベタ」
「なに?……ほんとに屑なのかお前は!! 吐け! 今すぐ吐け! さもなければ吐けーーーー!!」
「ア、イ、イ、イタイ! イタイ、イヤ! シナイデ!」

 勢いで取り乱してしまった冥星は怯えるエリザをしばらく見つめたあと、ゆっくりと近づき優しくその髪を……引っ張った。

「vous! ナニスル! イ、イタイ!」
「冥星さまだ」
「メイセイ?」
「さまをつけろ! Aristocratie!  冥星、さま!」
「メイセイサマー?」
「お前、俺の、奴隷、よろしいか?」
「い、イヤ……ワタシ、モトメル、ジユウノミ」
「無理、林檎、吐くまで、俺の、奴隷」
「イヤ……」
「だったら売り飛ばす、お前、いらない用済み、わかる?」

 少年はエリザにとって王子様ではなかった。ただ、ほんの少し自分の買われる経緯が違うだけだった。意地悪で、鬼畜で、卑怯な、自分よりも一つ年下の男に買われただけ。
 その時は、ただそれだけだったのです。
 
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