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立派な人

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第四章


第四章

「この人はわしのことを考えてくれたんや」
 それでだ。あれこれと言い速球派から技巧派への転向を薦めたことに気付いたのだ。
 当初鈴木の武器はその速球だった。だがそれは年齢と共に衰えていっていた。
 そこで監督に来た西本はだ。鈴木に言ったのである。
「もっと緩急をつけて投げるんや」
「変化球の種類も増やしたらどうや」
 何度も何度もだ。飽きずに言った。鈴木はそれに反発し続けた。だが何度も言われているうちにだ。
 自然と緩急をつけるようになりだ。
 球種もフォークとカーブ以外にもスライダーとシュートも覚えた。それを使ってだ。
 投げるとだ。彼は立ち直ったのだ。それでわかったのだ。
「この人はこれまでの監督とは違う」
 どういった監督下というとだ。それならば。
「選手のことを本気で思ってくれてる監督や」
 そのことがわかったのだ。そうしてだ。
 鈴木も西本を慕う様になった。彼を知ってだ。
 近鉄は今一丸となった。しかしだ。
 野球はそれだけで勝てる程甘くはない。近鉄の前にはあるチームがいた。
 阪急だ。その西本が育てただ。その阪急の強さは本物だった。
 宿敵巨人も倒し日本一にもなった。その阪急に西本が向かう。因果そのものだった。
 だが西本はだ。それでもこう言うのだった。
「絶対に優勝したる」
「阪急を破ってですか」
「優勝ですか」
「そや、そして日本一や」
 記者達にだ。話すのだった。
「日本一を目指す。この近鉄でや」
「そうですか。ですが阪急は強いですよ」
「あの強さは本物ですよ」
「それでもなんですね」
「わしが何で選手達に練習させてるか」
 近鉄も猛練習だった。毎日遅くまで練習している。西本の練習は厳しい。監督自ら出て鉄拳まで振るう。そうして阪急も育て上げた。
 そのことをだ。西本は言うのだった。
「それは優勝する為や」
「それで、なんですね」
「近鉄を本当に」
「あの連中は絶対に優勝できる」
 確信している言葉だった。まさにだ。
 そしてだった。グラウンドで今も練習に励んでいる彼等を見守り続けるのだった。
 だが近鉄は中々勝てない。昭和五十三年もだ。
 最後の最後で敗れた。エースの鈴木が打たれてだ。しかしだった。
 それでもだ。西本はその鈴木を責めずにだ。チームの為に投げてくれたとしてだ。静かにこう告げただけだった。
 
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