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闇夜の兵士達 ~戦争の交響曲~

作者:SOP
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第1部
第1楽章 内乱
  第0話 プロローグ

 
前書き
3/16
修正版です。 

 
 廃墟となった街中を一人の兵士が12歳くらいの少女を背負って歩いていく。その周りを武装した兵士達が囲む。それ以外は死者ばかりだ。
 兵士達は皆疲れきった表情を浮かべ、血と埃に塗れていた。また、背負われている少女もボロボロだが、その容貌は異質だった。淡く光る銀髪と雪のように白い肌。その肌に幾多の文字と図形が青い刺青で刻み込まれていた。少女の姿は何処か幻想的で美しく、寂しかった。
 一人の兵士が背負われている少女を見ながら口を開いた。その目には哀れみの色が浮かんでいた。そして畏怖の色も。
 
「隊長、この子を一体どうしますか?
 事情が事情なだけに……」
「あぁ、そうだな……」
「うっ……うぅん………」

 少女が眠そうに目を擦りながら、少しずつ目を開く。その目は血のように赤く、何所と無く優しい輝きを持っていた。彼女は周囲を見回し、小動物のように首を傾げた。“少し前”の彼女からは想像できない姿だった。

「ここはどこ…?
 あなたは…?
 それに私は……誰……?」

 欧州の訛りが強い、たどたどしい日本語と共に彼女は少し怯えたような表情を浮かべた。その瞳を自身を背負った男を向けた。
 そんな少女を見た男はこう答えた。

「ここは戦場。俺は―――。君はここに存在しない者。
 少し降りてくれる?」
「…?
 うん…」

 男はしゃがみ込み、少女を下ろす。少女のほうに体を向けた男は、何の躊躇無く拳銃を彼女に向けて抜いた。遊底(スライド)を引いて弾丸を装填し、引き金に指をかける。
 少女は驚いた表情を浮かべたが、諦めた様に顔を下げた。彼女は自分の運命を察したのだ。男の握る拳銃が彼女に突きつけられ、引き金が引き絞られた。銃弾が少女の頭を粉砕する―――筈だった。
 次に起こる事に身構えていた少女は呆然としていた。自分の頭が吹き飛ばされる筈だったのだからだ。だが、銃弾は路面に穴を開けていた。
 男はそれを見ながら淡々と喋った。

「君はもうこの世には居ない。俺の放った銃弾が君の頭を吹き飛ばしたのだから。ここにいる全員が証人だ。君はここで死に、新しく生まれ変わったんだ」
「死んで、生まれ変わった?」
「そう、君はもうジェーン・ドゥ(名も無き女)じゃない。君の住処は俺が用意する。それに君は俺の養子だ。何も心配することはない」
「……そう………私の名前は……?」
「そうだな……少し考えさせてくれ………」
「うん」

 少女は安心していた。この男は信頼できる、と直感で感じ取っていたのだ。兵士と少女はヘリに乗り込み、街を去る。街を振り返ったとき、少女の目に閃光が飛び込んできた。 

「………」
「人の作り出した忌まわしき炎だ。全てを焼き尽くす暴虐の炎だよ。よく見ておくんだ。これが人間の作り出した地獄の終焉だ。そう、狂気に溢れ、哀しみに濡れた街の、な」

 男はそう言うと呆然としている少女の頭をなでた。少女は男に向かって振り向き、こう言った。 

「結局、私の名前は?」
「おっと、そうだったな。お前の名前は―――」

 ―――絢。その言葉が聞こえた時、少女の意識は覚醒し、それが夢だったことを理解した。そしてここが戦場だと言う事を。
 それにしても懐かしい夢だ……。少女はそう思いながら時計を掴み取った。時刻は朝の5時前を示していた。もうすぐ兵士達が起き始めるだろう。
 時計のガラスには、ヨーロッパ人とアジア人の容貌を足して二で割ったような顔をした、“黒髪黒目”の美しい少女が写っていた。少女は自分が何所で生まれ、12歳までどのように過ごしてきたかを知らない。彼女にあるのは、戦争の技術だけだった。時刻を確認した少女は、興味がなさそうにそれを元に戻し、首に掛けた認識票を目の前にぶら下げる。

  JAPAN Federation Ground Force
  絢
  山田
  G7174533652494054823
  AB型

 それを見て少女は自身を再認識する。山田絢と呼ばれる人間であり、自分を拾ってくれた義父の付けてくれた名前だと言う事を。
 今日は2014年5月20日。何時もの日常が始まる。戦争と言う名の日常が。少女はそう思いながら、歴史を振り返った。世界と自分自身のだ。


 全てが始まったのは1950年だった。その年から始まった新たな冷戦によって世界は二分された。
 一つはアメリカ合衆国とヨーロッパ連合が主体の北大西洋条約機構と、ソビエト連邦―――後のロシア連邦―――が主体のワルシャワ相互防衛援助条約機構の軍事同盟である機構軍と呼ばれる東京相互防衛援助条約機構。もう一つは中華民主人民共和国連邦―――1936年の西安事件で蒋介石は暗殺されており、その後、国民党は崩壊し、共産党一党支配に―――と、韓国と北朝鮮が合併して出来た大朝鮮民主共和国。南米諸国が纏まってできた南米州機構。アフリカ、中央アジアの一部によって構成される上海経済協力条約同盟。通称、同盟だ。この同盟の締結を後押しした企業グループが存在すると言われているが最中ではない。
 1950年までは米、ソ、中の三勢力が互角に影響力を持っていたが、中国が他の二カ国を上回る影響力を付け、押し潰される事を恐れた二勢力が結合した。ただそれだけだった。
 新たな二大勢力によって作り上げた民間軍事警備企業(PMSCs)は、幾多の代理戦争に参加した。数多の血が流れ、その対立は宇宙にまで広がった。
 1950年代のを皮切りに宇宙開発競争も激化し、月面に同盟と機構の大規模な基地が建設されていた。希少資源を獲得する為だ。その為に、二大勢力は月面での軍事衝突に備え、多くの試作兵器をおくり、そして失敗に終わった。だが、成功した物も少数ある。その代表例がハーディマンだ。
 宇宙では物資の補給は宇宙船で運ぶ為、運べる量が限られており、僅かな弾薬を迅速かつ的確に使用する必要があった。そこで身体の延長として宇宙空間での建築、発掘作業を行う有人制御ユニットを基に開発されたハーディマンが実戦へと配備された。
 また、ハーディマンを試金石として機動兵器の戦術歩行戦闘機(以下戦術機)の開発が推し進められた。この戦術機のコンセプトは、防空システムの進化によって無力化されるであろう、航空戦力と砲兵の代用であり、匍匐飛行、もしくは歩行によって敵のレーダーを掻い潜り、友軍の支援要請にすぐに対応する為であった。現に1980年代にはTactical High-Energy Laser(戦術高エネルギーレーザー)が実用化され、敵地での防空システムの破壊無しで、航空戦力の運用は不可能となった。
 なお、中間地帯は両陣営から放たれるジャミングによって、対空システムなどのレーダーが効かない為、制空権を確保できれば、近接航空支援は可能である。もっとも、早期警戒管制機(AWACS)の支援は、先に述べたジャミングによって殆ど効力を発揮せず、ドッグファイトが多発する結果となった。


 2008年8月11日に、日本各地でテロ事件―――絢と義父が出会う切っ掛けになった、この世の“地獄”―――が発生した。その後、機構と同盟の関係は悪化し、2010年、三度目の世界大戦が始まった。
 それは一月一日の事だった。前日には条約機構と同盟は国交を断絶しており、デフコン2まで上がっていたが、戦争が起きるとは誰も思ってはいなかった。北京が新年を迎えたとき、この星に何発もの“神の杖”が落とされ、巡航ミサイル、弾道ミサイルが雨の様に解き放たれた。最初に放たれた“神の杖”は同盟軍の物だった。
 重金属で構成された全長6.1m、直径30cmの金属棒が、ヘリウムと水素しかない高度1,000kmの高さ―――なお、国際航空連盟やアメリカ航空宇宙局 (NASA)は宇宙空間を高度100㎞より外側と設定している―――から、音速の9.5倍の速さで放たれたのだ。この運動エネルギー弾が都市を破壊し、壊滅させるのはたやすい事だった。
 幾つもの都市が破壊され、機構軍も莫大な損害を負った。だが、その程度で黙っている機構軍ではない。すぐに反撃が開始され、同じように同盟の都市を“神の杖”が襲い、屍を量産する。
 しかし、その応酬は瞬く間に途切れることとなった。互いの対衛星ミサイルが攻撃衛星を次々と破壊され、巡航、弾道両ミサイルの発射合戦はミサイル防衛(MD)システムの起動によって止まっていた。なお、偵察衛星などは攻撃されることは無かった。あまりにも数が多すぎたのだから。
 戦略兵器では決着しなかったならば、次はどう出る。戦争は続いたままだ。答えは簡単だ。昔のように敵地に兵士を送り、占領するだけだ。


 世界規模で見れば同盟軍の進路は幾つかあった。インドシナ半島とオセアニアの島々を伝って、オーストラリアへと攻め込むルート。インド半島から帝政イランへと前進し、そこからトルコとアラビア半島に向かい、ヨーロッパとアフリカ大陸に突入するルート。ウラル山脈からレナ川、朝鮮半島東岸をを結んだ線に沿って前進し、シベリアとヨーロッパを遮断、それぞれ東西に侵攻し東はアラスカ、西は東ヨーロッパ平原のドニエプル川からヴィスワ川を結んだ線までを占領するルート。南米ではカリブ海と中米を通ってアメリカ本土へむかって侵攻を始めた。アフリカはずっと戦争が続いていた。機構側と同盟側に分かれて断続的な講和を繰り返し、この世界大戦でまた大規模な戦闘が起きている。
 だが、第三次世界大戦から4年が過ぎ、戦争は膠着状態に陥っていた。東南アジア、オセアニア方面は、オーストリアと第二列島線を目前に一歩も進めておらず、イランのテヘランを目前に大攻防戦を繰り広げていた。シベリアではヴェルホヤンスク山脈と樺太でロシア軍が踏みとどまっており、ヨーロッパ方面ではウラル山脈で激戦が繰り広げられていた。南米の同盟軍もコスタリカで押し留められていた。日本では九州地方と四国地方、沖縄を奪われ、中国地方の伯備線で敵の攻勢を喰い止めていた。アフリカは一進一退としか言いようがない状況で、ただの泥沼だ。
 月面では同盟軍が機構軍を駆逐し、そして消息を絶った。彼らの最後の通信では、未確認の電波が探知されている、だった。これが何を指すかは不明だ。機構軍は損害が甚だしく、月から撤退した。最後に脱出した兵士達が宇宙装甲艦―――スペースシャトルを元に、巨大化させた物。武装は、反動によって生じる軌道のズレで、地球の重力圏に堕ちない様にする為、反動のない高出力レーザーを使用―――で離脱中に、月面で激しい戦闘によって生じる閃光を目撃した、との未確認情報も有ったが真偽は不明だった。また、月に向かった同盟の宇宙装甲艦が全て消息を絶っており、月に何かがあることは確かだった。
 機構軍は大戦初期に行われた戦略兵器による攻撃で大混乱を起こし、撤退を繰り替えしたが、同盟軍に出血を強いる為に、強固な防御拠点を、お互いが援護し合える距離に縦深に設置し、拠点の間をすり抜けて弱体化したところを、機動部隊で殲滅した。だが、敵の物量は膨大で少しずつ地歩を削られていった。


 山田絢は、男に拾われてから開戦まで、全国各地にある連邦陸軍幼年学校の一つに居た。そこで徹底した訓練を受けた。元々、その訓練は彼女自身にとって楽な訓練だった。よく教官にこう言われた。

「普通の生徒なら訓練が終わった後は、疲労に満ちた表情を浮かべるのに、お前は何でそんな涼しい顔をしているんだ?」

 楽なのは楽なので、そう言われてもどうしようもなかったが……。
 ちなみに、この学校に来る前の経歴は、別の陸軍幼年学校に居た事になっており、本当は軍の実験体ではないかと噂されていた。最も履歴が偽造されているのは間違ってはいないが、自分自身が何者であるか分からない為、半分、合っていて、半分は未定だ。義父も私の本来の素性を教えてくれなかった。
 そんなこんなで日常を過ごし、訓練生の友人とともに、深夜ながら寮で新たな年を祝っていた。それも僅かな時間だったが……。
 突然、警報が鳴り響き、地下シェルターに潜った。そこのシェルターの中で、機構が同盟から宣戦布告されたことを知った。
 全軍に動員命令が下され、絢は一等兵として第42師団に配属された。目的地は九州北部だった。朝鮮軍が対馬海峡を越えて着上陸作戦を開始したからだった。
 絢は常に激戦に巻き込まれた。北九州から福岡の一帯を占領した朝鮮軍が、中国地方へと関門海峡を越えて侵攻し、それを防ぐ為の下関攻防戦を戦った。九州方面軍の反攻と同時に北九州へと逆上陸し、九州地方から朝鮮軍をたたき出す事を作戦目標とし、凄まじい損害を出して、あまつさえ敗北したオペレーション・ハンマー・ヘッド・シャークに参加し、命からがら逃げ帰りもした。その時、所属していた第42師団は壊滅し、第5師団に編入された。
 そこからが地獄だった。勢い付いた朝鮮軍は一気に九州と四国を制圧し、破竹の勢いで進撃。大損害から軍がようやく立ち直り、防衛ラインを構築したのは山口県の錦川から島根県の県境だった。だが、そのラインも少しずつ後退し、今日では鳥取から岡山にある伯備線近郊まで押されていた。その間、絢の部隊は常に殿を勤め、一戦一戦を戦うごとにメンバーが入れ替わって、さらに補充も少なくなっていた。
 彼女自身も一等軍曹に昇進し、現在は第5歩兵師団第13歩兵戦闘旅団第13歩兵連隊第1大隊第2中隊第1小隊の小隊付一等軍曹となり、この前線後方の作戦基地である第43基地で再編制が完了するのを待っていた。
 それが彼女にとっての歴史だった。

 
 

 
後書き
1,2話を統合しました。 
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