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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Development
  第三十一話 白銀の魔女

「……Die Silberne Hexe……!?」

 千冬さんへ声をかけると、隣にいた銀髪の少女はこちらを振り返り僕の顔を見て一言呟いた。
 片目に眼帯をつけている少女は、つけていない方の赤色の目を見開き明らかな驚愕の感情を露わにしていたが、それはやがて仇を見るかのような憎しみの色を帯びていく。

「なぜ……なぜ貴様がここにいる!?」

 直後、彼女はISを展開させる。明らかにこちらに敵意を向けておりこのまま攻撃されてもおかしくはない。
 僕はあまりに急な展開についていけず完全に不意をつかれ初動が遅れてしまう。しかし目の前の少女はそんな僕にお構いなくこちらに攻撃の矛先を向ける。

 まずい……間に合わない!?

 彼女はそのままこちらに飛び掛かって……くる直前に地面に倒れ伏した……あれ?

「ぐっ!?」
「学園内で無許可で……それも生徒に向けてISを展開するとはどういう了見だ? お前の立場なら場合によっては退学処分だけでなく本国で軍法会議ものだぞ?」

 めまぐるしく変わる状況に半ば僕はついていけずにいた。
 どうやら彼女を抑えたのは隣にいた千冬さんらしい。あの一瞬でISを展開した相手を生身で組み伏せるとは……本当に人間なのだろうか。
  
「き、教官!? しかし!」

 取り押さえられた少女は千冬さんの言葉に納得がいかない様子だったが抵抗するつもりはないらしい。
 でも教官って……千冬さんのことだろうか?

「黙れ。それに私はもうお前の教官ではない、ここでは織斑先生と呼べ」

 睨みをきかせながら少女に言い放つ千冬さん。
 この二人がどんな関係なのかは知らないけれど、明らかな上下関係があるようだ。まぁ、千冬さんに逆らえる存在というものを僕は知らないんだけど。

「く……了解しました」
「まぁ本来なら処分するところだが今回は特に被害はない。それに……お前は正確にはまだこの学園の生徒ではないしな。とはいえ話は聞かせてもらうぞ」

 渋々、といった形で千冬さんの言葉に頷く少女。
 その間も僕への敵意たっぷりの視線が消えることはなかった。

「という訳で西園寺、何か用があったようだが後にしてくれ。そうだな、放課後にいつもの部屋に来い」

 いつもの部屋、というのは僕と千冬さんが外部に漏らせないような会話をするときによく使っている部屋だ。この学園でも特別セキュリティが高い部屋で僕も確認しているからまず会話が漏れることはない。学園で素に戻れる数少ない場所でもある。

「わかりました」

 僕に突然襲い掛かってきた少女のことについて何も説明がないけれど、それは後でしてくれるということだろう。
 正直完全に置いてけぼりにされた形だけれど、ここで駄々を捏ねても仕方がないので僕は了承してその場を後にする。

 その後もずっと、彼女が僕を見て呟いた言葉が脳裏に焼き付いていた。



「来たか、入れ」
「はい、失礼します」

 授業が終わり、約束通り僕は千冬さんのいる部屋へとやってきた。正直、今日一日はあの少女のことが気になってしまい授業どころではなかった。
 部屋に入るなり、そんな僕の様子に気付いたのだろう千冬さんが苦笑しながら切り出した。

「さて、お前も気になっているようだが朝私の隣にいたのはこの学園に転入予定の生徒で名前はラウラ・ボーデヴィッヒ、ドイツの代表候補生だ。今日は入寮手続きにきていた」

 また転入生……それも代表候補生であの状況から間違いなく専用機持ち。去年とは明らかに違う各国の動きに織斑君への関心の高さや政治的な意図が見え隠れしている。

「なるほど……それはわかったけど何故そのボーデヴィッヒさんは僕を見て攻撃してきたの?」

 既に室内で人目を気にする必要はなくなった僕は口調を崩して素で問いかける。
 僕の問いに対し、千冬さんは何故か少し困ったような顔をした。

「うむ、それなんだが……紫苑、お前は行方知れずになっていた半年間の記憶はあるか?」

 そんな千冬さんが逆に僕に問いかけてくる。
 行方知れずの半年、それは僕が研究室で襲撃にあって意識がなくなってから目覚めるまでのことだろう。
 その間、僕は束さんに保護されていた。でもそれはあくまで束さんに聞いた話であって実際にどうだったかは分からない。束さんのことを完全に信じていることもあって、千冬さんに聞かれるまで僕はそのことを何も疑問に思っていなかった。

「いや、ただ束さんのところにいたとしか聞かされてないかな」
「そうか。ボーデヴィッヒが言うにはお前が行方不明になった事件のすぐ後にドイツでもある事件があったそうだ。あぁ、これから話すことは一応機密だから他言はするなよ」

 機密をそうあっさりと話すのはどうなのか、という疑問はあるけれど今さらだし話を腰を折るのも気が引けるので僕は無言で頷く。

「ボーデヴィッヒはああ見えて軍人だ、今の階級は少佐。あぁ、ちなみに私が教官などと呼ばれていたのは依然私がドイツで一時的にISの教官として赴任したことがあってその時にな。で、だ。その事件の当事者というのが奴の所属しているIS配備特殊部隊『シュバルツェ・ハーゼ』……ある一人の襲撃者によって半壊させられたらしい」

 そこまで言われて、あのときの彼女、ボーデヴィッヒさんの反応の理由に思い至った。

「まさか……!?」
「……その戦闘時にボーデヴィッヒの同僚も手ひどくやられたらしくてな、ISが操縦できなくなった者も出たとか。もっともあいつ自身は、怒りの感情は同僚に対してより自分の所属部隊がやられた事実に対してのものだと思ってるようだが……まぁ、それはさておき。以降もその襲撃者は度々現れてはドイツ軍へと打撃を与え……やがて漆黒のISと透き通るような銀色の髪からこう呼ばれるようになったそうだ、『白銀の魔女』とな」

 ここまで聞いて察した。僕を見たときの彼女の呟きや表情の意味を。

「そして唯一ボーデヴィッヒだけが戦闘時に相手の素顔を見ていた……それがお前と瓜二つだったそうだ」
「そう……か」

 この時、ぼくは二つの可能性が脳裏に浮かんでいた。どちらにしても、考えたくない代物の……でもどちらの可能性も高い、いやむしろそのどちらかしかないとすら思えた。
 
 束さんは僕が爆発のあった研究所からかなり離れたところにいたと言っていた。
 そして、その要因となったのが……ゼロス・フォーム。月読の暴走状態だ。
 正直、あの期間に僕の体に何があったとしても不思議ではない。無意識に爆発から身を守って遠くまで移動することができるのなら戦闘行為すらできるのかもしれない。
 もっとも、この場合束さんが僕に嘘をついていたことになるしそれを確認するにはやはり束さんに確認を取らなければ何もわからない。

 そしてもう一つの可能性……ドイツで死んだと言われている紫音だ。
 今までずっと不思議だった。生まれてこのかた会った記憶のない母、急変した父、そして病に倒れ死んだと聞いた紫音。でも僕は実際、倒れたと聞いてから紫音に会っていない。束さんによると僕も彼女も遺伝子関連の病気だったのだけど、僕がこうして助かった以上彼女が生きていても不思議ではない。
 西園寺の家に絶望して目を背けていた僕は、今に至り何も自分のことを知らなかったことを思い知る。

 どちらにしろ、ドイツでの襲撃事件に僕が無関係とは思えなかった。

「もっとも、お前の事情を話すわけにもいかないからな。ボーデヴィッヒには適当に言い含めておいたが……あれは納得していまい。今後も何かしらの干渉があるかもしれんが……自分で何とかしろ」
「うわ、丸投げ……まぁ僕のことだしね。了解、ただ巻き込まれた場合には多少は協力してほしいなぁと思ったりなんかして」
「ふふ、あぁわかってるさ」

 その後はお互いの近況やクラスの状況、束さんについてなど雑談を続けた。
 時間も過ぎ、とりあえず話すことは話したし今日のところは戻ろうかな、そう思ったとき千冬さんはおもむろに口を開く。

「あぁ、そうだ。言い忘れていたが後日男子に大浴場が解禁される予定だ。お前も今まで使えずにもどかしい思いをしていただろうが、男子の使用後に特別使用を許可する。しばらく様子を見ていたが時間外に立ち入る不届きものは今までいなかったからその時間帯なら問題ないだろう」

 この寮の大浴場はどこのリゾートだと思うほど設備がいいらしい。らしい、というのは僕が入ったことがないからだ。女子用しかないのだから当然だ。それが男子にも開放されて、僕もそのあと入ってもいいというのはちょっと嬉しい。なにせ今まで部屋のシャワーで済ませていたから。
 いくら千冬さんに許可されても大浴場を使うのは気が引けるけど、男子が使った後というのなら気にしなくてもいいのかもしれない。

 そこまで考えて、僕は千冬さんの言葉に違和感を感じた。

「それは嬉しいけど、男子?」

 そう、男子と言った。言わずもがな、この学園には男子と言ったら僕を除けば織斑君一人しかいない。

 僕の問いかけに千冬さんは少し表情を変えた。もしかしたら聞いちゃいけなかったかな?

「……まぁ、お前に無関係ではないからな。これも当日まで他言無用だがボーデヴィッヒと同時期にもう一人転入してくる者がいる」
「もしかして……?」

 そこまで聞けば答えを言われなくてもわかる。
 そこで転入してくるのは……。

「あぁ、『二人目の男性操縦者』と言われている者だ。学園への編入と同時に公表されるそうだ」

 そこは予想通り、でもここで再び千冬さんの言葉に違和感を覚える。

「言われている?」

 二人目、というのは僕のことが知られていないから当然だ。でも、その言い方だと千冬さん自体はその事実……男性操縦者であることを認めていないように聞こえる。

「名前はシャルル・デュノア。名前でわかるようにラファール・リヴァイヴを作り出したフランスのデュノア社の縁者だ。だが、デュノア社の社長に息子がいるとは聞いていない……考えられるのは隠し子という可能性だが、お前が考えるにそんな存在が都合よく動かせるのか?」

 動かせるのか、というのはISのことだろう。
 千冬さんとは僕が、というより織斑君を含めて男性操縦者がISを動かせる原理について話したことは無い。でも以前に織斑君のことでカマかけたときの反応を見るにある程度は知っている可能性がある。
 とはいえ、このことについて僕から詳しく話すつもりはない。千冬さんもあまり触れてほしくはないようだし、束さんが彼女に話していないのならそれなりの理由があるのだろうと思う。

 で、千冬さんの質問への答えだけどもちろん……。

「可能性は低い、かな。理由は……まぁ言わなくても千冬さんは察してるかもしれないけど男性操縦者が生まれるために必要と思われる条件に適合するのは難しいと思う」

 ISが認識する部分で同じ遺伝子情報を持つ操縦者がいること……つまり僕のように一卵性の双子の片割れが操縦者であり、専用機持ちであることが条件になる。その上で、その専用機しか操縦できない。もともとの操縦者がいるのならわざわざ男性側が操縦を試みる機会なんてない。そもそも、一卵性で性別の異なる双子が生まれる可能性なんてほとんど皆無だ。

 残る一つの可能性は……クローンだ。
 実は僕は、千冬さんが話したがらない原因はここにあると思っている。
 当然ながら織斑君と千冬さんは姉弟ではあるけど双子ではない。ではなぜ白式を、かつて千冬さんが使っていた雪片弐型を扱えるのか……その答えはそこにある気がしていた。
 もちろん、織斑君が千冬さんのクローンである可能性は低いと思う。でも、そこにあと一人挟んだら……そう、もし織斑君が僕と同じように双子だったとしたら……。

「ふむ、やはりそうか。となると、なんらかの目的を持って偽っているということになる」

 千冬さんの言葉に僕は脱線していた自分の意識を戻す。いま考えるのは織斑君と千冬さんのことではない。
 
「考えるまでもなく、織斑君だろうね。恐らく彼や白式のデータを盗むとかそのあたりじゃないかな。男性操縦者という立場なら近づきやすくなるだろうし。あ、デュノア社の現状を考えると注目を浴びての外部へのアピールや、イグニッションプランへの返り咲きを狙っている可能性も否めないか」

 デュノア社は後発ながらラファール・リヴァイヴという優秀な第二世代機を開発して世界第三位のシェアを誇っている。一方で第三世代機の開発には遅れを取っていて、欧州圏の統合防衛計画『イグニッション・プラン』のトライアルから漏れてしまった。これは、デュノア社の機体が次期主力機とはなり得ないという烙印を押されたようなものだ。そのせいで今や経営危機に陥っているらしい。

「なるほど、な。学園としてもフランス大使館を通して要請がきており一夏と同じように扱わざるを得ない。部屋も不本意ながら同室になる予定だ。だがもし偽りだった場合、相手の思う通りにしてやるのも癪だ。そこで、だ」

 あ、嫌な予感。
 千冬さんの雰囲気が明らかに変わった、こういう時は大体碌でもないことを言われる。

「お前に見極めてもらいたい」
「僕に?」
「あぁ、もし演技だとしたらお前に一日の長があるだろ? なにせこれだけの女生徒に囲まれて未だバレてないんだからな。唯一バレた更識もうまく誑し込んでいるようだしな」
「誑し込んだって……」

 千冬さんのあんまりといえばあんまりな物言いに僕は落ち込んだ。
 以前は西園寺の命令、という免罪符があったけど今この学園に残っているのは僕の意志だ。引くに引けなくなったという言い方もできるけど。だからといって面と向かって言われると軽く傷つく。

「おや、違うのか? ふふ、まぁいい。私が直接調べてもいいんだが、なんせ雇われの身なのでな。下手に動くとフランスと学園両方から睨まれてしまう。もちろん、一夏に害が及ぶ可能性があるのならそんなこと関係なしに動くつもりだがな……」
「はぁ、代わりに僕に調べてほしいってことね。でも僕だって知られたらまずいことを抱えているんだから積極的には関わりたくないのだけど?」
「あぁ、問題ないさ。どちらにしてもこちらとしては男子生徒として受け入れざるを得ないからな。お前ならそれを見て、男女両方の視点から違和感を探ることもできるだろう」
「男女両方って……」

 手段を選ばなければいくらでもやりようはあるんだろうけど、フランスの代表候補生というのがネックになってくる。下手をすれば、デュノア社だけでなくフランスが国ぐるみで関わっている可能性もある。そうなった場合にこちらの行動が問題になってしまう。

「わかった、期待に沿えるかはわからないけど、気にはしておくよ。にしても、ボーデヴィッヒさんの件といいなんで一気に問題ごとが……」
「私だって大変なんだ、教え子に女装男子がいたりな」
「あぁ! 今さらそういうこと言うの!? わかった、わかりました! 何かあったら手伝うって言ったのは僕だし、快くお手伝いさせていただきますよ」

 最後はなんだかグダグダになってしまった気がするけれど、こうして僕のもとに新たな悩みの種が舞い込んできたのだった。







 紫苑と千冬との密談から数日。
 遂にラウラ・ボーデヴィッヒとシャルル・デュノアの二人が転入してきた。学園の意図かどちらも1組への編入となっている。
 その際にラウラが一夏を敵視して頬を引っ叩いたりシャルルと一夏が女子に追い回されたりと、いろいろあったようだが、なんとか大きな問題は起こっていないようだ。

 一方、ところ変わってここは生徒も使用可能な整備室が並んでいる一角。そんな場所を訪れているのは更識楯無。何しにきたかというと……言わずもがな妹のストーキング、もとい様子を見にきたのだ。

(ん~、最近簪ちゃんの表情が柔らかくなったというか、憑き物が落ちたような感じなのよね。もしかしたら紫苑君がうまくやってくれたのかしら)

 未だに姉妹関係の修復には至っていないようだが、楯無は簪の心境の変化を感じ取っていた。それを嬉しく思うと同時に、紫苑が何かしら関わっているのかもしれないと考えるとなんとも言えないもどかしさを感じていた。もっとも、本人にその自覚はないようだが。

(もうすぐ個人別トーナメント。簪ちゃんの専用機が間に合わないといろいろ困るし、そうこれは生徒会長として様子を見るだけよ!)

 誰に向けてかわからない言い訳を心中で叫びながら楯無は簪と紫苑が使用している整備室の扉の前へと立った。そーっと中の様子を窺おうとして、その手を止める。

「はぁ……ん、ちょっときつい……です」
「大丈夫ですか?」
「痛くは……ないです」
「では、少し我慢してくださいね。すぐに馴染むと思うので」
「ん、わかりました」

 中から聞こえてくるのは少し息の荒い簪と、それに優しく語りかける紫苑の声。

(ちょっと待って!? きついって何が? 馴染むって何が!? なんで簪ちゃんの声こんなに艶っぽいの!?)
 
「少し動かしますので痛かったら言ってくださいね」
「ん……あ」
(痛いって……だめ、だめよ! いくら簪ちゃんをお願いしたといってもそれ以上は、それ以上は……)
「だめ!!」

 扉を思いきり開け放ち叫びながら部屋に押し入る楯無。
 しかしそこにいたのは、白いISを纏った簪と少し離れた位置で端末を操作している紫苑の姿だった。
 楯無が何を想像していたかなど知る由もないが、もちろんそんな行為は微塵も行われていない。

「あの……楯無さん?」
「お姉ちゃん……?」 

 突然、意味不明な叫びと共に乱入してきて、何も言わずに俯いてプルプル震えている楯無に二人も訝しげに話しかける。

「そ……」
「そ?」
「そんなことだろうと思ったわよーーー!?」

 そのまま楯無は部屋を飛び出していってしまった。
 簪には見えなかったようだが、紫苑からはその表情が真っ赤だったのが見えてしまっていた。その原因まではわからなかったようだが……。

「なんだったのでしょう……」
「さぁ……私も時々あの人の事がわからなくなる」

 その場には状況が全く把握できない二人が取り残される。
 しばらくそのまま茫然としていたが、こうしていても無駄だと思い至り先ほどまでの作業を再開するのだった。



「ぷっ……あははは。それじゃ僕と簪さんが何かいかがわしいことをしてるって勘違いしたの?」
「もう、笑いすぎよ! あんな会話してたら誰だって勘違いするわよ、妙に簪ちゃん息が荒かったし……」

 作業が終わった紫苑は楯無の部屋を訪れていた。別の用件もあったのだが、先ほどの彼女の様子が気になったからでもある。
 そこで、紫苑も改めて経緯を聞いてみたら部屋の外で会話を盗み聞きしていた楯無がよからぬ勘違いをした、ということだった。

「ようやく組みあがった打鉄弐式の試運転と、そのあとのフィッティングをマニュアルで調整していたからね」
 
 紫苑が簪の専用機開発へ協力し始めてから飛躍的に作業が進んでいた。あれからラウラと問題が起こることはなかったのも幸いだった。まだ武装などの問題は多いのだが、基本ベースがようやく完成したのでひとまずその試運転を行っていたという訳だ。
 フォーマットやフィッティングは自動で行われるものだが、紫苑や束といったある程度の技術がある人間がいる場合はマニュアル調整することでより操縦者への適合率が高くなる。

「はぁ、どうせ勘違いした私が悪いわよ」
「もう拗ねないでよ。でも、あんなに取り乱した楯無さんは初めて見たかな。真っ赤になって走っていく姿は可愛かったよ、ふふ」
「もう! それより、頼まれてた件は調べがついたわよ!」

 いつもからかわれてばかりの紫苑はここぞとばかりにこの話題に食らいつく。既に楯無の表情は真っ赤になっており、この話はここまでとばかりに話を切り替えようとする。この頼まれていた件、というのが紫苑の本来の用件だ。

「ふふ、ごめんごめん。それで、どうだった?」
「えぇ、あなたの言うとおりシャルル・デュノアはデュノア社の社長と愛人との間の子供のようね。加えてデュノアの縁者には彼以外にIS操縦者はいないわ。ただ、どうしても本人が表に出てくるまでに関する情報が手に入らなかったの」

 紫苑が楯無に依頼したのは新たな男性操縦者、シャルルの身辺調査だった。もし性別を偽っている場合、学園で問題が起こる可能性があるとして協力してもらっている。ただ、遺伝子云々に関しては話していない。
 本当の性別が判明すればその時点で終了なのだが、どうやらそのあたりのデータや情報は抑えられているようで、さすがの更識の力をもってしてもたどり着けなかったようだ。もしくは、本当に男性だったのか……。加えて、双子だったり縁者にIS操縦者がいないかも調べてもらったがそれはないらしい。

 つまり、齎された情報からは相変わらず断定できないのだが……。

「でもまぁ……」
「えぇ、本人見たら……」
「女の子だよねぇ」
「女の子よねぇ」

 明らかに女の子だった。線が細くスリムな体型で、やや長めで綺麗な金髪は後ろで縛られている。そして何よりその顔が中性的……というより女の子だった。
 制服は男子の、というより一夏用に作られたデザインのものを使用しているが女子の制服を着たらそのまま美少女で通用しそうである。
 物腰も男子というには柔らかく、一夏と一緒に並んでいるとそれが顕著だ。あれが男子なら同じ男子である一夏は何か別の生き物ではないか、と思えるほどだった。

 しかし……だ。

「まぁ、普通なら女子だって断定するんだけど」

 そう言いながら楯無は紫苑をまじまじと見つめる。

「はぁ、もっとすごい実例がここにいるのよねぇ」
「どういうことさ!?」
「あなたが男の子なんて、織斑君が女の子って言われても信じちゃうくらい衝撃的なことなのよ」

 そしてため息を吐きながら紫苑を残念そうな顔で見つめた。
 
 そう、女子っぽい男子……というより女子として扱われている男子がここにいる以上外見的な特徴だけで断定するのは早計に思われた。
 もっともすぎる指摘を受けた紫苑は一瞬反論しようと試みるも事実なので何も言い返せなかった。その後拗ねてしまい何故か部屋の隅でのの字を書いている。

「ま、まぁ今のところは黒に近い灰色ってところかしら? まだ目的がわからないけれど警戒するに越したことはないわね」

 結局この場では結論を出せず、その後楯無は紫苑が立ち直るまで慰め続ける羽目になった。



(はぁ……僕としては自分はあんなに女顔じゃないと思ってたんだけどなぁ)

 100人が聞いたら100人が反論するであろうことを考えながら紫苑は大浴場へと向かっていた。
 二人目の男子生徒、ということでシャルルが転入したと同時に男子への大浴場の使用が許可された。それに伴い先の千冬の話にあったように、紫苑もその後の時間に使用を許可された。もちろん、極秘裏にではあるが。

 いくら人がいないとはいっても多少は危険だと思っていたため避けていたのだが、ずっと噂の大浴場が気になっていたことと立て続けに起こった出来事に心労が溜まり我慢がならなくなっていた。
 周囲に誰もいないことを確認した紫苑は立ち入り禁止の札を入り口に貼り、中へと入っていく。

(あ、リムーバー忘れた……。仕方ないから胸パッドは着けたままにしよう)

 紫苑の使用している本物そっくりの胸パッドは特殊接着剤を使用しているため専用リムーバーを使わない限り簡単には外せない。
 取りに戻るのも億劫だった紫苑は着けたまま身体を洗い、湯船へと踏み入った。

「あぁ……生き返るぅ」

 そしていつ以来かわからない入浴に力が抜け、思わずその容姿に反したオッサンのような言葉を漏らす紫苑。彼のファンが聞いたらどういう反応を示すのだろうか。

 だが、その安寧の時間もあっさりと打ち破られた。

 何者かの扉を開く音によって……。


 
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