| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

早過ぎた名将

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

2部分:第二章


第二章

 フランコはロッカーに入るとナインに言った。
「マリンでの開幕だからスーツを着てきたんだ」
 彼もまたメジャーの風をナインにもたらしたのであった。
「思ったより効果があるな」
 これを見て頷く男がいた。この年から日本ではじめてゼネラルマネージャーに就任した広岡達郎である。彼はそのポーカーフェイスを綻ばせることなく頷いていた。
「これは期待できるな」
 彼はその徹底した管理野球のみがよく語られる。それは彼が知略の持ち主であるということよりも大きい。プライドが高く、常に表情を変えない冷徹なイメージもそうさせている。
 だが彼は実は人材を適材適所に置くことも心得ていた。だからこそヤクルト、西武を優勝させることができたのだ。
 最初それでもロッテは低迷した。だが五月からその快進撃がはじまったのだ。
『バレンタイン旋風』
 マスコミはそう書いた。このロッテの快進撃の中心には間違いなく彼がいた。
 先発投手には無理はさせなかった。予定された投球数を超えると交代させる。そして失敗しても決して怒らなかった。
「積極的に次の塁を狙うんだ、そして打つんだ」
 何事も果敢にすることを勧めた。そして例えば暴走してアウトになってもこう言った。
「ナイストライ、ネクストタイム」
 試合に負けてもそれが積極的ならばよかった。選手達は気持ちよく気分を切り替えて次の試合に挑めるのであった。
 彼と選手達の絆がどんどん強くなっていった。そしてロッテは二位になっていた。
 だがやはりトップには手が届かない。やはりオリックスはこの年には特別なものがあった。
「オリックスに勝たせてやりたい」
 日本中の誰もがそう思った。無駄に大砲ばかり集めながら無様に敗れ優勝戦線から早々と姿を消した球界の盟主なぞ誰も見ていなかった。
 オリックスの選手達は目の色が違っていた。彼等は神戸市民の為に戦っていた。
「あれこそ真の野球だ」
 バレンタインも言った。
「何かの為に必死に戦う、美しいプレイだ」
 彼もまたその姿に心打たれていた。だが勝負の世界は別であった。
 九月、オリックスは遂にマジックを点灯させた。十三日には一になった。
「あと一勝だ」
「そして神戸に優勝旗を」
 オリックスナインは意気込んだ。だが十四日は近鉄に敗れた。
「明日勝てばいい」
 しかしオリックスナインは焦らなかった。
「神戸の人達に胴上げを見せることができるんだからな」
 そして彼等は待った。敵が乗り込んで来るのを。ロッテが神戸にやって来た十五日、戦いの幕が開けようとしていた。
 球場にはオリックスの胴上げを見ようと神戸市民が詰め掛けて来た。誰もが期待に胸を弾ませている。
「この三連戦で決まるな」
 誰もがそう思っていた。オリックスナインもであった。
「神戸で優勝だ」
 彼等はそれだけを考えていた。
「ふむ」
 バレンタインはその様子を冷静に見ていた。
「動きが固くなっているな」
 オリックスナインの動きを一目見て呟いた。
「選手だけじゃない。監督やコーチまで固くなっている」
 仰木も投手コーチとして投手陣を支えている山田久志もだ。バレンタインには手にとるようにわかった。
「これは攻略できるな」
 彼は悟った。そして記者達との話に向かった。
「監督、今日はどうですか?」
 バレンタインは記者達からも評判であった。
「そうだね」
 彼は明るい笑顔で応えた。そして椅子に座りつつ朗らかに報道陣に対し話を続けた。
 そして試合開始の時間がきた。オリックスの先発は野田、ロッテは伊良部秀輝である。
「やっぱり伊良部できよったわ」
 一塁側を埋めるオリックスファンは彼の姿を認めて言った。
「また今日もえらい球投げよるで」
 伊良部といえば剛速球である。一五八キロを記録したこともある剛球が最大の武器だ。
「そうそう簡単に勝たせてくれる気はないみたいやな」
 神戸市民は彼の姿を見て溜息混じりに言った。
 その日の伊良部は特に凄かった。八回までオリックス打線を僅か三安打に抑える。頼みのイチローも八回にようやくヒットで出塁するのがやっとだった。しかも後続は全く期待できない状況であった。彼の剛速球の前に為す術もなく三振の山を築いていく。全く打てる気がしなかった。
「あかんわこら」
 神戸市民は溜息を出した。
「見てるこっちが感心する投球や」
 その通りであった。将にエースであった。
 ロッテは四回に林博康のソロアーチが出た。今日の伊良部にはそれで充分であった。
「ナイスピッチング」
 バレンタインは八回まで無得点、十三奪三振に抑えた伊良部を讃えた。伊良部はそれを微笑みで受けた。
「有り難うございます」
 九回になるとバレンタインは伊良部を降板させた。調子は落ちていない。
「投球数を超えた」
 だから降板させたのだ。伊良部もそれは納得した。
 まずは成本年秀、そして河本育之、このリレーでオリックスを何なく抑えた。このシーズンのロッテを象徴するのはこの中継ぎ、リリーフ陣であった。
 近代野球において中継ぎ、リリーフの重要性は言うまでもない。ロッテはそれを忠実に守ったのだ。
 オリックスは敗れた。結局伊良部を筆頭とするロッテ投手陣に抑えられた形となった。だが実際はそれよりも複雑で深刻な問題を抱えていた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧