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微笑みのホワイトデー

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微笑みのホワイトデー

 ええっと、私です。
 私はそう言って手を挙げました。
 どうしたんだろう?そんなことを言わんばかりの顔。あなたはそういう顔をしています。
 それを知っていながら、私はにっこり微笑みました。
 昼なのに冷たい風が吹く中、にっこり微笑みました。


 あなたは、私との出会いを覚えてますか?それはちょうど、バレンタインの昼。今日よりも寒くて、風が強かった日。
 私はショックだったんです。捨てられたんです。まるで大きくなりすぎたペットの様に。
 もう自分のことなんてどうでもよくなって、死んでもいいけど見知らぬ人に迷惑かけるのは嫌だな、なんて考えてました。
 私、前に血溜まりを見たことあるんです。
 辺り一面が真っ赤で、人だった肉がその中にいるんです。最初は感覚が麻痺してたから、あぁ、ミネストローネを食べられなくなるな、なんて慣れない冗談を心の中で喋ってカラカラの喉でクククって笑ってたんです。でも、少しずつ冷静になって、鉄の臭いがプンとしたと思ったら、吐いちゃいました。
 だから関係無い人にまでそんな思いをして欲しくないなぁ、と思いながらふらりふらりと彷徨ってました。別に私は優しい人じゃないんです。でもなんていうか、見知らぬ人の人生をどうこうするのに抵抗があるんです。だって私、見知らぬ人の人生にまで責任持てませんから。
 それで、どれ位か辺りを歩いていたら、あなたに出会いました。
 私はその時、あなたに一目惚れしました。人に捨てられた日に人を好きになるなんて本当に現金だと呆れながらも、私はあなたに一瞬で惹かれてしまいました。
 私はそれから、あなたの元に駆け出しました。
 あなたはこちらを見ましたよね。人違いじゃないかって思ってる顔でした。
 そして私はにっこり微笑みました。なんででしょう、楽しくなってきたんです。雪の中から若芽を見つけた様な、そんな気分だったのかもしれません。
 あなたは困惑の表情を見せていました。確かにあの時の私の素行を思い出すと、顔から火が出ちゃいそうな位恥ずかしかったです。
 それでもあなたは据わった目をしていました。この人が誰か知らないけど、対応していこうって、そんな感じでしょうか。
 それで私は、こんにちはって挨拶しましたね。あれはきっと私の生涯で一番明るいこんにちはになると思います。
 それであなたもこんにちはって返しました。その時の私は、あなたと会話が交わせたことですっかり舞い上がってしまいました。
 それからどうしよう、次になんて言おう、ずっとそれを考えてました。台本なんてありません。言いたいことは無いけど、でも会話をしたかった。あなたはもう、私にとって赤の他人じゃなかったんです。
 いい天気ですね。私が口にした言葉は、昼下がりの主婦の挨拶の様な呆れる程ありきたりなものでした。だけど私はそんなことを気にする余裕も無く、緊張と焦りで喉をカラカラにしてました。
 そうですね。あなたは答えてくれました。不審な私を相手に、あの時は本当に有難う御座いました。
 私はそれから色々と話をしました。何を話しましたっけ?恥ずかしくて覚えてないです。でも確か雨の降るメカニズムとか、そんなとんちんかんなことだったと思います。言い訳をしますと、天気から強引に連想した結果なんです。だって何も浮かばなかったから。でももっと話をしていたかったから。
 それでひとしきりあなたと話して満足しきった私はフゥと満足気な息を吐いてから、やっと正気に戻りました。
 それで今更あたふたと慌てふためいて、すみませんでしたとあなたに頭を下げて一目散に走り去りました。私は恥ずかしいことしたな、と思いながらも楽しくなってきて、走りながらふふふと笑みを零していました。
 それから私はあなたのことがもっと知りたい、あわよくばもっと仲良くなりたい、そのことばかり考えるようになりました。
 だから私はあなたのことを調べました。幸いあなたは私と同じ大学に通っていたので、調べるのは難しくなかったです。私はこれ程までに私の大学に感謝したことはありません。
 あなたのことを調べ続け、あなたのことを人に尋ねる度に、人はあなたを尊敬し羨望し時に嫉妬しているだということが確信に近づいてきました。
 そしてあなたが素晴らしい人だと知れば知るほど、あなたと仲良くなりたいと思う気持ちが強くなっていきました。
 だけど、調べていく内に、あなたのことをつけ回している女がいるっていう話も聞きました。私はその女に憤慨すると同時に、あなたの優しさを思い出しまして、あぁ、だからそんな人が出てくるのかなんて変に納得してしまいました。
 だからその女のことを突き止めたいと私は思いました。突き止めてどうしたいかは考えてなかったです。でも、あなたの為に何かをしたい。私はその思いで人に尋ね続けました。勿論、あなたの為に何かをする自分になりたいだけなのは事実で、その時から、あぁ、これは自己満足だな、なんて思ってる自分がいましたしそれを否定出来ませんでした。
 それから私はその女について聞き回りました。その女の話は噂程度だったので大事なことになると口を割りたがらない人が多かったですが、私なりに弁舌をつくしてその女について色々と詳しくなりました。
 冷静に考えると、その時の私はおかしかったと思います。こんなに饒舌で、こんなに見知らぬ人に迷惑をかける私なんて見たことがありませんでした。
 だけどそれと同時に、とても生き生きしていました。その時の私はまるで悪魔か天使にそそのかされたように動き回ってました。
 そして自分が自分でないような、それでいて心地よい日々を過ごしていって、ある日ついにその女のことが分かったんです。
 その女はあなたの高校と大学の同級生でしたね。でも、その女には友人らしい友人が殆どいなかったそうなんです。たまに男と一緒にいるのを目撃されているので、彼が唯一の友人なり恋人だとみんなは思っていたそうです。
 その女は、やはりというか、あなたのことを恨んでいるんじゃないかってみんな思ってました。あなたが持っている全てが、その女には妬ましかった。その女のことを聞く度、その女が皆に避けられていることを感じます。もう、可哀想になる程に。
 ですが、過剰とも思える程嫌われていようと、あなたを脅かす存在であることには変わりません。私は、行動を起こしました。


 私は喋りに喋って疲れた喉を潤す為にぬるくなったミルクティーを飲みました。
 ここは喫茶店。強い風が時々吹いてなんだかピリピリしてる外に反し、その喫茶店の中は暖かい暖房と落ち着いた音楽に満たされていて、時間の流れもなんだかゆったりしています。
 私がここに来たのは初めてですけど、なんだかここを気に入りました。いつもちょっと及ばない私を優しく包んでくれるような、そんな優しい空気を感じます。この空気だったら、『自分の本当の敵は自分』なんていう胡散臭い台詞も耳に残りそうです。
 ごちそうさま。私はそう言って立ち上がりました。すると目の前にいる男がにっこり微笑みました。
 この喫茶店のことを教えてくれたのはこの男です。でも、ここに来るのは随分と久し振りなんだそうです。勿体無い。こんないい所知ってたら、毎日通ってもおかしくないのに。
 私は男が会計を済ませるのを見ると、出口の扉の隣に立ちました。男が扉を開けると、私は外に出ました。
「寒っ!」
 私は外に出るなりそう言いました。
 昼だというのに、さっきまでの喫茶店の温もりを冷たい風が容赦無く奪ってきます。こんなに寒い日に喫茶店に誘ってきたこの男はやっぱり変わり者だと改めて思いました。それを示す様に、周りに人が見当たりません。
 そんなことを思いながら歩いていると、ふと鼻に冷たい物が落ちました。雨だ。私がそう気づいたのを皮切りにしたかのように、ポツポツと雨がコンクリートを叩く音がしました。
「傘無い?」
 私は男に尋ねました。男は持っていた荷物を漁りだしました。今になって漁るということは、傘は絶望的でしょう。
 その時、男の荷物から何かがポロっと落ちました。
 なんだろう。そう思って拾おうとした私の手が止まりました。
 それは包丁でした。コンクリートの道に似合わない金属光沢を放っています。
 男はそれを見て、まるでティッシュでも落としたようにあっさりと荷物の中に収めました。
 私はその光景からいち早く目を逸らしました。すると目の前に、あの女がいました。憎くて憎くて仕方無いあの女が。
 男はあの女を見かけると、飼い主を見つけた忠犬のように顔を輝かせました。
 しかし何か声を出そうとすると、つかえたようにどもってしまいます。そのまどろっこしさは、傍から見ていた私ですらイライラする位でした。
「ええっと、私です」
 男は捻り出す様にそう言うと、目をぎゅっと瞑りました。あの女は男のことを知らないのか、キョトンとしています。
 そして男はゆっくり目を開けると、にっこり微笑みました。
 まるで楽園の中にでもいるように、にっこり微笑みました。


 今日は素敵なホワイトデー。バレンタインデーに受け取った愛を、こっそりちょっと水増しして返す日。 
 

 
後書き
さるとんどる。おみのづえSPです。
今回もネタが思い浮かばずどうしようか迷ったので、取り敢えず何も考えずに書いてみることにしました。
こうして書けたのが冒頭の3行。あとは、伏線の回収を未来の自分に押し付けながらダラダラと書き進めていきました。
お楽しみいただけたでしょうか?(厚顔無恥)感想等を頂けると幸せで空も飛べそうな気になります。 
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