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知ったかぶり

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第一章


第一章

                        知ったかぶり
 山原雌山という男がいた。
 職業は一応芸術家となっている。絵画や陶芸、書道で有名とされている。しかし実際はそれよりもであった。食に関する発言や行動の方が有名だった。
 何かにつけて上から目線で怒鳴り散らし食事が少しでも気に入らないと暴れ回る男だった。そのことで有名になっていたのである。
 そんな彼の特徴としてだ。やたらと知識をひけらかすというものがあった。
「河豚はだ」
「はい、河豚は」
「どうなのでしょうか」
「やはり大阪だ」
 周りの者にこう言うのだった。所謂取り巻き達である。
「東京のものはまずくて食べるに値しない」
「そうなのですか」
「そこまで酷いのですか、東京の河豚は」
「まず素材がなっていない」
 つまり河豚自体がだというのだ。
「河豚が何なのかもわかっていないのだ」
「そこからして駄目だと」
「そう仰るのですね」
「如何にも。だしの取り方も駄目だしな。それに対してだ」
 見事な和服を着てその和服の下で腕を組んでの言葉だった。丁寧にセットした髪に厳しい顔をしている。部屋は檜と畳の和室だ。そこで正座をして取り巻き達に話しているのだ。
「大阪のだしは違う」
「上方ですね」
「そのだしがいいと」
「そうだ、昆布を上手に使っている」
 言うのはこれだった。
「鰹節もな。東京のものはただひたすら辛いだけだ」
「水も悪いですよね」
「醤油も」
「だから余計に駄目なのだ。東京は江戸の頃からそうだ」
 こう何かの本で得た知識を話していく。
「全く以って。東京の河豚は駄目だ」
「それよりも大阪ですね」
「やはり」
「河豚は大阪だ」
 それは絶対だというのだ。
「そしてすっぽんはだ」
「それは京都ですね」
「そちらですね」
「その通りだ。食は上方にあり」
 こう断言もしてみせる。
「東京になぞない」
「ええ、それじゃあ先生」
「今宵はどちらに」
「フレンチだ」
 それだというのだ。彼の贅沢は和食だけに止まらないのだ。
 そして銀座の高級レストランに入るのだった。白い宮殿を思わせる内装に絹のカーテンや見事なテーブルが置かれている。そこに入ってだった。
 ディナーを食べる。しかしここでだった。
 不意に血相を変えてだ。怒鳴り出したのだ。
「シェフを呼べ!」
「!?一体何が」
「何があったのですか?」
「この肉を焼いたシェフを呼べ!」
 驚いて飛んで来た店の者達にこう怒鳴るのである。
「今すぐにだ。この鴨肉は何だ!」
「そ、その鴨がですか」
「一体どうされたのですか」
「いいから呼べ!」
 何と立ち上がってだ。店の者の一人の胸倉を掴んで言うのだった。
「いいな、すぐにだ!」
「は、はい!」
「それでは」
 こうしてだった。すぐにシェフが山原のところに来た。そのシェフに対してだ。
 山原は皿ごとその肉を持ってだ。シェフに投げつけた。肉とソースがその胸に当たり料理人のその白い服を汚したのだった。
 そうしてだ。山原はさらに言うのだった。
「貴様、何だこの焼き方は!」
「な、何か不都合でも」
「炭で焼いていないな!そうだな!」
「はい、コークスですが」
「何故急に変えた!」
 怒っているのはそれが原因だった。
「どういう了見だ!言え!」
「それはですが」
 それについてだ。シェフは話をはじめた。理由は炭の匂いが肉に付いてそれで風味を微妙に害するからだ。それでコークスにしたのである。
 
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