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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第一部 vs.まもの!
  第11話 なっとくできない!


 遺跡から町に戻ってもノエルはまだ泣きじゃくっている。この気まずいのをどうしようかと思っていると、
「あの学者の家に戻る前に酒場に寄る」
 ディアスが口を開いた。
「装備品を補充しなければならない。貴様のおかげで余計な消費をしてしまったからな……」
「うるせえっ」
 とはいえ、泣いているノエルをクムランに会わせるのが先延ばしになり、ウェルドはほっとした。何としてでも彼女を慰めなくてはならない。
 酒場の扉を開けると、グラスが出入り口めがけて飛んできて、壁に当たって割れた。
「あぶねっ!」
「よけるんじゃねえ!」
 一番手前のテーブルで飲んだくれる中年の冒険者が怒鳴った。
「はぁっ? ふざけんじゃねえぞ、何すんだよ!」
「やめろよ」
 まだそこまで飲んでいない、別の冒険者が窘める。
「悪いな、新入り。こいつ故郷の女房が逃げ出したとかでよ」
「そんなの関係ねえぇ!」
 酔っぱらいは髪を掻き毟る。ウェルドは物を言う気をなくし、カウンター席に座った。オイゲンはあんず酒の栓を抜いていた。
「よう、親父。久しぶり」
「お! こりゃまた珍しい組み合わせの三人組だな。遺跡の調査のほうは捗ってるかい?」
「うーん、まあ、何というか……」
「で、何でその子は泣いてるんだ?」
 ノエルは頬を真っ赤にしながら涙を拭いた。充血した目に悲しみと怒りを光らせている。
「ん? どうしたんだノエル? 何があったか話してみろ」
「あ、あたし、あた、あた、あたし、あたし」
 ノエルはしゃくりあげてうまく喋れないながらも「あたしが遺跡の中にある石碑の文面を読んでいたら魔物に襲われて、しかもウェルドが石碑に触ったらそれが消えてしまったの」と言おうとし、
「あたし、あの、襲われて、ひっく、ウェルド、ウェルドが、うぅ、あたし、襲わ、ひっく……」
「何ィ!? ウェルド!! お前!!!」
「違ぇよ!!! 違ぇよ!!!」
 ウェルドはノエルに代わって何が起きたか説明し、またノエルが涙を拭きながらオイゲンに頷くことで、酒場の親父はようやく納得したようだった。
「まあその、俺も何が何だかって感じで、遺跡の一部が消えちまったとかクムラン先生にどう言おうかと」
「そうかい、そりゃショックだわな」
 オイゲンは水出しのぬるい紅茶をコップに注ぎ、ノエルの前に置いた。
「これでも飲んで元気だしな。お前らは何にする?」
「そのあんず酒、どこ産?」
「ファコルツの七年物だ」
「じゃ、俺はそれ一杯」
「水を」
 と、ディアス。
「おい、言っとくけどうちはただの井戸水でも料金取るんだぜ?」
「構わない」
 変わった奴だなぁ、と言いながらオイゲンが飲み物を出した。あんず酒を呷ると体中の血が熱くなり、空腹なのも手伝って、胃に重い痛みが宿る。頭がくらくらした。このいかにも体に悪い感じがたまらない。空になったグラスをカウンターにドンと置く。
「うめぇっ! 親父、もう一杯」
「いい飲みっぷりだねぇ。それにしても羽振りのいいことだな」
「遺跡で見つけた物を親父が買い取ってくれるからさ。他の連中は飲みにこねぇの?」
「飲むために来るのはあんたと、あのイヴって子だけだね。あと夜はサラが厨房を手伝いに来てくれるが、それくらいだな」
「へえ、サラちゃんが」
 すると、近くのテーブル席から野次が飛んできた。
「おい新入り、太陽の宝玉もまだ見つけてねえひよっ子が真っ昼間から飲んでていいのかよ?」
 三十前後の男女の、五人のグループだった。声をかけてきた男も既に顔を真っ赤にし、できあがっている。
「どうだっていいだろ。あんた達こそ真っ昼間から酔っぱらってんじゃねえか」
「俺たちはいいんだよぉ。もう十年も前にやる事やって、ここの居住権持ってるんだもんな」
 酔っぱらい達は声を上げて笑う。オイゲンが首を振り、ウェルドに向き直る。
「あの連中はな、太陽の宝玉を手に入れてからというものの、遺跡の浅い層だけうろついて弱い魔物だけ相手にしていやがる。それで毎日余った時間を飲んで過ごして若い時間を腐らせてるのさ。いいか、お前らはああはなるなよ」
「言ってくれるじゃねえか、ジジイがよぉ。俺らこう見えたって必要な分は自分で稼いで、国に送金して、家族養ってるんだぜ? 外に女房子供を持ってる奴だっているんだ。それだけでも立派なもんじゃねえかよ」
「そうだそうだ、送金待ってる家族がいるのに何で危険を冒して――」
 すると一番手前のテーブルに座る男が椅子を倒して立ち上がり、
「俺の目の前で女房子供の話をするんじゃねえ!」
 酔っぱらい達の興味はウェルドからそれた。勝手に喧嘩し勝手に盛り上がっている冒険者達の姿を見て、オイゲンは深く溜め息をつく。
「ったく、そのジジイに束になっても勝てねえ奴らが偉そうに……」
 再びグラスが何かに当たって砕ける音。
 音がした方を振り向いた。太陽の光を背に、戸口にアーサーが立っていた。彼の鉄の胸板を、葡萄酒が伝い落ちる。アーサーは呆然としていた。彼が自分の身に起きた事を理解までに、十秒はかかったように思う。
「な……何をするんだ!」
 女房に逃げられた冒険者が拳を振りあげる。
「ああ? 何だ? やんのか、てめぇ!」
「アーサーさん、どうしたの?」
 サラがアーサーに遅れてやってきて、ひょっこり顔を見せる。
「てめぇ、やる気ならな、おい、この野郎――」
 哀れ酔いどれ冒険者は、アーサーにふらふら歩み寄るも、自分が倒した椅子の脚に躓いてその場に倒れた。それを連れの男が介抱する。
「あーあー、だからもうやめとけって言っただろ?」
 もう一人、サラの後ろから、色白の男が現れた。オルフェウスだ。
「やれやれ、こんなに可憐な女性の前で酔客と醜い口論をするなど、つくづく無粋な男です。さあ、サラさん、入りましょう。なに、彼には勝手にやらせておけばいいんです」
 オルフェウスはサラの手を取り、ウェルド達のいるカウンター席まで来た。ウェルドとディアスを無視し、ノエルにとろけるような笑顔でほほえみ
「こんにちは、ノエルさん」
 ノエルはオルフェウスを睨みつけてそっぽを向くが、彼は一向気にせずノエルの右隣に座り、更に自分の右隣に、サラを座らせた。
「やあ、僕は幸せ者だなあ。こんなに愛らしい女性たちに囲まれて休息を得ることが出来るなんて。この臭い酒場もあなた方のおかげでまるで花園です」
「お前、俺の店にケチつけるつもりか? 確かに臭いけどよ」
 ノエルは席を立ち、ウェルドの後ろを通り過ぎて、ディアスの左隣に位置を変えた。オルフェウスがわざとらしく嘆く。
「つれないなあ。しかし理解できない。あなたのように聡明で純真な女性が、何故こんな粗暴なゴリラ男や性格の悪いネクラ男なんかと行動を共にするのです?」
「誰がゴリラ男だコラ」
「そんなのあたしの勝手でしょ! あたしはあなたみたいな軽薄な人は嫌いなの! この二人だって、あなたなんかより遙かにマシよ!」
『マシ』ですか、そうですかありがとう。
「……ディアス、お前も何か言ってやれよ」
「捨ておけ。馬鹿につける薬はない」
 アーサーが来て、オルフェウスとウェルドの間に座った。
「オイゲンさん、こんにちは。僕たちにアルコール以外の飲み物をください。……何の話をしてたんだ?」
「君は相変わらず頭が足りないなあ。男女の語らいに割り込んで、事もあろうか何を話してたんだ、って? 知恵が回らないなら回らないなりに慎みというものを知るべきです」
「男女の語らい!? 君が? ウェルドと!?」
「違ぇよ! 何でだよ馬鹿!」
「サラさん、場所を変えましょうか。ここは僕たちが愛を語らうにはあまりにも似合わない」
 小鍋で温められた牛乳を飲んでいたサラが小首を傾げる。
「オルフェウスさん、そういえばこの前、エレアノールさんとも愛を語らっていませんでしたか?」
「何ぃ? エレアノールと!?」
 ウェルドは厚い掌をカウンターに叩きつける。
「てめえ、あの人におかしな真似しやがったら承知しねぇぞ!」
「実に嘆かわしい!」
 オルフェウスは両手を広げて天井を仰ぐ。
「まず第一に、あの物憂い空気をまとう知的で控えめな美女と僕との関係が誤解されていること、これは悲しくてなりませんね。さらにエレアノールさんに相応しい男性像を誤認識している輩が存在する事。これはゆゆしき事態です。彼女の身が心配でならない。そして何より嘆かわしいのは、サラさん、あなたが僕を疑っている事です!」
「えっ……でも……」
「僕とあなたの仲ではないですか! この町に着いた初めの日、総督府で手続きの終了を待つ間、愛を囁いた仲ではないですか!」
「初日から口説いてやがったのか……」
「あなたが信じてくださらないのなら、僕はもう……」
 オルフェウスがするりと腰帯を解き、首にかけるので、サラは慌てた。
「やめてください! 信じます!」
 いきなり喧噪がやんだ。
 酒場に静けさが(みなぎ)る。
 サラが、オルフェウスが、アーサーが、酒場の出入り口を見た。
 テーブル席の冒険者達も皆、夏の日差しが入ってくる方向を見ている。
 ウェルドも、見た。
 戸口に少年が立っていた。
 これは『少年』ではない。ウェルドは直観する。それほど異様な空気を纏っていた。
 肩にかかる濃い紫の髪。その下の白い顔。目は、老人のように疲れており、枯れていた。
「チッ! 外しちまった」
 沈黙の中、泥酔している男が言う。少年の傍らには、割れたグラスが転がっていた。連れの男が慌てふためく。
「あ、謝れ、早く――」
「ああっ!? 何で俺があんなガキに謝らなきゃならねんだよ!」
「馬鹿野郎! 相手が誰だかわかってんのかよ!」
 少年は無視する。枯れた目はウェルドを通り抜け、カウンター奥のオイゲンに向いた。
「バルデスは来ていないか?」
 泥酔者はなお声を張り上げる。
「無視すんじゃねえ、この化け物野郎!」
「やめろって、お前――謝れよ!」
「ケッ! 何で人間様が化け物に謝らなきゃならねえんだ? えっ!? 目障りなんだよ! 帰って寝てな、てめえの姉貴みたいによ!」
 少年が貫頭衣の帯から杖を抜いた。
 光が迸る。
 テーブル席の冒険者たちが悲鳴を上げ、伏せた。とりわけ鋭い悲鳴を上げたのは、泥酔した男だった。足を押さえ、のたうちまわっている。
「足が――足が――!」
「すぐ楽にしてやる」
 少年は感情のない声で呟く。
「やめろ!」
 オイゲンがカウンターに手をつき、厨房側からホール側へと飛び出した。遅かった。少年の杖から殺気が迸る。光が弾け、男の悲鳴がやんだ。
 少年は出て行った。

 ※

「アオゥル族の名は聞いた事があるだろ?」
 すっかり片付き、他に客のいなくなった酒場でオイゲンは話す。ウェルドが答えた。
「四十年前に『アザレの石』を発見したせいで、不老不死の体になった一族だな。十四、五人いたんだっけ?」
「数は俺も忘れたが、その中で一番若かったのが今のあいつ……ファトゥムだ」
「不老不死になってからの彼らの境遇は悲惨だったと聞くわ」
 青ざめ、身を固くしたままノエルが言う。
「悲惨な環境での過酷な労働、食事もなく、睡眠もなく、徹底的に働かされて、そして、忘れられた……」
「ああ。奴らは不死の体を手に入れた事を悔やんだ。好きでそうなったわけじゃねえのにな。奴らを()き使う側にも、不老不死への嫉妬があったんだろう。今の内に話しておくから、自分の身の為によく聞いておけ。かいつまんで話すと、その後ファトゥムは姉のナーダと共にアスロイトの王都ガスニッツに運ばれた。不死者の標本としてな。そこでの扱いが原因で、ナーダは感情を失くし、一切動けなくなった。治る見込みは全くない」
 ウェルドは胸がむかむかするのを感じ、眉を顰めた。
「奴は怒りと絶望の塊だ。いいか、俺はお前らの安全の為に、こんな話をしてるんだ。奴に関わるな。他人がどうこう出来る問題じゃないんだ。さっきの男と同じ愚を犯すんじゃねえぞ」
「そんなの納得できない!」
 アーサーが声を荒らげた。
「過去に何があったとしても、人を殺めるなんて許される事じゃない! 僕には許せない!」
「馬鹿野郎!」
 オイゲンが怒鳴り、アーサーは身を竦める。
「何も知らねえ貴族のお坊ちゃまが偉そうな口ききやがって! お前に奴の苦しみの何がわかる!? 正義の味方気取りも大概にしやがれ!」
 アーサーが顔を赤らめる。彼は唇を結び、屈辱に身を震わせていたが、無言のまま背中を向けて、酒場を出て行った。ドアの外は夕刻であった。
「あ、待って! アーサーさん!」
 サラが追いかける。オルフェウスも肩を竦め、ゆっくりした足取りで出て行った。酒場にはオイゲンとウェルド、ノエルとディアスが残った。静けさが葡萄酒のように満ちてきて、天井に揺らめいた。
「……知りたい事は知っただろ?」
 ウェルドはうんざりして頷く。
「ああ、わかった。俺達も邪魔するぜ」
「悪かったな。片づけ手伝わせちまってよ」
「別に?」
 同行者を顧ると、ノエルは腕で自分の体を抱き、震えていた。顔色が悪い。
「大丈夫か?」
「別に――心配されなくたって――」
「ノエル、無理はするな」
 腕組みをしてオイゲンが言う。
「初めてなんだろ、人が目の前で殺されるなんて。ショックを受けて当然だ。強がるなよ」
 ノエルは唇をぎゅっと結んでいるが、目尻に涙が浮かんだ。ウェルドはオイゲンに頷き、ノエルの肩を叩く。
「宿舎に戻ろうぜ。今日はもう休もう」
「ううん……あたし、クムラン先生の所に行く……」
「行ったって、今日はもう身が入らねえだろ」
「お願い!」
 ノエルは叫んだ。
「……一人になりたくないの」
 ウェルドは何も言えず、居たたまれない気持ちでノエルに頷く。三人は酒場を出た。


 
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