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群衆

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第四章


第四章

「彼は」 
 司祭は息を切らしながら家の中を見回して少年を探す。しかし彼の姿は何処にもない。
「事は一刻を争うというのに」
「隣の街に薬を買いに行かせました」
「薬をですか」
「戻るのは後です」
「わかりました。隣街ですね」
 司祭はその言葉を聞いて頷いた。それからすぐに老人に顔を向けて言う。
「すぐに。お逃げ下さい」
「この街からですか」
「そうです。もう誰にも止められません」
 彼はそう老人に告げた。
「騒ぎを抑えることは。ですから」
「ですからそれは」
 しかしここでも彼は司祭の言葉を受けようとはしないのであった。
「できないのです」
「今もですか」
「そうです。これもまた運命です」
 彼は今この事態に陥っても穏やかな声のままであった。その顔もまた。
「ならばそれを受けるだけです」
「受けてそのまま殺されようともですか」
「はい」
 また司祭に答えた。
「そうです。それだけです」
「もう馬車も用意してあるというのに」
「馬車は。いりません」
 それもまた断るのであった。静かに。
「返して下さい」
「そうですか。では先生」
「ええ」
 また司祭の言葉に応えてきた。
「このままここに留まるのですね」
「そうです。ですが彼にお伝え下さい」
 あの少年のことであった。
「何をでしょうか」
「これから何があろうと」
 老人は司祭に伝言を述べはじめた。
「人を助けていって欲しいと。それを」
「それを伝えて欲しいのですね」
「ええ。それに」
 さらに言葉は続いた。
「誰も怨まないようにと」
「怨みを捨てよと」
「そうです。怨みは何も生み出しません」
 それがよくわかっている言葉であった。老人は賢者であった。だがその賢者が今いわれのない偏見によって。司祭はそれが無念でならなかった。だからこそ今こうしてロウ神野伝言を聞いていた。それを一人残される少年に伝える為にであった。彼も覚悟を決めていたのだ。
「だから。それは持たないようにと」
「わかりました。それではそれもまた」
「それでいいです」
 老人はここまで話し終えると言葉を止めるのであった。
「私は。これさえ伝えて頂ければ」
「思い残すことはありませんか」
「はい。何も」
 ここでも静かに答えた。既に遠くから猛り狂った声が聞こえてくる。
「あそこにまだいるぞ!」
「殺せ!」
「遂に。来ました」
 司祭はその声の方に顔を向けて言った。
「彼等が」
「では司祭様」
 老人は司祭に対して告げた。
「これでお別れですね」
「ええ。残念ですが」
「それもまた運命です。では裏口から」
「はい。では彼には」
「お伝え下さい」
 これが老人が司祭に最後に話した言葉であった。司祭が家を出るとすぐに扉が閉まる音がした。もうそれからは何の音もしない。ただ怒り狂った群衆の言葉が聞こえるだけであった。司祭はその彼等のところに向かう。既に無理だとわかっていても。それでも。
「止めるのだ!」
「無理だ!」
 彼等はもう司祭の言葉を全く聞こうとしない。
「あいつのせいでまた多くの人が死んだんだ!」
「今度こそ!殺してやる!」
 めいめいその手に斧や鎌、鍬を持っている。普通に彼等の家にある農具が武器になっていた。禍々しい光を放って上に向けられていた。
「そうして!これで!」
「悪魔がいなくなるんだ!」
「悪魔か」
 司祭はその彼等の顔と声を見て気付いた。老人を悪魔だと罵る彼等の顔こそが。最早完全に悪魔のそれになっていたのだった。彼等は気付いていなかったが。
「それはここにいる」
「そうだ!ここにいる!」
 司祭の言葉も正常には聞けなくなっていた。
「あそこに!だから!」
「火はあるぞ!」
 誰かが叫んだ。
「悪魔を焼き殺す日が!」
「ああ、そうだ!」
 それを聞いてまた誰かが叫ぶ。
「焼き殺せ!」
「骨一本残さずにだ!」
 司祭は既に後ろから押さえられている。それで動けないようにされていた。
 
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