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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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As 00 「始まりの朝」

 
前書き
 As編始まります。 

 
 ジュエルシード事件が終了してから約半年が過ぎ、現在は12月2日。ほんの少し前までは快適に過ごせていた気がするのだが、今はすっかり家にいても厚着をしなければならないほど寒くなった。顔を洗ったりする際にお湯を使ってしまうのは仕方がないだろう。
 鏡に映る自分の顔は、どことなくぼんやりしている。去年の今頃はこんな顔はしていなかった気がするのは、俺の記憶違いだろうか。

「…………髪、伸びてきたな」

 前髪を触りながらポツリと呟く。それなりに伸ばしているが、おそらく俺は他人よりも髪が伸びるのが早い。髪が伸びるのが早いのは……、という話を耳にしたことがあるが考えないでおこう。
 次の休日にでも切りに行こうか、などと考えている間に洗顔が終わる。眠気は全くといっていいほどないのだが、やはり鏡に映る自分はぼんやりしている。
 学校生活や友達に新たな家族ができたりと、短期間の間に日常に変化があったため、疲れが溜まっているのかもしれない。

「おはようございます。今日も早いですね」

 朝食と弁当を作ろうと思いキッチンに向かうと、そこには夏休み後半からうちに住み始めた同居人の姿があった。目を引くのは感情がほとんど見られない表情のなさよりも、身に着けている猫の絵柄のエプロンだ。

「おはよう……シュテル、あのさ」

 シュテルは手際よく調理を進めながら返事を返してきた。
 うちに来たばかりの頃は手伝うだけだったシュテルだが、最近は俺の代わりに何でもしてしまうようになった。
 負担が減るのでいいじゃないかと思うだろうが、長年習慣だったものをしなくなると違和感を覚える。それにすっかり家族のように打ち解けてしまっているが、シュテルは仕事でここに滞在しているのだ。

「ここ最近毎日言ってる気がするけど、俺がやるから」
「ショウは学生です。私に任せてゆっくりしたほうがいいと思います。最近は顔が前ほどキリッとしてないことが多いですからね」

 この胸の中にあるもやもやしたものを消すためには自分でやるしかないのだが、今のように言われると反論しづらい。
 シュテルの作るものは不味くない。美味しいといえるものばかりだ……手先が器用なせいか、無駄に細工に凝って食べづらいことが多いが。

「……じゃあ、任せようかな」
「はい、任せてください。朝食もお弁当もきっちりと愛を込めて作ります。学校で黄色い声が上がるかもしれませんが、そこはご了承ください」

 分かった、顔がぼんやりしてる感じになっているのはシュテルのせいだ。彼女との会話が楽しくないわけではないが、リラックスできるはずの家でも八神家でのような会話をしていれば疲れも溜まる。学校でも高町達と話すことが多くなっているため、無意識に緊張していることが多いのだ。

「前言撤回、やっぱり俺がやる」
「ショウ、普通そういうのは私が何かを焦がしたり、食器を割ったりした場合に言うことではありませんか?」
「そうだけど……シュテルの場合、必要もないのに面白くしようとするだろ」
「面白く……失礼ですね。愛妻弁当を作ることの何が面白いんですか?」

 何で少しキレているのだろう。俺は間違ったことは言っていないはず。そもそも、さっき黄色い声が上がるとか自分で言っていたはずだ。それに

「結婚してもいないのに、愛妻弁当を作ろうとしているあたりおかしいだろ? 面白くしようとしてるとしか思えない」
「ここ最近思うのですが、ショウは私の言うことやることを全て否定していませんか? 私のこと嫌いなのですか?」
「いや、嫌いじゃないけど……そもそもの話、それは自業自得だろ。君が変な言動をするから否定しているだけであって……」
「完成しましたので食事にしましょう」

 そう言ってシュテルはせっせとテーブルに出来上がった料理を運び始める。
 俺の弁当も完成しているようで中身を覗いて見ると、そこにはハート……ではなく、ファラの顔が描かれていた。これならばキャラ弁などと誤魔化せるが、俺が少女ものを……といった誤解を招きかねない。
 ぐちゃぐちゃにしてしまおうかと思ったが、背後から視線と圧力を感じる。俺は観念したよというように大きなため息をついて、食事が並べられているテーブルへと向かった。

「美味しいですか?」
「あぁ……美味しいよ」
「美味しくないのなら、はっきり言ってほしいものです」

 と、頬を膨らませるシュテル。怒っているとアピールしているのだろうが、頬以外の部分は至って平常運転。怒っているというよりは、口にものを詰め込みすぎているようにしか見えない。

「いや、美味しいから」
「感情がこもっていないじゃないですか。シュテル、美味しいよ……みたいに言えないのですか」
「……そっちのほうが嘘っぽくないかな?」
「そうですね」

 なら何で言った、とこちらが言う前にシュテルは箸を進める。まあ言ってたら説明を始めたかもしれないからいいか、と思った俺は食事を進めることにした。
 無言で食事をすること数分、再びシュテルが意識をこちらに向けてきた。今度はいったい何を言うつもりなのだろう。

「そういえば、今日ではありませんでしたか?」
「何が?」
「ショウが夏休み前に関わった事件――それで知り合った少女がこの街に来るのがですよ」

 ジュエルシード事件で出会った少女テスタロッサ。彼女はリンディさん達の計らいで、今日からこの街で生活を始めるらしい。学校にも通うと聞いている。
 さらに言えば、早朝にテスタロッサと顔を合わせないかという話があった。俺は食事の準備があるので行かずに今に至っているわけだが、高町は今頃彼女と再会していることだろう。

「あぁ……今日だな」
「どうでもいいような言い方ですね」
「仕方がないだろ。俺はあの子とあまり話してもいなかったし、彼女にはもっと会いたい子がいるんだから。俺は、元気ならそれでいいよ」
「それはショウの主観でしょう。その子の思いは違うかもしれません……まあ無関係の私が口を挟むことではないのですが。それでも、最後に言った言葉くらいは言ってあげるべきだと思いますよ」

 さらりと言われたが、俺の心にはぐさりと突き刺さった。
 テスタロッサは俺に礼を言ってくれたが、俺は少なからずプレシアのことを今も引きずっている。それが原因で俺は、無意識に彼女から逃げようとしているのかもしれない。変わろうと決意したのだから、逃げることだけはしちゃいけない。

「そうだな……学校で会ったら話すよ」
「頑張ってください。お弁当を会話のネタにしても私は構いませんので」
「いや、一緒にご飯を食べるつもりはないから」
「……あの写真の子以外に友達いないんですか?」
「何でそうなる? テスタロッサと話すってことを話してたはずだよな?」
「そうですが、ショウの保護者代理としては気になりますので」

 いつからシュテルが俺の保護者代理になったのだろうか。そんな話は俺の耳に全く入っていないのだが……そもそも、同年代の少女が保護者の代理になれるわけがない。実際の保護者よりも家のことをやってくれているけど。

「はぁ……」
「大きなため息ですね。幸せが逃げちゃいますよ」
「幸せが逃げてるからため息が出てるんだよ」
「こんなにも楽しく話しているというのに、ショウは不幸と感じているのですか?」
「不幸とまでは感じてないけど、シュテルみたいに楽しいとは思ってないから」

 シュテルから返事がないことを不思議に思った俺は、視線を料理から彼女に向ける。いつもどおりの感情が読み取れない表情……だとは思うが、俯いているため分からない。
 しょんぼりしているような雰囲気を感じるのは、彼女が俯いているせいだろうか。いや、こんなことを考える前に考えるべきことがある。俯かせてしまった原因はどう考えても俺だ。このままというわけにはいかない。

「あぁ……シュテル、その楽しくないって言ったけど、それは今の会話であって。基本的には君と話すのは楽しいから」
「……あぁすみません、考え事をしていたもので。何か言いましたか?」
「……いいよ別に。大したこと言ってないから、そのまま考えてて」
「そう言われると気になるのですが」
「……さっきからわざとやってる?」
「何のことです?」

 シュテルと出会ったのは7月。現在が12月であるため、彼女と出会ってから今月で半年になる。一緒に生活を送ってることもあって、はやての次に親しくなっている人物だと言っていいだろう。
 だが未だに彼女が何を考えているのか分からないときがある。完璧に分かるわけはないのだが、普通ある程度の親しみがあれば、素でやっているのかわざとやっているのかくらいの区別はつくはず。俺の見抜く力が不足しているのか、シュテルの誤魔化す能力が高いのか……。
 などと考えながら、他愛もない会話をしているうちに食事が終わる。俺は学校へ行く準備を始め、シュテルは後片付けを頼んでもいないのに始めてくれた。
 学校へ向かおうと靴を履いていると、シュテルがエプロンで手を拭きながら現れた。彼女は毎日欠かすことなく見送ってくれるのだ。言ってはなんだが、本当にレーネさんよりも保護者らしい。

「忘れ物はありませんか?」
「ああ、大丈夫」
「本当ですか? 宿題、ハンカチやティッシュ、お弁当は持ってますか?」
「持ってるよ……あのさ、君は俺の何なの?」

 シュテルの過保護発言についそう言ってしまったが、言い終わってから後悔した。どう考えてもボケる機会を与えてしまったからだ。

「いまさら何を言っているのですか。私は――あなたのパートナーですよ」

 浮かべられた穏やかな笑みと予想外の言葉に俺は即座に返事を返すことができない。
 本当にシュテルは今のように思っているのか。俺がボケてくるだろうと予想したのを予想して、あえて今のような発言をしたのではないか。そんな考えが脳内を駆け巡る。
 こちらの内心を見透かしているのか、シュテルは「ふふ」と短い笑い声を上げた。このままだと今日帰ってきてからもおもちゃにされかねないと思った俺は、とにかく返事を返すことにした。

「パートナーって……俺はまだレーネさんから研究を引き継いでないんだけど」
「そうですね。ですがそれは時間の問題でしょう。ショウは学業を怠らずに資格を取るための勉強も進めているのですから。勉強を見ている身として、あなたが資格を近いうちに取れることを保障しますよ」
「……だとしても、パートナーだって言うのは早いだろ。シュテルの気が変わって、別の研究をやるかもしれないんだから」
「照れているのですか?」
「いや、別に照れてないから……行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」


 
 

 
後書き
 ショウとシュテルの関係は夏の終わりから共に生活を送ってきたことで、家族に近い関係にまでなっていた。彼は気疲れしてしまうこともあるが、彼女のことを大切な人のひとりだと思い始めていることだろう。
 レーネの仕事が一段落するまでは、気疲れもするが楽しい生活が続くだろう。そんな風に考えていたショウだが、平穏な日々の終わりは着実に近づいていた。

 次回、As 01「不吉な予感」

 
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