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継母選び

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第四章


第四章

「それだけのおなごならな。問題はない」
「では決まりじゃな」
「うむ」
 仲間達は言ってきた。
「小田原に言ってみるがいい。そして」
「どんなおなごか自分の目で確かめてみるのじゃ」
「わかった」
 こうして彼は小田原へ向かうことになった。馬で一人駆けていく。
 小田原はこの時は北条氏の本拠地であった。今では鎌倉よりもずっと栄えていた。町ごと大きな城に囲まれている。そんな街であった。
「これはまた」
 五郎は小田原の町を見回して目を瞠っていた。
「前に来た時よりもまた」
 立派になっていると思った。彼は何度か小田原に来ているが来る度に立派になっている感じであった。それを見て今度は街に対して感嘆の言葉を漏らしたのである。
「見事じゃ。流石は殿様のお膝元じゃ」
 彼は北条氏に仕えている。だから殿様と呼ぶのだ。自分の主の城がここまで栄えていて彼は誇らしかった。その誇らしさを胸に自分の仕事に取り掛かった。
「これ」
 街を行く一人の町人に声をかけた。
「はい」
 その町人は彼の言葉に応えて顔を向けてきた。見れば若い男である。
「うむ。一つ聞きたいことがあるのじゃがな」
 馬上から彼に問うた。若者は彼をじっと見上げていた。しかし臆するところはなかった。どうやらこうして声をかけられていることには慣れているようである。
「何でしょうか」
「小田原に強いおなごがると聞いたが」
「強いおなごですか」
「そうじゃ。何でも牛を倒す程と聞くが」
「鬼姫様ですか」
「鬼姫様とな」
 五郎は若者が出してきた随分物騒な名前に思わず口を尖らせてきた。
「はい。ここを真っ直ぐに行きますと」
「うむ」
「道場があります。そこに通っておられます」
「左様か」
「ええ。実は殿様の家臣の方の娘さんでして」
「そうなのか」
「はい。あまりにも強くてそう呼ばれているのです。その強さときたら」
 若者は何か楽しそうな声で述べる。どうやらその鬼姫様というのはかなり物凄い人物であるようだと思わざるにはいられなかった。
「誰も適いません」
「誰もか」
「あまりにも手強いしそうした武辺者なので嫁の貰い手もありません」
「御父君は困っておいでじゃろうな」
「ですから誰でもいいから貰ってくれと申しておられます」
 五郎にとっては都合のいい話であった。正確に言うならばみよにとって都合のいい話である。本音では彼はそんな女は願い下げであるのだ。これは変わりはしない。
「そういうことです」
「あいわかった」
 彼はそこまで聞いて頷いた。
「では一度会ってみよう」
「すぐにどなたかわかりますよ」
「左様か」
「はい、その御姿たるや」
 若者はまた楽しそうに言ってきた。どうやらその鬼姫様というのは実に有名な者であるらしい。武勇伝も多くあるのであろう。五郎は彼の話を聞いていて心の中でそう思った。
「お武家様そのものです」
「ごついのか」
「はい」
 話を聞いて余計に嫌になった。聞くのではなかったと思った。しかし聞いてしまったと言っても話はもう決まっている。彼はその鬼に会うしかなかったのである。
「お楽しみを」
「わかった」
 少し身体を小さくさせて述べてきた。
「では行ってみるぞ」
「はい、どうぞ」
「しかしじゃ」
 行くところでふと馬を止めて若者に対して言う。
「幾ら何でも。鬼姫というのは言い過ぎではないのか?」
「そうじゃ」
 彼は述べる。
「鬼とはのう。幾ら何でも」
「まあそれは御会いしてからです」
 若者は笑みをそのままに述べる。
「それからお考え下さい」
「わかった。それではな」
「はい」
 こうして彼はその道場に行くことになった。程なくしてその門の前に来たがすぐにドスン、バタン、という激しい物音が門の内側から聞こえてきた。
「ふむ、やっておるな」
 五郎はそれを聞いて心の中で呟いた。
「それもかなり」
「まだまだぁっ!」
 野太い女の声が聞こえてきた。何と女の声なのに野太いのである。
「もしや」
 彼はその声を聞いて顔を顰めさせた。
「あの声が」
「来い!もういっちょう!」
 間違いなかった。女の声であった。野太く荒々しいがどう聞いても女の声であった。
 その声を聞いて間違いないと思った。ここにいると確信した彼は馬を止めて道場の中に入った。入った途端にまた声が聞こえてきた。
「おおりゃあ!」
 木造りの道場の中で大男が投げられていた。投げているのは女であった。掛け声から先程の野太い声の主であるとわかる。その声に相応しくかなり大柄で荒々しい感じの女だ。山女かと思える程だ。
 黒い髪をざんばらにして男の服を着ている。そして周りの者を次から次にちぎっては投げ、ちぎっては投げであった。まるで化け物のようである。
「もし」
 五郎は彼女を見ながら足元に転がってきた男に声をかけた。今女に投げられた者である。
「あの女が鬼姫であるか?」
「はい、その通りです」
 彼は何とか起き上がりながら答えてきた。見ればあちこち痣だらけだ。それだけ見ても彼女が相当な強さであることがわかる。
「それが何か」
「ふむ、やはりな」
 彼はそれを聞いてまずは頷いた。
「そうじゃろうと思った。実はな」
「はい」
 男は立ち上がっても背中を押さえていた。先程投げられてしこたま打ちつけたらしい。それで痛がっているのだ。
「彼女と話がしたいのじゃ」
「鬼姫様とですか」
「左様じゃ。よいかな」
「ええまあ、私は」
 彼はそれに応えて述べた。
「構いませんが」
「うむ、それではな」
 彼はそのまま前に出て来た。そしてその鬼姫の前にやって来た。
「何じゃ、御主は」
 
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