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第二章


第二章

「あれ持って来い」
「やるんですね」
「今しかない」
 山本の声は硬くなっていた。
「今この時こそな。だからや」
「わかりました。それなら」
「頼むで」
 コーチを送り出す。そうして彼はあらためて自分の前に集まるナイン達を見据えたのだった。
「今日までよお頑張ってくれた」
 まずは彼等をねぎらった」
「ここまでな。そして今日は」
 言葉を続ける。
「最後の戦いや。皆わかっとるわ」
「ええ」
「そやから今ここにいます」
 選手達は山本の言葉に応える。彼等もまた決死の顔であった。
「戦場に行くんですわ」
「そや、戦場や」
 山本は選手達の言葉に応えてまた言うのだった。
「わし等はこれから戦場に行く。生きるか死ぬかや」
「生きるか死ぬか」
「そや」
 皆山本の言葉に息を飲む。張り詰めた緊張が場を支配する。
「野球選手が死ぬ場所は何処や」
 山本は彼等に問うた。
「誰か答えてみい。何処や」
「球場です」
 そう返事が返ってきた。
「つまり今はここです」
「その通りや」
 山本は今の言葉に頷くのだった。
「ここなんや。皆ここで死ぬか?」
「命を賭けてですか」
「わしは命を賭ける」
 まず山本が言った。
「ここで死ぬ覚悟や。皆はどや」
「賭けます」
 最初に言ったのはショートを守る広瀬叔功であった。俊足の男だ。
「そして優勝してみせます」
「優勝か」
「そやな」
 ナイン達に優勝という言葉が伝わる。自分達は今までその為に戦ってきた。そのことを再び認識する。すると心がさらに引き締まるのだった。
「その為に今までやってきたんやし」
「何年もな」
 セカンドの岡本伊三美も言う。ここぞという時に打つ見出しの男だ。
「西鉄に負けてきた」
「けれど今年は違うで」
 ナイン達は口々に言いだした。
「優勝や。そして」
「巨人を今年こそ」
 怨敵巨人。憎んでも有り余る。その彼等を倒す為にはまずペナントを制しなくてはならない。そしてその日こそまさに今日だったのだ。
「倒す。だから今日は」
「勝つ!勝って生きるんや!」
 レフトの穴吹義雄の言葉だった。
「ええな、皆」
「そや、何があってもな」
「勝つんや。そうでんな監督」
「そや」
 山本はにこりともせずナインに応えた。
「わかっとるな。ほな今から覚悟を決める」
「覚悟を」
「来たな」
 そこに先程行かせたコーチが戻って来た。その手には一升瓶と盃があった。それが何なのかはもう言うまでもなかった。誰もがわかることだった。
「これからこれで覚悟を決める」
 山本は自分の前に置かれた酒と盃を前にナインに対して告げた。
「わかったな。じゃあ一人ずつ飲んでいけ」
「わかりました」
「ほな」
 一人ずつ前に出て盃を手にする。山本が手ずからそこに酒を入れる。一人、また一人と飲んでいく。誰も語らず強張った顔で飲んでいく。
 
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