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失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
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原作開始【第一巻相当】
  第二十話「最終試験」



 青野の修業に付き合い始めてから今日で丁度一か月。


 今夜にでも最終試験を行うつもりだ。今の青野のレベルなら全力を振り絞ればギリギリ合格できるだろう。


 ミルクココアに砂糖を二つ入れて、お湯で溶かす。ホットよりアイスが好きなため大量に氷を投入して一気に冷ました。


「……やっぱりココアだな」


「ふぁぁ……おはようございます、千夜……」


 リビングにハクがやってきた。いつもの小狐姿だ。


「おはよう」


 寝ぼけ眼のハクは俺の肩に飛び乗ると、頬に顔を摺り寄せてくる。


 ハクの変化が発覚してから何かしらの心境の変化があったのか、以前に増してこうしてスキンシップを取るようになってきた。


 俺としては嬉しい限りだが、少女の姿で膝の上に乗ってくるのは流石に恥ずかしく思う。


 いや、可愛いんだけどもね。


「今日もいつものランニングですか?」


「ああ、ハクも来るか?」


「はい。お供します」


 すでにスウェットに着替えてある俺はコップを流しに置くと「じゃあ行くか」と靴紐を結んだ。


 エレベータで一階に降り、警備員や従業員と挨拶を交わしながら外に出る。


 時刻は午前四時。まだ日が昇る前だ。


 冬の名残を感じさせる冷たい風が毛先を擽った。


 十分かけて念入りにストレッチをして身体を解す。


 準備が整うと、ハクが俺の懐に入った。


「振り落とされるなよ」


「何度も経験してますから大丈夫ですよ」


「そう言って、最初の頃は振り落とされたけどな」


「あれはまだ慣れてなかったからです! 今はもう大丈夫ですもの」


「そうかい。じゃあ、行くぞ」


「はいっ」


 まずは軽く流し、身体を温める。


 緩やかなペースで走り始めた。


「ふっ……ふっ……ふっ……ふっ……」


 鼻から息を吸い、口から鋭い呼気を出す。ペースは一定に保ち、全身の熱を感じる。


 十分ほど走り体が温まったところで、一気に駆け出した。


 とはいっても、常時身体強化をかけている俺が全力疾走したら、音の壁を越えた影響でここら一帯が悲惨な目に遭う。


 そのため、身体強化の魔術を一旦切り、純粋な身体能力のみで走る。


 日が昇る前のため人気はない。無人の野を行くが如く風を切る。


 俺の純粋な身体能力は百メートルを大体六秒で踏破出来る。世界記録だと男子百メートルで九秒。軽く世界記録を塗り替えているが、別に珍しくもない。


 俺と同等の身体能力を持つ人間など世界には多く存在する。ただ、ほとんどが裏の世界に足を入れている人たちだ。


 俺は毎朝、このランニングを欠かさず行っている。


 まずは軽く流し、十分に体が温まったところでノンストップの全力疾走を一時間。


 住宅街を抜け、途中山道を掛け、再びスタート地点の自宅まで戻る。一周五キロほどの距離を延々と時間が許す限り走り続けるのが日課だ。


 現在の記録は六周。日々記録が少しずつ伸びているため、自分の限界に挑戦している感じがして気持ちがいい。


「風が気持ちいいですー」


 のんびりした声でハクが言う。視線を下げると気持ちよさそうに目を細めていた。


「おうアンちゃん! 今日も朝早いな!」


 途中、顔見知りの新聞配達の安藤さんと顔を合わせた。


 バイクに乗っている安藤さんは隣を併走しながらニカッと歯を見せる。


「安藤さんも朝からお勤めご苦労様です」


「なぁに、それが仕事だからな。それにしても、相変わらずアンちゃん足速いな! 余裕で隣を走ってたの見たときにゃ、びっくりして心臓止まるかと思ったぜ」


「日頃の鍛錬の賜物ですよ。継続は力なりです」


「今時の若い連中にも聞かせてやりてぇな」


 そうひとりごちた彼は「俺はこっちだからよ」と進路を変えた。運がよければまた明日も会えるだろう。


 それから一時間走り続けた俺は帰宅して汗を流し、スーツに着替えて家を出た。





   †                    †                    †





「妖の中には骨を持たない者もいるが、このように人間の身体は骨によって支えられている。大小合わせて二百個弱存在する」


 曇り一つない晴天。


 今日も今日とて担当のクラスである一年二組で教鞭を振るっていた。


 今は二時限目の生物学の授業だ。教壇に立つ姿も当初の頃と比べて様になってきていると思いたい。


「そして筋肉は骨に付着している。筋肉が収縮することで骨を動かし、様々な動作や運動を可能にするわけだ」


 クラスの生徒の大半は大人しく俺の授業を聞いてくれている。


 初めは各々好き勝手に過ごしてまともに授業できる環境ではなかったが、『指導』するとすぐに授業態度を改めてくた。聞き分けのある生徒は好きだ。


「そんな筋肉が単体で動くことはまずない。必ず複数の筋肉も同時に働いているんだ」


 しかし、中にはまだ俺の熱意が伝わらない生徒が居るらしく、コソコソと隣で話し合ったり、居眠りしたりする生徒が出てくる。


「例えば肘を曲げる動作を取ってみても、上腕二頭筋の収縮と上腕三頭筋の弛緩が必要だ。片方が収縮したら反対の筋肉が弛緩しないと力が拮抗して動かなくなる」


 現に今も、窓際最後列の女生徒二人がコソコソと会話していた。


 耳をすませてみると――。


「青野君ってちょっと変わった?」


「だよねー。なんか逞しくなったっていうか……」


「やっぱりユマもそう思う? なんか体つきもガッチリしてるよね。さっきぶつかった時なんか胸板はんぱなかったもん」


「アタシ、この前はぐれ妖の先輩にいちゃもんつけられてたの見たけど」


「はぐれ妖って力だけは強い人ばっかりじゃん……。で、どうだったの?」


「旧校舎の方に連れて行かれた見えなかったけど、なんかすごい音がしたと思ったら青野くんが出てきたの。後になって校舎に行ったら、先輩が壁にめり込んでた。……しかも、その先輩って言うのが山本先輩なの」


「うそ……山本先輩って、あのヤンキー山本!? 一時期はぐれ妖の幹部に勧誘されたこともあるっていう」


「そう、その山本先輩」


「……青野くんってああ見えて強いんだねー」


 ――ふむ。さっそく修行の成果が出ているようでなによりだな。まあ、それはさておき。


 横薙ぎに腕を振るい、手にしていたチョークを投擲。


 狙いは寸分違わず、的である平泉と腰越の額に命中した。


 パァンッ、と音が鳴り響く。


 二人揃って「ぐぉぉぉぉ……ッ」と悶絶しているのを睥睨しながら教科書片手に一言。


「私語厳禁」


 途端緊張に包まれるクラス。皆の視線が机に突っ伏す二人に向けられるが、そのほとんどが同情的な視線と阿呆に向けるそれだった。


「この私でも見切れなかっただと……? 奴は化け物か?」


 呆然とこちらを見ながら小さく言葉を漏らす萌香。


 ……萌香よ。先生に向かって奴なんて言うな。お兄ちゃん化け物呼ばわりされて悲しいぞ。





   †                    †                    †





 今日一日の勤めも終わり、青野を連れていつもの修行場へと赴いた。大きく開けた場所で対峙する。


 青野にはこれから最終試験が始まると伝えてある。そのためか、いつもより気合が入っている様子だ。


「では、これより最終試験を始める」


「はいっ!」


「いい返事だ。さて、肝心の試験の内容だが……」


 ゴクッと息を呑む音が聞こえた。緊張を漲らせる青野に告げる。


「俺と組み手をしてもらう」


「へっ?」


 間の抜けた声を漏らしながら目を瞬かせる青野。


 くぁ~、とハクがあくびをした。


「でも、組み手ならいつもしてますよね?」


「もちろん、ただの組み手ではない」


 それも、いつもの組み手ではなく命をかけた死合い。しかも期間は一週間だ。


「殺しはしない。が、こちらは殺す気で挑むぞ? もちろん加減はするがな」


 これが俺の最終課題。一週間俺と死闘を繰り広げながら生活を送るという内容だ。


 今まで青野に叩き込んできた教えを思い出し、持てるすべてを発揮すれば乗り越えられるはず。


「どうだ、臆したか?」


 元々気が弱いところがある青野だ。少しは躊躇いを見せるかと思ったが――。


「やります」


「……ふむ。覚悟はできている、と。その意気や良し!」


 真っ直ぐな目で俺を見返してきた青野に大きく頷いた。


 なら、その決意が鈍らないうちに始めるとしよう。


「合格条件は俺に一撃与えること。失格条件は戦闘継続不可と判断もしくは降参した場合だ。お前のすべてを俺に見せてみろ」


「はいっ」


「よし。十分時間をやる。十分後行動を起こすからそのつもりでいろ。何度も言うようだが、こちらは殺す気で行くから死に物狂いで挑め。では――最終試験開始ッ!」


 開始の合図とともに駆け出す青野。そうだ、それでいい。まずは身と気配を隠すことからだ。


 ――一分経過。


「さて、こちらも準備を整えよう。ハクは危ないから避難していてくれ」


「わかりました」


 肩から飛び降り離れた場所に移動するハクを尻目に目を閉じる。


 闇をジッと見ながら大きく呼吸を繰り返し、徐々に心を沈めていく。


 ――五分経過。


 聴覚との接続を切り、外界からの音を遮断する。静かに鼓動する心臓だけが聞こえる。


 何度も何度も脳に言葉を囁き、擬似情報を植え付け、一種の暗示を自身に施す。入念に、入念に……。


 ――九分経過。


 肺胞の空気をすべて吐き出す。


 ――十分経過。


 俺の視界が紅く染まり、意識が黒に包まれた。


 
 

 
後書き
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