| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SR004~ジ・アドバンス~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

20years ago ”Beginning of the world”
  #02

 『SR004』正式サービスは、2X14年9月3日に開始された。サービス開始を狙ってログインしたプレイヤーの数は10万人を超えたという。幸春は優里の《ベネフィット》購入に付き合っていたので、サービス開始と同時とまではいかなかったが。

 《ベネフィット》はVR関連専門の店で購入することができるが、基本は一般的な電気店や大型スーパーでも購入することができる。一般家庭用の物は多くがそこで売られているのだが、実は画質やバージョンが高いタイプは、専門店に購入しに行った方がカラーリングやデザイン面での品ぞろえがいいのだ。幸春のもともと持っている《ベネフィット》は濃紺色(ダークブルー)のメタリック塗装が施されたものだが、優里が購入したものはペールピンクの外装に、ところどころに和風なフォントが施されたカスタムタイプだった。

「こんな補聴器ぐらいの大きさなのに……最近のVR技術っていうのはすごいのね」

 幸春の自宅二階、幸春の自室で、《ベネフィット》をパッケージから取り出しながら優里が感嘆の声を漏らす。それはそうだろう。大がかりなVR技術には、それなりに大きな機器が必要となってくる。精神を全て仮想世界に送り込むことを可能とするVRゲームハードは、大型ではなくてもそれなりに大きさのあるイメージがいまだに強い。 

「20年位前まで首輪型だったらしいからな……最小サイズは1センチ四方にも満たなかったらしいぜ」
「1センチ四方!?……って言うか、なんでそれが出回ってないのよ」
「たしか、入試とかで検索機能を乱用する輩が他出したらしくて、法律的に製造が中止されたらしい。……ほら、とっととスタンバイ始めるぞ」

 《ベネフィット》は、VRゲーム用のハードとして5年ほど前にリリースされた機体だ。大きさ・形は補聴器程度、実際、補聴器の様に耳につけて使用する。つくり出したのは、VR機器の最大手として名をはせる電機メーカー《ワイズマン・ツリー》と、VR環境整備のトップ企業、《アドバンスドサイバー》、そして日本最大手のVR環境が整備されたこの街、蒼天市に住まう天才技術者、《Virgin&May》の合同研究チーム。もっとも、《VaM》は本拠地(アトリエ)とされている建造物から一切姿を現さず、通信などによる参加だったらしいが。
 
 兎にも角にも、このVR機器の登場によって、VRゲームはさらなる発展を遂げたのだ。まさしく《恩恵(ベネフィット)》と名乗るにふさわしいアーティファクトだろう。

「初期スタンバイの画面は、ダイブしなくても表示できるのね」
「ああ。何でもAVR映像を作って送り込んでる会社と提携してるとか何だとか……ほら、できたぞ」

 幸春は優里にベネフィットを手渡す。装着の仕方が分からないらしくしどろもどろしている優里を手伝って、やっとダイブまでの準備が完了する。

「それじゃぁ、始めるとするか……コマンドは分かるか?」
「ううん。なんていうの?」
「ほんとにVRゲーム初心者だな……それじゃ行くぞ。《リンク・アドバンス》」

 かつて、VR技術が完成したばかりの頃は、《リンク・スタート》だったというダイブコマンド。二十年ほど前、AVRの黎明期に使われていたコマンドは《ダイレクト・リンク》。そして今使われているワードの名は、《リンク・アドバンス》。異世界との接続は、加速的に進化(アドバンス)していく。今までも、そしてこれからも。そんな思いの込められた言葉だという。

 優里が同じ言葉をつぶやいたのが分かるのと同時に、幸春の意識は仮想世界へと引き込まれていく。虹色のリングを潜ると、もうそこは仮想世界だ。視界に表示されたゲームリストから『SR004』を選択し、ダイブする。視界脇のゲーム内情報によれば、現在ダイブしているプレイヤーはすでに一万人を超えている。このままなら、そう遅くないうちにβ時代(かつて)の最高記録である五万人余りをすぐに突破するだろう。

 視界がフラッシュ。体の全ての感覚がもう一度遠ざかる。再び肢体に感覚が、世界に色が戻ってきたとき――――

 
 そこにあったのは、リアルすぎる異世界だった。

 空が、空の色をしている。現実世界では決して見れないその光景が、どの仮想世界とも違う、圧倒的高性能な描画エンジンで描かれている。その空を、銀色の飛行船が陽光を反射しながら飛行していく。そびえたつビル群。運河を巨大な船が通行している。それらを動かしているのは、科学技術と魔法技術の結晶。SFメトロポリスを彷彿とさせる、『SR004』ゲーム世界最大の都市のひとつ、《玉座(スローン)》。それがこの場所の名前。太陽の光が、ビルのガラス窓を透過し、クリアな光を放つ。幸春は戻ってきたこの世界に、再びの感嘆の念を抱いた。

「すごい……」

 隣で呟く声がする。そちらを見ると、優里が本気で驚いたような表情を浮かべていた。

「ああ……βテストのときは、ここまでリアルじゃなかった……すげぇ。まるで本物の異世界みたいじゃないか」

 幸春の言葉は真実だ。β時代も『SR004』は歴代最高峰の描画でプレイヤー達の評価を集めた作品だったが、それでも何とか『仮想世界らしさ』を保っていた。だが、正式稼働した『SR004』描画エンジンは、もはや別次元の域だ。この世界は、もはや完全なる異世界とでも言えるモノではないだろうか。

 『拡張仮想現実』としての《アドバンスド(A)ヴァーチャル(V)リアル(R)》ではなく、『進化した仮想世界』としての《アドバンスド(A)ヴァーチャル(V)リアル(R)》。そんな言葉が浮かぶ。

「あれっ?何で幸春がいるの?」
「は?何でって一緒にダイブしたんだから当然……」
「いや、そうじゃなくて……外見だよ外見」
「ああ……」

 幸春は優里の言わんとしていることが納得できた。なるほど。彼女のイメージでは、この世界にダイブした時に仮想の姿が作成されるものと思っていたらしい。プレイヤー自身がアバターの外見パラメータをゼロから作成することのほとんどなくなった現在、一般的なVRMMOではアバターはダイブ直後にゲームシステムがランダムで作成する。優里は割と事前情報を調べるタイプの人間なので、『SR004』でもその方式がとられると思っていたのだろう。そのため、現実世界とすっかり同じ外見は驚くモノだったようだ。よくよく考えてみると、下調べをきちんとする優里が『リンク・アドバンス』のコマンドを知らなかったとは考えづらい。知らないふりをしていたのだろうか?

 なぜだ……などと疑問に思いながら、幸春は彼女の疑問に答える。

「AVR作ってる会社と提携してるっていったろ。その技術を応用して、現実世界の俺達の姿をカメラでとらえて、それを基にしてアバターをつくってるらしい」
「へぇーえ。すごいのね……ますます世界にびっくりしちゃう」
「だよなぁ。正直はじめてこれを思いついた奴は天才だと思うよ……」

 事実、天才なのだ。AVRを世に送り出したのは、《Virgin&May》と言う名の、謎の技術者チーム。正式名称が長いため、普段は《VaM》と呼ばれることが多いそのチームは、AVRの進化が加速するときに、必ずと言っていいほど技術協力を申し出た。彼らの技術と頭脳がなければ、いくら科学が進んでいるからと言って、現在のAVR世界には到達しえなかっただろう、と言われている。

 そうか、と幸春は思う。この世界がβテスト時代よりもリアルに見えるのは、アバターの精度が上がっているせいかもしれない、と。β時代(かつて)もリアルから直接送り込まれてきたのではないか、と疑問に思ってしまうほどのアバター完成度だったが、現在はさらにそれに輪をかけて完成度が高い。心臓の鼓動、体温、空気がふれる肌の感触から、さらには青筋一本に至るまでが忠実に再現されている。一体どういう機構を使えば、これほどまでに完成度の高い世界が作れるのか。

「もうここは、ある意味本物の《異世界》なのかもしれないな……」

 我知らず、そんな言葉が零れ落ちた。『SR004』の世界は、もはや自分のもう一つの現実と言っても過言ではないのかもしれない。そう思っても仕方がないほどの、世界の完成度であった。


 そしてその『カン』は、あながち間違いではなかった。


 ***


 メニューウィンドウを開く。プレイヤーネーム《ユキハル》、Lv1、所持金額金貨10枚(1000円相当)、基本装備……それらの情報が表示された。獲得している《(クラス)》及び《技術(スキル)》は無い。スキルウィンドウを操作して、クラスを《銃士》設定。すると、初期装備の【シューター】なる名の銃が、アイテム欄に追加された。スキル欄に出現したいくつかのスキルから、《機動銃》を選択。Lv1で使用できるスキルの数は一つ。加えて、スキル熟練度0では、この程度のスキルしか使用できない。

「まるっと初期装備のままだな……」

 MMOゲームでは、βテストに参加したプレイヤーには何らかの特典が与えられている場合が多い。例えばβ時代のアバターをそのまま使えるとか、ゲーム初期の頃に結構使える武器とか。しかし『SR004』では『アバター画像』は存在しないため、あるとすれば特典アイテム。しかしステータスを見る限り、それも無い様だった。

 それもそうか、と思う。『SR004』はβテストと言っても、『公開性(オープンド)』。人数制限があるわけでもなく、それに最終日には五万人を超えるテスターがいたのだ。それらすべてに得点を配る方がおかしい、と言っていい。

 とりあえずは、β時代の感覚を取り戻すことが先だ。基本的にはβ時代と変わりないように思えるが、グラフィック以外にも強化されたことがあるかもしれない。幸春改めユキハルは、隣でステータスを確認している優里ことユウリに声を掛けた。

「どうだ?」
「うん。なんか初期装備然としたデータ」
「まぁ、普通はそうだろうな……」

 うん。と頷いてみる。初期から強力なデータだったら、バグか何かだと勘違いしてしまいそうだ。その一点に関しては、このゲームは心配いらずと言えよう。

「じゃぁ、初期ビルドの設定に入るか」

 ユキハルの言葉を受けて、ユウリが頷く。

「簡単に『SR004』のビルドの作り方を説明するぞ。『SR004』は、《(クラス)》、《技術(スキル)》、そして《称号(サブクラス)》の三つで、プレイヤーの技能が分けられる。《クラス》はレベルが上がるごとに多く取得できるようになり、最高レベルの100で取得可能クラス数が20。特定のクラスを強化していくと、上位クラスが選択可能になる。……ここまでは良いか?」
「なんとか」

 ユウリが苦笑する。VRゲーム内では、感情表現が現実の物より豊かだ。考えていることが顔に出にくいユウリと接するにあたって、これは非常に便利な特徴であった。

 ユキハルはユウリに、スキルウィンドウから《クラス》を一つ選択させる。初期でプレイヤーが選択できるクラスは、《剣士》《銃士》《呪術師(マジシャン)》の戦闘三職を始めとして、ロールプレイ系含め20。これらを組み合わせることによって、さらに強力な上位クラスを取得するための準備が可能となる。もっとも、Lv1では取得できるクラスは一つだけなので、複数取得するためにはレベル上げが必須となるのだが……。

「どうしようかな……」

 ユウリが悩む。現実(リアル)ではあまりお目にかかれない、本気で悩むユウリは、なんというか、可愛らしかった。ユキハルは緩みそうになる頬に力を入れて、何とか表情を崩すまいと奮闘した。

「ユキハルは?」
「俺?俺は《銃士》」

 《銃士》は、その名の通り《銃》を使うクラスだ。この世界には、銃は大きく分けて二種類存在する。

一つが、科学の力によって動く、現代兵器の申し子としての銃、《機動銃(きどうじゅう)》だ。もっとも、現実世界の物とは形も機能もかけ離れているが。メリットとしては、銃の能力が高ければ高いほど、攻撃力も高くなること。デメリットとしては、弾切れになると何もできなくなることか。

もう一つが、《魔動銃(まどうじゅう)》と呼ばれる銃だ。こちらは持ち主の《魔力(MP)》を原動力として動くため、MPさえ回復できれば無限に放てるかわりに、持ち主の能力が低ければ、性能も低くなるというデメリットをもつ。扱うためには、《銃使い》系のスキルだけでなく、《魔術師》系のスキルも必要となってくる。また、初期に出現する銃は多くが《機動銃》の為、《魔動銃》は出現率のレアさもあって、あまり多用されない武器だと思う。

「《銃》かぁ。ってことは、ちょっと遠距離系?じゃぁ私は近距離にした方がいいのかな……」
「いや?別に遠距離でも問題ないと思うぞ?《銃士》は別に遠距離じゃないと戦闘できないわけじゃないからな」

 事実、《銃士》にはそれなりに近距離戦闘ができるようなスキルや能力がある。

「そっか。じゃぁ私はサポート役にしようかな。……この《呪術師》っていうのと《司祭》って言うのは何が違うの?」
「ああ、それ……《魔力系》と《信仰系》……的な?」

 ユキハルはユウリに二者の違いを説明する。

 《呪術師》は、俗にいう《魔術師》だ。攻撃魔法や妨害魔法、さらには回復魔法を使いこなす、遠距離の代名詞。対する《司祭》は、回復や攻撃遮断、戦況攪乱などに特化した、サポート型のクラスだ。

 どちらもメリット・デメリットがある。《呪術師》は攻撃力に優れる代わりに、回復などは下位の物しかできない。対する《司祭》は、攻撃力に劣り、単体ではほぼ何もできない代わりに、他のプレイヤーがいると途端に価値が上がる。また、《召喚術》によって呼び寄せることが可能なモンスターや精霊も、《魔力系》なのか《信仰系》なのかで分けられるらしい。

「なるほどねぇ……じゃぁ私、《司祭(プリースト)》にするね。ユキハルがダメージ喰らったら、私がバンバン回復してあげるから!」 
「そいつは頼もしい。それじゃぁ、次は冒険の準備に行きますかね」

 ユキハルはユウリを伴って、β時代初期、現在地である《王座(スローン)》の中央街でお世話になったアイテムショップへと向かった。 
 

 
後書き
 お待たせしました。『ジ・アドバンス』二十年前編、第二話です。ちなみに《司祭》は女性の場合《プリーステス》と言うらしいのですが、クラス名は変わりません。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧