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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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番外5話『そしてリトルガーデン』


 ビビとカルーを乗せた麦わら一味はウイスキーピークを出て、ログポースが指し示す次の島へと針路をとっていた。
 既に太陽は沈み、今は完全なる闇の帳が世界を覆う夜の海。
 薄く途切れる雲の隙間から洩れる月明かりをその身に照らし、メリー号はグランドラインの海を行く。

 頼れるものはログポースと月明かりだけ。ただでさえ警戒が必要なグランドラインの、しかも夜。緊張感すら必要かもしれないほどのこの夜の海原で、二人の男が見張り台で背中を合わせて座っていた。

「……お前いつもこんな暇なことしてんのか?」

 不満と欠伸を隠そうともせずに言う船長の言葉を受けて、ハントは呆れたようなため息を落とした。

「あのな、ルフィ。暇なのはありがたいことなんだぞ?」

 グランドラインは何が起こるかわからない海。ほんの一瞬の油断が問題を見逃し、船の沈没と乗組員の壊滅を招くことで有名な海だが、だからといってそういった一大事ともいえる問題が間断なく起こるという海でもない。むしろ、まるで海自体が意志をもっているかのように、見張りの人間が油断をした瞬間にこそ問題が起きる海だ。
 だからこそ見張り台にたつ人間は常に警戒することのできる人間でなければならず、ある程度信頼のおける人間でなければならない。

 現在ルフィとハントが二人で見張り台に居座っているのは、そういうシフトで決まっており今日はたまたまその日だった……わけではない。
 ここグランドラインに入ってからの夜の見張りはハントが圧倒的に多い。
 それはハントがグランドラインの海をある程度知っている、という理由もあるが、それ以上に消去法だ。

 ナミは航海士で、いつでもどんな状況でも問題があれば真っ先に指示を出さなければならない人間で、常に負担を強いられている。航海中もっとも負担の大きい人間だろう。そんな彼女に見張りという役を任せるのはさすがに忍びないという理由から。
 サンジは料理人で、朝昼晩の食事を一人で任されている人間だ。彼もまた負担が少ないとはいえないだろう。
 ウソップは夜の海が怖いからという理由で夜の見張りは絶対拒否するし、ゾロに任せると筋力トレーニングを始めそうで少し心もとなく、ルフィに任せるのはただ不安というのが理由。となると必然的に一応麦わらのクルーの中では常識的な人間でもあるハントに夜の見張りが任されるというのは必然といえば必然のことかもしれない。
 
 もちろん毎晩がハントというわけでもなく、ハントが辛そうにしている日はゾロを筆頭にサンジ、ウソップだってハントに頼まれれば見張りをすることもある。唯一ルフィだけが夜の見張りをやったことがなかったのだが、なんとなくルフィ本人にそれに対して思うところがあったのかもしれない。
 今日という日に突然「俺もやってみてぇ」と言い出したことが発端だ。

 たださすがにルフィ一人というのは不安だという全員の意見が一致し、結局はハントとともに見張り番をするという現在に至っている。ルフィの言葉があろうがなかろうが夜の見張りをする予定だったハントからすれば話し相手ができるという理由で少しだけ喜んでいたのだが、何も起こらない船に暇を持て余し気味のルフィの相手をしていて、喜びの感情が次第に面倒という感情へと針が振れつつあった。

「思ってた以上になんも起きねぇんだな」
「俺としては毎日こうであってほしいんだけどな」

 二人の言葉通り、今日という日の太陽が沈んでからはまだ一つも問題が起こっていない。珍しいといえば珍しいが、たまにあるといえばあるので特に珍しいというわけでもない。毎日のように夜を見張るハントにしてみればありがたい、いわゆるラッキーな日だ。
 そんなハントにとってはラッキーな、ルフィにとっては暇すぎる時間とあってか、ふとルフィがハントへの疑問をぶつけだした。

「なぁハント」
「ん?」
「そういやハントはなんでそんなに強ぇんだ?」
「……いきなりだな」
「今の俺、それにゾロ、サンジじゃきっとお前に勝てねぇ」

 一瞬前まであったルフィの気怠い気配はなりをひそめ、声色は真剣そのもののそれだ。いきなりすぎる変化にハントは戸惑いを覚えながらも「うーん」と首をひねる。

「なんで……っていうか俺は師匠にずっと鍛えてもらってたからな」
「師匠?」
「ルフィも聞いたことあるんじゃないか? 王下七武海のジンベエ。それが俺の師匠だ」

 どこか誇らしげに胸をはって笑みを浮かべたハントとは対照的にルフィは首をひねる。

「どっかで聞いた気がすんだけど…………まぁいいや」

 ルフィが聞いたのはナミとハントの故郷に向かう時のこと。アーロンという魚人を解放した魚人としてジンベエの名前をヨサクから聞いていたはずなのだがルフィがそんなまだ会ったこともないような人物の名前を覚えているわけもなく、聞き覚えがあるのは勘違いだと切って捨ててしまう。
 ハントもまたジンベエは王下七武海なのだから、という理由でルフィがどこかで聞いたことがある反応をみせることは当たり前と考えているためもちろん不思議に思うこともなく、ルフィの「聞いたことがある」という言葉を気に留めない。

 もしもここに、同じくヨサクからジンベエの名を聞いていたサンジがいればまた一気に二人の反応は変わるのだろうが、いない人間のことを言っても仕方ない。
 ルフィがどこかで聞いたことのある名前だということに関して自己の記憶を詮索することを諦めたとき、ルフィの表情が驚きのそれへと変化した。

「七ぶかいの弟子だったのか! どおりで強いわけじゃんよ!」
「えっと……グランドライン後半の海だと俺の強さなんてまだまだだけどな」

 遠い目で自分がいた環境を思い出しながら言うハントの言葉を聞けば大抵の人間は渋い顔を見せるはずなのだが、ルフィは「へー!」と明らかに嬉しそうな表情を浮かべて「じゃあ7ぶかいのクロロダイルもハントぐらい強ぇのかな」
 と問いを重ねた。
 クロコダイルの名前をルフィが間違えていることに突っ込みを入れることなく、ハントは難しい顔で目を閉じて言う。

「クロコダイルか。んー、どうだろうな……師匠からは……まぁ七武海にも勝てるかも、っていう評価をもらったけど。実際は互角かまだ俺のほうが弱いかってところだと俺は思ってる」
「ハントより強ぇのか!」

 これまた嬉しそうにルフィは笑う。これから戦うことになる相手が自分たちよりも強いかもしれない、そういう言葉を受けても笑っていられるルフィを見て、ハントに溢れるのは呆れとかいった感情ではなく――

 ――こういうのが、俺にはないんだよな。

 憧れや尊敬などの、そういった感情だった。
 ハント自身もどういえばいいかわからないなにか。
 それは白ひげ、エース、ジンベエ。彼らが持っていて、ハントが持っていないなにかで、ただ単純な強さではなく、もっと心の奥底に眠っているなにか。

 たとえば死に瀕したとき、肉体の限界を精神が超えて立ち上がったりするほどのなにか。
 総じていうならば人の根本を支えるなにか。ジンベエという師匠の庇護下で生きてきたハントが得ることのできなかった何かだ。
 自分が求めているそれを、ルフィが持っている。
 それがどこか悔しくて、だがなぜか嬉しくてハントは自然と言葉を発していた。

「多分ルフィならクロコダイルにも勝つんだろうな」
「あたり前ぇだろ! 海賊王になるんだ、7ぶかいなんかに負けてられるか」

 誰が言っても嘲笑されて流されてしまうような言葉を、ルフィが言うからこそ説得力があり、決して冗談ではないと感じることができる。だから、ハントは「そうだな」と頷き「クロコダイルを倒すのは俺だけどな」と笑ったのだが、それはルフィにとって容認できる言葉ではなく「なにいってんだ、俺だ」とすぐさま言葉を打ち返した。

「いやいや、俺だから」
「いいや俺だ」
「いやいやいや――」
「お前ぇなにいって――」

 お互いに頑として譲らない。
 このままでは埒が明かないと判断したらしく、ハントが何かを思いついたのか手をたたいて言う。

「じゃあ勝負だな!」
「……勝負?」
「どっちがクロコダイルを倒すか。どっちが勝っても恨みっこなしの、勝負だ」
「おーし」

 二人が楽しそうに、そして嬉しそうに笑いあい、それが背中越しに伝わってまた笑う。
 弾んだ笑い声が闇の海へと流れゆく。揺れる波がその声を逃すまいとしているかのように穏やかな海の音を運んでいく。
 その日の晩のグランドラインは珍しく、いやきっと必然に。問題が起こりそうになかった。

「……」
「……」

 勝負の約束をして談笑を交わしていた二人がいつしか静かになって約30分が経過したときだった。
 その異変に気付いたのはハント。

「……ルフィ?」
「……」
「……まったく」

 ルフィからの返事がないことで確信を得たハントはまんざらでもなさそうな顔を浮かべて立ち上がり、そのまま後ろにある背中を蹴り飛ばす。しっかりと毛布は抱え込んでいたのか、毛布にくるまったままのルフィがそのまま眼下の甲板へと叩き付けられた。

「……さすがゴム人間」

 相変わらず目を覚ます気配のないルフィから視線を外し、結局はまた一人となった見張り台で周囲に目を凝らす。

「あと1時間くらいでサンジが起きてくるか?」

 ハントの顔には、相変わらずの喜色が浮かんでいた。
 



 まるで秘境の地ジャングルを思わせるほどに木々が乱立し、生い茂っている。
 始祖鳥が空を飛び回り、ジャングルの王者たる虎など比較にならないほどの巨大な生物である恐竜が島中を闊歩する、時代から取り残されてしまったグランドラインの気候が許した過去の島。
 完全なる弱肉強食を体現しているその島は、名前から想像されるかわいらしいそれとはかけ離れた現実がある島だが、学者がこの島をリトルガーデンと名付けたことにはもちろんそれなりの理由がある。

 その島の名はリトルガーデン。
 虎の全長よりも巨大な足跡を残す人間、巨人がいる島。
 そう、ここは巨人にとって小さな庭でしかなく、まさにリトルガーデン。
 巨人島リトルガーデン。
 そこへ――

「間違いない! サボテン島と引き合ってる私たちの次の目的地はあの島よ!」
「あれか~! グランドライン二つ目の島だぁ!」

 ――麦わら帽子のドクロを掲げた一斉の船が訪れていた。もちろん、船の名はメリー号。麦わらの一味だ。

 船の入江、島の内陸へと続く河口を見つけ、ゆっくりとだが確実にリトルガーデンの内部へと進む彼らだが、一般常識的な観点から見て明らかに常識的なそれを外れているこの島にあって、常識人たるナミやウソップが怖気づかないはずがなかった。

「か、怪物でも出るってのか?」
「こんな植物、私図鑑でも見たことないわ」

 見晴らすことを許さないと言わんばかりに生い茂った未知なる植物が彼らの視界を妨げて、それがまた未知という更なる恐怖の感情へとウソップとナミを導いていく。おそるおそる、といった様子のナミが自然とハントの近くへと体を寄せたとき、まるでそれをみはからっていたかのようにギャアギャアという何らかの生物による奇声が響いた。
 ただでさえドキドキしているというのに、そんな音が響いて平常心でいられるはずもない。ナミが「きゃあ!」とハントへとしがみつく。

 ――ナイスラッキー!

 もちろんこれを思ったのはハント。「なに、今の!?」とおびえるナミの肩を抱きしめて、ナミにはばれないようににやけた顔を明後日のほうへと向ける。ウィスキーピークでも味わったナミの感触を思いがけない形で再度感じることのできたというラッキーに、信じてもいない神様へと感謝をする。

 ――しかし……かわいいな。

 自分の腕の中にいるナミが明らかにびびっている姿に、ハントはただでさえにやけている頬をさらにだらしなく緩ませる。ハントとしてはおそらく史上の瞬間だったろうが、もちろんそれを見ていて許容することのできない人物がいる。

「こ……のっ!」

 サンジだ。

「ナミさんから離れやがれ!」

 くっついている二人を引きはがそうと嫉妬全開の蹴りをハントへと放つ。とはいえハントの側にはナミがいるわけで、女性のことを常に第一に考えるサンジがそれを気にしないわけもなく、あくまでもハントなら避けられるような速度の蹴り、ただ引きはがすためだけの蹴りだ。
 この蹴りに、今までのハントならばナミを離し、避けるという行為に走っていただろうが、ハントはもうナミを好きでいるということを決意している。それゆえにサンジにとって、いやサンジだけでなくおそらくはナミにとっても予想外に――

「――断るっ!」

 サンジの蹴りを背中で受け切って、それどころかより強くナミを抱きしめる。
 今までの、ナミに対してどこか踏み込まないような態度を見せいたハントからは想像のできない光景に、サンジが驚きに固まった。

「俺とナミを裂くこうなんて――」と叫ぼうとするハントに、ナミからの「――恥ずかしいわっ!」というアッパーが見事にハントのあごへと決まった。

「げふん!」

 コントのような声をあげて吹き飛ぶハントを尻目に、ナミが「時と場所をわきまえなさいよね」というどこかすねたような声を落としたことには誰にも気付かなかったのは常に誰かがやかましく騒いでいるメリー号にとってはこういったやりとりも特に注目される騒ぎでもないからだろうか。
 そんな喧噪をスルーしていたルフィは空を飛ぶ1匹の生物へと注意を傾けていた。

「……とかげか?」

 空を飛ぶトカゲ。
 見た目はほぼ爬虫類のそれであるにもかかわらず羽毛を体に生えさせて空を飛ぶその姿こそ鳥の祖先たる姿なのだが、ルフィはもちろんそれを知らない。そのトカゲを目で追いかけて――

 ――ドンという音が響いた。

 まるで活火山が噴火したのかと考えてしまいそうになるほどのそれにナミやウソップが悲鳴を上げる。
 異常事態はそれだけにとどまらない。密林の中から姿を表した一匹の動物。密林の王者、虎だ。絶対捕食者たるその生物が、血まみれになってメリー号の前で力尽きた。

「普通じゃないわっ! 絶対普通じゃない!」
「この島には上陸しないこと決定!」

 あまりにありえない光景を目の当たりにしてナミとウソップの恐怖心へと火が付き、だが、それとは逆に好奇心へと火が付いた人物もいた。

「サンジ、弁当!」
「弁当ぉ?」
「ああ、海賊弁当! 冒険の匂いがする!」
「俺のも頼む、サンジ!」

 ルフィとハントだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ。どこ行くつもり!?」

 慌てるナミにルフィが「冒険! ししし来るか?」と輝いた笑みをこぼし「お、ナミも来るのか!?」と、ハントも同様の笑みを浮かべる。ハントに言われ、ほんの一瞬だけ動きを止めたナミだったが、この常識はずれな島にあってナミが行くという選択肢を選ぶわけもなかった。

「よし、行くぞ!」
「んー、なんかでかい生命ばっかりだな」
「おおよそで戻ってくるから」

 と、結局はルフィ、ハント、ビビとカルーの計3人と一匹で冒険へと出発することとなった。ちなみにハントの言葉は当然だが見聞色を発動しての言葉だ。
 
 船に残ったのはゾロとサンジ、それに断固として船を出たくない派のナミとウソップなのだが、ここでゾロが「じゃ俺もひまだし、散歩してくる」と言い出したことがまた新たな問題を呼び起こした。ついでにそこらの獣を狩って食糧をとってきてくれというサンジの言葉にゾロが「お前じゃとうてい仕留められそうにねぇヤツをとってきてやるよ」という言葉でサンジとゾロのどちらが大物を狩れるかという狩り勝負にまで発展。二人して船を出て行くことになったのだった。

 取り残された二人、ナミとウソップが「どいつもこいつも……なんであいつらあんなにこうなのかしら」と漏らし「わかるぜ、その気持ち。泣くな、俺はおめぇの味方だよ」とウソップが同意する。

「……」
「……」

 二人してお互いを見つめ合って数秒。何かに気づいたナミが言葉を発するより先にウソップがそれを呟く。

「頼りねー」
「それは私のセリフよ!」

 ウソップらしいといえばウソップらしい言葉だが、言われたナミからしてみればたまったものではないだろう。噛み付くように突っ込むナミの反応を全く意に介さず、ウソップは能面の表情で「そういやおめぇウィスキーピークでハントとなんかあったのか?」

「はぁーーーーっ!?」

 今までの会話の流れを完全に無視しているうえに、いきなりすぎるド直球の言葉だ。ナミが反射的に大声を出してしまったのもある意味では仕方のなかったことかもしれない。僅かに顔を赤くさせて、視線を彷徨わせて、それから考えるように目を閉じたあとはため息を落とし、そして冷静な顔で言う。

「なんにもないわよ!」

 口調はキツメではあるものの、特に怒っている表情ではない。それをウソップもわかっているのか、表情を相変わらずの能面のままで「ほんとか?」と確認するように問いを重ねた。

「な、なによ」
「いや、ハントの態度がよ……ちょっと今までと違ってなかったか?」
「……そう、かもね。でも本当に何もなかったわよ?」

 ナミが軽くうつむいて、ウソップの言葉に同意する。たしかに、ハントの行動はつい先日までの行動とは明らかに異なるそれだった。その違いにはウソップでなくても気づくだろう。ナミに何かあったかを尋ねたウソップだが、そもそもウソップにとってハントのナミに対する態度が少し変わったこと自体は大して興味を惹かれる問題でもない。ナミが否定するのだから何もなかったのだろうと素直に頷いて、すぐに今の状況を思い出したのか、リトルガーデンという危険そうなこの島において自分の身に危険が及ばないかを少しでも確認するために首をあわただしく巡らせる。

「本当に……なにも」

 ナミが自分の肩を抱いて吐いた言葉が鋭くこぼれ落ちてリトルガーデンの喧噪へとまぎれて消える。
 ナミの表情に、ウソップが気付くことはなかった。




 さて、少し時計の針を進めよう。
 この島にいる住む巨人は二人。
 ドリーとブロギー。
 ルフィ一行はドリーと出会い、二人の巨人が誇りをかけて戦っていることを聞く。ルフィもハントもそんな彼らに脱帽し尊敬の念を抱くことになるのだが、ルフィたちとドリーが会話をする中、突如ドリーが手を付けた酒が爆発した。
 体内で爆発すればさすがの巨人といえど大ダメージを免れない。
 そこで、ドリーとブロギーの決闘の合図――真ん中山の火山の噴火――が。
 決闘を止めるルフィの言葉を振り切り、ルフィと、ついでに未だに事態を把握しきれておらず茫然としているハントを巨大な骨の家の下敷きにして、ドリーは決闘に向かったのだった。




 1万3千466戦1万3千466引き分け。 
 100年にもわたる長い長い殺し合いは、すべて引き分けに終わり、今という歳月を紡ぐことへとつながっている。
 そこには途方もない彼らの実力と、おそらくは何らかの天運もかかわっていることだろう。

 彼らの戦いは誰よりも誇りがあり、神聖で、不可侵なそれ。
 その決して穢されてはいけない彼らの決闘に、邪魔が入った。
 決闘として決闘たりえる要素が地に落ちればそれはもう決闘と呼ばれるそれではなく、ただの凄絶な殺し合い。あってはならない妨害を受けて不平等な条件の下で殺しあうそれは決闘とはかけ離れたただの殺し合い。
 少なくとも二人の巨人の決闘はただの殺し合いで終焉を迎えてもよい決着などではなく――

「――ルフィ、俺に許可をくれ」

 巨大な骨から免れることに成功していたハントが、骨に埋もれてしまったルフィへと漏らす。

「許可?」

 首をかしげるルフィへと視線は送らない。真ん中山の火山が噴火し、ドリーが決闘に赴くその巨大な後姿をじっと見つめたままでハントは言う。

「あの二人を倒す」
「……倒すって、なんで――」

 首をかしげたのはビビだ。
 ハントの言う意味が分からずにいる彼女へと、ハントが笑って言う。

「――俺があの二人を倒せば、あの二人の決着はつかないだろ?」
「な」

 ビビがその言葉の意味を理解し、絶句した。
 あの二人の決闘はあの二人が闘うから決闘なのであって、第3者、たとえばハントが二人の決闘の邪魔をして、そして倒してしまえばあの二人の決闘自体には傷はつかない。
 ハントはそう言っているのだ。
 そういう発想が浮かぶことに驚いた彼女ではあるが、絶句するほどまでに驚いたのはそういう発想のほうにではなく、むしろ巨人二人を倒すという発想が浮かんだというその思考回路にだ。

 ルフィのように能力者でもない人間が、巨人からして掌よりも小さい人間が、二人の巨人を相手にして倒すといってるのだ。当たり前のように倒すと宣言したハントの言葉は無謀以外のなにものでもない。
 少なくともハントが能力者ならば100歩譲れば理解できないこともない言葉だが、ハントが能力者でないことはもうメリー号での航海中に本人たちから聞いている。

「無茶よ、ハントさん! 巨人二人を相手にしてただの人間が勝てるわけ――」
「――行って来いハント!」

 ビビが抗議の声を遮って、ルフィが許可を出した。

「了解、船長」

 ハントの口の端がゆがんだ。
 邪魔が入った決闘はすでに決闘ではない。
 これはもう、ルフィにとって、そしてハントにとって指をくわえてただ見るだけという観客に徹することを許される問題ではない。
 命よりも大事にしてきた彼らの誇りを守る。
 失われてはいけないもののために戦う。
 これはハントにとって他人事ではないからだ。
 ハントの目に映るのは既に戦闘を始めた二人の巨人。
 ただそれだけだった。




 幾重にも響く鈍撃が島を揺るがし、連なる剣撃が甲高い音を上げて世界を揺らしていた。
 恐竜も鳥も、虎も、その他の動物も。トリルガーデンに住まう生物が皆一様に体を縮こませて、まるで災厄のように降り注ぐそれらの振動が終わるのをたただひたすらに待ち続ける。

「どうしたドリー、歯切れが悪いぞ!」
「なに……いつも通りさ」

 ブロギーの嵐のような斧舞を、ドリーは一心不乱に受け続ける。
 胃袋から爆発した酒によりドリーの体は既にボロボロ。彼の思い通りにすら体は動かず、何かを話そうとするだけでも口から血がこぼれそうなほどに内蔵はズタズタとなっている。いわゆる絶体絶命、絶不調な彼が攻撃に転じる余裕があるはずもなく、ただ受けることしかできない。

 幸か不幸か、それがドリーの寿命を延ばすことにもつながっているのだが、もちろんそうやってブロギーの重い一撃を受けるだけでも体に衝撃が響き、傷ついている内蔵が悲鳴を上げる。
 内蔵の傷だけでも常人ならば歩くことすらままらないほどのダメージを受けているにもかかわらず、未だに致命の一撃を避けることに成功しているのは、ドリーの意地か、それとももっと別の何かか。

 とかく、一方的なブロギーの攻撃を受け続けるドリーに、しびれをきれしたのは他の誰でもない。
 今回、ドリーの体内で酒を爆発させることを思い浮かべた人間。
 3という数字のある奇妙な髪型をしている男。バロックワークスからの刺客、Mr.3だ。

「……なかなかしぶといな青鬼のドリー。どれ、一つ加勢してやろうガネ」

 言うや否やドリーの足元へと彼自身の悪魔の能力でもあるロウを流し、ドリーの足元を滑らせる。

「なっ!?」

 二人の巨人がお互いにだけ集中しているこの状況で、小粒ほどの人間がロウを流したことに気づけるわけがない。突然滑ってしまった足元に、ドリーの態勢がなすすべなく崩れ、そしてそれをドリーのライバルたるブロギーが見逃すはずがない。

「とったぞ、ドリー!」

 ブロギーの斧が頭上高くへと掲げられた。

「一世紀、永い戦いだった!」

 そのままがら空きのドリーの胸へと振り下ろされ――

「させるかぁっ!」

 ――なかった。

 弾丸のごとく速度で飛来した人間。二人の巨人からして、まさに掌サイズでしかないその人間が。
 ブロギーの斧を蹴り飛ばし、巨人たち二人の間に割って入った。

「人間!」
「きさまっ!」

 決闘の邪魔をされたドリーとブロギーの怒声。

「巨人の馬鹿力の一撃を蹴り飛ばした? ……何者だガネ!?」

 計画を邪魔されたMr.3の驚愕と狼狽の声。
 それらに――

「決闘やりたいなら……かかってこいやっ!」

 ――ハントの決意の声が重なった。



 
 振り下ろされたドリーの巨大な剣。
 大の大人の身長を超えるボロボロの白刃にさらされながらも、ハントは焦る様子もなく、自身の掌をその刃に合わせて呟いた。

「人肌掌底」

 何をすればそんなことが可能なのか。そう問い詰めたくなるほどに、刃の軌道が滑らかに、まるでそうなることが自然であったかのようにハントという小さな標的から外れて地面に突き刺さった。
 既に内蔵がボロボロのドリーにとって、地面から返ってくる反動すらもが内蔵に響いて大きなダメージとなる。ごくりと、おそらくは漏らしそうになった血を嚥下して、己の決闘を邪魔した小さな人間を今にも射殺さんばかりの視線で睨み付ける。

 ――……無茶しすぎだっての!

 その視線には答えずに、内心で愚痴を漏らしたハントだったが、すぐさまその位置から動き出した。頭上から巨大な斧が自身に振り下ろされることを感じ取ったからだ。
 飛び上がり、その場から移動。ハントが寸前までいた場所に、ブロギーによって振るわれた斧が巨大な地響きを鳴り響かせて地盤を割り砕く。それを傍目に、ハントはその場から移動した勢いのままにドリーへの腹部めがけて飛び上がった。

 もしもハントの相手が同じサイズの人間だったらば既に懐に潜り込んで、ハント必殺の一撃を打ち出すことに成功していただろうが、何せ相手は巨人、しかも巨人の中でも随分と手練れに位置する男。
 目近ならば見切れなかったであろう高速で飛び込んできたハントの動きも、高さ10m以上という位置にある視点からみればハントの動きを見ることが出来る。自分の懐へと入ってきたことを確認したドリーが、それを叩き落とそうと左手の盾――これまた大の大人の身長を優に超える――でハントを地面に叩き付けようと振るわれた。

「ふんっ!」
「魚人空手陸式『5千枚瓦正拳!』」

 それに、ハントは己の拳を突き立てた。
 巨人の一撃と、普通の一般的な人間の一撃。
 勝ったのは――

「……んなにっ!?」

 ――ハント。

 ドリーの盾が壊れて崩れ落ちる。いや、それどころかドリーが盾を装備していた左腕までもがしびれて動かないようで苦悶の表情をドリーが浮かべた。対してハントはなんのダメージも負っていないようで、平然とした表情でいる。
 信じられないことに、小さなハントの一撃が巨人ドリーの一撃を完全に殺した結果だろう。
 あえてハントに何かが代償があったとしたことを挙げるならばドリーに飛び込もうとしていた勢いが相殺されて、飛び込めずにそのまま自由落下を始めたことぐらいか。ただし、ハントは既に次の行動に移っていた。

 落下しながらも一度引いた右拳を腰だめに構えて、また放つ。

「魚人空手陸式『数珠掛若葉瓦正拳!』」

 全力の若葉瓦正拳が、空気を振動させ、体内の水分に連動。体内外から、それらが同時に炸裂した。

「ぐ、がっ」

 元々限界を迎えていたドリーはそれだけでもう耐えきれなくなった。体を震わせて、遂には口から大量の血を零し「く、ぐ」と、くぐもった声を漏らしたかと思えば、そのまま地面に倒れた。

 ――まずひと……りっ!?

 ドリーは倒した。が、そこでドリーがもう動けないかどうかをじっと観察していたのが悪かった。未だにハントは自由落下の身で、尚更にそれを回避する方法がない。

 あと少しで地面に足がつく……もう数十センチ。そこで、ブロギーの足が振り落された。

「っ」

 ハントにできることは武装色と筋肉で身を固めること。だたそれだけ。
 巨人という人間などとは比べ物にならないほどの筋肉量を誇るブロギーの足による鈍撃が、そこへと。

 決闘の邪魔をした人間を生かしておくわけにはいかない。
 ドリーを倒した人間を、許すわけにはいかない。
 ブロギーの、様々な想いが乗った重い一撃。
 それが幾重にも、幾重にも降り注ぐ。
 一撃ごとに周囲の地面に新たなヒビを生み、さらなる大地を砕いていく。

 何発、それが続いただろうか。少なくとも両手の指では数えられないほどに降り注いだだろう。歴戦の戦士たるブロギーが肩で息を切らして酸欠気味になっていることが、その一撃一撃に必殺の威力が込められていたことが見て取れる。

 ――が。

「魚人空手陸式――」

 ふと、息を漏らしたブロギーの足の隙間からハントが飛び出した。

「!?」

 ブロギーが声を出す暇すらない。
 まさに一瞬。
 ハントとブロギーの目の高さが同じになり、視線がぶつかり合った。
 そして。

「――5千枚瓦回し蹴り」

 ハントの蹴りが、ブロギーの頬を蹴り飛ばした。
 ただ一度の蹴り。
 だが、それで終わった。
 ドリーもブロギーも、気を失っていてもう動けそうにない。

「……ふぅ……いってててて」

 ブロギーの一撃を何度も喰らったせいで、骨がきしむ己の体に苦笑して、だがどこか満足げにハントは呟く。

「これでよし、だな。あとは……げ!?」

 何かやり残している。
 ハントがそれを思ったとき「もらったガネ!」
 独特な口調と共に飛んできた白い何かに体の自由を奪われることとなった。 

「だーーー! 油断した!」

 こんなハントの言葉が、そこで落ちた最後の言葉だった。




 ゾロ、ナミ、ビビ、ハント。
 この事件の黒幕たるMr.3に捕まった面々が、動かないろう人形にされかかった時「おりゃああああ」という怒声と共にルフィ、ウソップ、カル―が登場。
 そして、事件は収束へ向かう。 


 
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