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兄弟

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第三章


第三章

 このことはすぐに社交界中の噂になった。ウィリアムといえば若いながら冷静沈着な人格者として知られていた。その彼が決闘をするなどとは信じられないことだったのだ。
 だがそれでも決闘をした。誰もが驚かずにはいられなかった。
 彼は決闘に勝った。相手も傷こそ負ったがそれでもであった。誰もが驚きを隠せないのだった。
「またどうしてだ」
「スチュワート公が」
「何でもあれらしいぞ」
 噂話をする者達のうちの一人が言った。
「弟君を愚弄したとからしい」
「弟君を!?」
「そうだ」
 こう答えるのであった。
「弟君をな。愚弄された為に怒ったらしい」
「おかしいな」
 これを聞いて誰もが言った。
「公爵に弟君なぞおられたか?」
「確かあの方は」
 ここで皆言うのである。首を傾げつつ。
「御一人ではなかったのか?」
「それがどうして」
「それだ」
 一人が険しい顔をして一同に語るのだった。
「先代の公爵がな」
「卿の父君がか」
「そうだ。あの御仁が他所で作った子だそうだ」
「何だ、それでは私生児ではないか」
「洗礼は受けていてもな」
「うむ、そうだ」
 こういうことになるのだ。本来ならば洗礼を受けていればそうはならないがそうならないのがキリスト教社会だ。その視誠意への迫害は宗教的、しかも絶対のものがある為に他の社会よりもかなり厳しい。とりわけ戒律の厳しさで知られるプロテスタントの社会では。言うまでもなくイギリス貴族では主流はイギリス国教会だ。つまりプロテスタントである。
「だからだ。本来は違うのだが」
「それでもですか」
「ううむ。それはな」
「どういうことなのだ」
「理解不能だ」
 彼等の結論はこれしかなかった。
「妾の子に何故」
「あそこまで」
「だからだ。弟君だからだ」
 ここでまた言われる。
「だからこそだ。侮辱を受けたと」
「わからんな」
 どうしてもわからないというのが彼等だった。
「しかも学校にまで通わせてな」
「あのままイートンでも入れるつもりか」
 イギリスの名門校だ。イギリスにおいてはこのイートンの出身というだけでかなりのものを約束されてきた。燕尾に似た制服がトレードマークだ。
「それどころかオックスフォードかケンブリッジらしいぞ」
「公爵はケンブリッジだったな」
「ああ」
 イギリスの名門大学だ。かつてはオリバー=クロムウェルもいた。
「ではその弟君もケンブリッジか」
「そうなるのか」
「どう考えてもわからんな」
 やはりわからないというのだった。
「何故そうなるのだ?」
「公爵は。弟君と思われるのが」
「しかもだ。正統な弟君と考えておられるのだろう?」
「如何にも」 
 やはりこれがわからないのだった。これに関しては欧州の貴族社会なら何処でも同じでありトルストイの息子の一人も家督相続権を持っていなかった。正妻の子ではなかったからだ。
「酔狂と言うしかないが公爵は本気であられる」
「何か言えばそれこそだ」
「決闘か」
「それだ」
 話す一同の顔が嫌悪に満ちたものになっていく。
「だからだ。公爵の前ではこれは言わないでおこう」
「そうだな」
 こう結論が出るのだった。そうして彼等は今は公爵の前では沈黙を守った。しかしウィリアムはこのことを完全に見抜いていたのだった。彼は己の屋敷で執事に対して話していた。
「あの決闘や巷での噂は聞いている」
「左様ですか」
「私やジョージに対して色々と言っているな」
「それに関しましては」
「言わずともいい」
 執事に対して冷静に言葉を返した。
「わかっている。ジョージは馬鹿にされている」
「はあ」
「妾の子だからだ」
 それ以外に理由はない、断言さえしていた。
「ジョージがな」
「それですか」
「だがそれは違う」
 しかしここでウィリアムは言った。しっかりとした声で。
「それはな。違うのだ」
「ではジョージ様は」
「私の弟だ」
 はっきりと言い切ってしまった。今ここで。
「それ以外の何者でもない」
「ではこのままイートンに入って頂き」
「ケンブリッジにもな」
 巷の噂通りのことを考えていたのだった。彼はあくまで弟のことを考えていた。
「入ってもらう。先はどうなるかわからないが」
「爵位につきましては」
「一応話は出ている」
 このことも話すのだった。
「男爵か。そうしてもらうことになっている」
「男爵ですか」
「伯爵、いや子爵」
 いづれも貴族の爵位である。公爵からはじまり侯爵、伯爵、子爵、そして男爵となっている。男爵は爵位を持っている貴族の中では最も下とされているのだ。
 
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