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無欠の刃

作者:赤面
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幼い日の思い出
  いつも通り

 風になびく赤い髪の毛を黒色の髪結びで束ね、懐にしまっておいたものを取り出す。
 唐草模様の、忍者がよく使うといえば使う風呂敷を地面に広げて、赤と青の鞘を置く。それらを手早く包んで、一見しただけでは中身が何かわからないようにする。
 とっくの昔に走り出していたナルトが、そんなカトナの挙動にもどかしそうに体を震わせた。

「カトナ、早く早く!! おそいってばよ!」
「待って。しまう、から」

 カトナの言葉を聞いたナルトが不思議そうな顔をする。
 青色の瞳が零れ落ちてしまいそうなほど、大きく開かれた。

「なんで、しまうんだってば?」
「…嫌な、こと、あってほしくない、から」
「嫌なこと?」
「うん」

 はてなマークを頭の上に飛ばす弟に追いついて、カトナは肩を叩く。
 行こうと言葉に出さずに告げた姉に、ナルトは大きくうなずいた。
 手を取って駆けだす。時に兎のように跳ねながらも、仲良く並んで走っていく。
 そんな二人の背に、無言の視線が突き刺さっていく。
 憎悪、憎悪、憎悪。
 カトナの赤髪をとらえるたびに、すれ違う人々の目に憎悪の色がこもっていく。
 暗い眼は彼女を忌々し気に睨みつけては、ひそひそと、こちらにも聞こえる声で囁く。
 九尾の化け物。くさい、けがらわしい。気味の悪い。どうして。化け狐め。
 そんな声が、聞こえてくる。
 チャクラで強化した聴覚で彼らの悪意すべてを聞きながら、内心ぼやく。

 …別に、いいけど。

 向けられている視線の意味を知りながらも、カトナは全く頓着することく、里人の目の前を勢いよく駆け抜けていく。

 ”九尾の人柱力”

 それが、己にはられたレッテルの名だ。
 脚色することも出来るが、端的な表現で言えば、こんなところだろう。
 里を滅ぼし、自分たちの大切なものを殺した九尾が封じられている、忌々しい子供。何をどうしたかは知らないが、あの火影を惑わし、自分を庇護させている憎らしい存在。
 こめられた視線には、そんな感情や言葉があふれかえっていて、ああ、ナルトに向けられなくてよかったと思いながらも、カトナはあえて視線を地面に向け、里の人間たちの目から逃げるように走る。

 八年経った木の葉の里には、ある一つの噂が流れていた。
 九尾を倒すことが出来なかった四代目火影、波風ミナトは己の全気力を振りしぼり、九尾をある赤子に封じたらしい。
 その九尾が封じられた子は、もともとは黒い髪の毛であったが、九尾の力の影響を受け、九尾のチャクラと同じ色――すなわち、赤い髪の毛に変わってしまったらしい。
 眉唾物ともいえるようなそんな情報に、最初は信じないものも多かったが、火影によって連れてこられた赤子を見て、彼らは瞠目した。
 本当に、赤い髪の毛。
 九尾のチャクラと全く同質の色をした髪の毛。
 赤々と燃え上がる火の色の髪をしたその少女は、淡々とした瞳でこちらを見つめ、感情の欠けた表情を浮かべ、こちらを見る視線は虫けらを見るかのようなものであった。

 その時、彼らはこう思ったのだ
 『この子供こそが、九尾の人柱力であると』
 真実は全く違うのに、彼らはそう思いこんだ。
 赤い髪の毛は九尾の色のチャクラだ。あの赤い髪の毛は九尾のものだ。あの髪の毛を持つ少女は、狐の化け物だ。あの少女は”九尾の人柱力”だ。

 けれど、違う。
 その考え方は全くもって違い、その事実は偽りでしかなく、真実は嘘で隠されて、誰の目にも見えなくなってしまっている。
 彼女は”九尾の人柱力”ではない。彼女はそれの、双子の姉でしかない。
 九尾なんて存在を、毛ほども彼女は触れたことが無い。彼女のチャクラは人間のものでしかない。

 彼女のこの赤い髪の毛は、九尾の色なんかでは決してない。

 この赤い髪の毛の意味を、里の人たちははかり違えていると、カトナは内心でくすくすと嘲笑った。
 彼女の赤い髪の毛は九尾のチャクラの色ではない。
 彼女の髪の毛は、忍びとしての生きざまを守ろうとした、火の色だ。
 彼女のその赤い瞳は、彼女たちをこの世に生んでくれた、夕焼け色だ。
 同時にその色は、

 「流れる、血の色」

 ポツリとその言葉を放ったカトナは、自分の目の前を走り抜けるその存在からあふれる光を見て、嬉しそうに顔を破顔させた。
 浮かんだ笑顔は子供らしいものであったが、同時に出した言葉は、到底子供が出すようなものではなかったけれど…。けれども確かに、彼女はそんな言葉を吐き出した。
 耳ざとく聞きとがめたナルトがぴたりと足を止め、不思議そうに瞳を瞬かせた。

 「カトナ?」

 その瞳に、カトナは意表が付かれたように息を呑んだ。
 と思うと、先ほどの笑顔を瞬く間に拭い去り、もとの無表情になる。
 一瞬にして感情を消し去ったカトナは、こちらをすべて見透かすような弟の瞳から逃げるように顔を俯かせた。

「なん、でも、ない、よ…」
「?? そうかってば?」
「うん、それより、ついた」

 白色の、いかにもといった色で塗られた塀で厳重に囲まれたお屋敷の前で立ち止まる。
 自分たちが来たかった場所かどうかを用心深く確かめながら、ナルトの腕を引っ張った。
 対するナルトは、その言葉に満面の笑みを浮かべ、腕が引っ張られた方向に体を向けると、この里の中でも、一、二を争う豪邸を持つ名家の名を授かっている人間の名を、勢いよく呼んだ。

 「サッ、ス、ケっ! いっ、たち兄! あーそぼっ!!」

 耳によく届く声が道に広がり、数人の通行人がナルトの方向に振り返った。
 一瞬、彼らはカトナの姿を見咎めて、汚物でも見るかのように目を細めた。が、嬉しそうなナルトの姿を目の当たりにして、毒気が抜かれたようになる。特に、カトナに罵詈雑言を吐くこともせず、黙ってその場を離れていく。
 ナルトの、おかげ。
 わずかに頬を緩ませて、けれどそれ以上、顔に出すことはしない。

 カトナは周囲を警戒して視線を巡らせた。
 ここはうちはの区画だ。木の葉隠れの里の中心街からは離れた場所にあるので、里人たちは好んで近づくことはしない。だが決して、安全地帯というわけでもない。
 うちはの人間は排他的な側面があるので、カトナやナルトのような異分子がいることを嫌がる節がある。いつ狙われるかもわからない。

 それにと、カトナはちらりと視線を滑らせる。
 うちは区画にある電燈。今は動いていないそれには、一瞥しただけではわからないようになっているが、監視カメラが仕掛けられている。
 うちは一族を監視するためのものらしいが、詳しくは知らない。ただ、誰が見ているかもわからない映像記録に、大事な弟の姿を残させてたまるか。
 カトナは立ち位置を変えて、カメラにナルトが映らないように庇う。

 数秒の間が開いた後、勢いよく門が開かれ、中からナルト達と同じくらいの背格好の黒髪の少年と、その少年より少し大きい背格好の少年が飛び出してくる。

「ナルトっ、カトナ!」
「二人とも、早かったな」

 黒髪の少年は、ナルトに飛び掛るような勢いで手を突き出す。その少年を見て、心得たというように、ナルトもほかの子供に比べると小さめの手を、少年の手に合わせた。
 パァンッという音と共に合わさった手に、二人とも嬉しそうに目を見開いた。
 それを微笑ましそうに見ていたカトナは、いきなりぽんっと頭に置かれた手に驚いて、めったに変えない表情を動かした。
 慌てて頭の上の手を払いのけようとしたが、それよりも先にかけられた声に押し黙る。

「別にいいだろう、カトナ?」
「…こども、あつかい、しないで、イタチ兄さん」

 ぷいっと顔をそむけたカトナに、イタチは愛しそうに目を細めた後、その赤い髪の毛を丁寧に丁寧に掬って撫でる。
 優しい手つきに、かぁぁっという擬音が似合うほど、カトナの頬が髪の毛と同じくらいの赤で染まった。恥ずかしそうに唇をとがらせて俯く。

 「イタチ兄、カトナばっかずるいってば! 俺も、俺も撫でて!」

 その瞬間、ナルトが声をあげる。
 自分も自分もと背伸びをして主張するナルトに、イタチは微笑んだ。
 こうして、自分の心のままに動けるところがナルトのいいところだ。子供らしい素直さとまっすぐさは、見るものを引き付ける。
 笑うイタチがナルトの頭を撫でる。

 それを、サスケはじっと黒い目で見つめる。
 ちらりと視界の端で、未だに頬が赤いままのカトナと、自分よりも大人の兄を見比べる。
 照れているらしいカトナを見たサスケは、面白くなくなって、先程までイタチの手が置かれていた頭に手を伸ばす。
 自分よりわずかに高い位置にある頭を撫でまわす。

「? サスケ? どうし、たの?」
「…なんでもない」

 むくりと一気にふてくされた様子のサスケに、戸惑ったようにカトナは首をかしげた。
 ぱちぱちと赤い瞳が瞬いて、その奥にある瞳に気づかわし気な色が浮かぶ。
 しかし、それだけだ。
 イタチがなでたときのように照れない。うれしそうにもならない。更にサスケは頬を膨らませた。
 困ったようにカトナがイタチを窺う。
 イタチはくすくすと微笑しつつも、サスケをいさめる。

「サスケ、カトナが困っているだろう?」
「…だって」
「? こっ、困ってないよ。うれしいよ」

 サスケが怒られると勘違いしたカトナが、たどたどしい口調ながらも本音を紡げば、サスケは膨らませた頬をすぐさましぼめた。
 彼は嬉しそうに、カトナの髪の毛をくしゃくしゃにかき回す。

 「わっ」

 サスケは悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、カトナの驚いた声に更に笑う。
 カトナがむくれたように頬を膨らませ、サスケの背中をやさしめの力でポカポカと叩いた。
 ナルトがその姿に自分も混ざりたいと思ったのか。勢いよく助走をつけて二人の背中に飛び掛る。
 いきなり背後から背中に襲いかかった衝撃に、ぐらりと二人の体が揺らいで、前のめりに倒れる。

「うあっ」
「ちょっ、ナルッ」
「どーん!!」

 三人が地べたに倒れ込む。
 受け身を取ったサスケはともかく、カトナは頭から突っ込んだらしい。ぺっぺっと口から砂を吐く。
 慌ててごめんというナルトに、サスケがだからお前はウスラトンカチなんだと悪態をつく。
 なんだととムキになるナルトの隣で、カトナは苦いと舌を出す。
 彼らは口々に何かを言い合っていたが、やがてそれすらも面白くなったのか。突然笑いだす。

 子供らしい、他愛もないことに喜ぶその姿に、イタチは仲良しだなと小さくつぶやく。
 うちはの末子と九尾の人柱力の仲がいいなんて、前代未聞だろう。
 そんなことを考えながら、後方を顧みる。
 彼の目が、木陰に隠れていた特殊な暗部をとらえる。
 カトナ達の監視を言いつけられた、木の葉ではもう禁忌とされた狐の面をつけた男は、イタチに見られたことに気が付いたようだった。
 一瞬身を固くし、それでも警護を続けることを選んだらしい。
 黒色のフードを更に深くかぶり、じっとその場に立ち続ける。
 それにイタチは眉間にしわを寄せながらも、口の動きだけで言葉を伝える。

 ”消えろ”
 
 イタチのその言葉に、一瞬、暗部の人間は戸惑ったように彼を見た。
 が、イタチが無視を貫けば舌打ちを一つ飛ばすと同時に、その場から消え失せる。
 イタチは暗部がいた場所を睥睨する。彼の瞳が一瞬、赤みを帯びた。
 めざとく気が付いたサスケとナルトが、同時にイタチを呼ぶ。

「イタチ兄?」
「兄さん?」

 困惑している二人に、何でもないよと笑みを浮かべて返す。そうすればそれだけで、二人の顔から不安の色が消える。
 イタチは、自分から少し離れた場所で顔を曇らせているカトナをちょいちょいと招いた。
 カトナが慌てて近づいてくる。申し訳なさそうな顔をして俯く彼女に微笑みかけて、そっと、サスケ達に聞こえないように囁いた。

「大丈夫だ、気にするな」
「…う、ん」

 カトナがその言葉にこくりと頷く、イタチは静かに目を細めた。
 うずまきカトナには、監視が付いていた。
 暗部という、里で最も強い忍びたちによって構成された特殊部隊による、一部の隙も一瞬の暇すらも許されない、自由などという言葉が無い監視。
 カトナは別に、その環境を厭うたことはないし、つけられたところで困ることはないと思っている。
 けれども、それが原因で、無関係のイタチをも巻き込んでしまった。
 唇をかみしめたカトナの瞳に、悲壮な色がうつりこむ。
 そんな彼女を喜ばせようと、イタチはいつも通りカトナの頭を撫でた。
 
 うちはイタチ。
 この歳にて、里の長である火影から「うずまきカトナ」という最重要候補の監視を任されている彼は、火影からもう一つの伝令を受けていた。
 彼らと遊ぶこと。
 強制されたわけではない、任務でもない。ただのお願い事の一つであるそれ。
 イタチはそれを今日もまた全うし、彼ら双子と弟のサスケと共に遊ぶのだ。
 彼ら二人がいつか、この木の葉の里で遊べるような環境を整えるために。

 ふと、イタチは空を見上げた。
 かぁかぁと、青い空と白い雲のコントラストには似合わない、不協和音ともいえる存在である鴉の存在が目に飛び込んでくる。
 彼は困ったような顔で頭をかいた。

「火影様に呼び出された。すまないが、先に遊んでてくれ」
「いって、らっしゃい」
「むー、仕方ないけど、早く帰ってきてくれってばよ!」
「兄さん、お仕事がんばってきてね!」

 三者三様の反応を見せた三人に手を振って、イタチは風のように周囲を駆け抜けた。
 目指すは、火影の居るあの部屋だった。 
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