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最高のタイガース=プレイヤー

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第七章


第七章

「何で弘田が」
「よっさん何考えてるねん」
 よっさんとは吉田の通称の一つである。ファン達でさえ吉田の今の采配には目を丸くさせていたのだった。
「しようおへんなあ」
 その吉田はこう言って笑うだけである。しかしここで吉田を知る古いファンや記者達はベンチのそんな吉田を見て囁くのであった。
「あれは狙ってたよな」
「そやな」
 彼等は知っていたのだ。吉田がそんな仕草をする時は必ず仕込んでいたのだと。麻雀で何かをする時はいつもそうなのも知っている。だから今の彼を見て囁き合うのであった。
「さて、バースが守りやが」
「それがどうなるかやな」
「わからないな、これは」
 広岡は広岡で。ボードの阪神側のメンバーを見てまた言った。
「バースを守らせるのか。これは一体」
 だがその試合ではわからなかった。この試合でわかったのはやはり打席でのバースは神に他ならないということだけであった。
 工藤が投げていた。彼は速球とカーブを主体に投球を組み立てる。その彼の投げた高めの速球をバースが派手に空振りしたのであった。
「今のを空振りか」
 工藤はバースのその空振りを見て目を鋭くさせた。実は彼は頭脳派である。コンディションの調整にも投球術にも細心の注意を払う。その彼がバースの空振りを見て思ったのだ。
「ストレートだな」
 当然ながら自分の球種もわかっている。工藤の球種は決して多くはない。ストレートとカーブの他は精々スライダーがある程度だ。その中でやはり武器と言えばカーブなのだ。その大きく縦に落ちるカーブだ。
「よし、それなら」
 彼はその切り札を使うことにした。バースの裏をかくつもりだった。このカーブで打ち取る、そう決めて投げたそのカーブであったが。
 打たれた。バースのバットが一閃したその次の瞬間にはボールはスタンドに入っていた。これは工藤にとっては思いも寄らないことであった。
「今のが打たれた!?」
 大きく弧を描きスタンドに入るバースのアーチ。それが阪神ファンの中に吸い込まれていく。それはまさしく勝利の証であった。
「読まれたな」
 それを見た西武のヘッドコーチ森昌彦が呟いた。かつて巨人においてキャッチャーとして長い間グラウンドでの指揮を執ってきた男である。現役時代はその巧みなリードで知られていた。
「工藤は頭がいい」
 彼もそれは把握していた。しかし。
「だがバースはそれの上をいく」
「上をか」
「はい」
 広岡に対しても答える。
「完全に。これではどうしようもありません」
「そういえばバースはあれでかなりの知性派だったな」
 広岡もそれは知っていた。しかしだ。
「だが。忘れていた」
「忘れていましたか」
「少なくとも工藤以上ではないと思っていた」
 彼がそう思っていたのは理由がある。それは。
「パワーばかりを見ていた。研究していたがそれを忘れてしまっていた」
「私もです」
 森もそれは同じであった。彼等はバースのパワーにばかり気を取られてしまっていたのだ。頭脳のことも頭に入れていたつもりだったがそれをイメージの前に打ち消してしまっていたのだ。彼等もまたバースを見誤ってしまっていたのだ。
「手強い男だな」
「そうですね」
 森は広岡のその言葉に頷いた。
「予想以上に」
「ですが守備についてはこうはいかないかと」
「そうだな。守りは嘘はつかない」
「そういうことです」
 広岡も森も野球においては守備を最重要視する男だ。とりわけ森はそうである。西武の強さの秘密はまる守備力にあった。これは有名な話である。同時に何故今の巨人がああまで無様なのか。答えはその逆だ。守備が悪いからだ。野球を知らないフロントは当然ながら守備力というものを理解できないのだ。だからである。
「機会があれば。仕掛けるぞ」
「わかりました」
 この試合は結局バースのアーチが決定打となり阪神の勝利に終わった。問題は第二戦であった。西武の野球はこの第二戦を重要視するものである。
 彼等は阪神の隙を狙っていた。何時何処で仕掛けるか。まずは敵の攻撃力は度外視していた。それを見ると戦力を見誤るからだというのがその理由である。
 阪神の先発である池田親興は好投する。これは意外であった。
「おいおい、池田やるやんけ」
「こらひょっとしたら」
 完封なのでは、阪神ファンはこう思いはじめた。あまりいいとは言えない普段の彼だが今日は違っていた。中々頑張っていたのだ。
 それでもピンチは訪れる。三塁ランナーには俊足の秋山幸二、バッターボックスには球史に残る技巧派バッターである辻発彦がいた。そのうえ知将広岡である。何を仕掛けてくるかわからない状況であった。
「何してくるやろな、広岡は」
「そこまではわからんけれどこの場面は大きいで」
 阪神ファン達は固唾を飲んで成り行きを見守る。西武球場は緊張に包まれていた。
「さて、その機会が来たな」
 広岡は今の状況を心の中でほくそ笑んでいた。彼にとってはシリーズの流れを決定付ける絶好の場面であった。
「ここでの一点は大きいぞ」
 
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