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兄弟

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第六章


第六章

「言ったぞ。会わせてもらおうかとな」
「いいの?本当に」
「いいと言っている」
 やはり冷静な言葉だった。
「私がな。だからいい」
「そうなんだ。じゃあ」
「一つ言っておく」
 ここで不意にといった感じで弟に告げてきた。
「いいか」
「!?何を?」
「ただ御前が選んだその人だけを見る」
 この時はフォークもナイフも止めていた。グラスも持ってはいない。
「その人だけをな」
「その人だけをって?」
「身分やそういったものを見ないということだ」
 はっきりと言うのだった。
「わかったな」
「身分に関係なくって」
「何かおかしいところがあるか」
 表情は変わらない。相変わらず冷静なままである。
「私の言っていることに」
「そう言われたら」 
 ジョージも返答に困るのだった。何しろ彼は所謂正妻の子ではない。私生児と言ってもいい。その彼が身分を意識せずにはいられなかったがそれでもウィリアムは言うのだ。
「僕は。まあ」
「いいな」
「うん」
 兄の言葉にこくりと頷いた。
「じゃあ。今度この屋敷に呼んで来るね」
「頼むぞ。それではな」
 また弟に対して告げる。
「楽しみにしている」
「うん。今度ね」
 こうしてジョージは兄に自分の恋人を会わせることになった。すぐにその日になった。彼が連れて来たのは茶がかったブロンドに緑の目をした小柄な女の子だった。服装を見ればロンドンに普通にいそうな素朴なものだ。顔にはソバカスがあり如何にも垢抜けない。本当に地味な風貌であった。
「この娘だよ」
「はじめまして」
 女の子はジョージに紹介されたうえでウィリアムに頭を垂れた。おずおずとした動作であった。
「キャサリン=マクネアーと申します」
「マクネアーか」
 ウィリアムがまず注目したのは名前だった。
「ということはアイルランド系かスコットランド系か」
「父はスコットランドの生まれです」
 静かにこう答えたのだ。
「スコットランドからこちらに流れてきて」
「ふむ」
「靴屋をしております」
「そこに僕がお客さんとして入ってね」
 そのキャサリンの横でジョージが馴れ初めを説明してきた。
「それがはじまりだったんだ」
「そうか」
 そこまで話を聞いて静かに頷く。
「スコットランド系で靴屋の娘さんか」
「はい、そうです」
 また静かに頷いて応えるキャサリンだった。
「弟様とは。その」
「それでね、兄さん」
 ジョージが戸惑いながら兄に言ってきた。
「僕はこの人と。その」
「結婚したいというのだな」
「う、うん」
 兄に機先を制されて戸惑いを感じたがそれでも答えた。
「だから。まあ」
「わかっていた」
 静かに戸惑い気味の弟に対して告げた。
「というよりは察した」
「そうだったんだ」
「御前のその態度を見ればな」
 微笑んだ顔をジョージに向けて述べたのだった。
「すぐにわかる」
「そうだったんだ」
「そうだ。それでだ」
「うん」
「あらためて聞こう。その人だな」
 念を押すようにしてジョージにまた問うてきた。
「その人が御前の」
「まだ。口約束だけだけれど」
 少し俯き気味に兄に述べる。
「それでもね。けれど」
「私に断りを得てからだというのだな」
「わかるんだ」
「わからない筈がない」
 こう言ってまた微笑むウィリアムだった。
「私は御前の兄だからな」
「僕の兄さんだから」
「そしてだ」
 さらにジョージに言うのだった。ここでさらに。
「御前の目もよく知っている」
「目も?」
「キャサリンさん」
 今度はキャサリンに顔を向けた。そして彼女に声をかけたのだった。
「この弟を宜しく御願いします」
「えっ!?」
 驚いたのはキャサリンの方だった。今のウィリアムの言葉に。
「今何と」
「兄さん、今の言葉は」
「この言葉のままだ」
 微笑みをそのままにジョージに答えるのだった。
「このな」
「じゃあいいの」
「御前の目は知っていると言った」
 またこのことをジョージに告げる。
「そうだったな」
「それはそうだけれど」
「だからだ。この人は御前に相応しい」
「僕に」
「いい人だな」
 静かな微笑みと共にこう言った。戸惑ったままのキャサリンの顔を時折見る。
 
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