| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

御苦労さん

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一章


第一章

                      御苦労さん
 昭和四十六年日本シリーズ。阪急ブレーブスは巨人と戦っていた。
 この時巨人は圧倒的な強さを誇っていた。無法と言うべきやり方で集めた戦力によってだ。まさに無敵だった。
 その巨人に阪急は果敢に立ち向かった。これまで三度シリーズで敗れたがそれでもこの年も巨人に立ち向かった。その阪急のエースは若きアンダースロー山田久志である。
 シリーズ第三戦のことである。その山田が好投していた。
 巨人の誇る強打者達を次から次に打って取りだ。試合の勢いを作っていた。シリーズ全体でもこの試合に勝てば主導権を握れる、それだけ重要な試合になっていた。
 山田はその試合において好投を続けたのだ。そして九回を迎えた。
 この回を抑えればだ。試合に勝ちシリーズの流れも阪急に引き寄せることができる、山田にかけられた期待は大きい。阪急の監督である西本もだ。ベンチから黙って腕を組み彼の投球を見守っていた。
 その九回だ。ところがここでだ。
 山田はランナー二人を背負ってしまった。そうして迎えるのは巨人の四番王貞治。言わずと知れた史上最高の野球人である。バッターとしては最早言うまでもない。まさにその最大の強敵を迎えてしまったのだ。その王にだった。
 山田は打たれてしまった。打球はライトスタンドに一直線に入ってしまった。まさに白い弾丸となってだ。山田も阪急も打ち砕いてしまった。
 そのホームランはただの逆転サヨナラスリーランではなかった。シリーズの流れを完全に掴み、そして阪急を終わらせてしまったホームランだった。打たれた山田はマウンドに蹲り立ち上がれなくなった。
 しかしその山田にだ。西本は一人迎えに言った。その西本に山田は言った。
「監督、すいません・・・・・・」
 打たれたことをだ。涙を流しながら詫びた。だが普段は鉄拳制裁で知られる厳しい西本がだ。
 優しい微笑みを浮かべてだ。こう告げたのだ。
「御苦労さん」
 この一言で山田を連れて帰ったのだ。シリーズには負けた。だが山田久志という大投手はここからはじまったと言ってもいい。アンダースローの投手で歴代最高の勝利数を挙げた彼の話は。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧