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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
第一章  冒険者生活
  Ex1.鼠の思惑

 第一層迷宮区最寄の町、つまり第一層での最後の町である《トールバーナ》。
 移動に次ぐ移動で、そろそろやばくなった装備を修理するため、私(・)はこの町に立ち寄った。

 正式サービス開始当日――茅場明彦による《ソードアート・オンライン》デスゲーム化宣言からもう十三日が経つ。
 私を含め、利己的で自己中心的な生粋のゲーマーは、誰よりも先んじてリソースの専有化に走った。今ではかなりレベルも上がり、装備も充実していることだろう。

 ――だけど、足りないな。

 第一層のボスは、ベータテスト時代のとおりならば、斧と円型盾(バックラー)を持ち、腰には人の身長ほどもある湾刀(タルワール)を携えた巨大な亜人型(デミヒューマン)、《コボルトの王(イルファング・ザ・コボルトロード)》。更にその周りには強力な護衛たちもいる。
 奴を倒すには、誰よりも先んじて行動した現在のトッププレイヤーたちだけでは圧倒的に戦力が足りない。そして、それは彼らにも十分に解っていることだろう。
 VRゲーム初心者らしい《はじまりの街》に籠っていた者たちも、段々と行動を開始し始めているようだけど、そいつらがボス戦に臨めるようになるのは最低でも、まだ一週間以上先のことだと思う。私なりに、初心者(かれら)には一応の援助(・・・・・)をしてはいるけども、それでも時間はそれなりに掛かると踏んでいた。
 そんな考えもあり、迷宮区最寄の街であるこのトールバーナには、まだ誰も来ていないだろうという予想をしていた。

 ――して、いたんだけどネー……。







「あたし、ルネリーっていいますっ。こっちがレイアで、そっちがチマです。そして、この人があたしたちのリーダー、キリュウさんです」
「……よろしくお願いします」
「よろしくッス!」
「…………宜しく」
「あア、よろしくナー」

 私がトールバーナの中央広場に足を踏み入れたとき、人の声がして思わず驚いた。
 この町にプレイヤーが来ていたことに対してではない。もちろんそれも多少はあるが、何よりその聞こえてきた声が、《楽しそう》だったからだ。
 デスゲームとなったSAO。いつかはそんな状況にも慣れて笑える日も来るだろうとは思っていたけど、まさかこんな最前線で笑い声が聞こえるとは思いもよらなかった。
 私は興味を引かれ、声の主を探した。
 それはすぐに見つかり、そして更に驚いた。何故なら四人いた彼らの中の三人は女の子だったからだ。
 しかも若い。私も年の割に若く見られがちだけど、彼女らは本当に若い。恐らく中学生ぐらい。茅場晶彦により、プレイヤーの多くは現実の姿にされた。そして、SAOみたいなネトゲにいる女性プレイヤーの多くは、その大半がネカマ、つまりは男が性別を偽っている。
 ロールプレイングゲームなのだからその行い自体に問題は無いが、姿が戻ってしまったことにより、女性プレイヤーが激減してしまったのも事実。割合としたら男女で9:1ぐらいか。
 しかし彼らはどうだ。PTの内の大半が女の子。しかも若い。
 黒一点である少年もこれまた若い。大学生には見えないけど、高校生ぐらいか。でも全体的に若いのは間違いない。
 どうやら中央広場に面するカフェテラスで談笑しているらしい。

「…………っ」

 その明るい雰囲気に、私は惹かれた。
 いきなりゲームから出られないって言われ、周りは打ちひしがれるか自己保身に走るか。
 私自身、保身に走った身だけど、やっぱりときどき、無性に人恋しくもある。自己利益だけを求めるのに疲れることもある。
 だから私は、その子たちに声を掛けようとした。
 その雰囲気の中に、私も入りたくて。
 でも、人と共にいたいという思いと一緒に、軽々と人を信じるな、という考えも持っていた。
 人ってのは何でもアリだ。情報屋というものをやってるとよくわかる。
 相反する二つの思いに、結局私は――オイラ(・・・)は、いつもどおりにしようと思った。

「ほーウ。もう、こんなところまで来ているプレイヤーが居たとはネ~」

 いつもどおり、《アルゴという名の仮面》をかぶって、話しかけたんだ。







 彼らの話を聞くと、どうやらこの四人は初心者(ビギナー)の集まりだったみたいだ。
 でもそれも納得のいく話ではある。名前、レベル、装備、それだけではなく訊いた質問にどんどん答えて行ってくれる。
 SAO(ここ)ってのは、たかがプレイヤーの名前ひとつ教えるだけでお金を貰えるような世界だ。
 そしてそれは、コアゲーマーなら誰もが知っている。
 ここまで明け透けに教えてくれるというのも、他の者から見ればバカ丸出しの行為だ。
 でも私は、こう思った。

 ――きっと、この子らは信じられないほどお人好しで、バカで……そして、純真で無垢だ。

 初めて会ったプレイヤーに自分の情報をさらけ出す。それがどんなに危ないことか、解っていない。
 まるで子供……って、子供だったね、そういえば。
 如何に自分がすれているかを自覚させる鏡のような子たちだ。

 ――でも……。

 そんな初心者のこの子たちが、こんな最前線まで来ているという事実。
 しかしそんな疑問も、話を聞くうちにだんだんと解って来た。

 ――要するに、プレイヤースキルが物凄く高いってことか。

 特に、この無表情の少年。現実(リアル)の実家は武術の道場をしているとか。
 VRゲームは、知識や経験がなくとも、身体操作の能力がずば抜けているとそれだけでスタートラインはだいぶ違う。引きこもりのメタボなんかとは目じゃないくらいには。
 この子らもきっとその類だ。
 利己的なゲーマーと違い、まだゲームをゲームとして楽むことの出来る純粋さ。そして何も知らないでここまでこれるほどの高いプレイヤースキル。
 私はそれを、――《面白い》と思った。








 私は初心者援助として、第一層各地の情報を《攻略本》という形で提供しようとしている。実際には道具屋で委託販売を考えているけど。
 色々と思うところがあって、一部の者以外には《0コル》で提供する予定だ。まあ、建前は初心者援助だし。
 でもその為には、ただベータテスト時代の情報を流出するだけではダメだ。SAOに限らず、今までプレイしてきたネットゲームの幾つかも、ベータと正式サービスでは細部が微妙に変わっているものもあった。つまりは、現在私が持っているベータテスト時のSAOの情報が正しいかどうかを調べなくてはならない。
 今日までは何とかなった。先行したプレイヤーたちに上手く聞き出したり、手持ちの情報で交渉したり、知人から買ったりと、想像していたよりもスムーズに情報の収集や、ベータ時代との差異の補完が出来た。

 だけど、これ以降は難しいだろうと思う。
 理由は多々あるが、一番の理由は……。

 最初に街を飛び出したプレイヤー――恐らくその殆どが《元ベータテスター》であろう者たち。彼らはその知識と経験を生かしたスタートダッシュで、多くの利を得た。しかし、それは両刃の剣であることに彼らの多くは気付かなかったのだ。








 二週間ほど経った現在、解っているだけでも既に五百人以上が死んだ。
 初心者たちの何人かはこう言う。

『経験者であるベータテスターが自分のことしか考えてないから、こんなに多くのプレイヤーが死んでしまったんだ! 悪いのはベータテスターだ!』

 つまり、経験者が初心者の面倒を見なかったから、五百人以上も死んだ……と。

「巫山戯るな……っ!!」

 と、そいつらに言ってやりたい。

 私の調べによれば、死者の半分は、その元ベータテスターだ。
 彼らには知識と経験があった。だが、同時にあるものが無かった。
 それは、SAOの現状を現実として受け入れる心、といったところか。
 こんな状況で先走れる奴らだ。しかも経験者。
 そんな奴らが、「このゲームで死んだら本当に死にます」と言われて、それを現実的に考えることなんて出来るのか? ベータテスター全員が、一度以上このゲームで死んで、《生き返って》いる。
 死ねばまた生き返れる。無意識に死ぬことに関して緩くなってしまうのも無理は無い。
 私も、少し前まではそうだった。実際に人が目の前で死に、そして生き返ってこないのを確認するまでは……。

 話は反れたが、つまりは情報源となるトッププレイヤー自体が減っているのだ。
 あと少しで完成というこの攻略本も、初心者たちが活動範囲を広める前に配布出来るようにしなければ意味は無い。
 だから、私はこの子たちに提案した。
 手持ちの情報の調査を。
 ここまで来れたという事は、かなり腕が立つことは解る。
 更にこのお人好しさ。正直、あまりおおっぴらに顔を出せない私にとって、それは都合が良い。
 私は、《ベータテスト経験者》だ。
 ベータテスターに不満を持つビギナーが多い中、それを気にしなさそうな人というのは非常にありがたい。
 この四人、特に少年と茶髪の女の子――キリュウとチマと言ったか――は、かなり私の話を疑っているようだった。
 それでも、あれだけ情報をさらけ出しといてだと、こちらとしては今更感ばりばりで、正直笑いが込み上げてくる。
 まあ、あれだ。結局のところ、私はこの子らが気に入ったんだ。

 ――手助けをしたい。

 と思ってしまうくらいに。








 そうして色々と説得して、協力という形に落ち着ける事が出来た。
 まだまだ信頼、とまではいかない関係だけど、まあそこは商人としての腕の見せ所。これから信用を重ねて行けば良いことだ。

「……フフ、また面白い知り合いが出来たナー」

 顧客、でもないな。協力者、と言った方が正しいかな。
 変な関係になってしまったが、不思議と後悔はなかった。

「……さて、そういえばもう一人の変な知り合いはどうしたかナ?」

 私はベータテスト時代からの知り合いの事を思った。
 名前を見てもしやと思ったが、会ってみてお互いにはっきりとした。今頃は他のトッププレイヤーと同じく、自己強化に励んでいることだろう。

「…………よしっ」

 彼らは、思惑は違えど、自分に出来る事をしている。
 だったら私も、自分に出来る事をしよう。

「今日も今日とテ、情報あっつメ~♪」

 私は再び、はじまりの街へと続く道を走りだした。







 それから二週間と少し経った。
 私たちがSAOにログインしてから一ヶ月、といったところか。
 今日は第一層迷宮区、その最上階にいるボスに挑戦する日だ。
 ……いや、戦いは既に終わった。
 ボス戦に参加していた知り合い何人かに今まさに報告を聞いていた。
 どうやらベータテスト時の知り合い――あの《キリト》が大活躍をしたらしい。色々な意味で。
 私はキリトに祝勝のメッセージを送ろうとフレンドリストを開いた。

「…………あ」

 そして、キリトの名前のすぐ下にある名前を見て、彼らのことを忘れていたことに気付いた。

・Kirito
・Kiryu ←

 そういえば、五日前に最後に連絡をとったとき、ボス戦が近くなったら教えると言っていたような……。

「…………にゃははハ!」

 とりあえず、笑っておくことにした。
 まあ、今回のボス戦は色々あったようだし、あの子らを巻き込まなかったと思えば、結果オーライというやつだろう。
 私は軽く謝罪のメッセージを、彼らに送った。

「さて、そろそろ転移門も開通したかナ?」

 私は、はじまりの街の大通りを歩いて、中央広場にある転移門へと向かった。

 ――さあ、いざ第二層へ!

 歩き出す私。その私を後ろから見ている者がいることに気付くのは、それから間もなくのことだった。
 
 

 
後書き
SAOP001 幕間 ヒゲの理由 に続く。 
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