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打球は快音響かせて

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高校2年
  第十五話

 
前書き
鷹合廉太郎 投手 右投左打 187cm80kg
出身 卯羽目タイガース
遠投は120m越え、50m6秒フラットのフィジカルお化け。
頭の程度はお察しで、陽気でおバカな男。

美濃部健太 投手 右投左打 170c64kg
出身 日麻脇東中学
童顔で勝ち気な野球少年。鷹合よりかなり小さいが、
投手としてのセンスは明らかに上。 

 
第十五話



翼は寮内の洗濯場に洗濯カゴいっぱいの洗い物を持ってきていた。そろそろ次の日に着るものがなくなっていたので、必ず今晩は洗濯せねばならなかったのだが、うっかり布団に入ってしまい、そのまま寝てしまった。そして夜の2時に目を覚まして、明日に履くパンツが無い事に愕然としてやってきたのである。よくやるミスであるが、一人部屋になってからはその頻度が増えたように思われた。相部屋だった鷹合がズバ抜けてズボラだった分、自分はキッチリ生きようという意識が働いていたのかもしれない。

(ん?)

洗濯場のベンチに、ちょこんと座っている奴が居た。ジャージのズボンにTシャツ一枚、前髪をヘアピンで留めて額を出し、眠そうな顔をこっくりこっくりさせている。

「…何だ京子か」
「ふぁっ!?」

寝ぼけた顔をしたのは一瞬だけで、すぐに京子はいつもの凛々しい顔に戻った。最初の自己紹介では元気の良さや顔立ちから枡田に似ていると思われたが、この凛々しい顔と、遠慮の無い発言は、むしろ浅海に似ている。「コーチが2人居るようなモンっすよ」と枡田が言っていた。既に1年の間では「リトル浅海」の評価らしい。

「…夜更かしはいけませんよ、先輩。スポーツの動作は、ノンレム睡眠の時に体に定着するんですけん。」
「今洗濯しないと明日履くパンツが無いんだよ」

すかさずお小言を言ってくる京子を受け流して、翼は洗濯機に洗い物を突っ込んだ。

「京子こそ何で今頃洗濯してるんだ?どうせ帰ってすぐ寝てしまったんだろ。それで明日履くパンツが無い、と。俺と一緒じゃん。」
「そっ、そんな事ないですっ///訴えますよ!セクハラです!」

いつも枡田に図星を突かれてばかりの翼だが、今回は京子の図星を突いたようだ。もしかしたら、鍛えられてしまったのかもしれない。赤面する京子の隣に翼は腰掛けた。

「どうして隣に座るんですか!あたし許可してませんよ!」
「いやいや、だってベンチこの一個しかないじゃん」

嫌がる京子をまたも翼は受け流した。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「…で、三龍に来た、と」
「そうです。あんまり兄貴と一緒に居たくなかったんですよ。」

話の中身は京子が三龍に進学した動機になっていた。兄は甲子園出場の4番打者の福原康毅である。やはり両親の期待を多分に受けて、家庭が兄貴中心に動いている所があった。そんな家庭から出て、寮生活がしたかったらしい。

「あたしは兄貴に勝ちたいんです。勉強ではもう勝ってるんですけど、野球で勝たないと意味が無いんです。でも、高校野球をあたしがやる事はできないんで、マネージャーになりました。」

つまり、兄への鬱屈した思いを選手たちに託して、それを晴らしてくれる事を期待するという事だ。あまり真っ当な理由ではないかもしれない。が、翼はその気持ちを理解できる気がした。
そして、京子がマネージャーという裏方の仕事に一生懸命な理由も分かった。京子は、三龍を「強くする」つもりで居る。

「宮園とさ、小さい頃からの付き合いだったんだろ?あいつってさ、小さい頃からああだったの?」
「どういう事ですか?」
「いや、どこかひねくれてて冷めてるんだけど」

京子はムッとした表情を見せた。
翼は、幼馴染をディスるのは軽率すぎたか、と少し後悔した。

「光は…宮園さんは元々、普通に明るい人でしたよ。少し大人びてはいましたけど。兄貴が3番、宮園さんが4番、リトルリーグの頃はそうだったんですけど、中3にそれが逆になってから、突然冷め始めて…で、家の近所の商学館の誘いも蹴っちゃったんです」
「……」

翼は入学直後に宮園から聞いた言葉を思い出す。
「ま、俺も中途半端なヤツだって事だな。」
幼馴染に実力を追い抜かれた事から、あの自嘲の考えが始まったというのは想像に難くない。
今ではその幼馴染は、甲子園出場校の4番を打っている。そもそもが尊大な奴だから、この状況は中々に認め難いのではないだろうか。

「まぁ、安心して下さい」
「え?」
「宮園さんはこのままでは終わらせませんから。あたしが何とかします。」
「で、でもなぁ、何とかするって一体…」
「それは今から考えます。」

洗濯機がピーと音を立てる。
京子の洗濯物が出来上がったらしい。
洗濯機の中から洗濯カゴに衣服を移し替え、京子は翼に一礼した。

「あたしはお先に失礼します。お休みなさい。宮園さんの心配より、ご自分の心配して下さいね。調子が良いとは言え、B戦での話ですし、球種も少ないですし、フィールディングが」
「分かった。分かったよ。明日聞く。もう早く休みなよ。」
「では。」

京子の刺々しい言葉をまたまた受け流して、翼は自室に戻っていく京子の背中を見送った。

(こうして見ると、ちっちゃいのになぁ。)

面と向かって話している時の京子は大きく見える。

(目標があるからな。そして京子は、その目標の達成を信じてる。まっすぐに。)

洗濯場に翼は1人残された。
ゴトゴトと、洗濯機の音が響いていた。




ーーーーーーーーーーーー



スパァーン!
「よしっ!」

翼はいつもの癖、左の拳をぐっと握ってマウンドを勢い良く駆け下りる。翼の得意コースは左投手にしては意外にも一塁側の真っ直ぐ。
たった今投げ込んだように、結構な頻度でこのコースには指にかかった球が決まる。
しっかり前で力を伝えてリリースする事。
浅海の指導により、自然と腕が前に伸びるこのコースが得意になった。左の代名詞であるクロスファイアーは、最初からそれを練習すると、引っ掛けるような腕の振りになりがちらしい。
そして数の多い右打者相手に、しっかり外でストライクをとれないと、初球から厳しいインコースばかりは突いていられない。

「…調子良いですね。GWに一度6点取られてからは、点を取られてませんよ。」
「左の割にコントロールが良いからな。120キロのストレートとカーブだけでも、あれだけ指にかかればBチームくらいは何とかなるだろう。」
「多分、フォームも開くのが遅いですよね。決め手には欠けるけど、ピッチングはできる人ですよねー」

ベンチでは浅海と京子が話していた。
この2人はさながら首脳陣。女同士で、割と深い所まで突っ込んだ野球の話ができているのは、ちょっとお目にかかれない光景だが、これが三龍Bチームの日常だった。一年生の京子に対する「リトル浅海」の評価は、今は現実になっている。

「……僕も、無失点ですよ」

ヘルメットをかぶって、この回の打席の用意をしながら越戸がボソッと言った。
越戸はクリーンアップを打っているが、本職は投手。B戦では、翼に引けをとらないほどの好投を見せている。

「そげんボソボソ喋るような根暗やなかったら、さっさとAチーム上がっとるんちゃけどな!」
「うむ、そして根暗の割には、自負はしっかりあるようだな。それを前面に押し出せれば良いのにな。」
「……」

2人に続け様に言われて、越戸は黙り込んだ。

カキーン!
「よっしゃァー!今日も一本出たァー!」

今日も元気に、枡田の打球音と、それとセットになった叫び声がグランドに響いていた。



ーーーーーーーーーーーーー



「…ふぅん、Bは調子ええんやな。12試合で、負けは二つだけか。誰かええ奴おる?」
「投手が2人と、内野が1人。好村、越戸、枡田は、もうBチームでする事は無いよ。」

野球部専用グランドのバックネット裏、監督室。
選手もマネージャーも締め切った状態で、乙黒と浅海がチーム編成について話し合っていた。コーチである浅海が監督の乙黒にタメ口なのは、2人は同い年だからである。2人とも二十代半ば、若い首脳陣である。

「好村かぁ。ま、左なんはええけど、あの球速じゃイマイチAで使うほどやないの。まぁ枡田と越戸は試す価値あるな。一年やし、まぁ何より俺がとってきた特待やけんな。」
「……」

得意気な顔を見せる乙黒に浅海は呆れた。
好村もお前が家まで行って呼んできた選手だろうが、と目で訴えるが、恐らく乙黒は気づいていない。

「春大はシードも取れたし、鷹合は144キロまで上げてきよる。この夏は旋風起こしたるばい」

鼻息荒く意気込む乙黒。
浅海は「本当にそうなったら良いけどな」と思うほかなかった。



 
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