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ジンクス

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第一章


第一章

                         ジンクス
 二年目のジンクス、プロ野球ではよく言われることだ。
 一年目いきなり活躍したルーキーは翌年は思うように活躍できない。よく言われていることだ。
「まあそれは常識や」
 このことについてはこの老将も言う。野村克也である。
「一年目の活躍で徹底的に研究されるさかいな」
 その眼鏡の奥に鋭い目の光を見せながらの言葉だった。白い髪とその恰幅のいい皺のある顔ともあいまって実に知恵深い印象を見せている。
「それに一年目の活躍の疲れも出るさかいな」
「難しいんですね、そこは」
「どうにも」
「そういうこっちゃ。どんなルーキーでも人間や」
 今度はこう言う野村だった。
「どうしてもそうなるわ」
「そうですか。やっぱり」
「どんなルーキーでも」
「一年目三割打ったとする」
 その後についてだった。
「けれど問題はその翌年や」
「また三割打てるかどうか」
「そこが問題ですか」
「ピッチャーやと最初に二桁勝つ」
 つまり十勝である。今はピッチャーがそれができるかどうかに関わっている。九勝と十勝では実に大きな差があるのである。
「けれど翌年や」
「できるとは限らない」
「そうなんですね」
「野球は一年草とも言うしな」
 野村は腕を組んで述べた。
「翌年のことは誰にもわからん。特に選手個々のことはや」
「難しい話ですね」
「全くです」
「優勝もですね」
「そういうこっちゃ。二年目ほんまに活躍できたらや」
 そしてだった。野村は言った。
「その選手はホンマモンやな」
「じゃああれですね」
 ここで周りの一人が言った。
「監督のお嫌いなあの人は」
「つまりは」
「あれはどうにかしとるわ」
 野村はわざと口を尖らせて言ってみせた。本当にわざとである。
「そもそもどういう頭の構造をしとるんや」
「ミスターですからねえ」
「あの人は」
「まあ何ていいますか」
「あいつだけや」
 野村はそのわざと尖らせた口でさらに話していく。
「わしの囁き戦術が通しんかったんわ」
「王さんでしたっけ」
「あの人も」
「ワンちゃんはあれや。集中力が半端やなかった」
 そのせいだというのだ。その不動の精神力の前には小手先の手段では意味がないというのだった。それが王貞治なのだ。
「けれどミスターはな」
「ですよねえ」
「ささやき耳に入ってましたっけ」
「あの人」
「入っとる訳ないやろ」
 言い切った。見事なまでに。
「あれが人の話を聞く男かい」
「それは何といいますか」
「ええと、つまり」
「それは」
「聞く気がないんやない」
 そうではないというのだ。
「聞く何かがないんや」
「ミスターですからねえ」
「その辺りは」
「本当に」
「そやから二年目のジンクスもなかった」
 そうだったというのである。野村は今その目に過去を見ていた。彼が現役時代、南海の四番キャッチャーだった時代の時をである。
 
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