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小さい秋

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第三章


第三章

「だからだよ」
「そう。だったら」
「うん」
「いただくわ」
 その微笑みでミルクを受け取った。飲むとその暖かさが身体中に満ちていく。
「美味しい」
「そうだろ?やっぱりミルクだよ」
「ええ。何か」
 暖かさを身体中で感じながら。そしてまた言う。
「目まで」
「虚ろになってるっていうか」
「虚ろ?」
「暖かくなってるっていうかね」
「そうなの」
「じゃあね。これを飲み終えて暫くしたら」
 また夕実に対して告げた。
「尚人迎えに行こうね」
「ええ、わかったわ」
「日が落ちるのも早くなったし」
 窓の向こうに目をやる。もうその空は赤くなっている。トンボの目の色だった。
「だからね。ちょっとしたらね」
「わかったわ。それじゃあ」
「けれどまずはね」
 しかしここでまた言う。
「一杯ね。それはね」
「あなたもどうなの?」
「僕も?」
「ええ、あなたも」
 夫にもミルクを飲むように勧めるのだった。
「どうかしら。ミルク」
「そうしようかな」
 秀人は少し考えてから答えた。
「僕も。何か寒いしね」
「そうしたらいいわ。それじゃあ」
「うん。それじゃあね」
「ええ。飲みましょう」
「尚人の分も置いてね」
「後ね」
 ふと夕実はここでまた言った。
「もう二人分置いておきましょう」
「二人分?」
「まずはね。尚人の分よ」
 まずは彼の分だという。
「それでね。もう一人の分はね」
「うん」
「相子ちゃんの分。どうかしら」
「ああ、そうか」
 言われてそれに気付く秀人だった。
「そうだね。相子ちゃんの分も」
「置いておきましょう。どうかしら」
「よし。じゃああらかじめ用意しておくか」
「それがいいわ。もうすぐでしょうし」
「もう夜になるよ」
 赤が青くなりそのまま黒になろうとしている。道路は紫になっている。赤の世界と青の世界の中間で。秋の紫をそこに見せていた。
「だからね。もうすぐよ」
「あっ、噂をすれば」
 ここで秀人は声をあげた。家の玄関が開く音がしたのだ。
「只今」
「帰りました」
 尚人と相子の声だった。
「困ったな。まだ用意もしていないのに」
「子供の帰る時間だけはわからないわね」
「全くだよ」
 こうは言っても決して本当に困っている顔ではなかった。
「どうしたものやら」
「けれど今はね」
「うん、わかってるよ」
 暖かい笑みで妻に応える。
「迎えに行こうか。二人でね」
「そうしましょう。二人でね」
「ミルクはその後でね」
「ええ」 
 こう言い合って席を立ち玄関に向かうのだった。玄関に出ると家の屋根の上にある風見鶏が風に揺れて静かな、乾いた音を立てていた。これもまた小さな秋だと思いつつ子供達を迎える二人であった。


小さい秋   完


                  2008・10・1
 
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