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打球は快音響かせて

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高校2年
  第十二話 2度目の春

第十二話





春になると、入ってくるのは新入生だ。
また今年も、新たな高校生が生まれる。

「……後輩かぁ」

翼は呟く。中学までは部活に入っていた訳でもなく、草野球チームに居たのも、殆どがオッサンで、年下なんて1人も居なかった。翼にとっては、この春に入ってくる1年生が、人生で初めての後輩となる。

「どうなるんだろうなぁ、俺」

つぶやいた翼の居場所は、約1年前と変わらないスコアボード係。隣から渡辺と美濃部だけが居なくなっていた。



ーーーーーーーーーーーーーー




「ウバメタイガースから来ました!枡田雄一郎ッス!ポジションはショートです!よろしくお願いしまーすッ!」

新入部員の中で、一際大きな声で挨拶したのは枡田雄一郎。卯羽目地区からやってきた、鷹合の後輩だ。大きな目をした、野球少年の趣を残したような顔をしている。小柄ながら特待生待遇を勝ち取った辺り、実力はありそうだ。

このような新入部員の自己紹介でよく言われるのが、「夏までに試合に出たい」「レギュラーを狙いたい」、つまりとっとと試合に出たい、という事だが、約1年2年前にだいたい同じことを言った先輩達は冷めた目つきでそれらの言葉を聞く。
世の中、そんなに上手くいかないのだ。確かに先輩達のプレーは特段上手く見えないかもしれないが、それ以上に、自分自身の実力が足らない事を思い知らされる。この成長期に1年長く練習してるかしてないかという肉体的な差は、多少のセンスの差をひっくり返すほどに大きいのだ。

「越戸亮です…ピッチャーです…辞めちゃわないか心配ですが…体力も無いし僕…まぁでもよろしくお願いします……」
「…………」

かといって、このように根暗な自己紹介をされても、それはそれで非常に芳しくない。ひょろっと背が高い越戸は、モゴモゴと口をすぼめるようにして話し、視線も斜め下を向いてしまっていた。

「あ、あのな、お前もうちょっと元気に自己紹介できんのか?もういっかいy」
「こひぃどりょうれふっ!よろしくお願いひゃす!」
「」

主将の催促に応えて大きな声を出そうとすると、途端に声が裏返った。主将をはじめ、上級生も悟った。こいつは相当な陰キャだと。
しかしこんなのでも、越戸は特待生である。

「福原京子です!マネージャー希望です!兄貴は帝王大水面の野球部なので、兄貴にこのチームが勝てるように頑張りたいです!」

今年の新入生にはマネージャーが居た。
いや、3年生に1人居たが、ここまでの物語で出てきていない以上、その重要度は(お察し下さい)
帝王大の4番・福原の妹はこれまた小柄だが快活で、まるで同じ1年の枡田を女にしたような雰囲気をまとっている。

(…こりゃまた、可愛くねぇ奴が来やがった)

1年ぶりの女子マネージャー入部に沸き立つ上級生の中で、宮園だけが面白くなさそうな顔をしていた。福原と小学校以来の付き合いだという事は、必然的に京子とも小学校から面識がある。

(……あ、あれや)

上級生を見渡し、その中に翼の姿を見つけた枡田は、ヤンチャな顔に悪い笑みを浮かべた。

(みーつけた♡)

その視線に、翼の方は気づいていない。



ーーーーーーーーーーーーー



「Bチームの主将、ですか?」
「そうだ。2年の中で誰にするか考えたが、好村、お前に任せたい。」

今年も20人前後の新入部員を迎えた三龍は、3年生が抜ける夏までは、春の段階で「今夏のベンチ入りを争わない」とされる2年生と1年生で2軍を作り、1軍が遠征の時は学校のグランドに残って練習したり、試合をしたりする。夕食後に浅海の部屋に呼び出された翼は、その2軍の主将に任命された。

(……Bチームか)

これを任命される選手の気持ちは複雑なモノがある。2年に上がってもAチームに入れなかったという事はプレーの評価が低いという事だし、一方でまとめ役を任せられるという事はそれなりの信頼もあるという事だ。「下手くそだけど、まぁ人は良いよ」という事なのだ。…何ともしょっぱいではないか。人柄を売り込む為にシコシコ練習している訳ではないのだ、高校球児は。なのに大人ときたら、やれ人間教育だなんだとゴタクを並べて、本人にとっては嬉しくもない「人柄」へのとってつけたような賞賛で努力に報いた気で居るのである。そんなもの、この世に溢れた話ではあるが。

「……お前をBチームにしたのは私だぞ」
「はい?」

浮かない顔を見せた翼の心中を見透かして、浅海はデスクに頬杖をつきながら言った。毎日、晩まで部活指導に明け暮れている浅海の顔は、学校、グランドではピリッとした緊張感を持っているが、今は無防備に疲れを垣間見させているように翼には見えた。端正な顔の目元に若干の隈が見えた。そんな疲れた顔に見据えられて、翼は少しの不満さえも消え失せたような気がした。
頑張ってるのは自分ら選手達だけじゃない、この人もだ。

「Aチームに居たとて、中々出番は与えられんだろう。お前に必要なのは実戦経験だ。今年はAチームは遠征が多い。10試合以上Bチームも試合を組める。そこでアピールしてくれよ」
「は…はい!」
「去年より軸足がプレートで粘れるようになって、リリースポイントが前になった。球持ちが良くなった分、球が伸びるようになった…」
「…!」

それは、最近翼が感じている手応えと全く同じだった。やっぱりこの人は良く見てるな、と思う。

「冬の成果を見せてくれよ!頼むぞ!」
「はい!ありがとうございます!失礼します!」

翼は背筋を伸ばして一礼し、浅海の部屋を出て行った。浅海はふぅーと息をつき、椅子の背もたれに体を預けた。

(まぁ…私にアピールしても、結局決定権はあの男にあるんだけれど…)

浅海としてはコーチとして、それほど周りに気を配る事もなく無邪気に「勝つぞ!勝つぞ!」と連呼している乙黒の目が届かない所をカバーしようとしているつもりだが、しかし、余りにも出過ぎた真似をし過ぎているかもしれないと最近思い出した。「2人目の監督」かのように振舞って、期待させて、でも結局、自分自身はコーチ止まり。自分は乙黒のように甲子園球児でもなければ、男でもないし、監督でもない。期待に応えるだけの権力も無いのに、今もこうやって、乙黒の誘いなんかに乗ってここまでやって来たほど素直な翼に期待させてしまった。それは罪な事では無いのだろうか?

(…でもねぇ、誰にも認められずに2年半野球やるなんて、それも酷よねぇ。あの男がレギュラーにしか興味が無いのなら、だったら私が補欠を見て、評価してあげなくちゃ…)

浅海は体をバッと起こして、両手でパンパンと自分の顔を叩いた。

(…競争を煽る分、負けた子のケアの責任は、大人にある…)

浅海の顔に、いつもの鋭さが戻った。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「主将か…頑張ろう」

浅海の部屋を出て、自室に戻ろうと廊下の角を横切ったその時、翼の前に突然、人の姿が現れた。

「わっ!」

不意打ちに仰天して尻餅をついた翼。
それを見下ろしているのは、ニヤニヤと笑みを浮かべている枡田だった。その後ろには、枡田より遥かに大きな体をした鷹合がオーバーラップしている。鷹合も満面の笑みを浮かべていた。

「ちょっとちょっと〜、浮気はいけませんよぉ〜!彼女もおるのに、奈緒ちゃんに個人授業してもらっちゃってぇ〜!」

枡田はそう言うと、腰を抜かして立ち上がれない翼の顔を覗き込んだ。

「廉太郎くんからお話伺うてますよ、ヨッシー♡」

翼は、嫌な汗が自分の頬をつたって落ちていくのを感じた。

 
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