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白波

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第五章


第五章

 彼等が話している部屋の障子にだ。五つの影が出て来た。その影に気付いてだ。老人がすごむ顔になりその影達に問うた。
「誰だ」
「越後屋だな」
 逆にだ。影達の方からだった。こう問いがあった。
「そうだな」
「だったらどうだというんだ?」
「その持ち金全部頂くぞ」
「ついでに懲らしめてやる」
 こうだ。影達から声がしたのだった。
「さあ、わかったら神妙にしろ」
「覚悟しやがれ」
「馬鹿言え、誰も俺達に何もできるか」
 その老人越後屋はだ。影達のその言葉をすごんで否定した。
「奉行所だって何もできないんだぞ」
「そうだ、昼は訳のわからない奴等に邪魔されたがな」
「この越後屋に京で逆らえる奴はいないんだよ」
「手前等それがわかってるのか」
 ゴロツキ達もだ。越後屋の威を借りて言う。
「そもそも手前等何者だ」
「一体何時からそこにいやがる」
「言え、何処のどいつだ」
「早く名乗りやがれ」
「小者に告げる名前はないが」
 それでもだとだ。ゴロツキ達から見て左端の男から声がしてきた。
「だが名乗ろう」
「へっ、勿体ぶってないで早く名乗りやがれ」
「大物ぶるんじゃねえってんだ」
 彼等の悪態をよそにだ。すうっとだ。
 障子が開きだ。そうしてだった。
 そこにいたのは五人だ。五人男が傘を開きそれを手にしたうえでだ。そこにいた。
 その彼等を見てだ。ゴロツキ達が驚きの声をあげた。
「げっ、手前等は金閣寺の」
「あの連中じゃねえか」
「五人揃って何だ」
「まさか手前等も」
「まずは名乗らせてもらう」
 その左端の男が言った。
「話はそれからだ」
「何っ、じゃあ何者だ」
「早く名乗りやがれ」
「問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在。十四の時から親に離れ、身の生業も白浪の沖を越えたる夜働き。盗みはすれど非道はせず、人に情けを掛川から金谷をかけて宿々で、義賊と噂高札に回る配布の盥越し、危ねえその身の境涯も最早四十に人間の定めは僅か五十年、六十余州に隠れのねえ賊徒の首領(ちょうほん)日本駄右衛門」
 まずは駄右衛門がだ。こう名乗る。波が起こる。
 続いてだ。弁天が。
「さてその次は江の島の岩本院の稚児上がり、普段着慣れし振袖から髷も島田に由比ヶ浜、打ち込む浪にしっぽりと女に化けた美人局、油断のならぬ小娘も小袋坂に身の破れ、悪い浮名も龍の口、土の牢への二度三度、段々越える鳥居数、八幡様の氏子にて鎌倉無宿と肩書も島に育ってその名さえ、弁天小僧菊之助」
 堂々と名乗ってみせた。白蛇が唸る。
 そして忠信も。
「続いて次に控えしは月の武蔵の江戸育ち、ガキの頃から手癖が悪く、抜け参りからぐれ出して旅を稼ぎに西国を回って首尾も吉野山、まぶな仕事も大峯に足を留めたる奈良の京、碁打ちと言って寺々や豪家へ入り込み盗んだる金が御嶽の罪科は蹴抜けの塔の二重三重、重なる悪事に高飛びなし、後を隠せし判官の御名前騙りの忠信利平」
 名乗るそれはまさに雲に龍。
 そして赤星は。
赤星「またその次に列なるは、以前は武家の中小姓、故主の為に切取りも、鈍き刃の腰越や砥上ヶ原に身の錆を研ぎなおしても抜け兼ねる盗み心の深翠り、柳の都谷七郷花水橋の切取りから、今牛若と名も高く、忍ぶ姿も人の目に月影ヶ谷神輿ヶ嶽、今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜、その名も赤星十三郎」
 鳳凰が飛んだ。彼の名乗りには。
 五人目はだ。南郷しかいなかった。
南郷「さてどんじりに控えしは、潮風荒き小ゆるぎの磯馴の松の曲がりなり、人となったる浜育ち。仁義の道も白川の夜船へ乗り込む船盗人、波にきらめく稲妻の白刃に脅す人殺し、背負って立たれぬ罪科は、その身に重き虎ヶ石、悪事千里と言うからはどうで終いは木の空と覚悟はかねて鴫立沢、然し哀れは身に知らぬ念仏嫌えな南郷力丸」
 こうだ。雷獣と共に名乗ってみせた。
 名乗りが終わった。そしてそれからもだった。
「五つ連れ立つ雁金の五人男にかたどりて」
「案に相違の顔触れは、誰白浪の五人連れ」
「その名もとどろく雷鳴の、音に響きし我々は」
「千人あまりのその中で刻印打った頭分」
「太えか布袋か盗人の腹は大きい肝っ玉」
 こうだ。堂々と言い終えてみせた。それを聞いてだ。
 
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