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チャイナタウンの狐

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第三章


第三章

 こうして彼はそれから毎日仕事が終わるとその店に行ってチュンレイと会った。二人の関係は次第に親密なものとなり遂に彼はこう言い出したのであった。
「結婚したいのか」
「そうだよ」
 自分の家のリビングで話をしていた。家はアメリカ風のそれでリビングも広くくつろいだものである。そこの真ん中にテレビを見られるように置いてある薄緑色のソファーの向こう側に座る彼の両親を前にして話していた。
「その留学生の娘とね」
「そうか。やっと相手が見つかったのか」
 父親は見ればチャンがそのまま老けたような顔をしている。端整で落ち着いた感じの老人だ。彼は息子の話を聞いて安心したかのように笑っていた。
「いいことだ」
「ただね」
 その横にいる白い髪の小柄な老婆は心配そうな顔をしていた。その顔で息子に対して言うのだった。
「その娘さんは大丈夫なのかい」
「向こうはいいって言っているのだけれど」
「そういう問題じゃないよ」
 不安そうな顔で息子に言葉を返してきた。
「性格とか。身元とかは」
「ああ、そうだな」
 父親も妻のその言葉を聞いてそこに考えをやった。
「この会社を切り盛りする御前の支えにならないといけないしな」
「そうですよ。だから変な娘じゃ」
 不安を隠さずに夫にも答えるのだった。
「後で大変だよ」
「香港の大きなレストランの娘さんでね」
「香港の!?」
「白狐飯店っていうんだ。知ってるかな」
「ああ、あそこか」
 父親は息子の話を聞いてすぐにこう述べてきた。ほんの少しだけ考える目をしてから答えたのであった。
「あそこならな。確かうちと同じ広東料理だったな」
「そうだよ。そこの娘さんでこっちの大学に留学してきていてね」
「そうだったのか」
「性格も素直で穏やかでね。いい感じだよ」
「レストランのことを知っているのならいいな」
 父親はまずはこれを判断材料にした。
「母さんはどう思う?」
「そうですね」
 母親もそれを聞いて不安な顔を消していた。普段見せているのであろう穏やかな顔で夫に対して述べるのであった。
「それでしたら私も」
「いいんだな」
「後は細かい話をして」
 おおまかなことはいいということであった。つまりチャンにとってはいい話になっているということである。彼もすぐにそれを察して表情を明るくさせていた。
「わかったよ、それじゃあ」
 その明るい笑顔で両親に答えた。
「細かい話はこっちでしていくから。それでね」
「ええ。ただ」
 しかしここで母親は真剣な顔になってきた。声も少し厳しくさせて彼に言うのであった。
「何かな」
「わかっていると思うけれど奥さんは大事にするんだよ」
 そこを釘刺すのであった。
「中国の女は厳しいからね」
「わかってるよ、それは」
 女は怖いし強いものである。実は中国では恐妻家が多い。しかも彼は中国系アメリカ人だ。アメリカもまた女が強いことで有名だ。タフなヤンキー達の連れなのだからそれも当然だ。従って彼は女はただ優しくて可憐なだけではないのはよくわかっていたのだ。
「それがわかっているのならいいよ」
「そういうことでね」
 こうして話は決まった。チャンはチュンレイと結婚することになった。無事に式が終わり結婚生活に入った。チュンレイは家でも会社でも彼の妻として秘書として側にいてその生活や仕事を支えた。それは実に見事なもので彼にとっては満足のいくパートナーであった。
「ずっと秘書もいなかったけれど」
 彼はある日あの初老のコックに対して話していた。朝の市場を歩きながら。相変わらず活気に満ちた市場の中を進んでいる。
 
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