| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

マウンドの将

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二章


第二章

「野球は面白くないとな。ああした野球がいいんだよ」
 彼等は私生活においても仲が良かった。投手畑を歩いてきた人間としてお互いに理解できる部分が多かったのだ。
 そうしてペナントは進んでいった。当初は躓いた横浜だが次第に勝ち星を積み重ねていった。
 もう毎年のことでありこうしたマスコミの提灯報道や勉強不足の解説者の意見にはいい加減食傷気味であるがこの年の優勝候補も例によって巨人であった。根拠は巨大戦力である。
 だが往々にしてその予想は見事に外れる。理由ははっきりしている。彼等が巨大戦力というのはホームランの数だけしか見ていないからである。野球を知らない無知、無学、思慮の浅い者の意見である。
 野球は総合力で見るものである。西武が黄金時代を築いたのもそれによるものである。かっての阪急もそうであった。
 巨人には抑えがいない。守備もお粗末である。その自慢の打線とやらもつながりなど皆無である。走ることもない。しかもコンディションも怠っているから怪我人まで多い。非常に幼稚な野球をしている。指揮官の識見を疑うレベルである。
 こうしたチームが優勝するかと言うとまぐれでしかない。そうしたことも理解出来ない人間が我が国の野球ファンに多い。悲しむべきことである。
 だが横浜の守備は固かった。内野も外野もレフト以外は隙がなかった。抑えにはあの佐々木主浩がいた。そして盗塁こそ少ないが機動力もあった。怪我は権藤が最も嫌ったことであった。彼は怪我人は何の躊躇もなく休ませた。
 次第に横浜は順位をあげていく。ヤクルトは不調であった。巨人は横浜に逆転されそこから坂道を下るように負けていった。所詮はホームランバッターだけでは野球はできないのである。おそらく野球を愛さず冒涜するような愚か者には未来永劫理解出来ないことであろうが。
 かわって中日が追い上げてきた。しかしそれでも横浜の勢いは止められなかった。
 場所は甲子園、大魔神と仇名される佐々木のフォークが唸った。最後のバッター新庄のバットが豪快に空を切った。
「やったな」
 それを見ていた横浜ファンが溜息と共に言った。佐々木がマウンドの上でガッツポーズをする。そこにナインが駆け寄る。横浜は今ここに三十八年振りの優勝を決めたのである。
「そうか、権藤さん勝ったか」 
 それを聞いて我がことのように喜ぶ男がいた。東尾であった。
「うちも早く決めないとな」
 今西武は劣勢にあった。ペナントは日本ハムが優勢であった。ビッグバン打線、驚異的な破壊力を誇るこの打線を背景に日本ハムは首位にいたのである。
 パリーグは混戦していた。しかしここで東尾は自慢の投手陣と機動力をフル活用しだした。
「野球を決めるのは何かわかるか」
 東尾はある時記者の一人に対して問い掛けた。
「何ですか?」 
 彼と親しいその記者はある程度はわかっていたが芝居っ気を好む彼に合わせて尋ねた。
「ピッチャーだよ」
 彼はニンマリと笑ってそう言った。
「野球はな、まずはピッチャーだ」
 ピッチャー出身の彼だからこそ言う言葉であった。
「ピッチャーがチームの柱だ、これがしっかりしていないチームは最後には負ける」
「はあ」
 その記者はある程度演技を入れて頷いた。
「まあ見ていてくれよ。最後にこのペナントを制するのが何処かな」
「監督、自信あるみたいですね」
「当たり前だよ、自信がなくてこんなこと言うわきゃないだろ」
 これが東尾であった。彼は常に自信がその胸の中に満ちていた。
「うちは十二球団でも一番の投手陣を持っている。これで去年の勝った。そして」
 彼は不敵に笑った。
「今年もな」
 そしてその言葉を残して監督室をあとにした。彼は戦場へと向かった。
 西武は日本ハムとの死闘を制した。頼みの綱の打線が停滞した日本ハムは西武投手陣の敵ではなかった。こうして西武は二年連続でペナントを制したのであった。
「今年のシリーズは楽しくなりそうだな」
 ペナントを制した後の東尾は上機嫌であった。彼は個人的にも親しく互いに認め合う仲の権藤と対決できることが何よりも嬉しかったのである。そこには昨年の野村へのあてつけもあった。
「そういえば今年ははじめてらしいな」
 対する権藤も機嫌は悪くなかった。彼は今回のシリーズが史上初の投手出身の監督同士の対決であることを聞いていたのだ。
「まあ私は内野もやっていたことがあるのだがね」
 彼はそう言って苦笑した。しかし権藤といえば誰もがあの連投を忘れはしない。
「ここは正々堂々といきたいな」
 これに対し野村も森も嘲笑を禁じえなかった。
「何を言うとるんじゃ、野球というのは騙し合いじゃ」
「作戦こそが勝負を決する。それがわからなくして野球は成り立たない」
 何処までも彼等は捕手であった。投手の言う言葉はやはりそりが合わない。
「言いたい奴には言わせておけばいいんだよ」
 東尾もそう言った。彼もまた野村や森とは現役時代からの不和である。
「俺は俺の野球がある。そして勝ってやるさ」
 彼はそう言うと車に乗った。行く先は横浜であった。
 横浜スタジアムの隣には中華街がある。横浜で最も有名な観光名所の一つでもあり行き交う者は皆中国の品物を愛で料理に舌づつみを打つ。そこに東尾はやって来た。
「ようこそ」
 店に入るとそこには権藤もいた。彼は微笑んで手を差し出した。
「どうも」
 東尾も微笑んで手を出した。そして握手をした。
「君達も来てくれよ」
 そして二人は周りにいた記者達を呼んだ。そして食事会場に誘った。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧