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菊と薔薇

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4部分:第四章


第四章

「そういう本なのですか」
「少し日本の本も読みたくなりまして」
 くすりと笑ってアンに述べてきた。
「それでなのです」
「日本の本をですか」
 見てみれば表紙には太く黒いもので書かれた文字があった。アンも話には聞いているがアルファベットとは違う実に複雑な文字である。しかもその文字は二種類あるようだった。
「それがその本なのですね」
「はい、そうです」
 朱雀はまた笑って答えてきた。今度はにこりと笑って。
「これがその当世書生気質です」
「そうですの。それにしても」
「何か?」
「変わった文字ですわね」
 今度はその字について言うのだった。
「つまりそれが」
「はい、漢字です」
 朱雀はまずは複雑な方の字を指し示して答えた。
「元々は支那の文字でして」
「チャイナ!?そうですわね」
 中国の文字がどんなものかはアンも聞いている。見てみれば確かにその文字であった。
「それは」
「そうです。そしてこちらが」
 その文字だった。何か柔らかく簡単であるがそれでいてそこには温かさもあった。そうした不思議な文字であった。少なくともアルファベットしか知らないアンにはそう思えるものであった。
「平仮名ですの」
「それもチャイナからの?」
「いえ、漢字から作ったものでして」
 朱雀はこのことからアンに対して話すのだった。
「日本の文字です。他には片仮名というものもあります」
「つまり文字が三つあるのですか」
「そうです」
 また答える朱雀だった。
「日本ではそうなのです」
「文字が三つもあるなんて」
 アンにとってはこのこと自体が想像もつかないことだった。彼女の中では文字はあくまで一つである。それが違うというのだから想像できないというのも当然であった。
「日本というのは不思議ですわね」
「不思議ですか」
「そう思えますわ」
 アンは答えた。
「とても」
「そうですの。不思議なのですか」
「ですから。知りたくなりました」
 気品はあるがそれ以上に好奇心を抱いている、その笑みになってまた言ってきた。
「日本のこと。色々と教えて下さいますか?」
「はい、それではこちらも」
「こちらも?」
「英吉利のことを。知りたいですわ」
 彼女も気品と好奇心の笑みで言うのだった。
「教えて頂けますか?宜しければ」
「はい、喜んで」
 アンはにこりと笑って朱雀の言葉に頷いた。これが二人の交流のはじまりだった。二人はいつも一緒にいるようになり日本のこと、英吉利のことを話し合った。それは二人にとっては全く別のものをお互いに知るものであった。
「これが英吉利の古い歌なのですね」
「そうですの」
 この日朱雀はアンの家に招かれていた。大きな窓と白い絹のカーテン、それに赤い絨毯が床に敷かれたその部屋でピアノの演奏を聴いていた。二人はその部屋の中央で紅茶とクッキーを前にしてそのうえでピアノを聴いているのである。
「これがです」
「何かとても」
 朱雀はその曲を聴きながら言うのだった。
「穏やかで。美しい曲ですね」
「ホーム=スウィート=ホームですの」
「それがこの曲の名前ですか」
「我が国では古くから皆に愛されている曲です」
 アンはこのことも朱雀に述べた。
「本当に昔から」
「それだけ皆に愛されてきたのですね」
「そうです」
 答えるアンもまた穏やかな顔になっていた。
「それだけの曲だと思います」
「そうですね」
 朱雀もこのことはわかった。
「これだけ美しい曲があるなんて」
「日本にもこうした曲はありますか?」
 アンは今度は朱雀に対して問うた。
 
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