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たすけ

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第一章


第一章

                    たすけ
「僕はねえ」
 今僕の目の前にいる人の名前を三神さんという。温和な顔でいつも笑っている人だ。
「昔は悪かったんだよ」
「昔はって」
「若い頃はね」
 三神さんの若い頃の話だった。
「色々あったんだよ。喧嘩もしたし」
「はあ」
「博打もやったよ」
 ここで昔を反省されたのか悲しい顔になる三神さんだった。
「その場で。ヤクザ者と喧嘩もしたよ」
「ヤクザ屋さんとですか」
「うん。本当に色々やったよ」
 語りながら昔のことを見ておられる顔だった。悲しくもあるがそれでも見ている僕から見れば徳のあるとても素晴らしい顔だった。
「色々ね」
「一体どんなことがあったのですか?」
 今僕達はとあるお寺の境内で話をしている。実は三神さんはここの住職さんなのだ。周囲からもとても徳のある素晴らしい住職として知られている人だ。
「三神さんには」
「それはね」
「それは?」
「下らない話だよ」
 前以ってこう言ってきた。
「それでもいいかな」
「はい、是非」
 僕にとっては下らない話ではなかった。だから是非にもと言った。
「御願いします。是非」
「それじゃあ。そうだね」
 三神さんはここで一呼吸置かれこう言われた。
「お茶でも飲みながらね」
「お茶ですか」
「それと。ここだとあれかな」
 今度は周囲を見回された。今僕達がいるのはお寺の境内で本尊の仏像もある。このお寺の仏像は阿弥陀如来だ。慈悲のある顔で座している。
「寒いかな、話すには」
「はあ」
「場所。変えようかな」
 今度はこう僕に言ってきた。
「それでどうかな」
「三神さんさえよければ」
 僕は三神さんにこう返した。
「僕はそれで」
「有り難う、実は僕も歳でね」
「はあ」
「それでどうにもこうにも寒くて仕方がないんだよ」
「そうなのですか」
 確かに今は冬で境内も寒い。若い僕でも寒いのだからもう六十をとうに過ぎておられる三神さんにとってはかなり厳しいのは予想がつくことだった。
「それでは」
「うん。居間でね」
「わかりました」
 こうして僕達は今に移ってそこに座布団を敷いて向かい合って座って話をはじめた。熱いお茶に羊羹が暖房の効いた部屋に置かれていた。
「すいません、どうも」
「何がかな」
「いえ、遊びに来たのにこんなことまで」
「ははは、気兼ねすることはないよ」
 羊羹見ながら言う僕に笑って述べてきてくれた。
「そんなことはね」
「そうですか」
「それよりも私の詰まらない話を聞いてくれるのだからね」
 むしろ三神さんの方が有り難いと。こう言われるのだった。
「この位はね」
「はあ」
「ところでこの羊羹は」
 羊羹を見て言われた。
「近所の和菓子屋。ほら、あそこの」
「山月堂の支店ですね」
「そこで買ったんだよ。それも僕じゃなくてね」
「三神さんではなく」
「信者さんが持って来てくれたもので」
「そうだったんですか」
「有り難いことにね」
 その有り難いという言葉のところで目を細めさせられるのだった。
「僕が買ったものじゃないから」
「そうなのですか」
「けれど。とても有り難いものだよね」
「そうですね」
 その有り難いという言葉に僕は頷いた。
「それは。確かに」
「いい羊羹だよ」
 また羊羹について言われた。
「昨日家内と食べたけれどこれがね」
「あの店の羊羹は確かにいいですね」
 僕も結構贔屓の店なのでそれは知っていた。
「それじゃあこの羊羹は」
「そう、美味しいよ」
「ですね」
「まあそれを食べながらね。よかったら僕の話を聞いてくれるね」
「はい。それでは」
「そうだね。まずは」
 また遠くを見られるなってから述べられてきた。
「あのことから話すか」
 こうして三神さんの話がはじまった。それは僕にとってとても有り難い話だった。
 三神さんは若い頃その地域でも札付きのワルだった。仕事は一応漁師だったが博打はする喧嘩はする女遊びはする。家に殆ど金も入れず本当にやりたい放題だった。
 
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