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美しき異形達

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第一話 赤い転校生その十一

「そこに生活用品もあったけれど」
「そこにかよ」
「そうなの、そこにしかなかったのよ」
「また凄い場所だな」
「まだそういう場所が日本にもあるのよ」
 近代化されて久しいがだ、それでも山奥にはそうした場所も残っているというのだ。
「そういうのがいいっていう人もいるけれど」
「裕香ちゃんは嫌だったんだな」
「だってね。今だに薪とかもあって」
「薪か」
「水道も何とかっていう位で」
 それはあるにはあるがというのだ。
「寒いから冬はすぐに凍ってね」
「それは不便だな」
「そうでしょ。冬なんかもうびっくりする位寒かったのよ」
「神戸も冬寒いって聞いたけれどな」
 これは街の後ろの山のせいだ、そこから所謂六甲おろしが来てそれで神戸の冬はかなり寒いものになっているのだ。
「もっとか」
「あっ、もっと凄いから」
「山だからか」
「雪だってすぐに積もるし」
 それもあるというのだ。
「だから少しでも早く出たくて」
「八条学園に来たのか」
「そうなの、この学園って建物も新しくて寮だって凄く綺麗でしょ」
「設備がいいよな」
「夏涼しくて冬暖かいから」 
 つまり生活状況もいいというのだ、住居としては合格だ。
「私大学もここにいて」
「それで就職もだよな」
「そのつもりなの。実家には高校に合格してから帰ってないわ」
「おいおい、帰ってないのかよ」
「確かにお父さんとお母さんには会えないけれど」
 このことは寂しい、だがそれでもだというのだ。
「物凄く不便だから」
「あまりいたくないんだな」
「もう絶対に戻りたくないわ」
 裕香は故郷だがそれでもあまりにも寒く不便な実家についてだ、苦いが確かな決意を持っている顔で薊に話した。
「奈良でも北の方ならいいけれど」
「南はか」
「もう本当に奈良って北と南で違うのよ」
 全く別の世界になるというのだ、奈良県は。
「北は色々なお寺や神社があって人も多くて観光もあるけれど」
「南はなの」
「確かに吉野とかはあるわよ」
 吉野は観光地として有名だ、だがそれでもだというのだ。
「もう人の数も全然違うのよ」
「歴史ある場所だって思ってたけれどな」
「確かに歴史はあるわ。けれど便利な場所は北だけなのよ」 
 精々御所市か王寺の辺りまでだ、本当に南は山ばかりで不便だ。何しろ電車すら吉野で止まってしまっている程である。
「特に私の住んでいた場所なんて」
「不便だったんだな」
「神戸に出るまででも相当な時間がかかったのよ」
 裕香は身体を洗いつつ薊に話す。薊は今は髪の毛を洗っている。その洗い方はかなりワイルドで男子生徒の洗い方に近い。
「戻るのも大変よ」
「車じゃ無理か?」
「道も凄くて」 
 深い山の中にあってだというのだ。
「そもそも実家には軽トラしかなくて」
「軽トラなあ。便利だけれどね」
「住んでいる場所から出るのも戻るのも大変で」
「軽トラでもか」
「そうなのよ、ちなみに私のお父さんの仕事は木樵であと森の管理もやってるの」
「山持ってるとかか」
「そうなの、それでお金には困ってないの」
 不便な中だが裕福ではあるというのだ。 
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