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最後の花向け

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第一章


第一章

                  最後の花向け
 近鉄バファローズは二連覇を達成した。昭和五十四年も五十五年も激しいペナントであり最後の最後まで激戦が続いた。だが近鉄はどのペナントも制したのだ。
 赤に白、青の派手なユニフォームでキャンプ地において練習に励む彼等の中心には背番号六十八を着けた白髪頭に口をいつもへの字にした男がいた。
 この近鉄の監督であり西本幸雄だ。その彼に記者達は言うのだった。
「二連覇やりましたね」
「大毎、阪急に続いて近鉄も優勝させましたね」
「それに選手達も育ちましたね」 
 記者達は今練習に励んでいる選手達も見た。
 それぞれランニングをしてバットを振っている。守備練習も行われブルペンも活気に満ちている。どの選手達も精悍で覇気に満ちた顔をしている。
 その彼等を見ながらだ。選手達はさらに言うのだった。
「栗橋、羽田、佐々木に石渡に梨田の打線は充実してますし」
「吹石や島本みたいな脇もいいですね」
「ピッチャーも鈴木だけではなく井本も久保も柳田もいます」
「皆いい選手に育ちましたね」
「いい感じになってきましたね」
「そやな。皆よお育ってくれたわ」
 これまで名前が挙がった選手達についてはだ。西本も頷いた。見れば彼等は充実した練習を行っていた。バットのスイングも守備の動きもいい。
 どの選手も西本が手塩にかけて育てた選手達だ。まさに我が子の様なものだ。西本は彼等を鉄拳とその心で育ててきた。まさに今の近鉄の主力達だ。
 その彼等の力は確かだ。しかしだった。
 西本はここでだ。記者達にこう言ったのだった。
「けどもう一人や」
「もう一人?」
「もう一人っていいますと?」
「まだあいつがおるんや」
 こう言いながらだ。そのうえでだった。
 西本は一人バットを振るう一際背の高い選手を見ていた。その背番号は二十だ。
 その背中を見ながらだ。彼は言うのだった。
「あいつがな。あいつがおるんや」
「ああ、仲根選手ですか」
「あの人ですか」
「そや、あいつがおる」
 西本はその仲根の背を見て言う。
「あいつがおるさかいな。そやからな」
「まだ完全じゃないですか」
「近鉄は」
「そや、完全やない」
 西本は完璧主義でもあった。選手は誰もを育てるという考えなのだ。だからだ。
 今バットを黙々と振るう仲根正弘を見ていた。しかしだ。
 記者達は仲根については難しい顔になってだ。こう言うのだった。
「甲子園で優勝しましたけれどね」
「凄いピッチャーだと思いましたけれど」
「それでドラフト一位で入って」
 近鉄に入団したのだ。鳴り物入りで。
 だがそれでもだとだ。彼等は言うのだった。
「ですがピッチャーとしてはでしたね」
「どれだけ投げても勝てなくて」
「結局一勝だけでしたね、勝てたのは」
「ピッチャーとしてや」
「そやったな」
 その通りだとだ。西本もそのことは認めた。
「あいつはピッチャーとしてはな」
「肩も壊してたんですよね」
「そうでしたね」
「残念やった」
 苦い声だった。西本の今の声は。
「そやからな」
「ファーストに転向させましたね」
「野手に」
「それで一人立ちして欲しかったんや」
 希望の言葉だった。過去の。
「そやけど一塁もな」
「小川選手がいますからね、一塁には」
「あの選手が」
 記者達は守備練習をしている七番の男を見た。左にファーストミットを着けている彼は何処の畑か田んぼにいそうな顔をしている。彼がその小川亨だ。近鉄のベテラン選手だ。
 
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