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チャイナ=タウン

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第六章


第六章

 それからも俺達は会った。
 店で会ったりデートをしたり。そうして時間は楽しく過ぎていった。だがそれも終わる時が来る。時間は過ぎて何時か終わりがくるものなのだ。そしてそれは突然やってくることもあるのだということを俺はこの時に知った。
「えっ」
 それを聞いた時俺は思わず言葉を漏らした。
「それ本当!?」
「ええ」
 彼女は悲しそうに頷いた。実家が破産したらしいのだ。
「それで留学のお金が・・・・・・。大学はかろうじて残れるみたいだけれど」
 台湾の方の大学だ。
「そうなんだ。それじゃあ日本には」
「ええ。残念だけれど」
 泣きそうな顔になっていた。もう耐えられないようだ。
「これでお別れなの。もう」
「残れないの?お金の方を何とかして」
「それも考えたけれど」
 首を横に振った。
「駄目だったわ。今いるお店にもそこまでの余裕はないし」
「そうなんだ。それじゃ」
「ええ。お別れね」
 そう語る彼女の目が潤んでいた。
「一週間後帰るわ。船で」
「船でか」
「ええ。お金がないから。横浜の港からね」
「そうなんだ」
 何か言葉にならなかった。頷くだけしかできなかった。
「それでね、お願いがあるの」
「うん」
「その日、来てくれるかな。港に」
「いいの?」
「ええ」
 彼女はこくり、と頷いた。
「絶対に来て。お願いだから」
「うん」
「待ってるからね。それじゃ」
 そう言って喫茶店を後にした。俺は彼女が帰った後一人でそこに座っていた。
「いきなり言われてもな」
 だが彼女の方がショックなのだろう。そこでそう考えた。
 一週間後、それで彼女は日本を去る。そう考えると急に悲しくなってきた。
「どうしろっていうんだよ」
 だがどうしようもなかった。俺にはどうしていいかわからなかった。だが港に行くしかないと思った。最後に彼女と会う為にも。残念だがそれしかないことがわかっていた。本当に残念だった。
 うじうじ考えている間に一週間が過ぎてしまった。その日が来た。
 俺は釈然としないまま港に向かった。そこでは船の汽笛の音が木霊していた。
 何処にいるだろうか。辺りを見回した。客船は別の場所らしい。俺は原付きの自転車に乗ってそちらに向かった。着くとそこにはあまり大きくない客船が停泊していた。古い船だった。
「来てくれたのね」
 その前に彼女が立っていた。桟橋の前に一人立っていた。
「有り難う、来てくれて」
「うん」
 俺は自転車から降りて桟橋の前に来た。
「これが最後になるかも知れないからね」
「ええ」
 彼女は頷いた。そして懐から何かを取り出した。
「これ、返すわね」
 それは俺が最初のデートで渡したあのCDだった。
「有り難うね、買ってくれて」
「返さなくていいよ」
 しかし俺はそれを受け取らなかった。
「どうして?」
「僕が君にプレゼントしたものだからね。だからいいよ」
「いいの?」
「うん。だから気にしなくていいよ」
「わかったわ。それじゃ」
 彼女はそれを聞いてくれた。CDをしまった。
「船で、そして帰ってからもゆっくりと聴かせてもらうわ」
「うん」
「あとね」
 そして彼女は切り出した。
「私からの贈り物よ」
「贈り物?」
「ええ」
 彼女はそう答えてにこりと微笑んだ。
「二つあるけどいい?」
「ああ、いいよ」
 断る必要もなかった。俺はそれに頷いた。
「まずはね、これ」
 彼女は頭にさしていた。紅い花を手にとった。そしてそれを俺に手渡した。
「造花だけれど。大切にしてね」
「うん」
 椿だった。それを見て何故か悲しい気持ちになった。そのわけはわかっていた。微かにその香りがしたように感じた。
「そしてね、これも」
 そう言うと顔を近づけてきた。
「?」
 最初何をするのかわからなかった。だがそれは一瞬だった。
 彼女は自分の唇と俺の唇を重ねてきた。キスだった。キスといっても軽いフレンチキスだった。だがそれだけで充分だった。
「これね」
 それを終えた彼女は真っ赤な顔で言った。
「お別れに。その」
 恥ずかしそうに俯いている。
「私キスってはじめてだから。その。上手くはないけど」
「いいよ」
 俺は微笑んでそれに答えた。
「上手くは言えないけれど」
 そう断ったうえで彼女に言った。
「気持ちは伝わったから」
「そうなの。それなら」
 彼女はそれを聞いてはにかんで笑った。
「よかったわ。それでね」
「うん」
「よかったら来てくれるかしら。高雄に」
「いいの?」
「うん」
 こくり、と頷いた。
「よかったらね。待っているから」
「よかったらじゃないでしょ」
 僕はここで彼女に対してこう言った。
「えっ」
 それに驚いて顔をあげてきた。
「絶対に来て欲しいんでしょ」
「え、ええ」
 顔がさらに赤くなった。
「よかったらね」
「わかったよ」
 僕はそれに答えた。
「絶対に行くよ。それまで待っててね」
「ええ」
「行く時になったらメールするから」
「楽しみにしてるわ」
 彼女は朗らかに笑って答えた。
「だから、絶対に来てね、本当に」
「うん」
 俺は答えた。
「楽しみにしてるから」
「じゃあそれまで」
「暫くお別れね」
 ここで船内から放送が入った。出向用意だ。
「あっ」
 それを聞いて俺も彼女も顔をあげた。
「行かなくちゃ」
「うん」
「じゃあ色々と名残惜しいけれど」
「これで」
「再見」
 最後はあちらの言葉だった。彼女は泣いてはいなかった。俺とまた会うのを楽しみにして笑っていた。
 船は出港した。彼女は船の上から俺を見ていた。そして俺も彼女を見上げていた。
それは船が見えなくなるまで続いていた。船が完全に水平線に消えた時俺は呟いた。
「絶対に行くからね」
 もう夜が近付いてこようとしていた。暗くなる前に帰ることにした。夕食は中華街でとった。
「またここに一緒に来れたらな」
 ふとそう思った。だがそれは横浜においてではない。
「高雄か。どんな街かな」
 そう考えると楽しくなってきた。まずは行く為の用意だ。
「お金に、それに」
 考えるだけで楽しくなってきた。そしてその準備も。俺は今から彼女に再会するのを楽しみにしていることに気付いた。
 そしてそれが恋なのだと知った。悪くはないものだと思った。

チャイナ=タウン   完

 
              
                  2005・2・1

 
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