| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Myu 日常編

作者:時計塔
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

こんなランキングがあったら不登校になってるよね

「なんだよ、この彼氏にしたくない男ランキングって」
「文字通りだろ。彼氏にしたくない男ランキング一位、城島、冥星」
「そして二位、篠崎 隼人」
「理不尽だな」
「実に」

 男二人はそろって教室の掲示板に張られたカラフルな色鉛筆で書かれた画用紙を睨む。何の権利があって毎月こんなものに名前を書かれなくてはならないのか。いや、その前に自分が彼氏にしたくないランキングの首位飾っていることに納得がいかない。断固抗議したい。

「つまり、あれか。冥星は不細工ってことか」
「黙れ、ブサイク隼人」
「……やるか?」
「……こいよ」

 ちょっと汗をかいた後再び男たちは画用紙を睨む。見れば見るほどムカッとする色鉛筆だ。この、花丸で書かれているところが、またなんとも憎い。色使いが巧みで殴りたくなってくる。女子っていうのはこういうところに細かい。ファックである。

「俺は決して不細工ではない。なぜなら、それは許されないからだ」
「なぜ?」
「許されないんだ。主人公が、不細工など」
「誰が主人公だよ……」

 間違いなく、こいつらがランキングに選ばれるのは、言動がキモイからだ。そもそも冥星はモテたいなどと一度も思ったことがない。授業中に爆睡するし、給食はバカ食いするし、何より、女の子に優しくない。必要とあれば暴力で訴えるのもやぶさけではないと思っている。男女差別をなくしていくのが、目標なのだ。レディーファーストとかくそくらえ。

「でもな、隼人は、不細工だろ? な?」
「えっ……私?」
「おい、通りすがりの女子に変なこと聞くな!」
「独特な造りだよね。美術の本に出てきそう」
「死ね、失せろ、くそ女」

 腹を抱えて笑ってしまう。そういう言動がランキングにランクインしてしまう原因ではないか、とは口が裂けても言えない。自分が同じことを言われたらきっと今頃あの子は鼻に割り箸を突っ込ませて泣かせている。

「ところで、隣の彼氏にしたいランキングってのは何のかね、明智君」
「うむ、実に興味深いね。一位は、え~と有原 達也か。どうでもいいけど、小説を読んだことすらないのにその名前を使うな、バカなんだから」
「達也か……あいつなら、まぁ、納得かな」
「おいおい、それはどういうことかね、ワトソン君」

 思わず冥星も小説の人物をネタにしてしまった。あの隼人が他者に対して一歩引くなど、今まであっただろうか。つまり、隼人はその達也とやらなら負けても仕方がないと思っているのだろうか? 大統領になりたいとか言ってた癖に!!

「だってよ、あいつ、すっげぇいいやつだぜ? この前消しゴムで練消し作ってたらなくなっちまって困ってたら貸してくれたんだぜ? めっちゃいいやつ!」

 頭が痛くなってきた。隼人が幼稚な遊びに勤しんでいることも、単細胞過ぎることも。良くも悪くも、隼人は素直な奴だ。

「それに、スポーツでも特にバスケはあいつ、リトルリーグじゃ代表に選ばれてるし。勉強は、まぁ一位はお前の妹だけど、二位だし」
「だからどうした? つまりそれでお前はあいつに負けたとでも言うつもりか?(ドヤ顔)」
「……いや、なんでお前がドヤ顔なのかわからん」
「爆ぜろリア充! 弾けろ爆発しろぉ!」
「やめて。負け犬みたいだからやめて」

 とりあえず奇声をあげて叫んでみた冥星だが、すっきりしただけで根本的な解決には至ってない。深呼吸し、IQ200(になる予定)の頭脳をフル回転させた。やがて冥星はにやりと悪人じみた笑みを隼人へと向ける。若干距離を置き、隼人は冥星の答えを待った。

「いいことを、思いついた」
「いや、いいことじゃねーだろ絶対」
「黙れ。こいつを、仲間に引き込むぞ」
「おお! 達也をか! たのしそーじゃねぇか!」
「そうだろうそうだろう」
「で、どうやって仲間に誘い込むんだ?」
「そんなのは至極簡単。古来より、小学生が友達になるための方法など、一つだ」

 隼人は冥星の答えを聞き、なるほど、と思いつつ、やっぱりこいつ、バカだなぁ、と親友のドヤ顔を温かく見守った。ちなみに有坂 達也は隼人の知人であり、隼人自身は特に何もする必要がないことは、もちろん冥星には黙っておいた。

「たぁぁぁぁのぉぉぉもぅぅぅ!!」

 場所は学校の体育館。放課後のクラブ活動が活発なこの学校では夕方も子供たちの姿がちらほらと目に映る。普段、チャイムと共に全力で家に帰るはずの冥星が、この時間帯に学校に残っているのは奇跡に近い。いや、既にめんどくさいし、お腹も空いたし、帰りたいのだが、またまた宣言した手前、そんなことをしては男が廃る、らしい。

「じゃあ……さっさと仲間にして、帰るか」
「お前、めんどくさくなったんだろ。相変わらず適当だなぁ」

 どうとでもいえ、という風に隼人を無視し、勢いよく体育準備室のドアを開けた。腹が減ると途端に機嫌が悪くなる冥星を止められるものは、明子ぐらいなのだ。

「なに、お前ら?」

 当然のようにバスケットシューズを履いた少年たちは入ってきた異端者を訝しげに見下ろした。
 なんだろうか、この醸し出されるイケメン臭は? バスケットボールをしているだけでここまで差をつけられるというのか? まさか、バスケをするとイケメンになるというのか!?(注:そんなことはあり得ません)
 冥星は出鼻を挫かれたように恐縮してしまった。自分は異世界に迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。ここは違う、ここは俺の場所じゃない。具体的に言えば、今すぐに逃げ出したい!

「隼人じゃん、どした?」
「よお、達也。お前にケンカ売りたいってやつがいてさ」
「おぃぃぃぃぃぃぃぃぃ隼人!! 裏切ったな!!」

 突然目の前に現れたブ男(冥星目線)に対抗心むき出しの冥星を余所に、隼人はその少年と親しく話していた。すべては親友に嵌められた罠だということに気が付き、目の前が真っ白になる。所詮、人間は一人の生き物だ。ああそうだ、群れるのは嫌いさ。俺は野生の一匹狼だ。冥星は遠い目をして外の山々を見つめた。野生に、帰ろう……。

「お前、冥星だろ? 外部生の?」
「誰だお前は? 人のことを聞く前に、まず自分の名を名乗れ」
「……ちょっと、冥星さん? あんた何しにきたか、わかってる?」

 いきなりケンカ腰で啖呵を切る冥星を涼しげな表情で興味深く見つめる達也。なるほど、このクールなリアルフェイスを叩き壊すのが、俺の宿命か、と冥星は己の成すべきことを嘆いた。それは、女子の幻想を砕くということ。達也という男に敗北の二文字を与え、己はその座を奪い取る。完璧な策略だと冥星は自分の智謀に酔いしれた。

「ごめんな、達也。こいつ、バカなんだ」
「あはは、いいよ別に。それより、さ。ケンカ、しにきたんだろ? 遊ぼうぜ、冥星、隼人。ちょうど暇してたんだ」
「呼び捨てすんなリア充!!」
「すげぇ……冥星……自分のフィールドへ知らずに誘導しちまった! さすが愛すべきバカ!」

 かくして、男たちはここ集う。のちに、ズッコケ三人組(仮)と呼ばれる男たちの友情はその後、何十年にも渡り続くのだった……最悪なことに。
※※※※※※
 
 いったい、誰が宣伝したのか。体育は熱狂に包まれていた。ありえない、さっきまでガラガラだったはずのこの空間。周りは一気にピンク色の空気を放っていた。残念ながら、その標的は冥星や隼人では『もちろん』なく――――。

「「「達也くーーーーーーん! 頑張ってぇ! そのキモ男たちをやっちゃってぇ!」」」

 横断幕まで用意した応援団が勢ぞろいし、達也の英姿を拝まんとしている。当然、冥星と隼人は緊張し、冷や汗で背中はびっしょりだ。どうして、なぜ、そんな語彙しか思い浮かばない己の頭に冥星は動揺していた。

「冥星、これはもう、やるしか、ねぇよ」
「そんなことはわかっている! だが、なぜだなぜ、よりにもよってバスケ!?」
「そりゃ、お前……バスケ部だからに決まってんだろ」

 己のフィールドに誘い込んだと思っていた冥星だが、どうやら誘い込まれていたのは自分の方だったようだ。達也はボールを指で回しながらこちらを涼しげに見つめていた。
 汚したい、その笑顔。そんなキャッチフレーズが冥星の頭を掠めるが、しかし汚されるのは間違いなく自分の名誉であり、この死地を回避する手段は、ない。

「冥星、そろそろ始めようぜ。1on1 わかるよな?」
「タイマンですねわかります」
「ちげぇよ、冥星……ボールをゴールにいれたり、奪い取られたりしたらディフェンスに変わって、相手がボールをゴールに入れたり、奪われたりしたら今度はお前がオフェンスに変わる。で、一〇点取った方、つまり五ゴール決めた方の勝ちだ」
「なるほど、つまりスラムダンクを決めればいいんだな」
「だめだこいつ……緊張して足が竦んでやがる」

 親友の狼狽ぶりには流石に同情の余地がある。まさかここまで大事になるなんて思ってもみなかったのだろう。勢いとは恐ろしいものだ。これから冥星はという男は彼氏にしたくないランキングの首位を卒業するまで、毎月、永遠に、飾られるのだと思うと……笑って、泣いてしまう。

「げっ……まずったな……」
「おい、これ以上に何がまずいんだよ」
「入口、見てみろよ……」
「あん? ああ……で?」
「いや、別に……」
「あそ……」

 男たちの気持ち悪いやりとりの原因は、入口にいる少女たちの姿だ。冥星は別段気にしている風ではないが、隼人にとって、できればこの悪だくみをしている場面では会いたくなかった人物が混じっているのだ。

「くっそ……腹減って、めぇ回ってきた……」

 突然のエネルギー不足という最悪な状況下に置かれた冥星。友人はさっきからもじもじしていて使えない。いや、最初から隼人など戦力に数えた覚えなどないが。
 この、冥星。バスケットボールなど初めてでござる! とでも言いたげな杜撰なフォームで体育館の真ん中へ立つ。

「冥星、あれは妹さんかな? 君と同じ真っ白な髪の?」
「カバディ、カバディ え?」
「海星だっけ、君たちは双子なの?」
「カバディ、カバディ へ?」
「……一応言っておくけど、バスケはカバディって叫ばなくてもいいからね」
「そ れ を は や く い え !!」

 達也は怒る冥星をおかしそうに笑いながらも、真剣な眼差しで血走った目をしている冥星を見つめる。その表情に一切の余裕はない。勝負という言葉には全力を持って臨むのが有坂 達也という少年なのだ。例え、冥星が図無の素人だとしても関係ない。ケンカを売られたら買うのが男の常識。達也は意外と暑苦しい性格なのだ。

「ところで、この勝負は一体なにが目的なの?」
「? え~っと……勝ったら俺の仲間になれ――以上」
「……そんなことのためにここまでしたの? ほんと、冥星って面白いね」
「いや、こんな大事になるとは……もちろんすべて計算済みだ!」
「じゃあさ、俺が勝ったら何かあるの?」
「へ?」
「だってフェアじゃないでしょ? 俺も、何か望んでいいの?」
「……俺の体は、だめだぞ?」
「いらないよ……なんでクネクネするの」

 とりあえずボケなくてはやってられない冥星はなんとか自分のペースに持ち込もうと話術を駆使する。それが通用したのもつかの間だった。達也は冥星が驚くような望みを言葉にした。
 それは、決して冥星には理解できない思考。しかし、全人類が、望んでやまない囁きであり、全ての人類が享受すべき権利がある素晴らしき言葉。

「一応、許可はとっておこうと思って」
「……関係ない。好きにしろ。つか、そんなことでいいのか?」
「うん……どうせバスケもこれで終わりだし、いいんだ」

 最後の言葉は、冥星の耳に届くことはなかった。ただ。有坂 達也という男はこの勝負に全力を持って臨むことは確かだ。その相応の対価を払ったつもりだ……多分。
 男と女。少年と少女。
 冥星は知らない。この世に、食欲や睡眠欲に勝るほどの狂おしい感情があることを。
 冥星は理解している。それは時に悲しみと絶望を振りまく感情であることを。
 だから冥星は知ろうとしない。愛という不確定な要素を。


「いくよ、冥星」
「こい、達也……お手柔らかに」

 とりあえずさりげなく手加減してね、という可愛らしいお願いが届くはずもなく、熱狂に見舞われた体育館で、男たちの熱い戦いが火ぶたを切った。
 こうして城島冥星は、彼氏にしたくない男ランキング一位から二位へランクインするのだった。なぜなら、あの有坂 達也に無謀にも勝負を挑んだ勇者として女子たちの情けを勝ったことが一つの要因で、もう一つは、篠崎隼人という少年が冥星の応援もせず逃亡したという噂が広まり(発信元は白い髪の男)一気に票を稼いだことだ。
 そして、三位には――。

「どうよ達也、今の感想は」
「あはは……この画用紙、破りたいね」
「「だよねー」」

 三バカトリオとして結成された男たちは掲示板に書かれた不名誉極まりないランキングを破り捨てた。麗しき友情と、揺れ動く複雑な少年少女たちの物語は、始まったばかりだ。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧