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誰が為に球は飛ぶ

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焦がれる夏
  弐拾伍 伏兵

第二十五話


俺が好きな選手?
あぁ、そりゃバファローズの水口栄二選手さ。
通算1561試合出場、279犠打、近鉄のいてまえ打線の中にあって、つなぎ役に徹した仕事人さ。
カッコイイよなぁ〜
あのオープンスタンスからのしぶといバッティングに堅実な二塁守備、萌えるよなぁ〜
実際に見たのは遥か昔、小学生の時だけど、でもその時にファンになっちゃったよ。

でも、実際見なきゃ分からないのは、水口選手、結構体ゴツくて、スイングにはパンチが効いてたって事だ。
俺は、ただの仕事人じゃない、そういう伏兵感に憧れたんだよね。


ーーーーーーーーーーーーー


コツン!

敬太がバントした打球は、キッチリと一塁線に。
ファーストの西島に捕らせて、一塁ランナーの真司を二塁にまで進めた。

真司の同点タイムリーの直後、9番の敬太は送りバント。確実な攻めで、二死二塁。
勝ち越しのチャンスを作る。


「外野、バックホーム体制!!カットにしっかり返してこい!」

捕手の梅本の指示を内野陣が中継し、武蔵野外野陣が一斉に前に出る。回は終盤、そして同点。この場面、点をやるわけにはいかない。二塁からの生還を阻止すべく、外野は前進守備をとる。


打席にはネルフ学園のリードオフマン・青葉。一年生ながら、ここまで立派に一番打者としての役目を果たしている。


「うおりゃァ!」

声を上げて投げ込む、武蔵野のエース・小暮。
その気迫の籠もった投球を受け流すように、青葉はカットする。

(慣れたら、ファールにして逃げられない球じゃないな。バットには当たる。)
(こいつ、一年の癖にバットコントロール良いな。さすがは中学からの有力選手って所か。)

厳しいコースを軽くファウルにする青葉に、梅本は歯ぎしりする。

「ボール!」

7球目がボールになり、前の打席と同じく3-2のフルカウントにまでもつれ込む。

(コツコツコツコツとしぶとい奴だ…)

ユニフォームの裾で汗を拭い、小暮は梅本からの返球を受け取る。球数は100球を超えてきている。大会序盤からほぼ1人で投げ抜いてきた。春日部光栄、鷹宮などの、自分達より上位のシード校をことごとく潰して勝ち上がってきた。
チームの中心には、常に小暮が居た。

(ここで一年坊主には……)

セットポジションに入り、足をしっかりと引き上げる。次の瞬間、鍛え上げた下半身を一気に踏み込み、真っ向から投げ下ろした。

(負けられねえんだ!)

ボールはインハイ、バットを出すのも苦しいコース。そこへ、指にかかった会心の136キロが突き刺さった。
青葉は、手が出せなかった。

「おらぁー!」
「よっしゃ!」

武蔵野バッテリーがそれぞれ、声を上げる。
これ以上ない真っ直ぐで、うるさい青葉を黙らせた。

「ボール!」


しかし、審判はその手を上げなかった。
小暮が目を見開く。
青葉は助かったような安堵の表情で一塁に生きる。
小暮はギリ、と奥歯を強く噛んだ。

(こいつ……手が出せなかった癖に、咄嗟にヒザを曲げて見送りやがった!審判に高めのボールと思わせやがった!)

何というしたたかさ。
飄々とした風貌の一年生の狡猾さに、悔しさが積もった。

「まだ一、二塁だ。落ち着け。次を討ち取ればいいんだ。」

頭に血が上りかけた小暮のもとに梅本がすぐさま駆け寄り、なだめる。
ネルフとしてはさらに広がったチャンス、打席には二番の健介が入っていた。


ーーーーーーーーーーーーー


(四球一つ選ぶ時も、青葉はいつも低めならヒザを伸ばし、高めなら身を屈めて、って習慣づけてやってたからなァ。こういう所で出るよなぁ小さな積み重ねが。)

健介は一塁ベース上の後輩に感心しきりであった。

(こんな優秀な一番打者が居るおかげで二番の俺はバントばっかだけど、やっとチャンスが回ってきたぜ)

健介は不敵にメガネを光らせた。

「健介!お前に任せた!」

ネクストから日向が声援を送る。
二死のこのチャンス、サインはない。
打つのみ。
健介と小暮との勝負だ。

「小暮、ここがヤマだぞ!」
「小暮さん、今度こそ捕りますから!」

セカンドの川口が、ショートの中林が小暮に声をかける。小暮はその声援に黙って頷いた。

(さっき真っ直ぐで押していっての四球だからなァ…ここは一球、変化球で入るはず)

健介は変化球に的を絞った。

(それをライトに叩く!)

スタンスを広げ、スクエアに構える。
グリップを余らせて持ち、得意の逆方向への痛打を狙う。

その健介の狙いは当たる。
初球は外に、スローカーブが落ちてきた。

(いただき!!)
「カン!!」

引きつけて、バットをライト目がけて放り投げるように出した。ライト線にライナーが飛ぶ。

「やった!」
「落ちた!」
「いけぇー!」

ネルフベンチは快哉を上げ、応援席は歓声に包まれる。白球はライト線の僅かに外側に落ちる。

ファール。球場はどよめきに包まれる。

(あぁ〜せっかく狙い通りだったのになぁ)

がっくり来たのは健介だ。
あと少しの所だったとはいえ、自分の打ち方にお誂え向きのコースを、ファールにしてしまった。そして、同じ球は二つと来ないだろうという事を健介は知っていた。

二球目は初球と真逆のインコースに、真っ直ぐが投げ込まれる。健介はバットに当てるだけで精一杯で、0-2と追い込まれる。
三球目、四球目とアウトコースに見せ球を挟み、2-2のカウントができる。

(これ絶対、インコース真っ直ぐ投げる布石だよなあ。でも、分かっていてもこのままじゃ打てないよなぁ。)

健介はネクストの日向を見た。
そして心の中で呼びかける。

(日向さん、円陣で"上から叩け"って言いましたよね。すんません、言いつけ破ります)

健介はそして腹を決めた。

小暮がセットポジションに入る。
2塁走者に一瞥をくれてから、足をグッと引き上げる。そこから本塁方向へと勢いよくステップアウトしてくる。健介はそれと同時に、軸足を背後にずらした。

小暮は健介の予測通り、インコースギリギリへと思い切り良く真っ直ぐを投げ込んできた。
健介は軸足をずらした分、立ち位置がホームベースから離れる。インコースギリギリの球が、健介にとっては真ん中内寄りの真っ直ぐに見えた。

いつもはコンパクトに叩く所を、体重を軸足に乗せたままで、思い切り背筋をしならせ、自分の背中を叩くような軌道で振り上げた。

カァーーン!!!

アッパースイングで引っ張り込んだライナーが、レフトに飛んでいった。浅めに守っていたレフトの頭上を遥かに超え、フェンスにワンバウンドで当たる。

2塁ランナーの真司が悠々とホームへと帰ってくる。一塁ランナーの青葉が快足を飛ばし、グングンと加速しながら三塁を蹴る。外野から内野へとボールが戻ってきた時には、既にホームベースを駆け抜けていた。

(アウトコースに投げられてりゃ、無条件で三振だったけど……)

健介は学園歌に沸く自軍スタンドに、拳を突き上げる。

(俺、賭けに勝ったんだ!!)

満面の笑みの健介に、スタンドからこれ以上ないほどの歓声が浴びせられていた。2塁ベース上から、この風景を忘れまいと、眼鏡の奥の目を凝らした。
3-1。7回、ついにネルフ学園が逆転に成功した。


ーーーーーーーーーーーーーー


カァーーーーーン!!


甲高い金属音が、県営球場に響き渡った。
マウンド上の小暮はもう打球の方向を振り返らなかった。

鋭いライナーがグングンと右中間に伸びて、そのままフェンスの向こうの芝生に勢いよく弾んだ。ネルフ応援席がお祭り騒ぎとなり、それとは対照に至ってクールに剣崎がダイヤモンドを悠然と一周する。

8回の表、先頭の剣崎が投球を完璧に捉え、今大会二本目の本塁打を叩き込んだ。梅本は目の前から一瞬でボールが消え失せたような感覚に半ば諦めたような笑みを浮かべ、小暮は表情こそ変わらないがその肩をがっくりと落とした。


4-1と、3点差に広がった点差に時田は表情を険しくし、ベンチの最前列から退いて、深く腰かけて天を仰いだ。


ーーーーーーーーーーーーーー


「ストライクアウトォ!」

逆転に成功して以降、気持ちが晴れたかのように球のキレを増す真司に、7回の武蔵野打線は三者凡退に抑えられ、8回も先頭の川口が三振に討ち取られた。
打席には4番・捕手の梅本。

(高校生活、最後になるのかな……)

梅本は悟ったように穏やかな顔をしていた。
この打席は、スタンスを少し狭めた。
真司の投球と同時に、足をグッと引き上げ、一本足でタイミングをとり、力一杯踏み込んで、大空に向かってバットを振った。

カァーーン!

角度良く上がったフライはしかし、走者なしの場面により、深く守っていたレフト日向の正面。
難なく捕球され、二死となる。

「上げるな、上げるな!」
「転がせ!フライいらねぇぞ!」

ベンチから同僚の叱責が飛ぶが、アウトになって帰ってきた梅本は笑っていた。フルスイングしても、俺の飛距離はあそこまでか。その自嘲の笑いだった。

フライを上げる打者に対して、口を酸っぱくしてゴロを叩く事を教えてきた時田も、その梅本の笑顔を見ると、何も言えなかった。

(弱者の戦法、か。こんな格好悪いモノに誇りを持つのは難しいよな。高校生はまだ、可能性があるからな。ウチの選手にだって、ホームランを打つ可能性はあるんだ。)

時田は自軍ベンチの、声を枯らして打者に声援を送る選手たちを見た。

(でもその可能性を捨てる事、諦める事、それは決して格好悪い事じゃない。できる事をやる、それに集中する、可能性を捨てる事によって見えてくる生き方だってあるんだ。そしてそれは、一つの可能性に見切りをつけないと見えてこなかったりするんだよ。)

6番の大多和がセカンドゴロで、一塁にヘッドスライディングする。余裕のアウトのタイミングでも力一杯走り、頭から滑り込んだ。

(……お前たちも、いつか分かる時が来ると思う)

時田は自分の教えを愚直に守ってきた教え子を包み込むような眼差しで見る。
監督として、そして"先輩"としての眼差しだった。


 
 

 
後書き
青葉の四球のシーンは、佐賀北の井出君のエピソードを参考にしました。
軸足をずらせてインコースを打つのは13春に聖光学院の園部君が
やってましたね。 
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