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打球は快音響かせて

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高校一年
  第六話 故郷

第6話


梅雨だ。
ジトジトと湿っぽく、どんよりとした雲、濡れて汚れた足元に、魂の活発さをかなり持っていかれる。

「おぁあああああああああ!!」
「17本目ぇえええええ!」

雨が降ったら野外スポーツはできない。という原則は、こと野球部においてはどういう訳か見過ごされるらしい。それは週一でオフがあるほどユルい三龍でも一緒だった。

奇声を上げて階段を駆け上がる野球部を避けて、大江はわざわざ遠回りする事を余儀無くされた。通行を邪魔されるのも癪だが、かといってあんな野獣のような男の群れの中に飛び込みたいとも思わない。

「もー、あの階段、最近全然通れんっちゃん」

大江は1人愚痴る。
季節は6月、梅雨である。



ーーーーーーーーーーーーー



カーン!
「ほい、ショート!」

ショートの前に転がったゴロを、三年生が軽快に捌く。マウンド上の鷹合はその三年生に、

「山田さん、ナイスですよー」

と気安く声をかける。

梅雨の中の貴重な晴れが、土日の練習試合の日に重なった。6月ともなると、練習試合の出場メンバーも絞られ、ボチボチベンチ入りのメンバーも固定されてくる。その中で鷹合は一年ながら、登板機会を徐々に増やしてきていた。

「通用してるよなー、鷹合」

鷹合の投球をセンターの奥、スコアボードの位置から眺めながら翼がつぶやく。1年は鷹合以外、練習試合においてはスコアボード係やボールボーイなどをしており、人が余った場合は室内練習場でボールを使った基礎的な練習である。

「相手がつまらんけんな。あいつ、腕で投げすぎとーし、開くのバリ早いし、投げ方汚な過ぎやけ。デカくて球速いだけや。」

美濃部はブスッとした顔で鷹合を評し、負けん気を覗かせる。軟式上がりと硬式上がり、チビと長身、美濃部と鷹合は好対照で、その分美濃部は鷹合をライバル視する向きが強い。

「デカくて球速いだけでも良いじゃんかよ。俺は何も無いし。」
「何言うとーや!お前も177もあるやろが!俺がお前の身長ありゃ、今頃あそこで投げとーけんな!」
「いてっ」

美濃部が翼を小突く。ちなみに美濃部はピッチャーながら、170センチしかない。

「…でもね、確かに鷹合、ピッチャーの投げ方やないとは思うわ」
「やろ?やろ?」

スコアボード係三人目の渡辺が言うと、美濃部はウキウキと喜ぶ。この2人はいつも一緒である。デキてるって噂もあるくらいだ。

「まぁ、ピッチャーの投げ方やない鷹合と、多少投げ方キレイな健太とやったら、ほらやっぱりガタイもポテンシャルも違うけ、指導者が期待しとーなるのは鷹合よ」
「」

ズバッと言われて、美濃部は凹む。
美濃部はだいたい、渡辺の言うことだけは素直に聞く。多分、翼が同じ事を言うとぶっとばされている。

「…なぁ好村、俺はお前の事買っとーよ」
「え?」

突然話の方向が自分に向いて翼は驚いた。

「ほら、お前そこそこ背も高いし、左利きやん。中学で野球しよらんかったのに、割と投げ方キレイやし、体力もあるけん。腕がよー振れとるけ、ちゃんと浅海先生とかの言うこと聞いて鍛えりゃあ十分ええピッチャーなるて俺は思うよ。」
「え?マジ?いやまぁそんな事は…いてっ」

渡辺に褒められて翼が良い気になっていると、隣の美濃部が肘打ちを食らわせてきた。美濃部は一気に不機嫌になって黙り込む。

「……子どもやなー、おまえ」

渡辺はそんな美濃部に呆れた。



ーーーーーーーーーーーーー


豊緑の梅雨明けは早い。
7月に入りきらないうちに梅雨が明ける。
夏の大会直前には、どこの高校の野球部もこれがある。

「こらー!もう終わりかー!?もう諦めるのかー!?その一球が甲子園かかった一球だったらどうすんだー!?」
「も…もういっちょお願いしまぁーす!」

中々、高校野球の指導者というものはスンナリと大会に入らせてはくれないモノなのだ。意図的に「山場を作る」天才なのである、野球の指導者というものは。日々個人ノックが行われ、監督の乙黒がこれでもかと罵声を浴びせながら熱中症一歩手前のベンチ入りメンバーに打球を見舞う。

「15!16!17!18!」

個人ノックの割り当てが入っていなくとも、連続トス打撃と校内一周レベテーションのコンボやクイックスロー何十セット、シャトルランやタイム走、50-30ダッシュなど毎日毎日メニューを入れ替えるランメニュー、モンスター級のメニューが盛りだくさん。よくぞこれほどまで詰め込んだなと思える内容である。

翼ら鷹合以外の1年は個人ノックやティーなど、ボールを触らせてはもらえなかったが、ランメニューに関してはキッチリ上級生と同じ量をこなす事を要求された。入学当初の基礎練が懐かしく思えるほどの苦しさに、さすがの翼もグロッキーだった。翼だけでなく、殆どの1年がそうだった。

(高校野球ってヤベェな……)

翼は酸欠状態の頭でボンヤリと思った。




ーーーーーーーーーーーーー



カーン!

フラフラと打球が晴天の空に舞い、外野手のグラブに収まった。歓声が球場に満ち、守備側の選手がそれぞれハイタッチをしながら、攻撃側の選手は顔を袖で拭いながらゆっくりと試合後の整列に向かう。後者のユニフォームの胸には、行書体の漢字で「三龍」と刻まれている。

「…………」

スタンドで先輩と同じユニフォームを着て応援していた翼は、何を言う気にもなれなかった。1年の夏は実にあっさり終わったのである。あれだけの練習をして、それでもあっさり負ける。別に翼は先輩に何の思い入れも無かったが、単純にここまであっさり努力が否定される様に驚きを隠しきれなかった。

試合後の一礼が終わり、グランドで戦ったメンバーがスタンドに応援のお礼を言いに来る。
ベンチに入っていた鷹合は泣いていた。
しかし翼の目は乾いていた。どうしようもないほど乾いていた。




ーーーーーーーーーーーーー



<いつ頃こっち着くん?>
「もうすぐ本島に着くぐらいだから、斧頃に着くには最低一時間はかかるかな」

夏の大会が終わって代替わりするまでに、三日間のオフが設けられた。翼は正月まで帰れない事を覚悟していたが、案外早く帰省するチャンスが与えられたのである。
フェリーの中の翼からの電話に応える葵は、少しばかり声が浮ついていた。もしかしたら、自分の声も葵にはそう聞こえているかもしれないな。翼は思った。

<じゃあさ翼、夕方で良えけ、西の崖に来てや>
「あ、そうだな。久しぶりに泳ぎたいし」
<武も連れていくけ、忘れんでね>

電話は切れた。
翼は息をついてフェリーの壁にもたれかかり、船の揺らぎにその身を委ねた。



ーーーーーーーーーーーーー



翼の故郷、斧頃島は木凪諸島の中でも外れにある島で、実にノンビリとした、まさしく「クソ田舎」である。

その島の西側にある崖は、翼、葵、武がよく遊んでいた場所だった。翼は実家に着くやいなや、神棚にだけ手を合わせて、海パン一丁の姿で自転車を漕いで向かった。

「あ!来た!」
「おーい、翼ー!」

葵と武は、いつもの場所で待ってくれていた。
翼も手を振りながら、2人のもとへと駆け寄る。

「翼ー!待っとったけんなー!」
「おぅ!?」

いきなり葵が抱きついてきたので、翼は訳が分からなかった。どうしてこんなにこいつ、積極的なのだろう。何か悪いモノでも食ったろだろうか?

「すっかり野球部やのー、アンダーシャツ焼けしよーやんけ!」
「武こそ何だよその頭!トサカみたいにツンツンさせやがって!」

武は中学の頃から髪型を変えて、ツンツンと跳ねた頭の形をしていた。ちなみに、体の形はちっとも変わらず、ぶったるんでいた。



ーーーーーーーーーーーーー



「よーし、じゃあ次はあたし飛ぶけんね!」
「おいおいやめとけよ、そのビキニじゃトップス吹っ飛ぶぞ」

崖の上からダッシュして飛び込み、どこまで距離を飛べたかを競う。いつも翼と武がやっていた勝負だったが、今日は葵もそれに加わろうとした。

翼の静止も聞かずに、崖の淵へ力一杯走る。
葵の体が躍動し、そして飛翔した。

ザパーン!

深い青をした海に飛沫が上がり、少しして「プハァ」と息を吐き出しながら葵が浮かび上がる。

「どーよー!?あたしも結構イケるやろー!?」
「あぁ、お前が一番だ!」

嬉しそうな顔で、葵は海を泳いで戻って来ようとする。その姿を上から見下ろしながら、翼は武に聞いた。

「…なぁ武、葵と同じ高校だろ?あいつ、俺以外に好きな奴とか、できてないのか?」
「ん?どしたんやお前?気になるんか?」

武はガハハと笑った。

「お前があいつと知り合うたん、いつや?」
「は?本島から越してきた6つの時だけど」
「俺は生まれた時からの付き合いやけど、あいつがこれまで好きや言うたんは翼だけよ。お前が水面に行ってから、尚更好きになりよーで」

翼は意外な気がした。
そもそも中2から付き合いだしたのも、流れというか、はっきりとしたキッカケも無かったような気がするのに、それが遠距離にも関わらず、葵の思いは強くなっている。会っていきなり抱きしめるような真似をしてきたのはこれが初めてだった。三龍では周りに彼女持ちだと言っているが、もし葵の方が冷めていたらどうしよう、そしたら俺は滑稽だなぁ。そういう心配をしていたのに、状況は全く逆だった。



ーーーーーーーーーーーーー



「ホント、あっという間やったね」
「そうだな」

気がついたら、オフも最終日。
翼は連絡船乗り場で、水面行きの船を待っていた。武はこの日はバンド(どうやら、高校デビューをかましてしまったようである)のあれこれで来なかったが、葵は翼を見送りに来た。

「あんね、あたし高校でも翼の事自慢しよるんよ。あたしの彼氏は島から出て、水面で野球留学しよるんやー、って。1人で親元も離れて、立派やろー、て」
「葵に言われなきゃ、絶対にやってないけどなぁ。自慢するほどのモンでもないよ」

苦笑いする翼と、無邪気に笑う葵。
毎日を過ごすのに必死だったが、水面地区で野球をしている事がここまで評価されるのかと、翼は帰って来てびっくりした。近所のオジサンまでもが声をかけてくれた。嬉しい反面、それは過大評価だと訂正したい気持ちもある。それは期待だった。現状の自分が褒められるほどのものではない以上、それは期待でしかない。

「あたしあの時ね、自分にちゃんと向き合わないけんよって言うたけど、あたしも、翼がいつも居らんようになって、あぁ、大事さ分かってなかったなーて思ったんよね。ちゃんと向き合うてなかったのはあたしもかもしれんって。」
「…………」

翼は何も言えない。
何か重たい。重すぎる。

「…頑張ってね。心配せんでも、あたしは逃げんけん。」
「………うん。行って来ます。」

船が到着したアナウンスが流れて、翼は席を立って歩き始める。葵は少し寂しそうな笑顔を見せて、手を振っていた。翼もそれに手を上げて応えた。

(…思った以上に、これ大変な事かもなぁ)

内心呟きながら、翼は船に乗り込んだ。
船の上を、カモメがサーッと通り抜けていった。






 
 

 
後書き
やっぱりわたしは恋愛描くのは下手なのです。 
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