| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

誰が為に球は飛ぶ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

焦がれる夏
  参拾参 舞い上がるたま

第三十三話


いつもはホンマにカマトトでな、トボけたようなビッミョーっな笑いばっか浮かべてるセンセがなぁ、これまでの試合も涼しい顔して乗り切ってきたセンセがなぁ、今は力を振り絞って投げてんねん。目ェ剥いて、歯ぁ食いしばって投げてんねん。

それに比べてワイは何や。ホンマに何もしてへんわ。アウトになってばっかりや。

何でや。何でワイ、こんなアカンねん…
センセと同じ練習、ワイもしてきたで?
何でワイはこんなに情けないんや!

別にセンセに悪いとか、そんなんとちゃうからな!センセの好投に応えな申し訳ないとか、そんなんとちゃう。いや、ちゃう事ないんやけど…

何て言うか…
こんな情けない自分を、ワイは許されへんのや!
ワイは何よりも自分を裏切りたないねん!

見とれよ…
ワイはただで転ぶ気ないぞ!
男の意地っちゅーもんを見せたるわい!



ーーーーーーーーーーーーー



真司と琢磨。
両右腕がマウンドに上がり、ネルフと是礼の膠着が続く。
決勝戦のマウンド。
球場の視線が、思いが、祈りが集まるその場所で2人は躍動する。

「あぁぁああああああ」

掠れた雄叫びを上げ、真司は細身の体を存分にしならせながら荒々しく右腕を振る。
まるで生命を授かったように力がみなぎる真っ直ぐが、是礼打線を圧倒し、バッタバッタと斬って捨てる。

「おっし!」

琢磨はテンポ良く、コンパクトな投球フォームから飄々と投げ込む。まるで背負うものが無いかのようにあっさりとした態度でポンポン投げ込むその球は思いの他にキレがあり、ネルフ打線を沈黙させていた。

試合は、延長戦に入っていた。



ーーーーーーーーーーーーー



<10回の裏、是礼学館の攻撃は、3番センター東雲君>

7回から打者一巡、9人連続でアウトになっている是礼打線。うち7人が三振。真司のホップするような伸びを持つ速球に三振の山を築かれていた。そして10回裏、クリーンアップから始まる打順に期待を託す。

「「オーオーオー オオオー
(かっせかっせかっせかっせ東雲ー!)
オーオーオー オオ
(大きな声でー!)
しーののめー!」」

是礼応援席では野球部員がコミカルな踊りを見せつけながら「ドラクエⅢ」が流れる。
初回から変わらずキレのあるダンスで選手を鼓舞するチアリーダーの、ノースリーブから覗く二の腕は真っ赤に日焼けし、顔から汗が飛び散る。



(もう一回りか。真っ直ぐ一本でこげに抑えられるとはの。)

是礼の打者にもとより緩みなどはない。どの打者も必死に真司の真っ直ぐに食らいついたが、その上をいく真司の全力投球であった。

(このホンモノの碇からはまだノーヒットじゃけのう、そろそろ、一本欲しいのう)

東雲の目が光る。

真司が初球を大きく振りかぶった。
背筋を伸ばしてから、足を大きく回しこんで体を二塁方向に捻る。ややトルネード気味のモーションから、左手を高く掲げ、右腕を体に巻きつかせるようにテークバックして真っ向から投げ下ろす。
東雲はバットを横に倒した。

(セーフティ!)

是礼打線に当たりが止まってしばらく、そろそろセーフティバントをしかけてくるかと構えていたサードの敬太が猛然とダッシュ。
それと同時に、真司の右腕から放たれた白球がストライクゾーンへと突き刺さっていく。

キン!
「あっ!」

東雲は三塁側へとバントした。
真司の球速の反発力で、打球は死ぬ事なく弾かれ、前進してきたサード敬太の横を抜いた。
コロコロとショートの前へ転がる。
東雲は俊足を飛ばして一塁へ走る。
ショート青葉が前進してゴロをすくい上げ、走りながら一塁に投げた。
東雲が頭から土煙を上げて滑り込む。

「セーフ!」
「おォらァーー!」

一塁塁審の両手が横に広がり、東雲が絶叫しながらベースをバンバンと叩く。
内野安打。
サヨナラのランナーが、一塁。

「碇、ごめん…」

真司に謝った敬太は、その顔を見て息を呑んだ。頬が紅潮し、目が血走ってギラギラと輝き、荒い呼吸を繰り返していた。

「うん、大丈夫。次をしっかりとろう」

しかし真司は、悲壮な顔つきながら笑顔を見せる。敬太はその言葉に頷くほかはなかった。



<4番ファースト分田君>

サヨナラのランナーを一塁に置いて4番の分田。先ほどは初球を打ってセカンドフライに倒れている。今度こそ、の気合いが入っている。

(打てや分田。お前ならやれるけ。)

一塁ベース上から東雲が心の中でつぶやく。
バントしただけのはずなのに、右手は速球の衝撃でビリビリと痺れていた。

パァーーーーン!
「ストライク!」

例えランナーを背負っても、真司はそんな事関係なしに渾身の真っ直ぐを愚直に投げ込んだ。慎重さも、計算もない。ただ力一杯投げるだけ。初球を分田は見送った。

(こいつ、この場面でも俺に対して真っ向勝負かよ。何にも怖がってねえ。そんなにこの真っ直ぐに自信を持てるのは何故だ?)

二球目も真っ直ぐ。
分田は手を出すが、ファウルとなった。
0-2。真っ直ぐ二球でいとも簡単に追い込まれた。

(ここで力勝負か。力と力のぶつかり合い、まさかお前とこんな勝負をするとは思ってかったぞ、碇真司。)

真司の投球のテンポは早い。
サヨナラのランナーを背負った、慎重に投げるべきマウンドのはずなのに、勢いそのままにがむしゃらに投げ込んでくる。

(エースが渾身の力で投げ込んでくるなら…)

分田は足をゆったり上げ、懐を広く空けて真司の速球を呼び込んだ。

(4番も渾身のスイングで応えるだけだ!)

カァーーーン!

(!)
(まさかっ!)

ど真ん中に入ってきた三球勝負の真っ直ぐを、豪快なスイングで振り抜いた。
打球は高い音を残してセンターへ。大きく舞い上がり放物線を描いて飛んでいく。
捕手の薫は思わず立ち上がり、レフトの日向は心臓を掴まれたかのようにドキッとする。

「…ハァ…ハァ…」

打たれた当人の真司は、打球の方向を気にする事もなく、俯いて息を荒げていた。
あらかじめ深く守っていたセンターの剣崎がさらに下がって、フェンス際のアンツーカーに足をかける。

(…捕れる!)

そこでホームベースの方を向いた。
米粒ほどに小さくなっていたボールが、どんどん大きくなって、剣崎の胸元に落ちてきた。

パシッ

乾いた音を立てて白球は剣崎のグラブに収まる。分田の大飛球は結局、惜しくもセンターフライに終わった。

「…………」

一塁ベースを回った所で剣崎が捕球する様子を見届けた分田は、その場で少し佇んでセンターを見つめ、そして踵を返した。

(前の打席のように、速さに慣れてなかったんじゃない。狙い通りの真っ直ぐ、お誂え向きのど真ん中、それであそこまでか…)

分田は丸顔を強張らせた。

(完全に、負けだ。)



5番の最上は、2打席連続の三振。
6番の途中からショートに入った山岸はセーフティバントをキャッチャーフライにして、10回の裏の是礼の攻撃も無死のランナーをフイにして無得点に終わった。

「ハァ…ハァ……」

真司は肩で息をしながら、その中性的な顔に笑みを浮かべた。



ーーーーーーーーーーーー



「碇が死にものぐるいで投げてるんだ!何とか一点!一点だけでいい!この回、つないでいくぞ!」
「「オウ!」」

攻撃前の円陣で、日向が檄を飛ばす。
真司は円陣には加わらず、ベンチの奥でタオルを被って休んでいた。
極限状態。
そう呼ぶに相応しい。
真司が限界を超えてしまわないうちに…
何とか勝ち越して試合を終えたいのがネルフナインだ。
甲子園など、もう頭の中にない。
この真司の力投を、どうしても無駄にできない。負けられない。
全員がそう思っていた。


(どうして、ここまでやれるんだ?)

真司を団扇で扇いでやりながら、加持は思う。
確かに、練習はよくしてきた。
時間をかけ、労力をかけてきたのは間違いがない。自分の教え子を誇らしく思ってはいる。
しかし、この大会に人生を賭け、誇りを賭けている是礼に比べて、なお勝っているほどの努力であるかについては加持は自信が持てない。
しかし、ボールの威力もさる事ながら、真司のこの気迫は、是礼を圧倒している。
何が真司をそうさせているのだろうか?
加持は分からない。

「俺は、こうして扇いでやることしかできない、か」

俯く真司を見ながら、加持は独りごちた。



ーーーーーーーーーーーー



<11回の裏、ネルフ学園の攻撃は、3番レフト日向君>

11回の裏のネルフの攻撃は3番の日向から。
準決勝から当たりが止まっているだけに、ここは一本ヒットを出しておきたい。
次の打者は今日も2安打の頼れる4番、剣崎だ。



(クリーンアップからか)

そのネルフ打線に立ちはだかるのが、今日大会初登板、是礼の主将、伊吹琢磨。
速いテンポでどんどん投げ込んでいく。

パシィーン!
カキッ!

真っ直ぐ二球であっさりと追い込むと、外の大きく曲がるスライダーで一球外す。
そして4球目、リリースの瞬間少しボールが浮いた。

(甘い!)

手を出した日向は、しかし手元まで来ずに曲がり落ちる緩い軌道に大きく空振りした。
マウンド上で、琢磨がニヤッと笑う。

(カーブ〜〜!?スライダーだけじゃなかったのかよ変化球は!)

尻もちをついた日向は、ズレたメガネの奥から琢磨を睨む。
勝ち越しを期したこの回の先頭打者も、あっさりと三振に斬って捨てられた。



(…何だか、イイ感じだな)

琢磨はマウンド上で、これまでにないような感覚を味わっていた。受け身で球を待つ野手には感じられない、試合の支配感。
自分で試合を作っていける。

(去年の夏に主将になってから、どうしたらチームを引っ張れるか、ずっと考えてきた。)

マウンドから後ろを振り返ると、7人の野手がいる。走り込みの度に設定タイムをオーバーしてペナルティを課されてきた分田、後輩に馬鹿にされながらも黙々とファウルを打つ練習をしてきた熊野、守備が課題で毎日コーチに個人ノックを課されては倒れていた最上、先輩にすぐ噛み付いて幾度となくシバかれてきた東雲、弱気なプレーが目立ち隅に埋れがちだった筑摩、同期の姿が見える。

(今なら、自信持って言える)

琢磨は打者の方に向き直った。

(お前ら、俺の背中をよーく見とけ!)



ーーーーーーーーーーーーーー



<4番センター剣崎君>

日向に続いて打席に入るのは剣崎。
今日は満塁ホームランを含む2安打。
是礼先発の高雄を降板させる一打も放ち、今日湿り気味のネルフ打線の中で唯一当たっている。
絶対的4番打者の登場に、ネルフ応援席は期待を託す。

「今日大活躍のオオカミ先輩のお出ましだよォー!!もう一発放り込んでもらおーっ!応援で打たせるよォー!」

真理が応援席の雰囲気を煽る。
真理は分かっていた。
真司は限界寸前で、勝つにはこの回の剣崎に期待するほかはない。


「「「期待を背負い 勝利へ突き進め
スタンド狙え 剣崎恭弥」」」


応援団が飛び跳ねながら、
「Brave Sword Bravor Soul」を元にした応援歌の大合唱を始める。
剣崎はこの大会を通じて「野球部の頼れる4番打者」として大いに名を上げた。いつも1人で居る無口な少年が、今では多くの人間の期待を背負う立派な4番打者になっていた。

(この大会初登板のピッチャーが、ホームランを打ってる俺に安易に勝負に来るか?俺以降は当たっていない下位打線だが)

剣崎は打ち気にはやる事なく、至って冷静に打席に入る。
無表情で構えるその様には風格も漂ってきている。

パシィーン!
「ストライク!」

捕手・長良のミットが良い音を鳴らし、球審の手が上がった。
剣崎はその眉をピク、と動かした。
初球から真っ直ぐでストライクをとってきたのだ。

(なるほど、勝負か!)

ワンストライクをとられた事にも動ぜず、剣崎はマウンド上の琢磨を睨んだ。


ーーーーーーーーーーーーーー


(結構危ない球だった…もっと慎重になってくれないと困りますよ!)

長良は琢磨に強めの返球でボールを返した。
その返球をグラブでもぎとるようにして掴み、琢磨は即座にサインを覗きこんでくる。

(テンポ速いって。もう少し考えながら投げるべきでしょうが)

長良が出した球種のサインに頷くやいなや、琢磨は振りかぶった。

(ちょ、コースのサインがまだ…)

慌ててミットを構える長良に何の遠慮もなく、クイックモーションのような速い動きのフォームで琢磨は投げ込んだ。
ボールはインコースの真っ直ぐ。長良はドキッとする。

キン!

金属バットの高い音が響いて、ファウルチップが真後ろに飛ぶ。剣崎の鋭いスイングがボールの僅か下を叩いたようだ。
カウントは0-2となる。

(ホント怖いピッチングしてくれるな〜)

球審から替えの球を受け取った長良は意図的にそのボールを両手で擦って、間をとるように心がけた。その間も、マウンドから詰め寄るようにして琢磨がボールを要求してくる。

(気持ちがはやってるよな。剣崎は一発もあるんだから、ここは落ち着いてくれないと。)

長良があえてフワッとした返球でよこした球をまたグラブでもぎとるようにして捕り、琢磨はマウンドへ戻る。

(とりあえずここは、この球で。)

長良のサインに頷くやいなや、琢磨は振りかぶる。

(また!)

さっきに続いてコースのサインを見る事なくモーションに入った琢磨に合わせて、長良はボールゾーンに構える。
琢磨の指先から放たれたボールはフワッと上に浮く。そこからゆっくりと、ストライクゾーンに向けて落下していく。

(甘い!)

長良のミットの構えをあざ笑うように、ボールはストライクゾーンへ。しかし、その球は、これまでにないほど遅かった。

キーン!

剣崎がやや泳ぎながら右手一本で払いのける。
良い当たりのライナーが飛ぶが、深く守っているセンター東雲が悠々打球に追いついた。

(助かった…)

長良がホッと胸を撫で下ろしていると、マウンド上の琢磨と目が合った。
琢磨は舌を出して笑っていた。

(…まさか、投球テンポが早くて気持ちがはやってるように見えたのは演技?最後にスローカーブを投げる為の布石だった?)

長良は舌を巻いた。剣崎のタイミングが合ってないと見て、琢磨はあえてストライクゾーンにスローカーブを投げ込んだのだろうか?
そもそも、ブルペンでは普通のカーブしか投げておらず、サインもスローカーブのサインはない。スローカーブは場の思いつきで投げた球種である。何という万能ぶりだろうか。



ーーーーーーーーーーーーー



「くそっ…真っ向勝負かと思ったら…」

琢磨の投球術の前に微妙にタイミングをズラされた剣崎は唇を噛みながらベンチへと戻る。
ネルフ打線の頼みの綱が切れた。
クリーンアップから始まる11回の表も二死となり、打席には藤次が入る。

「……」

応援席からの、剣崎凡退に伴うため息が藤次にはよく聞こえた。自分に期待がかかっていないのが痛いほど分かる。事実、ここまで打線の穴になっていたし、藤次本人も自分に期待が持てない。

「…っしゃこいやァーー!」

そんな自分を奮い立たせるように藤次は声を上げて構える。例え空元気だろうと、これが藤次の持ち味だ。打席に入る時から、気持ちが折れていて良いはずがない。

ブンッ!
「ストライク!」

初球は琢磨のスライダーの前に大きな空振り。
この変化球に全くスイングの軌道が合わない。
もう是礼バッテリーには弱点を見切られた感すらある。

パシィッ!
「ストライク!」

少しの笑顔を浮かべながらどんどん琢磨は投げ込んでくる。二球目もスライダー。藤次は今度は手を出さないが、コースはギリギリのストライク。あっという間にこの打席も0-2。

「振らなきゃ当たらねえぞ…」

ネルフベンチでは健介が苛立ちを見せながら呟く。藤次は打席を外して、屈伸しながら考えていた。

(あかん…打てへん…このスライダーがワイにはどうも打てる気がせんのや…)

そもそも変化球を打つのが藤次は得意ではない。本来ショートのはずの琢磨の変化球にすら翻弄されるくらいだ。
情けない。
打席に立ちたくない。
また三振する。
三振するのは嫌だ。
もうため息を聞きたくない。

「君、早く打席に入りなさい」

考え込んだ藤次に、球審が促す。
その言葉には従うしかない。
何も打開策は浮かんでこない。
打席で構えると、また琢磨が即座に振りかぶる。
悩んでいる藤次に斟酌する事などない。

(打てへん…どうせ打てへんのやスライダーは!)

ボールは来てしまう。
藤次の思いとは関係なく。

(何でもええから振るしかないわ!)

琢磨はコンパクトなフォームから投げ込んでくる。それは前の打席と同じように、高めに釣り球のまっすぐ。ボールゾーンのその球を、藤次は左手を右手にかぶせるような大根切りでがむしゃらに振り抜いた。

カーーン!

高い音が響いた。



ーーーーーーーーーーーーー


応援席はその打球の角度に、一気に湧き上がった。歓声と、驚愕の声。ここまで足を引っ張っていた藤次の打球に、皆目を見開く。

「いけぇーーーっ!!」

真理はメガネが落ちるほどに飛び跳ねながら叫んだ。

(…入って!)

玲は目を見開く周囲とは逆に、目をぎゅっと瞑って祈った。


ーーーーーーーーーーーーー


トンッ


フェンスに張り付いたライト筑摩の向こう、外野の芝生席に、高々と空に舞い上がった白球は弾んだ。ライトの筑摩はそのままフェンス際で崩れ落ちる。一塁塁審がその右手をぐるぐると回す。

ワァアアアアアアア

県営球場に、怒涛のような大歓声が満ちる。
5-4。延長11回、ついに均衡が破られた。
大会を通じて不調だった、5番藤次のソロホームラン。

「入った!?入ったの!?」

足下に落ちた眼鏡を探しながら、真理は周囲に尋ねる。直後、喜びのハイタッチを求める同じ応援団員にもみくちゃにされる。

(良かった…)

玲はホッと胸を撫で下ろしていた。
これで極限状態の真司にも、心の張りができる。

「鈴原ーーッ!いいぞォーーッ!!」

美里が生徒と同じように派手にガッツポーズしながら叫んだ。


「「「抱き締めた命の形
その夢に目覚めた時
誰よりも光を放つ
少年よ神話になれ!」」」


学園歌がスタンドに溢れた。



ーーーーーーーーーーーーー


打った本人の藤次はガッツポーズをする事もなく、駆け足で素早くベースを一周し、ホームベースを踏んだ。踏んだ瞬間、立ち止まった。

「……どやセンセェ、ワイはやったで!打ったったで碇ィ!見たかコラァアア!!」

絶叫すると、ダッシュで自軍ベンチに戻った。
大喜びのネルフナインにハイタッチされ、頭を叩かれ、もみくちゃにされる。
打った藤次の目は真っ赤。その顔には、汗ではない雫が滴り落ちる。
やっと、やっと、力を発揮した。
それが値千金の、決勝戦での、勝ち越しの一発だ。嬉しさも何もかも通り越して、何故か涙が溢れてきた。

「……ありがとう」

真司はベンチの隅から、静かな笑顔を見せた。



ーーーーーーーーーーーーー



「すみません。自分のリードが…」
「…あんなの、打つ方がおかしい」

マウンドに駆け寄った長良に対し、琢磨はボソッと呟いた。
延長戦の中で、限りなく致命傷に近い一点を、たった一振りで失った。
それもまぐれ当たりのようなホームランであれば、バッテリーとしては運命を呪う他はない。そして、失った点は二度と戻ってこない。




「そんな…こんな事って…」

是礼ベンチでは、真矢が唇を噛んでいた。
その目は赤く潤んでいる。
何と理不尽なのだろう。
ここまで何とか保ってきた均衡が、こんなにあっさりと破られてしまうとは。

「……加藤!」

腕組みしたまま微動だにしない冬月は、ベンチの隅で俯いている1年生を呼んだ。
ブルペンで準備していたが、結局投げる事は無かった控え投手の1人だ。

「バットを振って準備しておけ!」

加藤は俯いていた顔をスッと上げる。
その目には闘志が漲っていた。

「はい!」

もう出番を与えられずに落ち込んでいた一年坊主の顔はしていない。
加藤はバットを一本持って、ベンチ裏のロッカーへと消えていった。













 
 

 
後書き
更新のペースがめちゃくちゃ落ちてます。
この試合、どうやって終わらせようか自分もまだ決めかねています。

ジリジリとした均衡は、いつもフッと破れるもの。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧