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打球は快音響かせて

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高校一年
  第4話 情けは誰の為?

第四話


to葵

題:慣れてきた

うーす。
それなりに話す相手もできてきた。
水面の人間はやっぱり都会人だ。海で泳いだ事もないような奴ばかり。日に焼けてるのが運動部くらいなんだから、呆れるよ。
野球部に入って、毎日練習してる。
毎日同じことするのは、やっぱしんどい。
いや、島に居る時も毎日同じ事してたけど。泳いでばっかりだったし。でも、やらされてる分だけ、しんどく感じるのかも。
相部屋の奴のイビキで中々寝られないからメールした。深夜にごめん。おやすみ。



ーーーーーーーーーーーーーー


「ヨッシー!おはよーさーん!」

鷹合はいつも、自分が朝目が覚めるとこうやって大声で翼に挨拶する。翼がまだ寝ていようが、お構いなしである。翼はやや睡眠不足なまま、目を擦って起き上がる。鷹合に起こされたのは鬱陶しいが、鷹合に起こされずともそろそろ起きないといけないのは確かだ。

「んーっ…と」

二段ベッドの下段から這い出して、翼はうん、と背伸びし、朝食を摂りに食堂に向かう。
こうしてまた、一日が始まった。



ーーーーーーーーーーーーーー


「でな、割と学校から近いとこに新しい映画館出来よったんや。また見に行こうちゃ。今は"デッドライン・ブルー"が面白そうっちゃけん。」
「えぇ〜、どうせなら"凪の花嫁"の方がええけ〜。ほら、ヨッシーの故郷でロケしよーし」

翼にも、「学校の友達」が出来た。山崎雄平と、大江杏菜。山崎は細身で長髪の軽音部、大江は色白で少しお転婆な面構えをした茶道部である。翼が山崎に春休み中の宿題のノートを見せてやった事がきっかけで仲良くなり、山崎と同じ中学の大江とも接点ができた。休み時間はこの3人で居る事が多い。

「あぁ、俺の出身は気にしなくても良いから、面白そうな方を見ようぜ。おーい、宮園ー?次の月曜はオフだよなー?」

翼は宮園の方を見た。宮園は自分の席で本を読みながら答える。

「月曜は原則オフだ。映画でも何でも行けば良い。門限には遅れるなよ。浅海先生の機嫌が悪くなる。」

早口で素っ気なく答えた宮園に、大江は口を尖らせる。

「宮園君、ヨッシーには愛想悪いよねー。顔は良いんちゃけどなー。部活ではああなん?」
「まぁ、あんな感じだよ。愛想は良くないかな。女子相手だと、コロっと態度変わるけど」
「裏ありそっちゃねー、それ。真美が心配だわー、もう宮園君にゾッコンやけん」

翼は教室の端で女子と固まっている青野を見た。相変わらずのチビである。ニコニコと笑っていた。そして、たまに宮園の方をチラ、と見ているのを翼は見逃さなかった。

(葵も地元で、あんな風になってんのかなー。遠距離なんてどんだけ続くんだか。)

俄かに不安を覚えた翼であった。



ーーーーーーーーーーーーーー


放課後は部活。三龍野球部の部員は60名。一年生は17名だ。翼、宮園、鷹合、渡辺、美濃部以外は全員自宅通いの選手達。宮園は水面地区ながらあえて寮生活をしているので、13人は地元出身の選手という事になる。交通網が発達した大都市圏・水面地区なので、地元と言っても様々なのだが。

「さぁ体幹、体幹だ。あとその腹筋5セットやったら、次はランメニューだぞ〜。」
「」

翼を始めとした1年は浅海の言葉にゲンナリする。翼ら1年のうちで、いきなり上級生に混じって練習しているのは鷹合1人。鷹合は中学時代の実績や、現段階での身体的資質からしてもズバ抜けている。期待されて入部した特待生である。その他の1年生は、10人が球拾いなどの練習サポートを主にして、たまに軽く練習に参加し、そして5〜6人が日替わりで浅海に基礎体力をシゴかれる。今日は翼は、基礎トレーニングの順番だった。

「13、14、15、16」
(ヤバい!)

浅海が課す体幹メニューは、腹筋だけをとっても、様々な種類の腹筋を織り交ぜた1セット60回を7回、これだけでもかなりしんどいものだった。もちろん、他に背筋もあるし、静止系のメニューもある。これには翼は参った。初めてやった次の日は、マトモに笑う事もできなかった。

しかし、翼にとって幸運だったのは、走る事、特に持久走にはそこそこ耐性があった事である。泳ぐのが趣味なだけあって息切れはあまりしないし、体力がない訳ではない。自分以外の「経験者」達とも、そこだけは引けをとらなかった。

「ハァッハァッ」ドタドタ

体幹メニューの後のランメニューで、今日は1人が遅れをとっていた。冨士原シニア出身の内野手、飾磨勇作だった。見た目はかなりポッチャリとしていて、顔もまん丸、実にのんびりした少年だが、しかしランメニューにおいてはのんびりしている事など許されないのだ。とっとと走るべきなのだ。

校内一周、600mを何セットも走るレベテーションを課されていたが、飾磨は一度も設定タイム以内に入らなかった。さすがに、浅海も顔をしかめ始める。

「おいおい飾磨ァ、君は少し体がナマり過ぎてるようだなぁ。もう少し絞らないとなぁ」
「ふぁっ…ふぁい」
「ラストはタイムに入れよ?入らなかったら、もう一本おかわりだ。おかわりすきだろ?いいな?」
「……ふぁい………」

飾磨はかなりグロッキーだ。
浅海は、その姿を見て妥協する事がない。

「3、2、1、スタート」

ラスト一本がスタートする。
走り出した1年の背中を見送って、浅海は一息つく。しばらく経って、速い者から順にスタート地点に帰ってくる。浅海は気づいた。翼がこのラスト一本だけ、明らかに遅い。

もうしばらく待つと、ドタドタとのろまな走りで、翼と飾磨が戻ってきた。2人ともタイムオーバーである。

「残念。飾磨、あと一本だ。好村、お前もだぞ」

浅海が言うと、飾磨は心底萎えた顔をした。翼も同じような顔をしているが、しかしどこか、繕っているように浅海には見えた。

(……ふぅん)

その様子を見て、浅海は何かを思った。



ーーーーーーーーーーーーーー



「おー、ごめんごめん」
「ヨッシー遅いっちゃ〜」
「もうすぐ始まるで、早よう」

翼は山崎と大江との約束通り、月曜のオフを利用して水面市のやや外れに新しくできたシネコンに出かけた。中心部からはやや遠いが、それでも田舎者の翼からすれば十分な都会である。
翼は、寮生の自分を慮って、わざわざこのシネコンを選んだ2人に感謝した。

「やっぱデッドライン・ブルーやろ!」
「いや、凪の花嫁やけ!」
「ちょっ、2人とも、揉める時間もないって!」

3人はこんな具合でキャッキャとはしゃぎながら、時を過ごした。翼にとっては、この時間は本当に尊い息抜きだった。



ーーーーーーーーーーーーーー



「外出か?どこに行ったんだ?」
「あ、浅海先生、こんばんは。」

門限より少し前に学校に帰ってきた翼は、中庭の畑に水をやっている浅海に出くわした。
うわ、ダル。見つかったよ。
そういう思いを抱いたが、しかし顔には出さないように翼は注意した。

「えーと、近くのH-joyに…」
「映画を見たのか?良いなぁ、私も来週に行こうかなぁ…」
「浅海先生、映画とか見るんですか?」

部活での鬼コーチぶりばかり見ていた翼は、意外に思った。浅海は心外そうに眉を釣り上げた。

「あのなぁ、私は国語の教員だぞ?本来そういう文化的な趣味があるんだよ。部活と趣味が一致してるのなんて、タイソーの先生くらいだ。それこそ、乙黒みたいな」
「あ、そうなんですか…」
「ほら、ボヤボヤしてないで君も手伝わんか。うら若き女性に畑仕事をやらしておいて何とも思わんのか?」

畑の様子を見ると、今水やりを始めたばかりらしい。翼に拒否権はなかった。

「この前のトレーニングの日の事、覚えてるか?少し聞きたいんだが」
「え、あ、はい」
「レベテーション最後の一本、どうして手を抜いた?お前なら平気でタイムに入れたはずだ。」

翼は、ああ、そのことかと納得した。
あのトレーニング日の浅海の機嫌は、レベテーション最後の一本以来、どうにも悪かったから、何か思ってるだろう事は想像できた。

「飾磨を1人で走らせるのは可哀想だったんで。あと一本走るくらい、別に良いかと思いました。」
「やっぱりな。そんな事だろうと思ったよ。」

浅海は少し呆れたような、何とも微妙な笑顔を見せた。

「お前なぁ、優しい事は良いことだが、その優しさは本当に正しいのか、よく考えてみな?飾磨は強くは無いものの一応硬式クラブの4番打者で、こと野球にかけてはお前よりも数段上手い。唯一走るのだけが駄目だ。お前は今の所逆だろう。お前は自分の唯一の強みと、飾磨の唯一の弱みを比較して、そして哀れんだんだ。どうだ?滑稽に思わんか?」
「…………」

翼は何も言えない。

「それに、お前、遅いヤツに合わせて一緒に走ってあげようなんて、弱いヤツが可哀想だからみんなで弱くなってあげようなんて言う最近の悪しき教育と同じじゃないか。それでは社会から向上の可能性は失われる…人間、退化する一方だな。当然、チームは強くならない」
「じゃ、じゃあどうしたら良いんですか?」

言われ放題の翼は、縋るように尋ねた。
浅海はふふん、と不敵な笑みを見せた。

「それは言えないねぇ。私も正解なんて持ってるわけじゃない。教師の仕事はお前らに“分からない”を与える事だ。お前なりにこの3年間で、そのわからない事に決着をつけるんだな」

浅海はホースを片付ける。
突き放された翼は、その背中を見ながら突っ立っていた。

「ありがとう。助かったよ。明日の予習でもして、早く寝るんだな」

そう言い残して浅海は去る。
水を与えられた花が、湿ったその花びらを電灯に光らせていた。
 
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