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フリーウェイ=ラバーズ

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フリーウェイ=ラバーズ

               フリーウェイ=ラバーズ
「やれやれだぜ」
 彼は道の真ん中で思わず溜息をついた。見れば荒野の中の一本道だ。見渡す限り赤い土が広がっている。一目で日本ではないとわかる。
「何でこんなに広いんだよ、この国は」
 文句を言うしかなかった。彼にとってこの国は全くの異郷であった。異郷というと言葉が悪いが今の彼にとってはそう言うしかなかったのも事実であった。
 ここはアメリカである。それも東部の高層ビルが立ち並ぶマンハッタンなんかではない。西部の端の砂漠にほど近い荒野である。西部劇の舞台にもなる場所であった。それだけにその寂しさはひとしおであった。
 日本から来た彼にとってアメリカは何もかもが勝手が違っていた。文化も風習も。今はアメリカの広さに参っていた。とにかくガソリンスタンドが見当たらないのだ。
「ガソリンはストックも必要だよ」
 最後に入ったスタンドでそう言われたのは何日前だっただろうか。彼は自分の乗る日本の車は燃費がいいからアメリカの車よりはもつだろうと考えていたのだ。
「大丈夫だよ」
 彼は笑って店員にそう答えた。英語はわりかし勉強してきたので話はできた。
「満タンにしたし。次のスタンドまでは充分もつだろう」
 地図を出して店員にそう言った。
「まさか。次のスタンドまでどれだけあると思う?」
「たったこれだけじゃないか」
 彼は地図を指差して気楽にそう返した。
「お兄ちゃん心配し過ぎだよ」
「おいおい、日本人の兄ちゃん」
 ここでスタンドの店長が出て来たのを覚えている。恰幅のいい中年の男だった。
「あんた日本から来たんだよな」
「ああ」
 彼は答えた。
「じゃあ仕方ねえが。アメリカの広さを馬鹿にしちゃいけねえぜ」
「そんなのしてないよ」
 彼はそれを否定した。
「馬鹿にしてたらわざわざここまで来るもんか」
「そうかい」
 店長はそれを聞いてニヤリと笑った。
「じゃあ行くんだな。行けるところまでな」
「行けるところまでって地図を見ると充分じゃないか、次のスタンドまで」
「それはおいおいわかるよ」
 店長は笑いながらそれに答えた。
「アメリカってやつがな。行ってみたらいい」
「ああ」
 彼はガソリンを入れ終わると出た。目的地はまずは次のガソリンスタンドだ。だがそれより先に進むつもりであった。彼には夢があるのだ。
「こんなところで挫折、なんてことにはなんねえよな」
 動かなくなった車を見て腹立たしげにそう呟いた。
「全くよお、距離だけの問題じゃねえのかよ」
 彼は今まで来た道を振り返った。その道はデコボコでぃていて曲がりくねっていた。考えていた道とはまるで違っていた。それがアメリカの道であった。
「あのおっちゃんが言った意味がわかったぜ」
 チッ、と唾を吐く。
「こんな道見たことねえ。これがアメリカかよ、ったく」
 後悔先に立たずであった。しかし何を言ってもガソリンが湧いて出て来て車が動くわけではなかった。結局はガソリンがないままであった。
「しゃあねえ、騒いでも何にもなりゃしねえや」
 いい加減騒ぎ疲れてきた。その場にどっかりと腰を降ろした。
「親切な人が来てくれるまで待つか。どうにかなるさ」
 そのままそこで休みはじめた。二時間程でると今まで来た道から一台の車がやって来た。
「おっ」
 彼はそれを見て立ち上がった。救世主到来と見たのだ。
「おおい」
 両手をあげて振りながらその車の前に出た。
「悪いが助けてくれないか、お願いだよ」
 そう叫んだ。だがここでその車が急に変な動きになった。
「ん!?」
 見ればスリップを起こした。道が悪い為にそれにタイヤを取られてしまったのである。
 そして道の横に突っ込んだ。そのまま動かなくなった。
「事故ったのか!?」
 彼はそれを見て暫し呆然となった。これは流石に考えてはいなかった。
 とりあえずその事故を起こした車に向かった。そして大丈夫かどうか覗き込もうとした。その時だった。
「ああ、やっちまったよ」
 日本語であった。その声と共に黒い髪の若い女が出て来た。
「おや」
 彼はそれを見て思わず声をあげた。これは予想しないことであった。
「ったく。アメリカってのは道が悪いねえ。何で普通の道でスリップするんだよ」
「おい」
 彼はそれを見て日本語で声をかけた。するとその女も彼に顔を向けてきた。
「あれ、あんた」
 見れば黒い目にアジア系の顔をしている。黒いTシャツにジーンズだ。彼もまた白いTシャツにジーンズだから同じような格好である。この荒野に相応しいラフな格好といえる。
「日本人なのかい?」
「それはこっちの台詞だよ」
 彼はそう言葉を返した。そしてさらに言った。
「大変みたいだな。まさかいきなり事故っちまうとは思わなかったよ」
「生憎ね。アメリカの道を甘く見ちまっていたよ」
「俺と同じだな」
 彼はそれを聞いてそう言って笑った。
「あんたもかい」
「ああ。この道の悪さでな。ガソリン切れを起こしちまったんだ」
「おやおや」
「それでここで立ち往生してたのさ。正直困っているんだ」
「それで今ここにあたしが来た、と」
「そういうことになるな」
「日本人が二人こんなところで鉢合わせするのも何だけれどね。しかも二人共車で困っているなんて」
「変な縁だな。全く」
 彼はそう言って笑った。そして彼女の車の横で話をはじめた。
「さてと」
 まずは彼女の車を見た。
「どうやらエンジンとかには異常はないな」
「そうみたいね」
「けれどこのタイヤはもう駄目だな。何だ。かなりすり減ってるじゃねえか」
「大分走ってるからね」
「こんなタイヤじゃスリップも起こすぜ。どうするよ」
「どうするって言われてもねえ」
 彼女は返答に窮していた。
「スペアのタイヤなんて持ってないし」
「タイヤなら俺が持ってるぜ」
 ここで彼はこう言った。
「本当!?」
「ああ、何かあった時に備えて持ってたんだ。それをやろうか」
「ああ、頼むよ」
 彼女はそれを受けて頼み込んだ。
「早速換えようぜ」
「うん」
 こうして彼は自分の車からタイヤを取り出してきた。そして彼女の車にそのタイヤを取り付ける。作業は程なくして終わった。
「これでよし、と」
「有難うね」
 彼女は新しく取り付けられたタイヤを見て微笑んだ。
「こっちはこれでいいな」
「後はあんたのだね」
「といきたいけれどなあ」
 だが彼は困っていた。ガソリンはないのだ。タイヤはあっても。
「ガソリンだろ、あたしのを分けてあげるよ」
「いいのかい?」
「ああ。そっちは何かあった時を考えてストックも用意してたんだ。それでいいね」
「ああ」
 彼はそれを快諾した。断る筈もなかった。
 すぐに彼の車にもガソリンが入れられた。燃料のパラメーターが急激に上昇していく。彼はそれを見て安心した顔になった。
「これでよし」
「そうだね」
 彼女も笑っていた。二人共ほっとした顔になっていた。
「まさかこんなところで日本人同士が会うとは思っていなかったけれど」
「助け合うことになるなんてもっと考えてなかったな」
「ホントだよ」
 二人はそう言い合った。次第に顔が朗らかなものとなっていく。
「ところであんたはどうしてここにいるんだい」
 まずは彼女が尋ねてきた。
「俺かい」
「そうさ。何か目的があってここにいるんだろう。どうしてだい?」
「夢があってね」
「夢!?」
「ああ。テキサスまでな。そこでやりたいことがあるんだ」
「それは一体何なんだい」
「石油さ」
 彼は笑ってそれに答えた。
「石油」
「俺実はそういった技術を持っていてな。それであそこで石油を掘り当てようと思っているんだ」
「成程」
「場所もある程度わかってる。後は」
「掘るだけなんだね」
「ああ」
 彼はそれに答えて頷いた。
「もっとも成功するはどうかはわからねえ。パトロンもいねえしな」
「博打なんだね」
「まあな。金でも同じだ。こういったことは博打だよ、はっきり言って」
「成功したらよし、失敗したら」
「全てがお終いさ。まあ最初から殆ど何も持っちゃいないから失うモンもないけれどね」
「強気だね」
「そうじゃなきゃここまで来ないだろ」
「確かに」
「そしてそれはあんたも同じだと思うがね」
 彼はここで彼女に話をふった。
「あんたはどうしてアメリカにまで来たんだい」
「あんたと同じさ」
 彼女は笑ってそう答えた。
「俺と?」
「ああ。ただし中身は違うよ」
 そう言うと自分の車の中から何かを取り出した。それはギターであった。
「これさ」
「音楽かい」
「そうさ。こう見えても一端のミュージシャンでね」
 ギターを持って得意そうに言う。
「地元じゃわりかし名が知られてるんだ。けれどそれだけじゃまだまだだと思ってね」
「それでアメリカに勝負に出たんだな」
「その通りさ」
 笑った顔のままそれに答える。
「そうした意味じゃあんたと同じだよ。行く場所は違うけれどね」
「何処に行くんだい」
「ニューオーリンズさ」
 彼女は答えた。
「ジャズか」
「ああ」
 ニューオーリンズは南部にある都市である。言わずと知れたジャズのメッカだ。
「女のジャズ歌手とは珍しいな」
「そうだろ。サックスもピアノもいけるよ。メインは歌だけれどね」
「へえ」
 彼はそれを聞いて感心したように頷いた。
「そりゃ凄いな。一通り何でもできるんだ」
「子供の頃からやってたからね。好きなんだよ」
「ジャズが」
「というより音楽がね。早く行ってみたいね、ニューオーリンズに」
「俺はまずヒューストンに」
「途中まで一緒になりそうだね」
「ああ」
「じゃあさ」
 彼女はここで提案した。
「途中まで一緒に行かない?急ぐんなら別にいいけれど」
「そうだなあ」
 彼はそれを受けて考え込んだ。
「別にいいぜ。俺も特に急ぐ理由はないし」
「それなら決まりだね。行けるとこまで一緒に行こうよ」
「ああ」
 こうして二人は途中まで一緒に行くようになった。旅は道連れというわけである。車でアメリカの荒野を進む。ある日は星空の下で二人休んでいた。
「何か星は何処でも同じだね」
「ああ」
 彼はそれに頷いた。
「日本でもアメリカでも。星は変わらないんだな」
「場所によって見える星座は違うんだけれどね」
 彼女は笑ってそう言った。
「オーストラリアで見た南十字星は綺麗だったなあ」
「オーストラリアにも行ったことがあるのか」
「旅行でね。シドニーに行ったんだ」
「へえ」
 それを聞いて少し驚きの声をあげた。
「どうだった、あそこは」
「いいところといえばいいところだね」
 彼女はそう返した。
「何かのどかでね。あと羊が美味しかった」
「食べ物かよ」
「ああ、悪い?」
 それに笑って返した。
「食べなきゃ死んじゃうんだよ。それを考えると当然じゃないか」
「それはそうだけれど」
「アメリカの食べ物はね。量が凄いね」
「あ、それは俺もそう思う」
 それには同意した。
「最初見た時はびっくりしたよ。何でこんなに多いんだったね」
「オーストラリアも多かったけれど」
「そうなんだ」
「けれどアメリカのはそれよりも多いと思うよ。何かボリュームがね」
「日本じゃあそこまで食わないからな。俺も日本じゃ結構食べる方だったけれど」
「ケタが違うって言いたいんだね」
「ああ」
「まあ食べられるうちはいいよ」
 彼女はここでこう言った。
「アメリカでも食べられるといいね、お互い」
「何か急にマジな話になったな」
「ふふふ」
 ここで二人は上を見上げた。澄んだ濃い紫の空に様々な星が瞬いている。その中に一つ流れ星があった。
「あっ」
「おっ」
 二人はそれを見て咄嗟に何かを祈った。星が消えた後で彼女は彼に声をかけた。
「ねえ」
「何」
「何を祈ったの?教えてよ」
「それは」
 彼はそれを問われ少し口ごもった。
「ちょっとね、言えないよ」
「先に言うのは無理かな。じゃあ」
 それを受けて彼女が話した。
「あたしはあんたのテキサスでの成功を祈ってあげたんだよ」
「本当!?」
「ああ、そうだよ」
 そう言ってにこりと笑った。
「自分のことをお祈りしようと思ったんだけれどね、気が変わったよ」
「そうだったんだ」
「じゃあ今度はあんたの番だよ」
 彼女はあらためて話を振ってきた。
「何をお祈りしたの?教えてよ」
「ああ」
 彼はそれを受けて答えた。
「君のことさ」
「あたしの?」
「ああ。俺も自分のことをお祈りしようと思ったんだけどな」
「何だ、考えることは一緒だね」
「そうだよな。それでやったことも一緒なんだ」
「もしかしてあたしのことを?」
「その通り」
 彼は答えた。
「お祈りさせてもらったよ。折角だからね」
「そうなんだ」
 彼女はそれを受けて微笑んでから答えた。
「ありがとうね」
「いや、いいさ」
 しかしそれで少しいい雰囲気になった。二人は身を寄せ合い口付けをした。その夜は甘い夜となった。
 次の日も二人は道を進んだ。暫く進むと左右への分かれ道となっていた。右がヒューストン、左がニューオーリンズと書かれていた。
「どうやらここでお別れだね」
「そうみたいだな」
 二人は左右に並んでそう話した。
「じゃああたしは左に」
「俺は右に。お互い幸運を祈って」
「グッドラックだね」
「ああ」
 そう言い合った。そして車はそれぞれの道に入った。
「じゃあね」
「また会おうぜ」
 顔を出してそう言い合う。そして挨拶を交わした。
「グッドラック」
 ウィンクしてそう言い合う。それが最後であった。
 二台の車はそれぞれの道を進む。その先には夢と幸運の道が何時までも続いていた。そして彼等はその果てに向かって進むのであった。


フリー=ウェイ=ラバーズ    完



               2005.3.1 
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