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魔法科高校の神童生

作者:星屑
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Episode25:龍舜

 
前書き
とても難産でした…少し展開を急ぎすぎた気がしなくもないです 

 

「まったく、姉さんは…」

悪態をつきながら、俺は姉さんの額に乗せていたタオルを取り替えた。

エリナが部長か誰かに呼び出されて慌ただしく帰った後、ベッドから落ちたであろう姉さんを助けにきた俺は姉さんが発熱していることに気づいた。どうやらウチの姉さんはめっぽう酒に弱いらしく、酔って時間が経過したら発熱してしまうようだ。本人は大丈夫だと言っていたが、長引かれても困るので今は自室のベッドで横になってもらっている。

「う、ごめんね隼人…」

「いいよ、別に。そんなことより姉さんは早く治すことだけを考えて」

苦しげに息をつきながらも、「はぁい」と返事をした姉さんに俺は微笑みかけると、水の入った桶を持って立ち上がった。

「それじゃ、俺は下にいるからなんかあったら呼んでね。水と薬はデスクの上に置いておくから、後で軽食作ってあげるからソレ食べたら飲んでよ」

「はいはい、わかってますよー」

言われなくとも、とでも言いたそうな顔に俺はデコピンした。いつもならそんなことしたらフルボッコにされるだろうけど、今回ばかりはそれはなかった。

「そう言いながら姉さんは薬なんか飲まないじゃないか。ちゃんと飲んでよ!」

「りょうかいしましたぁー」

まったく、本当に分かったのかなぁ。姉さんったら意外と病弱のくせに風邪薬とか解熱剤とか飲もうとしないんだもんなぁ。

「飲まなかったら俺が無理矢理飲ませるからね」

「ふぇっ!?」

変な声を出して、発熱のせいで元から赤かった姉さんの顔が更に真っ赤に染まった。はて、俺は変なことを言っただろうか。

「の、飲ませるって…どうやって?」

「どうやってって…抵抗するなら、硬化魔法で口を固定してから無理矢理かなぁ…?」

「……あぁ、そう」

途端に冷めた顔になった姉さんに、俺は首を傾げることしかできなかった。





















「……渡辺委員長、少しいいですか?」

明日の公開討論会の対策会議と称された話し合いが終わり、雑然とした雰囲気の風紀委員会本部。その組織の末席に加わっている隼人は長である渡辺摩利に声をかけた。

「なんだ?」

「明日の警備のことで、少々話がありまして…この後空いてますか?」

隼人は今回の事件に対してかなりの警戒をしている。なぜなら、今回の事件はブランシュといった過激派反魔法組織に加え、敵対国である大亜連合も加わっている。およそ事件の全貌を掴みかけている人間としたら、当然の行動だ。

この事件の危険性を十分に理解している隼人だからこそ、今回の風紀委員会の決定に不満があった。

「ああ、問題ない」

「なら、カフェテリア辺りに移動しませんか?」

チラリ、と隼人は部屋を一瞥して、

「あまり、()()()には聞かせられない話なので」

そう言った。
















「それで、話とはなんだ?」

隼人と摩利が訪れたカフェテリアは閑散としていた。昼時ならば多くの生徒で賑わうこの場所だが、放課後になると生徒達は部活動に行ってしまう者が殆どなため、こういった施設は必然的に人影が少なくなる。

この学校は先日の剣道部や剣術部を始め、魔法系・非魔法系合わせるとかなりの数の部活動が存在している。そのため、部の種類はかなり多様だ。運動系から武道系、室内系は勿論、魔法を使用した特殊な部活動もある。その部活動の種類の多さに惹かれて入学してくる人間も、少なくはないだろう。

閑話休題(それは置いといて)


「……今回の事件の全貌と、明日の警備についてです」

素早く周囲に目を走らせ、誰もいないことを確認してから言った隼人の言葉に、摩利は目を細めた。

「…聞かせろ」

周囲への警戒を解かぬまま、隼人は現状を再確認するように報告を始めた。

「まずは、敵対勢力ですが。俺が現場把握しているのは、『同盟』『ブランシュ』そして『大亜連合』の三組織です」

「チョット待て…大亜連合だと?」

「ええ、恐らく。小規模ですがブランシュに加担しているようです」

「……それを知っていてなぜ今まで黙っていた?」

低く、威圧する声が摩利から発せられた。いつも『風紀委員長』や『三巨頭』の肩書きからか、他の生徒達から恐れられている摩利。その人から本気の威圧をされても、隼人は特に反応を示さなかった。

「今までは確証が持てなかったからです。不確定な情報を喋って、現場を混乱させることはしたくなかったですからね」

飄々と言ってのけた隼人を摩利はしばらく睨んでいたが、やがて諦めたのか、溜息をついた。
どうやら今年の一年の風紀委員は少し異常なようだと、達也と隼人の認識を改める。

「まあ、いい。それで、この事件の全貌とは?」

「恐らく、首謀はブランシュ日本支部ですね。それで、同盟はそのブランシュに利用させられ、大亜連合はブランシュに加担…といった感じです。同盟の目的は明日明らかになるでしょう。大亜連合の目的はよく分かりませんが、ブランシュの目的は…この学校に存在する機密文書あたりでしょうかね」

それを聞いて、摩利は思わず頭を抱えたくなった。今の隼人の情報は明らかに学生の領分を逸脱している。正直、目の前に座っている少年を警戒してしまった程だ。

「お前がなぜそんなことを知っているのかは敢えて聞かないが、それは確かな情報なのか?」

もし、隼人の情報が確かなことならば、コチラ側は先手を打つことができる。だが、その情報に確信がないのなら、摩利はこの学校の風紀を司る者として鵜呑みにするわけにもいかない。安易に信用して、万が一に情報が間違いだったらとんでもないことになってしまう。

「俺の父親のツテからの情報なんで、まず間違いはないはずです」

九十九隼人の父親、九十九櫂の存在は摩利も知っていた。

妻のセラと共に国軍に属していた日本の切札的存在。現在は第一線を退いているが、その活躍は期間の短いものの、摩利が尊敬の念を抱くには十分な功績、そして伝説を残していた。
そんな男からの情報ということだけで、摩利を納得させるには十分だった。

「…はぁ。敵の勢力は大体分かった。お前の言葉も信頼しよう。それで、警備についてなにかあると言っていたな」

「俺の担当は舞台袖でしたよね」

ああ、と摩利は頷く。
今回の公開討論会では、学校内の警備だけではなく、会場入りする同盟の人間に監視として風紀委員がつくことになっている。隼人はその中の一人で、同盟の人間二人を監視することになっていた。

「俺に、有る程度の自由をくれませんか?」

「…理由は?」

摩利が怪訝な表情を浮かべてカップに口をつける。ちなみにこの珈琲は隼人の奢りである。
口内に広がる苦味を感じながら先ほどの隼人からの情報を考えてみると、確かに明日の公開討論会の最中にブランシュ側がなにかしらの行動をとってくる確率はかなり高い。だが、それでも校舎内の警備を担当している風紀委員、そして学校内に常駐している教師陣が遅れをとるとも思えなかった。

「風紀委員の連中は決して弱くはない。それに、この学校内には教師陣が常にいるぞ。なぜ、そこまで警戒する?」

摩利の言葉に、隼人は口を閉ざした。だが、言い淀んでいる感じではない。ただ、慎重に言葉を選んでいるように摩利には見えた。

「…これも父親からの情報なんですけど、ここ最近に来て、ブランシュによる兵器の密輸が急増しています。もし、明日襲撃が来て、敵が武装していたら幾ら風紀委員の方々が優秀とはいえ迅速な制圧は不可能だと思います。
それに、この学校は警備システムが堅い…だからこそ教師陣は油断する。予想でしかないんですけど、教師陣は生徒達よりも使い物にならないかと」

「……それで、お前が動いて何になる?」

「敵はブランシュのみではなく大亜連合だっています。恐らく、兵器などと対比しても一番厄介な存在となるであろう奴は、早々にご退場してもらいたいでしょう?」

この間、隼人と邂逅した大亜連合の魔法師『龍舜華(ロウ・シュンファ)』。頭は残念なようだったが、この学校の強固な警備システムを物ともしないという、今回の事件の中で隼人が最も警戒している人物だ。
大亜連合がなんの意図があってブランシュと協力体制にあるのかは判断できないが、早めにこの事件から手を引いてもらうに越したことはないだろう。

「俺の『眼』は特別製でしてね。イデアを覗くことができるんですよ」

「イデアを、覗く?」

情報体次元(イデア)とは、魔法発動のために使用する個別情報体(エイドス)のある次元のことだ。

その次元を『覗く』。つまり、隼人は世界に存在するエイドス、そしてそれを構築する想子(サイオン)を見ることが可能ということだ。
それが一体どういうアドバンテージを得ることができるのか、それは現代魔法を学ぶ者はすぐにでも分かることだ。

基本、魔法はエイドスという情報体を改変して発動することになる。だから、魔法を使えば必ずイデア内でなんらかの変化が起こることになる。イデア内を覗くことができるならば、『改変されたエイドスを見てなんの魔法が発動されるのかを判断することができる』またそれが不可能であっても、一般の魔法師よりも素早い対応が可能になる。

また、人間は幾ら魔法の才能がなくても体内に粒子であるサイオンを保有している。
隼人の見ることができるイデアの世界では物体は透過される。故に、もし敵が建物の中に潜んでいたとしても、魔法師の普通より活性化されたサイオンを見つけ、その居場所を突き止めることは容易い。

「はい。だから、俺は敵の居場所を素早く認識し、迅速に対象に接触することが可能です」

「…しかし、確証がない中でそう簡単に信じるわけにはいかないな」

摩利は風紀委員長。常に責任が着いて回ってくる。ましてや今回の事件は危険度がこれまでのような生徒間の小競り合いとは段違いだ。確証のない賭けをすることを、摩利は容認できなかった。

「うーん…こればかりは信じてもらうしかないんですけどね」

苦笑いしながらすっかり冷えてしまった珈琲を飲む隼人。その苦さに一人の女性を思い出すのと同時に、ふと前のことを思い出した。

「そういえば、市原先輩の前でなら一度使ったことがありますよ」

それは入学式の日。居眠りをしていた隼人に鈴音が真由美の捜索を頼んだ時のことだ。時間ギリギリになっても見つからなくて、隼人は仕方なくその眼----世界の心眼(ユニバース・アイズ)を使って真由美と達也を発見した。

その隼人の言葉を聞いて、摩利は端末を取り出すと淀みない動作で鈴音の番号をコールした。コール音が三回ほどした後、相手は通信に応じた。

「ああ、市原か。今カフェで九十九と二人でな…っとそんなに怒るな。アタシは彼氏持ちだから奪いやしないさ。え?そんなことは言ってない?またまた、照れなくてもいいぞ…ってスマン冗談だ!頼むから切らないでくれ」

一体なんの話をしているのやら。本題から大きく脱線した会話を隼人は全力で聞かないようにした。

「ああ、真面目な話だ。お前、一度九十九がなにか透視したのを見たことがないか?
……ふむ、入学式の日。外に行くと言って戻ってこない真由美を探していた時に茂みで死角になっていた真由美と達也くんを発見した、と。
どうやら本当らしいな…ん?あぁいや、こちらの話だ。じゃあな市原。助かったよ…え?変なことをするなよって?だからしないと何度も…ああ、わかってるよ!なにもしないさ!じゃあな、もう切るからな」

ようやく摩利が通信を終えた時には既に隼人の持つカップの中は空になっていた。
なんとなく、じとーっとした視線を浴びせられ居心地の悪くなった摩利は咳払いをするのだった。

「んんッ!と、取り敢えずお前のその特異能力は信じることにしよう。それと、流石に今更持ち場を変えることはできない。だから、お前がなにかの予兆を感じ取った時から、お前の任を解除する。その後は、お前の好きにしろ」

隼人が当初望んでいた最善ではないが、有る程度の自由は得られたため隼人は妥協することにした。

「頼んだぞ」
「はい!」

静かなカフェテラスに、隼人の返事が響いた。想像以上の声量に頬を染める隼人を見て、摩利は微笑むのだった。




























そして迎えた、公開討論会当日。

「意外に集まりましたね」
「予想外、と言った方が良いだろうな」
「当校の生徒にこれ程、暇人が多いとは…学校側にカリキュラムの強化を進言しなければならないのかもしれませんね」
「笑えない冗談は止せ、市原…」

順に、深雪、達也、鈴音、摩利が講堂に集まった想像以上の生徒の数に思い思いの感想を述べる中、隼人は意識を学校の敷地外に向けていた。

(さて…ブランシュか大亜連合、どちらが先に来るかな、いや、それともどちらもか?)

とにかく、自分にできるのは被害を最小限に抑え、敵が体制を整える前に本拠地を叩くこと。だから、敵が攻めてこなければ自分にできることはない。取り敢えずは、校舎内の索敵に集中することにしよう。

「----始まりますよ」

鈴音の一言に、隼人は俯かせていた顔を上げて視線を舞台へ移した。

今回の討論会はパネルディスカッション方式で行われている。流れ的には、同盟側の質問と要求に対して、真由美が生徒会を代表して反論するという形になった。

『一科と二科の平等』を掲げている同盟側だが、彼らの主張は全体的に具体性の欠けるものだった。

「二科生はあらゆる面で一科生より劣る差別的な取り扱いを受けている。生徒会はその事実を誤魔化そうとしているだけではないか!」

と、言うも、

「ただ今、いらゆる、とのご指摘がありましたが、具体的にはどのようなことを指しているのでしょうか。既にご説明したとおり、施設の利用や備品の配布はA組からH組まで等しく行われていますが」

具体的な事例を織り交ぜて反論を行う真由美に同盟は太刀打ちできず、討論会はやがて真由美の演説となっていった。

「…生徒の間に、同盟の皆さんが指摘したような差別の意識が存在するのは否定しません。ただしそれは、固定化された優越感であり劣等感です。特権階級が自らの持つ特権を侵食されることを恐れる、その防衛本能から生まれ、制度化された差別とは性質が違います。
一科生(ブルーム)二科生(ウィード)、学校も生徒会も風紀委員も禁止している言葉ですが、残念ながら、多くの生徒がこの言葉を使用しています。
しかし、一科生が自らをブルームと称し、二科生をウィードと呼んで見下した態度わや取る、それだけが問題なのではありません。二科生の間にも、自らをウィードと蔑み、諦めと共に受容する。そんな悲しむべき風潮が、確かに存在します」

流石は生徒会長と言ったところだろうか。所々で野次が飛んだりしたが、凛々しい態度でこの学校の闇を語る真由美を前に、同盟は反論することもできずに恨めしげに睨むばかりだった。そして、真由美が続ける、そこで隼人は眉を顰めた。

イデアの次元にて、小さく、それでも確かな変化が隼人の眼に映った。

「渡辺委員長、敵が動き始めました。校舎内の警備に移ります」

「わかった。なにかあったらすぐに連絡を寄越せ」

「了解です」

摩利と会話している内にも、隼人の眼は活性化しだしたサイオンをあちこちに捉えていた。

摩利の言葉に返事を返すと、隼人は講堂を後にした。











「鋼?」

「あれ、隼人?」

講堂から出た隼人は、渡り廊下で油断なく周囲を見渡す親友の姿を見つけた。

どうやら部活が中止になって帰ろうとしていたところ、異変を嗅ぎつけたらしい。

隼人が鋼に事情を話そうとした時、突如として轟音と振動が校舎を襲った。

「……これって一体どんな状況?」

「…テロ組織が校舎内に侵入したんだよ。多分、今のはなんらかの兵器じゃないかな?とにかく、悠長にしてる時間はない」

世界の心眼(ユニバース・アイズ)を通して視た世界では、既に様々な場所で魔法が行使されていた。中でも、特にエイドスが改変されている四箇所に、隼人の目がとまる。

「取り敢えず鋼はここからすぐに実験棟に行ってテロリストを鎮圧してきてくれ」

「…ん、了解。隼人は?」

「俺はこのまま実技棟に行くよ」

そして、二人は頷いて、それぞれの場所に向かって駆け出した。
















隼人が実技棟についたときには、既に戦闘は始まっていた。素早く目を走らせると、二人の教師が榴弾かなにかで引火したエリアの消火を、そして一人の男子生徒がその教師を守るように大立ち回りを演じていた。それを見て状況を理解した隼人は、すぐさまその男子生徒のサポートに移る。

加速魔法を発動してテロリストとの距離を一息に詰め、今にも男子生徒に魔法を放とうとしていた男を背後から蹴り飛ばす。驚いて動きが止まった残り2人の男は、注意が逸れたのを好機と見て十分に力を溜めた男子生徒---西城レオンハルトの拳によって地に沈められた。

「よぉ隼人。こいつぁなんの騒ぎだ?」

「テロリストが学校内に侵入したんだよ」

「物騒な話だな、オイ」

とは言いつつも動揺した様子のないレオに、隼人は苦笑いを浮かべてまだ火を消し切れていないエリアへと目を走らせた。

「俺がやりますよ」

教師二人を下がらせ、隼人はグローブをつけた右手を火へと差し出した。魔法式が輝き、そして隼人が指定したエリアの酸素が消え去った。酸素がなくなってしまえば、火がつくことはない。間も無く、実技棟の壁面を焼いていた火は完全に消火された。

教師に取り敢えずの状況を説明し終えた隼人がレオの方へ戻ると、そこには達也、深雪、エリカ、レオといった美月を除いたいつものメンバーが揃っていた。

「隼人か、他の施設の様子は分かるか?」

「実験棟には十三束鋼(俺の友達)が向かってるから心配はいらないよ。だからあと狙ってきそうな場所は事務室と図書館だけだね」

「事務室はあたしが見てきたけど、もう先生達がテロリストを捕縛してたわよ。ま、流石ってとこね」

となると、次に向かうべきは図書館が優先なのだろうが、それは敵がどこを狙っているかによって代わる。もし、敵が実験棟を狙っているなら、幾ら鋼と言えどもブランシュの主力相手に一人だけでは厳しいだろうから、そちらの救援に行かなければならない。

選択肢は三つ。
図書館へ行くか、実験棟へ行くか、二手に別れていくか。どうすべきか決めあぐねている隼人たちに、背後から近づく声があった。

「彼らの狙いは図書館よ」
「小野先生?」

そこには、いつもの白衣姿ではない、行動性重視の装備を整えたスクールカウンセラーの小野遥の姿があった。

「向こうの主力は、既に館内に侵入しています。壬生さんもそっちにいるわ」

なぜ、貴女がそれを知っているのか、という疑問をほとんどが抱いただろうが、それは敢えて誰も口に出さなかった。代わりに、隼人以外の三人の視線が達也に向けられた。

「後ほど、ご説明をいただいてもよろしいでしょうか」

「却下します、と言いたいところだけど、そうも行かないでしょうね。その代わり、一つお願いしてもいいかしら」

「何でしょう」

そこで、隼人含めた全員の視線が遥へ向けられた。一瞬、逡巡の表情を浮かべた遥だったが、取り乱すことはしない。

「カウンセラー、小野遥の立場としてお願いします。壬生さんに機会を与えてあげて欲しいの。彼女は去年から、剣道選手としての評価と、二科生としての評価のギャップに悩んでいたわ。何度か面接もしたのだけど……私の力が足りなかったのでしょうね。結局、彼らにつけこまれてしまった」

それは、カウンセラーの立場である人間としては模範とも言うべき対応なのだろう。事実、そういった生徒たち一人一人を思いやる遥は生徒たちから好感度が非常に高い。

しかし、

「だから」
「甘いですね」

そんな遥の頼み事は、達也によってバッサリと切り捨てられた。

「行くぞ、深雪」
「はい」
「お、おい、達也」

そのまま図書館へ向かおうとする達也を、生来の性格故かなかなか切り捨てられないレオは呼び止めようとしたが、それは隼人に手で制された。

「レオ、ここはもう戦いの場だよ。余計な情けをかけて怪我をするのは俺達だけじゃないでしょう?」

「あたしも賛成よ。お人好しなのは別に悪いことじゃないけど、状況判断はしっかりしなさい」

「……分かったよ、行こうぜ」

まだ煮え切らない様子だったが、隼人とエリカの二人に諭されて納得はしたようだ。三人は顔を見合わせて、先行している兄妹に追いつくために走り出した。














図書館前では、魔法科高校の三年生とテロリストの小競り合いが続いていた。テロリストはCADの他にもナイフや手榴弾を携行しているようだ。そのテロリストの中には一部この学校の生徒も混ざっているようだが、ほぼ全てが部外者だった。

そんな襲撃者を相手取っている三年生は流石と言うべきか。CADがないにも関わらず、武器を使って襲いかかってくる敵と対等に渡り合っている。

その姿を認めた途端、隼人とレオが動いた。

雷帝(ライズ・カイザー)

パンツァー(panzer)!」

隼人はその身に雷を纏い、レオは雄叫びを放ち乱戦の中に飛び込む。気合を入れるために魔法名を言う隼人とは違い、そのレオの声には意味があった。

「音声認識とはまたレアな物を…」
「お兄様、今、展開と構成が同時進行していませんでしたか?」
「ああ、逐次展開だ。十年前に流行った技術だな」
「…隼人くんが電流纏ってるのはスルーなのね…」

冷静にレオのCADと魔法の仕組みを分析する兄妹に対して、隼人の戦闘を見るのが初めてだったエリカは、『雷で脳に電気信号を送って肉体に無意識にかかっているリミッターを外す』などという無茶苦茶な魔法に驚いていた。

乱戦の中に飛び込んでいった隼人とレオは、CADを持たない三年生と入れ替わり、そして一瞬で戦闘の主導権を握っていた。
突き込まれるナイフを紙一重で躱し、カウンターとして裏拳をテロリストの一人の顔面に叩き込む。『雷帝』によって筋力が格段に上がっているため、隼人の拳を諸に受けたテロリストは数メートル吹き飛び、そのまま起き上がる気配はなかった。恐らく死んではいないだろうが、顔の骨格が若干歪んでしまっているかもしれない。

しかしその結果を見ることなく隼人は次の標的に狙いを定め、そして一気に懐に飛び込む。一瞬で間合いを詰められたことに驚いている敵を回し蹴りで弾き飛ばして、レオを背後から襲うテロリストにぶつけて動きを止めてから、レオの硬化された拳が二人を殴り飛ばした。

襲いかかってくる敵を逆に踏み込んで襟首を掴み、隼人はそのまま横薙ぎに振り回して周囲の敵を敬遠させる。タタラを踏んだ敵の一人に狙いを定めると、瞬きの一瞬のみで標的の体を蹴り飛ばして後方から迫る魔法にぶつけて盾にした。その後も隼人は縦横無尽に戦場を駆け抜け、多くのテロリストを地に伏せていた。そんな滅茶苦茶な戦闘方法に、達也は思わず呆れた目を隼人に向けていた。

だが、戦い方が滅茶苦茶なのは何も隼人に限ったことではない。

「オラァッ!」

手甲のように前腕を覆う幅広で分厚いCADで、振り下ろされた棍棒を受け止め、殴り返す。

「あんな使い方して、よく壊れないわね」

もう隼人の戦いには呆れて目もくれず、エリカはレオのCADに興味を示していた。

「CAD自体に硬化魔法が掛けられている。硬化魔法は分子の相対座標を狭いエリアに固定する魔法だ。どんな強い衝撃を受けても、部品間の相対座標にずれが生じなければ、外装が破られない限り壊れることはない」

「どんだけ乱暴に扱っても壊れないってわけか。本当に、お似合いの魔法」

乱戦を避けるためにエントランスへ回り込みながらレオの戦いを評価するエリカを余所に、隼人とレオの戦闘は激化していった。

(予想より数が多い…ここは一気に蹴散らしたほうがいいか)

テロリストの一人を蹴り飛ばしながら隼人は思考する。

流石は主力というところか。組員一人一人の技術力は低いが、数の暴力がそれを補って余りある。

戦闘を長引かせては意味がないと判断し、隼人は戦い方を変えた。

全てを凍てつかせる斬撃(デュランダル)!」

隼人の掌から噴き出した冷気が、瞬く間に巨大な剣を象って五人を氷漬けにした。氷の剣に囚われた五人の絶望に染まった表情を見て、この場にいた隼人と司波兄妹以外の全員が息を呑んだ。

それほどまでに、今の魔法は凄まじいものだったのだ。

「レオ!」

思わず体が固まってしまっていたレオに、自棄になったテロリストの凶刃が襲いかかるが、間一髪、二人の体の隙間に割り込んだ隼人がナイフを受け止めた。

「わりぃ!」

隼人によって動けなくなっている男を殴り飛ばし、レオは雑念を振り払うために頭を思い切り左右に振った。

「へーき…それより、ここは俺に任せて先に行ってくれないかな?手っ取り早く終わらせて追いつくからさ」

背中を合わせる二人を、氷剣のショックから立ち直ったテロリストの数人が囲んだ。だが、恐らくそれでも隼人の敵にはならないのだろう。自分がやるより迅速に終わると、レオは冷静に判断した。

「わかったぜ」

「よし、俺が道を開くからレオはその隙に達也たちと合流してね」

カウントする隼人に、周囲のテロリストが身構える。恐らくどんな攻撃が来てもいいように----と本人たちは考えているのだろうが、その姿は完全に腰が引けたものとなっていた。

「ドライカーテン」

呟きと同時に、真っ白い霧が周囲を覆った。それだけで、隼人に恐怖を抱いていたテロリスト達のほとんどが動けなくなってしまう。
奪われる視界。絶たれる気配。そして、突き刺さる殺気。テロリスト達が戦意を失うには、十分すぎた。
だが隼人の眼は施設の外から来る、敵の援軍の姿を捉えていた。

「レオ、行って」

「ああ!」

近づいてくる足音でレオも援軍が来ていると分かったのだろう。隼人に頷きを返すと、まるで道を作っているように霧が晴れている場所を走って行った。



「…行ったかな。さてと、おもてなししてあげようか」

立ち込める濃密な霧の中。()()()九十九隼人は、その中に気配を潜ませていった。






















図書館の内部に複数の仲間と共に忍び込んだ男を出迎えたのは濃密な霧だった。密閉されたこの空間では、魔法の使えない彼らにこの霧をどうにかするのは難しい。
誰かが足止めのために使ったのか、それとも姿を隠すために使ったのか、どちらにせよこの霧が邪魔なのは間違いなかった。
男は舌打ちを漏らして、無駄だと思いながら霧中に目を凝らした。
刹那----ゴキリ、という不吉な音を男の背後にいた部下が聞いた。

「ギっ…?」

突然の激痛に思わず叫びを上げようとした男だが、その絶叫が放たれる前に黒いグローブに包まれた手が男の鳩尾に突き刺さっていた。
しかしそれは男の背後にいた部下たちには見えない。彼らは、従って来た隊長格の男の腕が途端に変な方向へ捻じ曲がり、悲鳴を上げる間もなく倒れたのを見ただけだった。

「---っ!?」

言いようのない緊張感が辺りを包んだ。明らかに自分達を害する存在が近くにいるのに、霧のせいで姿が見えないのはおろか、気配すら感じることはできない。

「がっ!?」
「ゲェッ…」
「ぎゃぁ!?」
「っ…」

侵入者が気配を掴むことができなかったのは霧のせいではなく、暗殺者である隼人の能力だと知ることは二度と訪れることはないだろう。
後が面倒なことになるため、殺してはいない。ここから運良く逃げ出せたとしても、失敗者には死を。犯罪組織とは、そういうものだ。そしてこのまま起きず、警察にでも捕まれば彼らはこれからの長い人生の殆どを刑務所で過ごすことになるだろう。だから、彼らが生きてもう一度隼人に出会うことは恐らくない。

「ふぅ…」

隼人の溜息を合図としたように、今まで視界を遮っていた霧はゆっくりと消えていった。
目の前に転がった五人の男を一瞥して、隼人は図書館内に目を向けた。

「一番奥…特別閲覧室だっけ?うーん、正直あの四人が行ってなにかあるとは思えないしなぁ」

達也、深雪だけでも十分だと思えるのに、そこにレオやエリカが行ったらそれはもう明らかに戦力過多だ。どうやら、一人は一階に残って敵の足止めをしてるようだが、エイドスの変化があまりないから、激しい戦闘ではないと見て、救援は必要ないと判断する。

図書館への突入は不要という判断を下した隼人は、もう一つのやるべき事のためにぐるりと校舎内を見渡した。さっきまでは目立った反応がなかったため放置していたが。
しばらく校舎内をイデアを通して見ていた隼人の目は、実技棟で止まった。

「見つけた。あそこは、鋼のとこか…ん?」

取り出した端末には一件の受信メール。なんだろう、と思いながら送り主を見てみると鋼からだった。

『ヤバイの来たたすけて(´・_・`)』

「……行くか」

どうやら当たっていたようだ。
今回の事件で、隼人が最も警戒している人物、龍舜華。
鋼のメールのせいで緩みかけていた集中力を高めるように目を瞑ってから、隼人は駆け出した。
















「このっ!」

半ばヤケクソ気味に突き出した拳は、やはり躱されてしまう。そしてすぐにカウンターとして襲い来る白刃を頬に微かな裂傷を負いながら避けて、バックステップで距離をとる。
先程から、今のような攻防の繰り返し。両者共にかなりの実力を有しているが為の拮抗状態。
先に痺れを切らしたほうが負けると分かっていても、鋼の心中は穏やかではなかった。

(さっきからヒラヒラと…まるで、実体がないみたいだ)

頬を伝う血を手の甲で拭って、鋼は目の前に立つ女の姿を見やる。

高い身長に、引き締まった肉体。茶色の長い髪はポニーテールに結えられている。端正に整えられた顔つき。その中でも最も目を惹くのが、彼女の持つ一振りの刀型CAD。
CADなのに凡そ精密機械の部品一つ見つからないのは、きっと気のせいではないのだろう。
魔法補助というシステムを最大まで削り、極限まで『刀』に近づけた『剣技特化型CAD』とも言うべき代物だ。
多分、そのCADは極単純な魔法式しか登録されていないのだろう。

女と戦闘を始めた時には既に鋼の観察はここまで終えていた。そして、自身の勝ちをほぼ確信していた。
女が幾ら剣技に自信があっても、鋼にはそれらを見切れるだけの技がある。警戒すべき魔法は基礎単一系統及び少しの応用。それならば、鋼は十分に、驕りでもなんでもなく回避してカウンターを叩き込むことは可能だった。

だが、今になって分かった。

女には、技術体系化された魔法は必要がない。そんなものがなくとも、彼女が『生まれ持った』才能で敵を沈黙させるのは容易だったのだ。

「……厄介だ」

そう呟いて、鋼は影のように揺らぐ女を睨んだ。
それを戦闘開始の合図ととったのか、女は徐に刀を構え-----

「フッ!」
「っ!?」

----頭上から繰り出された第三者の蹴りを、刀を握る腕で防いだ。

「っ!?」
「チィッ」

防ぎつつ驚きに目を剥く女に、舌打ちを漏らして距離をとる青年。

「やっと来た…」

その姿を見て、鋼は安堵の溜息をついた。自分一人ではどうにも決めきれないところだったのだ。

「……見つけた」
「ん?あ、この間の少年!」

「へ?」

目を細めて、警戒するように構える隼人に、本当に嬉しそうに声を弾ませる女。
二人の関係を知らない鋼は、首を傾げるしかなかった。

「いやぁ、この間はお前のお陰で助かったよー」

「別に、助けたつもりはないよ」

隼人らしくないつっけんどんな態度に、鋼の首の角度が更に大きくなる。

「またまたぁ…まさか少年はツンデレか!?」

「誰がツンデレだ。あんたに対してデレたことなんかないよ」

あまりにも温度差のある二人の会話にまったくついていけていない鋼は、せめて親友の珍しい姿を記憶に焼き付けておくことにした。


「…で、なんであんたがここにいるの?またお仕事ってヤツ?」

「おー!そうなんだよー!なんか、ここに攻め込むから護衛しろって言われてさぁ…」

相変わらず言ってはならないことをペラペラと喋る女---龍舜華(ロウ・シュンファ)に隼人は呆れたように溜息をついた。
しかしそこで気づいた。退屈な命令への不満で尖らせていた女の唇が、妖艶に弧を描いていることに。

「でもまぁ、お前と戦ってみたら楽しそうだよなぁ…最近、本気出せずに負けることが多くてストレス溜まってんだよ。なぁ少年、ここまで言えば、次やることは分かるだろ?」

「…ただのバカかと思ったら、とんだ戦闘狂(バトルマニア)だ」

心底呆れたように言葉を吐き出し、剣呑な光を灯した瞳で舜華を睨みつける隼人。舜華がニヤリと笑みを濃くすると、彼は徐に懐からワイヤーを取り出し手首に巻いた。

「…増援、ねぇ」

騒がしくなってきた実技棟の外へチラリと視線を向けると、扉を挟んだ向こう側に数十人のブランシュメンバーの姿を見つけた。

「鋼」
「おっけー、任せなって」

鋼もその存在に気づいていたのだろう。特に言葉を交わすことなく二人は自分らのやるべきことを確認した。

「行くぞ…!」

「ササっと終わらせる!」

雷帝を発動した隼人が舜華へと、数瞬遅れて鋼が侵入してきたブランシュメンバー達へと駆け出す。戦端が開かれたのは、全くの同時だった。

















「ハァッ!」

剣戟を回避して繰り出された回し蹴りを、舜華はギリギリの所で回避した。もし当たれば一撃で致命傷になり得る威力を孕んだ蹴りに、冷や汗が流れる。

流れるような拳のラッシュを時折掠りながらも確実に躱していきながら、舜華は敵である少年を観察する。
非戦闘時のおめでたい思考回路はどこにいったのか、舜華は少年の持つパワー・スピード共に自分を上回っていることを一切の感情を挟まずに機械的に理解した。致命傷を与えられずに焦る隼人とは裏腹に、段々と、『龍舜華』という存在が対隼人に適応していく。

「…っ!」

閃いた白刃の一閃を、隼人は床に転がることで回避した。立ち上がった瞬間に突き込まれる切っ先を紙一重で躱して、隼人は敵が自分のスピードに追いついてきたことを悟る。それに伴って、対峙している女の雰囲気が変わったことにも気づいた。

「ふむ…」

短い呟きを舜華が漏らしたと同時に、隼人はその場から飛び退いた。直後を、スピードを上乗せした舜華の刀が地面を粉々に砕く。気づくのが一瞬でも遅れていたら、恐らく自分も無残に破壊された地面のようになっていただろうことを理解して、隼人は歯噛みした。

「俺が出てくるのは久し振りだな……」

「…は?」

目の前にいた女がボソリと呟いた一言は、隼人には理解し難いことだった。
『俺』?
豹変した雰囲気といい、一人称といい。先ほどまでの間抜け面はどこへいったのか。今の龍舜華の表情は歴戦の戦士のソレだった。

「アンタ…一体誰だ?」

低い声で隼人が尋ねる。一瞬でも隙を見せたら返答の最中でもその首をへし折れるように体勢を作るが、果てしてそのような隙を目の前の女は見せなかった。

「俺の名は龍舜秦(ロウ・シュンタイ)。この肉体のもう一人の持ち主だ」

「……二重人格ということか?」

「有り体に言えばそうなるな。実際は、もう少し複雑だが」

正直言って、隼人はそんなことに興味はなかった。ただ、敵の身のこなしを窺う時間が欲しかったのだ。
そして、舌打ちをしたくなるのを抑える。

(隙がまったくと言っていいほどない…迂闊に接近するのは危険だなぁ)

ツゥ、と嫌な汗が隼人の頬を伝う。あのバカっぽいのが表の顔だとすると、今の彼女、否、彼は裏の顔なのだろう。表の人格があれだけのバカなのだ、その反動で裏の人格が思慮深く厳格な態度をとるのも理解できなくもない。
まあ、それは二重人格ということを前提にした話なのだが。

「それで…アンタが出てきたってことはここから本気ってことでいいのかな?」

正直な話、隼人はここでこの男と戦いたくはなかった。この男がかなりの強者だということは明らか。そんな人間と戦って、この敷地に被害を出さない自信は隼人にはない。

まあ、これほどの圧力を放つ敵を前に自分の身ではなく周りの被害のことを心配する辺り、隼人は自分の強さに自信を持っていることが窺える。

「ふむ…」

隼人が警戒する中、男が放った言葉は隼人の予想を裏切るものだった。

「いや、残念だが俺はここで引くことにしよう。どうやら向こうの勝負がついたらしい」

「!」

向こうの勝負、とは鋼がまだ戦っていることから、恐らくは達也たちが乗り込んだ図書館の方の戦いだろう。やはり敵の狙いはこの学校に隠されている機密文書だったようだ。

「……簡単に逃がすとでも?」

「ふ…ここで戦えば互いに不利益を被るだけだということはお前にもわかっているのだろう?」

隼人の虚勢は、男に軽々といなされた。今度は抑えることもせずに舌打ちをして、隼人は握っていた拳を解いた。

「まあ、そう焦るな。また後でだ…そうだな。コイツ等の隠れ蓑である丘陵地帯の廃工場で決着をつけよう」

「…うん」

ブランシュの拠点をあっさりとバラした男。だが、そこには表の顔である女のように、なんの考えもなくペラペラ喋ったという感じはなかった。恐らく、隠していても無駄だと判断した故だろう。
男の提案に、隼人は小さく頷きを返すことで同意を示した。

「ではな」

そう言って、男の姿は霞がかって、やがて消えた。隼人の見るイデアの世界にも、彼の、龍舜秦が世界に残した痕跡はなにもなかった。

「…認識阻害系のBS魔法かな。厄介だなぁ」

本当に厄介な事になったと溜息を吐いて、隼人はテロリストを縄で縛る鋼を手伝うことにした。
























テロリスト達を全て捕縛し終えた隼人達は現在、重要参考人として保健室に軟禁している壬生紗耶香の事情聴取を行っていた。
勿論、主だって話を進めているのはこの学校に三巨頭として君臨する三名の重役、七草真由美、渡辺摩利、そして十文字克人だ。隼人は、余計な口出しをせず、行く末を見守るだけとなった。ちなみに鋼は『疲れた早く寝たい』との理由で帰宅している。
どうやら、今回のテロ行為を扇動した首謀者である剣道部の『司甲』も、先程風紀委員の辰巳鋼太郎と沢木碧によって拘束されたようだが、そちらはまだ聴取できる状態ではないと判断され、後回しとなった。

「壬生、それは本当か?」

紗耶香から、今回の犯行の準備期間からの経緯を聞いて、摩利は珍しく狼狽したような声を発した。
どうやらブランシュは紗耶香が入学する前から、恐らくは司甲が入学した時から今日のために相当に入念な準備をしてきたようだ。真由美たちはそのことに驚きを覚えるが、摩利は別の場所で驚いていた。

摩利の問いに、紗耶香はどこか吹っ切れた表情で答えた。

「今にして思えば、あたしは中学時代『剣道小町』なんて言われて、いい気になっていたんだと思います。
だから入学してすぐの、剣術部の新入生向け演武で渡辺先輩の見事な魔法剣技を見て、一手のご指導をお願いした時、すげなくあしらわれてしまったのがすごくショックで……
相手にしてもらえなかったのはきっと、あたしが二科生だから、そう思ったらとてもやるせなくなって…」

「チョット…チョット待て。
去年の勧誘週間というと、あたしが剣術部の跳ね上がりに灸を据えてやった時のことだな?
その時のことは覚えている。
お前に練習相手を申し込まれたことも忘れていない。
だがあたしは、お前をすげなくあしらったりしていないぞ?」

それは、僅かな食い違い。

「傷つけた側に傷の痛みが分からないなんてら、よくあることです」

エリカの言う通りに、そう割り切ってしまうことは簡単にできる。だが、隼人はその少しの食い違いに強烈な違和感を覚えた。
それはどうやら達也も同じだったようで、

「エリカ、少し黙っていろ」
「なに?達也くんは渡辺先輩の味方なの?」
「だから少し黙って聞いていろ。非難も論評も、話を聞き終わってからだ」

達也に厳しく叱責され、エリカは渋々ながらも黙った。
気まずい沈黙が続く中、隼人は必死に記憶の中を漁っていた。

「先輩は、あたしでは相手にならないから無駄だ、自分に相応しい相手を選べ、と仰って……
高校に入ってすぐ、憧れた先輩にそんな風に言われて…」

「待て…いや、待て。それは誤解だ、壬生」
「えっ?」

「あたしは確か、あの時こう言ったんだ。
----すまないが、あたしの腕では到底、お前の相手は務まらないから、お前に無駄な時間を過ごさせてしまうことになる。それより、お前の腕に見合う相手と稽古してくれ----とな。
違うか?」

「え、あの……そう、いえば…」

「大体、あたしがお前に向かって『相手にならない』なんて言うはずがない。剣の腕はあの頃からお前の方が上だったんだから」

紗耶香と摩利の記憶の食い違いは、不自然なほどに大きい。確かに当時は気が動転して聞き間違えるということもあるだろう。だが、頭は時間と共に冷静になっていくものだ。その日から一年経った今、そこまで大きな記憶違いというのは、紗耶香の単なる思い込みか、それとも、『人為的な何か』か。

そこまで思考して、隼人は唐突に敵の大将の魔法を思い出した。
『意識干渉型系統外魔法邪眼(イビル・アイ)』。
催眠効果を持つパターンの光信号を高速で明滅させ、相手の網膜に投射する光波振動系魔法。

恐らくそれを使えば、その時ショックを受けていた紗耶香に、今彼女が告白したような記憶にすり替えることは可能なはずだ。

だとしたら、その男----司一は、隼人の最も忌み嫌う人種の一人だ。思わず、拳を強く握り締める。

「じゃあ……あたしの誤解…だったんですか…?」

紗耶香の呆然とした呟きで、隼人の意識は現実に引き戻される。

「なんだ、あたし、バカみたい……
勝手に、先輩のこと誤解して…自分のこと、貶めて……
逆恨みで、一年間も無駄にして…」

紗耶香は今、物凄く後悔しているのだろう。きっと彼女は心の中で、自分のことを罵っているに違いない。
そんな彼女に、誰も何も言えず、沈黙が流れた。

「無駄ではないと、思います」

その沈黙を破ったのは、達也だった。

「……司波君?」

紗耶香が顔を上げた。縋り付くような彼女の瞳をまっすぐに捉えて、達也は言葉を続けた。

「エリカが先輩の技を見て、言っていました。
エリカの知る壬生先輩の、中学の大会で準優勝した『剣道小町』の剣技とは別人のように強くなっていると。
恨み、憎しみで身につけた強さは、確かに、悲しい強さかもしれません。ですがそれは、紛れもなく、壬生先輩が自分の手で高めた先輩の剣です。
恨みに凝り固まるでなく、嘆きに溺れるでなく、己自身を磨き高めた先輩の一年が、無駄であったはずはないと思います」

達也の語るそれを、隼人は自分のことのように聞いていた。その目は暗く、黒く、光を映さない。

「強くなるきっかけなんて様々です。
努力する理由なんて千や万では数え切れないでしょう。
その努力を、その時間を、その成果を否定してしまった時にこそ、努力に費やした日々が本当に無駄になってしまうのではないでしょうか」

「司波君…」

達也を見上げる紗耶香の瞳からは大粒の涙が途絶えることなく流れ続けている。

「司波君、一つだけ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう」
「もう少し、こっちに来てくれないかな?」
「こう、ですか?」
「もう一歩」
「はぁ」

雰囲気が変わり、和やかな空気が流れた。
だがそれは、

「じゃあお願い」

すぐに、

「そのまま、動かないでね」

驚愕のものに変わった。
紗耶香が達也の服を握りしめて、胸に顔を埋めたからだ。

「うっ、うう…」

嗚咽は、すぐに号泣に変わった。
周りが狼狽する中、達也は無言で紗耶香の細い肩を支え、深雪はそれを見て目を伏せた。

「………」

そして隼人は、暗い黒を瞳に宿したまま、達也たちの姿を一瞥して、静かに部屋から出て行った。


















----to be continued---- 
 

 
後書き
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