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紫と赤

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第六章


第六章

「ではそれもお出ししますね」
「頼むよ。それじゃあ早速ね」
「はい、わかりました」
 こうして店にある赤と紫の化粧品が全てチャーリーの前に出された。彼はそれ等を黙ってまんじりと眺めていた。
 一色一色、一個一個。丹念に眺めていく。だがまだ彼が求める色は見つからなかった。
 赤も紫も見る。両方を見ているうちにふと。紫の方で面白い色を見つけたのだった。
 見ればそれはアイシャドーだった。その紫を見て彼は店員に対して言った。
「あれ、この紫は」
「はい」
「赤じゃないよね」
 まずはこう店員に対して尋ねた。それは紫というyりは紫がかった赤だったのだ。その紫に興味を持って彼女に問うたのである。
「紫にあるけれど」
「それは帝王紫です」
「帝王紫!?」
「はい。昔のローマ帝国等では紫は高貴な色とされていましたね」
「ああ、そうだったね」 
 学校での歴史の勉強を思い出しながら答えたチャーリーだった。その辺りの記憶は実は弱いのだがそれでも何とか答えることができた。
「確かね」
「その紫なのです」
「これが紫!?」
 怪訝な顔をして言うチャーリーだった。
「赤にしか見えないけれど、僕には」
「その当時の感覚では紫だったそうで」
 こう述べる店員だった。
「ですから当店では紫に入れているのです」
「そうだったんだ」
「如何でしょうか、この色は」
「不思議な色だね」
 その帝王紫をまじまじと眺めながら店員に答える。
「こんな色があったなんてね」
「如何でしょうか」
「うん、買うよ」
 見せてもらったからにはこう答えるのは最初から決まっていた。しかし彼が今このアイシャドーを買うことを決意したのは当然ながらそれだけが理由ではなかった。
 勿論今後の絵の為だ。その為に買うつもりだったのだ。しかも彼はそれだけを買うわけではなく。ここで店員に対してにこりと笑ったうえで述べたのであった。
「それで。これを買うけれど」
「はい」
「あとは。そうだね」
 そのにこりとした明るい笑みを店員に向け続けての言葉だ。
「赤と紫を三つずつね」
「アイシャドーですか?それともリップですか?」
「どれも三つずつ」
 こう答えた。
「貰うけれど好きなのを選んで」
「好きなのといいますと?」
「だから。店員さんがだよ」
 そして店員さんに対して告げるのだった。
「店員さんがね。好きなのを選んでよ」
「私がですか」
「それは貴方にプレゼントするから」
 これが彼の本音であった。
「だからね。好きなのを選んで」
「私に。プレゼントをですか」
「ちょっとちょっと、お姉さんアメリカ人だよね」
「はい、そうです」
 店員さんはチャーリーの言葉の意味がまだ完全に把握できず戸惑っていた。いきなりプレゼントと言われてはこれも無理のないことであった。
「祖父の代に中国からです」
「だったらわかるじゃない。チップだよ」
「チップですか」
「貴方個人にね」
 こういうことだった。これは彼のダンディズムであるのだった。
「こうして見せてくれた御礼にね。どうぞ」
「はあ」
「日本人みたいに奥ゆかしくしたらかえって損するよ」
 右目をウィンクさせて明るく述べてみせた。
「アメリカじゃね」
「そうですね」
 やはり彼女もアメリカ人だった。事情を把握するとすぐににこりと明るく笑ってみせてきた。この辺りの変わりの早さが実にアメリカであった。
 
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