| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

恩返し

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一章


第一章

                      恩返し
 血は繋がっていなくとも親子の関係はできると言われている。それは当然野球の世界にも言えることである。
 阪急、近鉄の監督を務めた西本幸雄という男はよく選手達から『親父』と呼ばれた。彼は頑固で厳格な昔ながらの人物であった。だがその心は温かくそれが選手達にも伝わったのだ。
 彼は選手の育成には定評があった。阪急も近鉄も弱小球団に過ぎなかったが彼の手によって強豪となり優勝を果たした。
 その選手達でもって阪急時代には王、長嶋を擁する巨人に立ち向かった。だが遂に勝つことはできなかった。
「日本一の夢を上田君に託したい」
 彼はそう言って近鉄に去った。それから彼が近鉄を優勝させるのは六年後のことである。
 阪急は上田利治という新たな将に預けられた。彼は西本とはまた違った意味で名将であった。
 外見も性格も温和である。関西大学では阪神タイガースの永久欠番であり最早伝説ともなっている大投手村山実とバッテリーを組み関大を優勝させている。
 プロ入りはその頭脳を見込まれてのことだった。現役時代よりもコーチ時代にその真価はあった。
 彼は就任二年目で阪急をリーグ優勝に導いた。その相手は奇しくも西本率いる近鉄であった。
「勝負の世界ではよくあることやがやっぱり辛いもんやな」
 彼は近鉄に勝ったあと一言こう言った。
「しかし山口はそうやったわ。褒めてやってくれ」
 この時阪急にはゴールデンルーキーがいた。山口高志である。上田の出身校である関大のエースでありその剛速球で知られる男だ。彼が近鉄を捻じ伏せたのである。
 そして彼が阪急の悲願を達成させた。日本シリーズでも活躍し阪急は広島東洋カープを破り見事日本一となった。上田は宙を舞った。
 だが彼は少し釈然としなかった。それは選手達もであった。
「あいつ等倒さんとあかん」
 左の主砲加藤秀司が言った。
「そうやな、あいつ等」
 ショートを守り名手と呼ばれる大橋譲もそれに続いた。
「巨人や」
 福本豊が言った。
「巨人には五回もやられてきたんや」
 そうであった。巨人の黄金時代阪急は五回巨人に挑んだ。そして五回共敗れてしまったのだ。
 そのことが彼等の脳裏に甦る。エース山田久志もそうであった。
「巨人に勝ってこそホンマモンや」
 その山田が言った。彼も巨人には苦渋を飲まされている。
「そうや、そして藤井寺のお爺ちゃん喜ばせたろうで」
「ああ」
 皆福本のその言葉に頷いた。そして勝利の美酒もそこそこに練習に戻った。来るべき戦いに備えて。
 その時は思ったよりも早かった。翌年である昭和五一年前年最下位であった巨人はコンバートと補強により戦力を建て直し見事リーグを制したのだ。そしてその中心には監督である長嶋茂雄がいた。
「長嶋が勝つか」
「長嶋は何をするか」
「長嶋は誰を使うか」
「長嶋が何勝するか」
 こんな話題ばかりであった。今も全く変わることのない無気味で嫌らしい偏向報道である。何処ぞの一度も兵隊を率いたことのない到底軍人とは思えぬ肥満しきった肉体の愚かな将軍様の治める国と全く同じである。結局我が国の特定の世代、特定の人々、マスコミの一部はこうした醜悪な独裁国家の崇拝者と変わるところがないのである。残念なことだがこれが現実だ。こうした連中により球界はおぞましく歪められてしまっている。
 これに対して対する阪急の選手及びファン達は面白い筈がなかった。彼等は激しい敵意を燃やした。
「長嶋の、長嶋による、長嶋の為のシリーズかい、笑わせんなや」
 ファンの誰かが言った。
「そうや、野球やっとるのは長嶋だけちゃうぞ」
 彼等にとってはたまったものではない。今もテレビでは特定の球団に極端に偏向した報道が行われる。関東では特にそうだ。あのようなものを普通に見られるのはカルト教団の信者位だろう。無念なことにこれが今の我が国の野球の現状だ。日本では野球を冒涜する愚か者は大手を振って歩けても野球を本当の意味で愛する者は少ない。
 長嶋茂雄の采配はお粗末の一言に尽きる。およそ監督としての資質はない。そのようなものは最初からないのだ。だが報道によりスターになる。かってはあの金日成もそうであった。北朝鮮は地上の楽園であった。実際は全くの逆であったが。しかし報道によってそれがなるのだ。これがマスメディアの持つ怖ろしさだ。
「ふざけんな、あんなチームに負けてたまるか!」
 阪急ナインも激昂していた。こうした報道に特に怒ったのが福本であった。彼は言った。
「おい、絶対に勝つで!」
 彼はナインに対して言った。
「あの連中ぶっつぶして西本さん喜ばしたるんや!」
 彼もまた西本に一から育て上げられた男である。その恩は海よりも深く山よりも高かった。
「そうやな、西本さんの恩返しや」
 他の阪急ナインもその言葉に奮い立った。彼等もまた西本に育てられた選手達であった。
「巨人潰しじゃ!そして今度こそわし等が勝つんや!」
 彼等の思いは一つになった。そして決戦の日に向かった。
 この時巨人ナインもファンもまさか自分達が阪急に負けるとは思わなかった。
「巨人が負ける筈ないだろう!」
 これは近頃テレビでスキンヘッドでガチャメの汚らしい愚か者が吐いた戯れ言である。この男は常に常識も理屈も道徳も全く無視したことしか口に出さないので視聴者からは激しく嫌悪されている。所謂狂人の類であるが何故かテレビに出て視聴者にその醜態を見せつけ続けている。こうした怪奇現象が今だに起こっているのも我が国だけのことである。これでは幽霊が昼に歩いても不思議ではない。全くどういうことか。
 だが我が国にはこの愚か者と全く同じレベルの知能しか持っていない者が実に多い。こうした輩が野球を駄目にし、我が国を駄目にしたのだ。こうした連中も排除しないと我が国の野球はよくはならないのだろうか。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧