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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第一部 vs.まもの!
  第3話 いざ、じっせん!


 ウェルドは〈時の行路図〉を丸め、腰帯の間に挟んだ。
 闇の四方から水を打つような音が聞こえてくる。音は三人が立つ広場を取り囲み、徐々に包囲を狭めつつあった。明かりの届かぬ場所の床が濡れているのか、或いは魔物が舌なめずりする音かもしれない。
 ピチャ。ピチャピチャ。ピチャ。ピチャピチャ。
 愉快な音ではない。
 ウェルドは背中に手を伸ばし、大剣を鞘に固定する革ベルトを外した。柄を両手で握りしめ、右手側の通路と向かい合う。それを受けたディアスが体勢を変えて背中合わせになり、左手側の通路と向き合う気配。ノエルが後ずさり、その小さな肩がぎゅっとウェルドの肩に押しつけられた。彼女はぶるりと強く体を震わせると、短い杖を手に取り、構えた。
 ノエルの杖も、ディアスの石板も、魔装具に違いない。
 明かりが届く範囲に魔物の最前列が迫ってきた。
 バルデスの言葉通り、ケイプバイパーと呼ばれるそれは、確かにトカゲだった。ただ、体高がウェルドの胸まである。鋭い五本の爪を備えた二つの前脚。松明の光を跳ね返す金属質の鱗。本来目があるべき位置は鱗に覆われており、開いた口から舌を垂らし、牙を剥き出しにしている。
 水を打つような音は、ケイプバイパー達が湿った長い舌で床を打つ音だったのだ。
「バ、バルデスさんは――」
 ノエルが己を鼓舞するかのように喋る。
「大した魔物じゃないって言ってたわ、新入りのあたし達に任せるぐらいなんだから!」
「だとしたら」
 ウェルドは大剣の刃を傾けた。刃が松明の光を宿し、瞳に戦いの炎が燃え立つ。
「コイツらに勝てないくれぇなら部屋で大人しく寝てろって事だな。上等じゃねえか!」
 実戦の火蓋を切って落としたのは、無言を貫くディアスだった。
 彼が石板を高く掲げると、冷気が足許から立ち上り、隣接するウェルドの体をも包みこんだ。
 短い詠唱の声。冷気が矢となり、ケイプバイパーの前列に襲い掛かる。数体のケイプバイパーが凍りついた。
 ウェルドとディアスが同時に床を蹴った。
「はぁっ!」
 声を上げ、ケイプバイパーの群れに一閃、大剣を薙ぐ。手ごたえがあり、二体のケイプバイパーを大剣の重量で押し潰し、壁に弾き飛ばした。ケイプバイパーは青い体液を残しひしゃげた。
 大トカゲたちの威嚇音が地下遺跡の広間に鳴り響く。鋭く尖った舌が突き出されるが、ウェルドが操る大剣の方が、攻撃範囲が広い。取り囲まれぬよう二度三度、剣を振った。その度に鈍い音を立て、ケイプバイパーが潰れていく。床に青い液体が溜まり、傾斜に沿って垂れ落ち始めた。
 凛としたノエルの声が何かを叫んだ。詠唱の言葉だ。熱い物が顔の横を掠め、後方のケイプバイパーの一団に着弾する。
「よけて!」
 ケイプバイパーが炎に包まれる。混乱に包まれたそれは、燃える体で走り回り、仲間に次々と火を移していく。ウェルドは飛びのいた。広間はたちまち燃え盛る巨大トカゲの大宴会場と化した。闇は消え、遺跡の冷たさは光と熱によって破られる。ウェルドとノエル、そしてディアスは、遺跡入口の通路へと退避した。
 息苦しい。
 三人はめいめい通路に開けられた孔に体を寄せ、流れて来る空気を吸う。
 広間の酸素が尽きるより早く、魔物達の命が尽きた。火が消え、遺跡の闇がまた濃くなる。多くの生命が燃えつけた後の、粘りつくような湿気が残された。
「お、おい……今軽く俺らも燃えちまうところだったんじゃ……」
「あ、あたしは!」
 ノエルが杖を握りしめ、興奮状態でまくしたてる。
「初めてだったのよ! 実戦も実戦で魔法を使うのも! 生き物がこんな簡単に燃えちゃうなんて思わなかったのよ!」
「だが効率はいい」
 と、ディアス。
「床の液体を見ろ。傾斜がある。この傾斜と空気の流れを計算し火を放てば、我々は退路を確保しつつ最小限の労力で魔物共を掃滅できる」
「最小限のって、あたしの魔力の消費は無視?」
「娘、実戦は初めてと言ったな」
「ノエルよ、失礼ね!」
「つまり貴様は己の魔力の限界を知らぬという事だ」
 ディアスは無視して続けた。
「己(おの)が力の限度を知らぬ者との共闘は、俺の立場としては好ましくない」
「何よ――」
「魔力の限界がわかるまで魔法を撃ち続けろ。その経験は危機に面した際、必ず活きてくる。そしてその危機が今日、我々の身に訪れない保証はない」
 何せここは棺桶の町。無法地帯。ウェルドはディアスが言うに任せる。
「だが、もし貴様に忠告に従うつもりがないのなら、直ちに別行動をとらせてもらう」
「偉そうに! これはあたしが受けた仕事よ!?」
「おめぇと俺だろ」
 ノエルの頬がさっと紅潮するのが、暗がりにいてもわかった。が、ノエルは愚かではなかった。感情を殺し、口を開く。
「……もし、あたしの魔力の限界が来てもさっきの奴らが生き残ってたらどうするの?」
「戦力は貴様だけではない事を忘れるな」
「その時は俺がフォローするっての」
「ぜ、絶対でしょうね? もし真っ先に逃げたりなんかしたら許さないわよ!」
 馬鹿馬鹿しい、という態度を隠しもせず、ディアスが先に立って広間の奥の通路に歩き出した。
 ウェルド達は先ほどよりかは安全に、魔物達を焼き払い進んだ。その内、通路にこぼれる藁屑の量や湿度や臭いによって、魔物の巣を探し当てる勘も身についてくる。
 ノエルに疲労が見え始めると、ディアスは魔物達を氷漬けにしながら先に立って歩き始めた。
「ねえ、さっきクムラン先生が言っていたトラップカプセル」
「ん? ああ」
 ウェルドは巨大なトカゲの氷像をいたずらに剣でつついて壊しながら歩いていたが、腰の革袋に手を入れカプセルを出した。
「魔装具を持たないあなたにはそれが使えるはずよ」
 カプセルを手に立ち止まる。ノエルと二人、顔を突き合わせてカプセルを覗きこんだ。
「力の具現化を念じる、ってもなぁ……」
 ウェルドは一か八か目を閉じ、頭の中で言ってみた。
 もしもし、カプセル、お前が力を秘めているのなら、それを見せてくれ。

〈フリップパネル〉

 唐突に、言葉が脳裏に浮かんだ。
 あっ、とノエルが声を上げた。驚き目を開けたウェルドは、床の、大人一人が乗れるほどの範囲に魔方陣のような模様が青い光で描き出されているのを見た。
「フリップパネル?」
「なに、それ?」
「わからん……そんな単語が頭に浮かんだんだ」
 何かが闇に蠢く。殺気を感じ、ウェルドはノエルを突き飛ばした。
 ケイプバイパーの幼体が、小さいながらも槍のように鋭い舌を突き出しながら二人に飛びかかってきた。咄嗟に大剣を構え、盾代わりにする。
 ケイプバイパーが床に描かれた陣に乗った。
 予想もしなかった事が起きた。
 陣が消え、トカゲの魔物が弾き飛ばされた。その先にディアスがいて、彼の背中にぶち当たった。ウェルドは感心して言った。
「なるほどー、上に乗った物をぶっ飛ばすトラップみたいだな!」
 衝撃で前につんのめって転びかけたディアスは、一瞬よほど何か物言いたげな表情を見せたが何も言わなかった。
 ケイプバイパーの全滅は、予想よりもあっけなく終わった。大剣で薙ぎ払った最後の一匹が壁に叩きつけられて床に落ちると、白い玉を吐いた。掌の上で転がるそれは、セフィータの港町で目にした真珠に似ており、真珠より遥かに大きかった。

 ※

 フリップパネルの件を根に持っているのか、〈時の行路図〉で町に戻ると、早々にディアスは宿舎に戻っていった。
「ねえ、報酬の件、ディアスに言わなくてよかったのかしら。協力してもらったんだし……」
 ウェルドは肩を竦める。
「明日でいいさ」
 夏は無数の粒子となって弾け、町を熱気の中に閉ざす。西日射す大通りに出ると、たちまち汗が噴き出てきた。むさ苦しい大男たちをかき分けて、ノエルがはぐれないよう振り向きながら酒場へと急いだ。ノエルは小柄な体でひょいひょい混雑を縫い、しっかりついて来る。
 ウェルドは酒場の戸を開けた。
 扉の中の気温は外よりなお高く、湿気と酒の臭いに満ちていた。狭い室内は喧騒に満ち、食器の触れ合う音や太い笑い声が耳をつんざく。ウェルドは眉間に皺を寄せた。
「よう、オイゲンの親父」
 ウェルドはカウンター席の端に腰をかけた。隣には湿気でよれよれになり、インクもすっかり滲んでしまった壁新聞が貼られている。
「おう――ってウェルドにノエルじゃねえか。どうだ、もう遺跡には潜ってみたかい?」
「ああ。バルデスのおっさんから仕事をもらってね。おっさんの居所はわかるかい?」
 荷袋を腰帯から外し、カウンターに置く。中の宝珠がカウンターに当たり、音を立てた。
 オイゲンが肉を炒める手を止め、丸く見開いた目から驚愕の視線を注いでくる。
「何だい?」
「ウェルド、ノエル、まさかお前ら……もう子竜の宝珠を手に入れたのか?」
「ああ。って、なんで親父がその事を?」
「そりゃお前、俺がバルデスに適当な新入りに仕事を斡旋するよう頼んだからだよ! しっかし驚いた、お前らまだここに来て二日目だろ? まさかこんなに早く仕事をこなして来るとはねえ!」
「優秀な学者サマが同行してくれたおかげでね」
 隣席のノエルがぎゅっと体を小さくする。
「あたしは別に――そんな――」
 そのノエルの隣の空いた椅子を、何者かが引いた。
 金色の髪を肩まで伸ばした、馬車で見た男だった。そして、ウェルドが未だ名前を把握していない、最後の新人冒険者だった。
「ノエルさん……」
 男はいきなり甘い声で語りかけた。
「な……あなた誰? 何であたしの名前を知ってるの?」
「神が僕の耳もとで囁くのです。あなたの甘い名を……。なんて素敵な子だ……君のような可愛い子がこの世にいるなんて……」
「あ、ばっ、ばっ! 馬鹿じゃないの!」
「照れる事はないのです。美しい女性は神の奇跡の御業(みわざ)、この世の奇跡の結晶です。凡百の有象無象からはぬきんでた特別な存在……君は賛美を浴びるに値する人間だ……」
「あたしをそこらの子たちと一緒にしないでよ!」
「もちろん」
 男はとろけるような笑みを浮かべた。
「君は他の子とは違う。大陸中を探したって、君のような可愛い子は他に存在しませんよ」
「おい、こら。嘘臭ぇキザ野郎」
 ウェルドは低い声で割って入った。
「いきなり現れたと思ったらくだんねぇ事ベラベラベラベラと。ざけんじゃねえぞ。名を名乗れ」
「恋の天使は残酷だ!」
 男は細い眉を悲しげに垂らした。
「ノエルさん、君のような無二の女性を連れまわす男が、よりによってこの気の荒いブ男だなんて」
「勝手な事言わないでよ! 何よ、急に――」
「ええ、ノエルさん、わかります。この出会いは神がさだめし運命……。どのような醜い妨害があろうとも僕は必ず君と結ばれます」
「てめぇ、いい加減聞けやコラ。誰がブ男だ、おい」
 ウェルドはカウンターからズッと身を乗り出した。
「うん? 何です? 君は。無粋な田舎者ですねぇ。恋する二人の語らいに――」
「恋してるわけないでしょ! ふざけないで!!」
「名前を名乗れっつったんだよ!」
「イヤです」
 男は満面の笑みで言った。
「どうして僕が男のあなたに名を名乗らなければならないのです? 絶対にイヤです」
「あのなあ」
「何度でも言います。絶・対・に・イ・ヤ・です」
 ウェルドは頭が痛くなってきて、深々と溜め息をつくと、額当ての上から額を押さえた。
「くそっ……何で今日はこう……ロクな奴がいねぇ……」
「非常識な人ね。誰からあたしの名前を聞いたか知らないけど、あたしたちはほぼ初対面みたいなものよ。話しかけるならまず名乗るのが筋ってもんじゃないの?」
「ああ! 僕とした事が! 君のような女性に礼を失してしまうなんて! だけどノエルさん、この件についての責任はあなたにあります。あなたがそんなに愛らし――」
「い・ま・す・ぐ・名乗って!」
「オルフェウス。君の虜(とりこ)さ……。容姿ばかりではない。君の溢れんばかりの知性、居ずまい、佇まい、繊細な仕草に細やかな所作(しょさ)、今すぐ君を奪い去り、君の全てを知りたいくらいだ」
「勝手に言ってればいいわ。あたしはあなたみたいな知性のない人は嫌いよ!」
「そんなに照れなくても……ですが、僕は諦めません。いつの日か僕の誠意が君に伝わる日が来ると信じておりますからね。今すぐにでも君と二人きりの時間を楽しみたいところですが……」
 オルフェウスは悲しげな顔で首を振る。
「残念ながら、今日はそこのブ男にも同行してもらわなければなりません」
「何だぁ?」
 オルフェウスは椅子から立った。
「新人冒険者は全員、教会に集まって下さい。緊急のお知らせがあるそうです」

 
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